『怖い』を楽しむオカルト総合ブログ

怪談夜行列車

ジュン君④ ぜってー許さないっす【動画有】

「あいつだけは許せないって奴がいたんすよ」

ジュン君が渋い顔をして語り出した。
ジュン君というのは都内のあるお店でバーテンダーをやっている30代の男性。
彼は自分がバカであることを自覚しており、これまでの失敗談やおバカエピソードで笑いを取るのが上手かった。
そして子供の頃から日常的に霊を見る体質でもあった。

高校生の頃、彼は実家から電車で2時間かけて東京にある美容室に月イチで通っていた。
学校の友人達と被らないためにあえて遠方の美容室に通っていたという。
それが彼なりのイケてる行動だった。

高校を卒業してバイトを始めるとお金もあるので、週末になると新幹線で東京に出て渋谷や原宿で買い物するのも定番だったという。
そうして彼は実家で暮らしながらも東京っぽい見た目や立ち居振る舞いを磨き続けていた。

そんなジュン君にはご指名の美容師さんがいて、彼女の出勤日に合わせて予約を入れていた。
彼女はジュン君のセンスをよくわかってくれ、思春期男子の髪型の相談などにも軽妙に取り合ってくれる。
ジュン君の好みの服を多く扱うお店を調べて紹介してくれたりするなど、彼のイケてる東京ボーイ計画をサポートしてくれる良いお姉さんだった。
今にして思えば恋心も持っていたのだろうという。

「まあ良いカモっすよねー」
ジュン君は懐かしそうに笑って続ける。
高校卒業直後の、夢と希望に溢れた時期に破れた恋を思い出す彼の顔は、次第に悔しさで歪むことになる。

何度も通っている美容室で、それまでなんの問題も起きたことはなかったが、ある日、ジュン君は奇妙なモノを見ることになる。
その美容室は店に入ると受付のカウンターがあり、その奥に施術スペースが広がっている。
部屋の右側と左側にそれぞれ鏡が並べて貼られ、その前に施術用の椅子が置いてある。
全部で10席ほどの美容室だった。

椅子に座り髪を切ってもらっている時、目の前の鏡には自分が映っており、その向こうには背後の景色が映し出されている。
美容師さんと鏡越しに顔を合わせて会話しつつも、その背後に他の客や美容師が歩き回るのが当然のように目に入ってくる。
自分の真後ろの席は自分が邪魔になって見えないが、隣の席の真後ろに位置する客とは鏡越しに目が合ってしまうのが少し気恥ずかしい。
そんな普通の美容室だった。

一風変わった合わせ鏡の状態で鏡の向こうにいくつもの世界が広がっている。
普段何気なく見えていながらも大して気にも留めないそんな小さな世界。
ふとそこに違和感を感じたという。
なんだろう?
よくよく鏡の中の世界を探してみると、黒い服を着た美容師がいた。
ヒョロリとした体型で男か女かもわからない。
そいつが鏡の中の鏡を時折横切る際にジュンくんのことを見ていて目が合う。
鏡の中の鏡、その中の鏡の中の鏡、いくつかの鏡を経由して5つほどの世界が合わせ鏡の中に存在していた。
そのおよそ奥から2番目の世界にソレはいた。
「…………」
店内を見回してもそんな上下黒の服を着た美容師はいない。
人間ではないと即座にわかったが、そんなことはどうでも良かった。
オバケなど日常の風景であるジュン君にとっては特別怖いものでもなかった。
いつものように無視していればそれで良い。
だがソイツはそう思ってくれなかった。
ジュン君が見えていることに気づいてソイツは彼に執着するようになってしまった。

鏡の中にフイッと現れては彼に視線を投げ、かと思えば髪を切っている自分のすぐそばに立っているのが視界の端に映る。
ソイツには鏡の奥の奥からジュン君のいる世界に出てくることも容易であるようだった。

ああ面倒だな、と彼は思った。
お気に入りの、お世話になっている美容師さんだから店を変える気にはなれない。
変なのがいるからお祓いしてくれなど言えるはずもない。
精一杯大人ぶって毎週のように東京に通い、今風の若者であることに全力を注ぎ込んでいる自分のイメージが一気に不思議ちゃんへと傾いてしまう。

思い切って店を変えてみたこともあるが、いまいち彼の気にいる髪型にならなかった。
やはりいつもの美容室に行くしかない。
あの美容師のお姉さんにも会いたい。
アイツのことは無視していれば良いだろう。
そう思ってその店に通い続けていたという。

たまにジュン君以外のお客さんにソイツが粘着しているのも見かけたことがある。
おそらくその黒い美容師は『視える』人間に自分を見せたいのだろうと思っていた。

シャンプーの時に顔に布をかけられるのが嫌いになった。
顔に布がかけられるとソイツはジュン君のそばにかがみ込んで布を取ろうとしてくる。
直接触れることはできないようで、視界の右半分で布に触ろうとするソイツの手が宙を掻いているのが鬱陶しかった。

シャンプー台に頭を乗せて仰向けに寝るジュン君、顔には布がかけられて美容師さんのことは見えないが、視界の端に隙間が空いていてソイツがすぐそばにいるのは見えてしまう。
目を瞑っていてもオバケの存在は強く感じてしまい、ソイツが自分の顔を至近距離で覗き込んでいいるのがわかった時は流石の彼も恐怖を感じたという。

ふいにフーッと息を吹きかけられた。
存在をアピールするためのイタズラかと思い無視する。
するとまたフーッと息を吹きかけられ、フーッ、フーッと続けて息がかかる。

「あいつ触ることはできないんで、フー!フー!って息を吹きかけて布を飛ばそうとしてんすよ!」
そう言って大袈裟な身振りを交えて迷惑そうに顔を顰めるジュン君。

「ふざけんなと思ってですね。でもこっちは動けないじゃないですか」
シャンプー台に頭を乗せて仰向けに寝そべった体勢。
両手は腹の上で組んでおり、その上に毛布がかけられている。
身じろぎや鼻息などで顔にかけられた布がずれたり落ちてしまうのも恥ずかしい。
手も足も出せないジュン君を嘲笑うかのようにソイツはフーッ、フーッと息を吹きかけて布をずらそうとする。

「いきなり耳にフッと息をかけられてですね、ビクッとなっちゃったんすよ」

するとすかさず洗髪中の美容師さんが「大丈夫?」と聞いてくる。
それも気恥ずかしくてますます苛立ちが募る。
すぐそばにかがみ込んでいるソイツは明らかにジュン君に迷惑をかけて楽しんでいる。
身じろぎするなどのリアクションを引き出すたびにソイツは楽しそうに体を揺らしたという。

やめろやめろやめろやめろ。

頭の中でソイツに対して念を飛ばすが、そもそもそんな方法で霊とコミュニケーションをとった経験もないわけで、霊能者でもないジュン君の心の声はソイツに聴こえているのかもわからない。
とうとうジュン君は歯を食いしばったまま口の端をちょっとだけ開け、できる限り小さい声で「やめろ」と言った。
それも美容師さんに聞かれてししまい、「え?なになに?」と聞かれ、彼は慌てて「大丈夫っす!めちゃ気持ちいいっすねー!」と取り繕った。

「ふざけんなと思ってですね。絶対に俺のこと笑わそうとしてるんすよ」

その後もシャンプーが終わるまでソイツはジュン君の周りでイタズラを続けたという。
そしてシャンプーが終わりに差し掛かり美容師さんが尋ねた。
「痒いところはないですか?」

「そしたらソイツ、俺の代わりに『大丈夫です』って答えやがったんですよ!」
とうとう声まで聞こえたということ、その声の様子からどうやら男であるということ、それらのことよりも「お前が答えるんかい」というツッコミが彼の脳を支配した。

「そんなん笑うじゃないですか!我慢してもプルプルしちゃうじゃないですか。そしたら美容師さん『大丈夫ですか?ごめんね体勢辛いかな?』ってめちゃ心配してくれるんすよ!」
当然ながら美容師さんにはソイツの声は聞こえていない。
彼女からしてみたら『痒いところはないですか?』と聞いたらジュン君がブフッと吹き出してプルプルしているように見えていたことだろう。

「痒いのないっす。大丈夫っす」
そう答えるしかできないジュン君は怒りと突っ込みたい衝動とで吹き出しそうになるのを必死で堪えたという。

流石に腹を立てたジュン君はしばらくその店に行かなかった。
半年ほどの間に2軒の美容室を開拓してみて、やはりあの美容師のお姉さんが恋しくなってしまったという。
やはり開拓したばかりの美容室では得られない満足感があのお姉さんにはある。
彼女の施術も気の合うトークも、そして何より毎週のように新幹線で東京へ通う彼の心意気を理解して、色々なお店を教えてくれるお姉さんは思春期の彼にとって得難い年上の相談相手でもあった。

「また行ったらいるわけですよソイツが」
ほんと厄介、と頭を振るジュン君。
前回のことで気をよくしたソイツはまたしてもジュン君の周りに付き纏い、彼はなんとか我慢しつつ美容師さんとのトークに集中していたという。

「ジュン君その髪型めっちゃ格好いいよ!」
ある日の施術後、出来上がったヘアスタイルを見て美容師さんが満足そうに言った。
ジュン君もその日の仕上がりに満足しており、美容師さんの腕前を褒め上げて盛り上がった。

「写真を撮らせてくれって言われたんすよ」
ジュン君のスタイリングをホームページに載せたいということで、美容師さんがジュン君に相談をした。
快く応じて会計後に店前に立ってさまざまな角度から写真を撮られる。
スマホがなかった時代だったのでデジカメで撮影をする。
気恥ずかしさと芸能人にでもなったような楽しさでニヤニヤしながら楽しく撮影をした。

一通りの写真を撮り終えて美容師さんが満足そうにデジカメの画像を見直している。
するとふいに美容師さんの表情が曇り、お店とデジカメを見比べている。
そしてジュン君の顔を見て怯えたような心配そうな顔をしたという。

「なんすかー?」と言いながら美容師さんに近寄ると、彼女はデジカメの液晶を彼に見せた。
店前に立ったジュン君を道路側から写した写真。
はにかむジュン君の後ろにお店のガラスが写っており、明るい店内の中からガラスにベッタリと張り付く黒い人影が写り混んでいた。

「やりやがったなと思ってですね。あー大丈夫っすよって言おうと思ったんすけど、美容師さんめちゃくちゃビビってるわけですよ。それで話を合わせちゃったというか」

美容師さんの怯えた様子に『大丈夫』と伝えたかったが、不思議ちゃんであると思われたくなかった彼は美容師さんと一緒になって『うわ、なんすかこれ!めっちゃ怖いっすねー!』と盛り上げて笑いに変えようとしてしまった。

それから間も無くして、美容師さんはお店を辞めてしまったという。
その写真が決定打だったのか、他にもソイツが色々とやらかしていたのかは不明だが、次にジュン君が予約の電話を入れた際に「退職しました」と告げられたそうだ。

「マジでアイツだけは許せないっすよ」

結局ジュン君はそれきり美容師さんと再会することはなかった。
退職したことを告げた電話の向こうのスタッフも心霊写真のことは承知しており、「彼女はお祓いするって言ってたけど君は大丈夫?」
と心配をしてくれたという。

「あんな、人を笑わせて楽しんでるような奴にお祓いなんて必要ないんですけどね」
それを伝える機会は失われてしまった。
お調子者であるが故に場の空気を盛り上げようとするあまり美容師さんの恐怖を放置してしまったのは痛恨の思い出となった。

「あの時俺が、『あーコイツそんなに悪い奴じゃないから大丈夫っすよ』って伝えていれば、お姉さん辞めなかったんすかねえ」
そういうジュン君に私は考えてから答えた。
「いや、それを言っちゃったらジュン君がお姉さんに怖がられてたんじゃないの?」
「そっすよねえ」

悪霊とも言えないしょうもない霊によって10代の恋を破られてしまったという、ジュン君にとって忘れられない思い出のお話。

~終わり~

このお話を語っているYoutubeがこちら!

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