中学三年生のころ。
ふたつ年上の兄と二人部屋で暮らしていたジュン君は兄の友人達とも仲良くしていた。
兄は社交的で交友関係が広く、いわゆる陽キャ集団に属していた。
男女問わず様々な友人達が遊びにきており、いわゆる『溜まり場』としてジュン君の部屋は使われていた。
兄達がバイクに乗って買い物などに行くとき、女子生徒などは「私残るねー」といって部屋に居残り、そのままマンガを読んでいることもあった。
ジュン君からしたら女の先輩と部屋に二人きりになるシチュエーションでドキドキしていた。
以前に兄の友人である男の先輩に言われたことがある。
「ジュン。リコのやつお前のこと気に入ってるから、頼んだら筆下ろししてもらえるぞ」
リコ先輩は地元でも有名な遊び人で、ジュン君世代でも何人か『食われた』経験があるという。
当時はそういうのを武勇伝にしている女子もいた。
そんなことを知りながらも当時のジュン君はピュアすぎてどうお願いしたらいいのかわからなかった。
まさかこの部屋で始まっちゃうの?
兄ちゃん達いつ帰ってきてもおかしくないのに?どうなっちゃうの?俺どうなっちゃうの?
そんなことを考えながらひたすらドキドキしていた。
「ジュンくんジュンくん、私ちょっと帰らなきゃだからチャリンコの後ろに乗っけて送っていってくれない?」
そう声をかけてきたのはリコ先輩。
ジュン君の家に誰かのバイクの後ろに乗って家までやってきたリコ先輩は、家に変えるための足がないという。
歩いて帰るの嫌だからチャリンコの後ろに乗っけて送ってほしいということだった。
「わかりました!」
みんなの子分であったジュン君はすぐさま了承した。
リコ先輩を後ろに乗っけて自転車を漕ぐ。
両肩に置かれた手の感触にジュン君の鼓動は否応なしに高ぶっていく。
何を思ったのか、ふいにリコ先輩が後ろからくっついてきた。
背中に押し付けられる胸の感触に自転車をこぎながらパニックになっていった。
やがてリコ先輩の家に到着し、先輩は自転車の荷台から降りて彼を労った。
「ジュン君ありがとね。お茶でも飲んでく?」
汗をびっしょりかきながらもジュン君は期待と不安と緊張とで少しおかしくなっていたという。 どうなの?今なの?これからなの?
そればっかり考えていた。
「どうぞ上がって」
玄関で靴を脱いで上がらせてもらう。
家の中には誰もいない。
玄関を上がってすぐの階段をトントントンと小気味よいリズムで登っていくリコ先輩の生足を眺めながら、ジュン君は生唾を呑み込んだ。
ドキドキしながらリコ先輩の部屋に通される。
座るように言われ、ベッドに座るのはためらわれたので、ベッドに背中を預ける形で床に座る。
「お茶入れてくるね」と言ってリコ先輩は部屋から出ていった。
部屋に1人きりになりふと冷静さが戻ってくる。
その瞬間、金縛りにあった。
全身がグイッと後ろに引っ張られる感覚。
座ったままベッドに押し付けられている状態だった。
耳の後ろで人の気配がする。
どんな人なのかわからない。
頭の中は先ほどまでとは違う意味でパニックになっていた。
『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙』
頭のすぐ後ろで男の低い呻き声が聞こえる。
怒りを表すかのような低く響く野太い声。
その声に恐怖心が搔き立てられ全身が震え始めた。
どうしようどうしようどうしよう!
なんで今このタイミングで?
リコ先輩の部屋ってオバケいるの?
先輩が戻ってきたら変な奴だと思われない?
様々な思考が頭を駆け巡りジュン君はいよいよパニックを極めていく。
座ったまま全身が動かない。
目だけは動かせるようだが首を振れないので後ろにいるナニカを確認することもできない。
どうしようどうしようどうしよう!
トントントンと階段を上がってくる音がする。
リコ先輩が戻ってきた。
助けて助けてリコ先輩!
ガチャッとドアが開いた瞬間、金縛りが解けた。
男の呻き声も聞こえなくなっている。
ぶはっと息をついて全身が弛緩する。
「どしたのジュン君汗かいて」
リコ先輩笑って言う。
「いやーなんでもないっす!なんでもないっす」
今すぐ飛び出して帰りたい。
怖いから。
でも帰りたくない。
リコ先輩と一緒にいたいから。
お茶とお菓子をお盆に乗せてニコニコしているリコ先輩の笑顔に目が釘付けになる。
「はいどーぞ」
ちゃぶ台の斜め前に座ったリコ先輩がお茶を出してくれる。
リコ先輩にとっては他愛のない話をしながら、ジュン君は全神経を集中させてリコ先輩の全身を目に焼き付けていた。
あの男の霊が戻ってきやしないかという思いはあったが、目の前で微笑むリコ先輩の話を遮ってまでこの部屋から飛び出すことは中3男子には不可能だった。
そのうちなんとなくリコ先輩がムフフな雰囲気になっていき、ベッドに背中を預けて座るジュン君の横に座って肩を預けてきた。
これはもう、そういうことではないかとジュン君も覚悟をしてリコ先輩の顔を見つめる。
そしてリコ先輩が顔を寄せてきて唇が重なり、やがてリコ先輩が主導する形でイチャイチャが始まった。
頭は真っ白で、さきほどまでの怖いとか帰りたいとかそういう思いは吹き飛んでいた。
ひたすらパニックでされるがままになっていると、リコ先輩がジュン君をベッドの上に誘った。
地元でも有名な遊び人の美人さん。
あこがれのリコ先輩の上気した笑顔に魅了されて、ジュン君は何も考えられないままベッドの上に仰向けに身体を横たえた。
その瞬間、また体が動かなくなったという。
ものすごい力で見えない何かがジュン君をベッドに押さえつけている。
声も出せず目だけしか動かせない状況に、ジュン君は何度目かのパニックに陥った。
やばいやばいやばいやばいやばい!
再びパニックになるジュン君の目の前でリコ先輩が制服のシャツを脱ぎ去るのが見えていた。
『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙』
あの恐ろしい呻き声が頭のすぐ横で聞こえる。
恐怖心が沸き起こってくるが、ジュン君の目はリコ先輩の下着姿に釘づけになっていた。
「ジュン君ジュン君~」
リコ先輩は妖艶な笑みを浮かべながら彼の身体に様々な攻撃をしかけてくる。
頭の横で怒りの声を上げる男の霊を強烈に意識しながらも、ジュン君は生まれて初めて与えられる性的な刺激に身を任せ、その場から逃げ出す的な思考は思いつきもしなかったという。
やがてリコ先輩もジュン君の反応があまりにもないことに気づき始めた。
何をしてもどこをいじくっても気を付けの姿勢でプルプル震えるだけのジュン君。
目には涙をためて必死の形相で自分を見つめる彼の様子に、リコ先輩の中に罪悪感が沸き起こってきた。
「……もしかして嫌だった?……ごめんね」
バツの悪そうな顔で謝りジュン君に伸ばしていた手を胸元に引き寄せ握りしめるリコ先輩。違うんです違うんですリコ先輩!このままお願いします!
そうは思うものの声が出てくれない。
そうこうしているうちに思う所があったのか、リコ先輩の顔がだんだん不機嫌な色を帯び始めた。
「嫌なら嫌って言ってくれればいいのに」
どうしようどうしようどうしよう!
リコ先輩怒らないで!
続きをお願いします!
霊の怖さなど吹き飛んでリコ先輩に嫌われることを恐れるあまり、ジュン君の目から涙がポロリとこぼれた。
「え?なになにジュン君どうしたの?」
その涙を見てリコ先輩もようやくジュン君の様子がおかしいということに気が付いた。
「ちょっと、ジュン君大丈夫?」
何を言っても反応しないジュン君の様子に、リコ先輩は彼がどこかを痛めたのではないかと心配になった。
彼の全身をくまなく観察し、股間がギンギンになっているのを確認して自信を取り戻したリコ先輩は、性欲から母性に切り替えて彼の身体を労わり始めた。
「……もしかして動けないの?」
リコ先輩の言葉に目だけで必死に頷くジュン君。
これは一大事だとリコ先輩はベッドから降りて携帯で電話をかけはじめた。
「ジュン君が大変だから今すぐウチ来て!」
そんな内容の連絡をジュン君の兄をはじめその日ジュン君の家にいた全員に伝えて、やがて30分もしないうちに「どうしたどうした」と先輩達がリコ先輩の部屋に押しかけてきた。
「おいジュン!しっかりしろ!」
兄に頬をペチペチと叩かれて、ようやくジュン君は金縛りから解放されて動けるようになった。
男の呻き声は聞こえず、不穏な気配も感じない。
男の霊はこの部屋から撤退したのがわかったという。
「……ぐす……リコ先輩すいませぇん……」
安心感と情けなさと、逃してしまった千載一遇のチャンスに涙を流しながらジュン君はリコ先輩の腰に縋りついた。
このままではリコ先輩に嫌われてしまうと思うと涙は止まらなかった。
「ジュン君、何があったの?」
母性に覚醒していたリコ先輩はジュン君の頭を優しく撫でながら訊いた。
そしてジュン君は自分に何が起きたのかを話して聞かせた。
「そうだよね、ジュンはオバケ見えるもんね」
先輩の一人がそう言うと、リコ先輩は両手を口にあてて呆然と呟いた。
「え、じゃあ何?……ウチにオバケいるってこと?……怖いんだけど」
というリコ先輩を安心させるために携帯でお祓いに関する情報を全員で探して、やがて近隣で活動する霊能者のサイトを見つけ出してその場で電話をかけた。
霊能者の予約が取れるのは一週間後ということで、リコ先輩はそれまで友人達の家を転々と泊まり歩いてお祓いの日までその部屋に戻ることはなかったという。
やがてお祓いが終わって数日経ったある日、ジュン君の携帯が鳴った。
かけてきているのはリコ先輩。
電話に出るとリコ先輩はいつかの艶のある声でこう言った。
「ジュン君ジュン君、もう大丈夫だよ」
そうしてリコ先輩に誘われるままに再びお部屋に招かれて、ジュン君は青春の一ページを更新することができたという。
~終わり~
この怪談の動画はこちら
「男の霊の声は『リコとセックスさせねえぞ』という誰かの生霊だったのでは?」という考察を真剣に語り合うメンバーの考察タイムが面白いのでぜひご覧ください。