「俺には霊感ないけど、社長といると酷い目に遭うんだよね」
そう話してくれたのは埼玉県某市にある学習塾で働く足立さん。
私の事務所からほど近く、霊感のある塾の社長とは飲み仲間でもあるので、よく営業後の塾にお邪魔しては一杯やりながら社長の霊体験を聞かせてもらうことが多かった。
片付けをする社員さんとも挨拶を交わすわけで、中でも足立さんはお調子者で年齢も近く、互いに友人のような接し方をしていた。
「足立さんはないの?オバケ体験」
塾の応接机に座り缶ビールをやりながら社長と話していたら足立さんが入って来た。
それで問いかけたら冒頭の答えが返って来たというわけだ。
社長といると酷い目に遭う。
そう言われた社長に目を向けるとニヤニヤしながら酒を飲んでいる。
どういうことかと水を向けると社長と足立さんの双方からこんな体験談を聞かせてもらうことができた。
塾の教員は昔から勤める人が多く仲が良い。
年に2度ほど研修旅行に行くほどフットワークも軽く、その時は東北にある田舎町に出張がてら温泉に入りに行ったという。
さまざまな業態、地域の学習塾が集まり、自分のところで使っている学習教材を展示しあって互いに学びを得るという企画が毎年行われていて、その東北の町を盛り上げるためか決まった場所で毎年開催されていたという。
いつ行っても予約なしでホテルに泊まれるほど閑散とした町だったので油断しており、その年も予約せずに社長と足立さん他2名の職員で出張に訪れた。
運悪くスポーツ関係のイベントと重なっており、周辺のホテルはすべて予約が取れず当日の空き部屋もまるで見つからなかった。
地域の案内所に行き、ホテルや旅館の一覧から手当たり次第に電話をかけていく。
ようやく見つけた宿は少し離れた地域だったが車なので行けない距離ではない。
そこで決めることにして宿泊希望の旨を伝えると電話の向こうの相手は「ただし…」と条件をつけて来たという。
「一部屋だけ一階の階段下のお部屋になりますがよろしいでしょうか?」
「ええ。大丈夫です。よろしくお願いします」
「それではお待ちしております」
宿に到着するとなんとも古ぼけた外観の宿だった。
ロビーもフロントも年月を感じさせる色合いで見た目は良くない。
いかにも寂れた宿という風情でテンションは上がらないが、部屋があるというだけで値千金なのだから文句を言うつもりはなかった。
社長は階段の昇り降りを嫌って自ら一階の部屋を希望したので、社員達は2階に上がって行った。
一階の階段下の部屋。
そのドアを開けた瞬間、社長の目には部屋の中がどんよりと曇っているように見えたという。
霊感が強く普段から霊をよく見るという社長は、この階段下の部屋が良くない場所になっていると直感した。
「あちゃー。これ『当たり』引いちゃったな」
心の中で呟いて部屋の中に入る。
多少の霊なら無視して寝るだけだとタカを括ってベッドの上に荷物を置いた瞬間、まるで交差点で信号待ちをしているかのような大人数の気配が社長を取り囲んだという。
「…………!」
あまりの気配の多さに呆然としつつも考える。
さすがにこの人数に囲まれて寝るのはキツいな。
一人や二人なら無視して寝るつもりでいたが、かなりの人数に見られているというのは非常に気分が悪い。
自分の霊感を恨めしく思いながらも、社長はある考えを呟いた。
そういえば足立のやつ霊感なかったよな。
霊感がなければ霊を見たり感じたりすることはない。
取り憑かれるのも悪影響を受けるのも、それなりの霊感がなければそもそも起こり得ないのだ。
そう思いつつ階段を登り、足立さんの部屋のドアをノックして待つ。
「なんすか社長」
顔を出した足立さんに社長は嘘をついた。
「一階の部屋さあ、階段を昇り降りする音が聞こえるんだよね。俺神経質だから寝られないと思うんだ」
「あー。いいっすよ、代わりましょうか?」
普段から『どこでも寝れる』と豪語している足立さんは、多少の階段の足音が聞こえても全然平気だと言って快く部屋を交換してくれた。
足立さんを騙してまんまと部屋を交換することに成功した社長は深く考えず快適な夜を過ごしたという。
翌朝、9時にチェックアウトの予定を立てていた皆はフロントに集まったが、足立さんだけ部屋から出てこない。
足立さんがいるオバケ部屋に向かった社長はドアをノックした。
「足立ー。起きてるー?」
再度強くドアをノックしても何も反応がない。
嫌な予感を感じつつフロントのスタッフを呼んで鍵を開けてもらいドアを開く。
部屋の奥にベッドに座る足立さんの姿を見つけて声をかけるも反応はない。
社員と共に部屋の中へと入り足立さんの様子をよく見てみる。
壁際に備え付けられたベッドの上で、壁に背中を預ける形で足を投げ出して項垂れる足立さん。
「おーい足立!」と声をかけながら近寄ると異様な状態であるのがわかった。
項垂れた口の端から涎が垂れている。
虚ろに開いた目の中では目玉がグリグリと激しく動いており、とても意識があるようには見えない。
「足立!おい大丈夫か!」
肩を揺すると「あぁぁぁ…」と呻いてまた涎が垂れた。
「足立!しっかりしろ!」
頬をペチペチと叩くとようやく足立さんが言葉を返した。
「ああ…社長…なんか風邪引いちゃったなみたいで…寝られなかったんですよ」
所々で声が裏返り呂律も回っていない。
明らかにおかしくなっている姿に一同息を飲んだ。
ただならぬ様子に社長は足立さんが霊達にやられてしまったんだと理解した。
霊感がないから大丈夫だと思っていたけどそんなことはなかったんだ。
自分のせいで部下を霊障に遭わせてしまった社長はとにかくこの部屋から足立さんを連れ出すことにした。
「ごめんね足立!」
力の入らない足立さんの体を抱えるようにしてベッドから引っ張り起こし、社員達と協力して足立さんを部屋から連れ出しロビーのソファに寝かせた。
足立さんの分を含めてチェックアウトを済ませ、足立さんの回復を待つ。
数十分ほど意識を失っていた足立さんがようやく目を覚まして体を起こした。
「足立なにがあったの?」
社長の質問に足立さんは切れ切れながら答える。
「なんか…隙間風がビュービュー入って来て…」
まだ呂律がおかしい。
「騒音が酷いし…隣の部屋ボイラー室なんですかね…なんかボイラーの音が聞こえて…人の言い争う声が一晩中聞こえてたんすよね…」
尋常じゃない様子で昨晩から自分の身に起きたことを語る足立さんの様子に社長は反省をして、あの部屋がどういう部屋なのかを語って聞かせた。
「ごめん足立。実はあの部屋さ、オバケがすごく沢山いて、俺にはとても寝られなかったんだ。お前なら霊感ないから大丈夫だと思ったんだよ」
「マジっすか…もう俺、社長と同じホテル泊まるのやめます」
「ごめんごめんごめん」
そうして謝り続けなんとき足立さんも回復し、教材の展示会も無事に終えて帰路に着いた。
その後も研修旅行に行くたびに足立さんは社長を疑うようになったという。
「社長、このホテル大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。何も見えないから安心してよ」
「それマジですか?俺、社長のこと信用できないから、俺から先に部屋を決めさせてもらっていいですか?」
「わかったわかった。もうそろそろ勘弁してよ」
「無理っすね」
そんなこんなで、今現在も足立さんは社長のことを完全には許していないそうだ。
「というわけなんだよ。社長といると酷い目に遭うんだよね」
怒りながらも笑い半分で語る足立さんと、反省していないのかニヤニヤしながら聞いている社長。
「あんたほんとクズですね」
「夜行ちゃんまでそんなこと言うのやめてよ笑」
私の感想に社長は半笑いで答える。
まるで反省していない社長と足立さんの怪異なエピソードはまだあるそうなので、今後も継続して取材しお届けしていく。
〜終わり〜
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文章よりも動画のほうがこのお話の面白さが伝わると思います。あいかわらずメンバーの考察が面白くて「そういう捉え方もできるね」という視点がポンポン出てきますのでぜひご視聴ください。