『怖い』を楽しむオカルト総合ブログ

怪談夜行列車

外国人労働者05

投稿日:2019年5月26日 更新日:

「お茶……買ってきましたけど……あれ?」

雪村君は何が何だかという顔で部屋の中を見回している。

部屋の中には倒れて動かないハオさんと、血を吐いて気絶しているリーさん、そして並んで正座して額にびっしょり汗をかいている俺と伊賀野さんがいる。

「笠根さん?……どうしたんすか?」

雪村君がおずおずという様子で聞いてくる。

 

ブハー!と大きく息をつく。

「いやあヤバかった!雪村君、助かったよ、ありがとう」

「え?……はあ…まあ……え?」

「ホンさんの他にとんでもないオバケが出てきてね。雪村君がピンポン押さなかったらヤバかった」

「マジですか。自分、何かやっちゃった感じですか?取り憑かれる?」

「いや、大丈夫大丈夫。オバケは人に見つかるのを嫌がるから、雪村君が入ってくるのがわかって逃げたんだよ」

そう言って立ち上がる。

先に立ち上がっていた伊賀野さんが大きく伸びをしている。

わずが数秒のことだったが、ものすごい緊張の中での読経だったから全身がこわばっているのだ。

俺も一緒だ。

たった数秒、御真言を唱えただけなのに、長距離走を走り終わったばかりのように体が重い。

体力がごっそり持っていかれた気がする。

御真言のおかげで、あのタイミングで雪村君が間に合ったのかもしれないな。

不動明王様に感謝の念を捧げる。

帰ったらしっかりお祈りしよう。

 

リーさんの具合を確かめる。

血が逆流して窒息していないか、脈拍はどうか、呼吸は安定しているか、どうやら大丈夫そうだった。

ハオさんは単に気絶しているだけのようだ。

床で申し訳ないが仰向けに寝かせておく。

血まみれのベッドにリーさんと並んで寝かされるよりはマシだろう。

 

窓際に置いて録画状態にしておいたスマホを確認する。

まだ録画は続いており、ハオさんの術の開始から今までを全て記録しているのが確認できた。

映像を再生してみる。

ハオさんがホンさんを術で縛り付けた後、女の霊が突然現れて、ホンさんがお嬢さんを抱きかかえるようにして消える。

その後はハオさんが倒れて、俺と伊賀野さんが御真言を唱えて、雪村君が入って来くるのと同時に女の霊が消える。

「…………」

全て記録されている。

ホンさん親子や女の霊までバッチリ映っている。

それぞれ画面から出てしまったり、また入って来たりと、撮りきれていない部分もあるが、それでも部屋全体を映せるようにスマホをセットしておいたので、術の最中に何があったのかは把握できる。

 

「雪村君、ちょっとこれ見てくれる?」

雪村君に映像を見せる。

「うわっ…なんすかこれ。マジで幽霊?……うわーうわー……あれ?これ自分ですよね?…自分が入って来たから女が消えたんすか?…マジで?……怖いんですけど……」

どうやら雪村君にも見えるようだ。

肉眼ではホンさん達を見ることもできなかったが、この映像なら見えるのか。

術の性質上そうなるのか、あるいはこの部屋に張られた結界とやらの効果なのか。

とにかく映像の記録には成功した。

映像を篠宮さんあたりに流せばいい値段で買ってくれそうだが、あいにくそんなことをしている場合ではない。

映像のせいであの化け物が雑誌の読者さんに拡散でもしたらえらいことだ。

 

ヴヴヴという音が聞こえる。

目を向けると、伊賀野さんがスマホを取り出し耳に当てるところだった。

「はい伊賀野です。ええ、吉富さんは今どちらに? ええ、ご一緒なのは聞いてるわ。ええ、そうなのよ、お弟子さんのハオさんが倒れちゃって、ええ、いや無事だとは思うけど、寝てるだけというか気絶してる感じで、ええ、ええ、わかりました。とりあえず急いでね、はい、それじゃ」

電話を切る。

「友人からだった。今はコウさん、ええと、ハオさんの先生ね、その人と一緒にこっちに向かってるって。ハオさんと連絡がつかないから私に電話してきたみたい」

「なるほど。それで状況は伝わったんですか?」

「うーん、ハオさんが倒れたって話はしたけどね。急いで戻るから待機しててくれって」

「なるほど、了解です」

待機か。

一体いつまたあの女の霊が現れるかわからない状況でこの場に留まるのは怖かったが、逃げ出しても何にもならないので我慢だ。

雪村君は帰りたそうにしているがここは一緒に我慢してもらおう。

 

結局、伊賀野さんの友人とコウさんが到着したのは1時間以上経ってからだった。

吉富さんという伊賀野さんの友人は俺より少し年上と思しき男性で、平凡なサラリーマン然とした風体だった。

彼も霊媒師なのだろうか。

吉富さんに続いて小柄な影が部屋に入ってきた。

コウさんは齢80を超えるだろう老人だった。

小柄で少しぽっちゃりしたお爺ちゃんが、年齢の割にしっかりとした足取りで部屋に入って来る。

普通のスラックスにポロシャツというラフな出で立ちだ。

年齢が年齢なのでコウ老師と呼ぶことにする。

 

コウ老師は真っ直ぐにハオさんの元へ歩み寄ると、屈みこんで容体を確かめ、フムとため息をついて立ち上がった。

そしておもむろにパンパン!と手を打ち合わせて「△△!」と大声を出した。

「◯!」とこれまた大声で返事をしながらハオさんが起き上がる。

今まで気絶していたのが嘘のように、床に寝かされた状態から一瞬で立ち上がり直立不動の姿勢になった。

おお、軍隊のようだ。

ハオさんは老師に向かってペコペコと頭を下げながら何か言っている。

老師はニコニコしながらウンウンと頷いて聞いている。

ハオさん様子と違って老師の態度は非常に柔らかだ。

 

ハオさんはしきりに老師に何事かを訴えている。

おそらくは事態の説明と言い訳をしているのだろう。

言葉は理解できないものの、なんとなく雰囲気でわかる。

ハオさんと老師のやりとりを眺めていると伊賀野さんが声をかけてきた。

振り向くと吉富さんと一緒にこちらへ近寄ってきていた。

「ああ、どうもはじめまして、笠根といいます」

こちらから先に挨拶をする。

老師に気を取られていただけで、吉富さんを無視していたわけではないのだ。

なるべく失礼にならないよう先に頭を下げて挨拶をした。

「こちらは私の友人の吉富さん。彼も霊能者よ」

伊賀野さんが紹介してくれる。

「吉富です。はじめまして」

吉富さんも軽く頭を下げて挨拶をくれ、

「笠根さんのお話は伊賀野さんから伺ってますよ」

そう続けた。

「え?……ああ、お坊さんのくせにビビり屋の情けない男だって?」

と言うと伊賀野さんが「もう!」と唸った。

「そんなこと言わないわよ。あの時のことは貴重な経験値として仲間内で共有してるの。吉富さんにも詳しく話してある」

「なるほど」

「まあその話は後でゆっくり聞かせていただきたいんですが、今はこの現場をなんとかしないと、ですね」

と吉富さんが話を切り替える。

「ですね。コウ…先生はなんと?」

「いやあ全然、何も聞いてないですよ。今日ずっと運転手してましたが、目的地をメモで渡されるだけで会話らしいものはまったく。コウ先生も日本語全然ダメで、私も中国語ムリ。スマホで翻訳しながら会話しようかとも思ったんですが、初対面でそこまでするのもアレかなーと思って」

と吉富さんは恥ずかしそうに言う。

「伊賀野さんに電話するようにって身振り手振りで支持されたのが唯一のコミュニケーションでした」

「なるほど」

言葉に関してはハオさんが唯一の頼りであることに変わりはないか。

目を覚ましてくれて良かった。

 

老師とハオさんに目を向けると、まだ報告は続いているようだった。

老師がチラとこっちを見て、ハオさんに何かを呟く。

ハオさんがこちらに向き直り、ニカッと笑う。

「ええー…皆さん、ご心配をおかけしました!」

そう言ってペコっと頭を下げた。

「こちらにいらっしゃるのが私の先生です。郭(コウ)・鼬瓏(ユウロン)先生です」

その言葉に合わせて老師が手を前に組んでペコリと頭を下げた。

俺達もそれに合わせて頭を下げる。

 

「私が失敗したので、先生がこの後ホンさん親子とあの女の相手をします」

老師がボソボソと呟く言葉を、即時にハオさんが通訳していく。

「皆さんもぜひ一緒に参加してください。それが皆さんのためです」

もちろん参加するつもりだったが、俺達のため、とはどういうことだろう。

「本来であれば先生ではなく、今度こそ失敗しないで私がやるべきですが、あの女がどういうものかわからないので、先生がやると言っています」

弟子の敵討ちということだろうか。

あの、と挙手をしてみる。

「なんですか?カサネさん」

ハオさんが反応する。

「ハオさんが術…をやっている時の様子を撮影したやつ、見ますか?」

そう言いつつポケットからスマホを取り出す。

ハオさんが老師に通訳する。

と、老師がゆっくりと大きく頷いたので、スマホを操作して映像を再生する。

ハオさんが術…儀式を始めてから女の霊が消えるまで、みんな無言でスマホの画面に注目している。

俺と伊賀野さんは遠巻きに、俺の代わりにスマホを持って映像を老師に見せているハオさんの後ろから吉富さんが覗き込んでいる。

映像が終わり、老師がハオさんに何事かを呟く。

ハオさんはバツが悪そうにペコペコと頭を下げている。

軽くお説教されたのかもしれない。

老師の表情が変わらずにこやかなのでよくわからない。

 

「◯◯、□□□△、◯◯◯△△△△」

そんなことを考えていると、老師が俺達のほうを見て何事かを言ってきた。

「先生は、あなた達は間違っていないと言っています」

ハオさんが即時に訳してくれる。

なおも老師は俺達に語りかけてくる。

「あの状態の霊に対処するには、神の力で追い払うのが正しい。優しくして転生に導くのはもう無理だからです」

伊賀野さんが言っていたことと重なる。

コウ老師の言葉は続く。

「先生はあの女を封印すると言っています」

ほう。

「これから先生がやるのは、まずホンさん親子に出てきてもらって、あの女の正体を確かめることです」

封印か。

仏教でもたまに、お祓い不可能な呪物に厳重に封印を施して寺の蔵に安置する、というような案件があったりする。

中国式の封印とやらが見られるのか。

今日はエキゾチックな儀式が続くな。

少し怖いけど楽しくなってきた。

「それで先ほどのようにあの女が出てきたら封印して、ホンさん親子を無理矢理にでも転生させて終わりです」

あの、と伊賀野さんが声をかける。

「私達はただ見てるだけでいいのですか?お手伝いすることは?」

どうやらヤル気になってるみたいだ。

先ほどのことが悔しいのだろう。

ハオさんが老師に通訳して、老師からの返答をまた訳してくれる。

「お気持ちは有難いのですが、あなた達の言葉はホンさん親子にもあの女にも通じない。あなた達も彼達の言葉がわからない。だから先生の術を見守っているだけでいいです。あなた達の術と先生の術は種類が違いますから」

「……わかりました」

大人しく引き下がった。

悔しいのはわかるが、言葉の壁はどうにもならない。

 

そうして老師が儀式の準備を始め、ものの数分で再度儀式を行うことになった。

老師は先ほどのハオさんと同じように、机の上に広げた布に道具を並べ、線香をつけてお経のようなものを唱える。

ホンさん親子も大変だな。

1日に何度も呼び出されて。

そんなことを考えながら老師の儀式を見守る。

しばらくして部屋の中に気配が生まれたのがわかった。

ホンさん親子だ。

気配の方に目を向けると、入り口あたりにホンさん親子が手を繋いで立っていた。

ホンさんの表情はあれだ、怒っている顔だ。

リーさんに向けている憤怒の顔とは違い、明らかに迷惑そうな顔で俺達を見ていた。

本日3度目の呼び出しである。

当然っちゃ当然だろう。

 

「◯◯、□◯」

老師がお経を終えてホンさん親子に顔を向け、優しく話しかける。

ホンさん親子は静かに老師の前に立つ。

「□□△□、◯◯◯△」

「□△△」

「◯◯◯、△△□◯」

「△□」

相変わらずホンさんの受け答えは短く簡潔だ。

しばらく問答が続く。

「△△△、□◯◯△」

「◯◯!△△□□□□◯◯、◯◯△□◯△」

と思っていたらホンさんが何やら語り出した。

老師の言葉に対して、ホンさんの受け答えが長くなり、先ほどより熱を帯びてきている。

老師は大きく頷きながら聞いている。

「ホンさんはあの女から娘さんを守っていると言っています」

いつのまにか隣に来ていたハオさんが囁いてくる。

老師とホンさんのやりとりを通訳してくれるらしい。

有難い。

伊賀野さん吉富さんと共に、小さな声を聞き逃すまいとハオさんに顔を寄せる。

ちなみにリーさんはまだ眠っており、雪村君は壁際で空気になっている。

「おかしくなってしまった母親を娘さんに見せたくなくて、あの女が現れるたびに娘さんを連れて逃げていた。あの女には謝っても謝りきれない」

ホンさんの事情が段々とわかってきた。

「あの女の恨みを晴らすためにはリーさんと仲間達を苦しめて殺すしかない。そうしないと妻が成仏できないとホンさんは言っています。先生は、そんなことをしても奥さんはよくならないと言っています」

「△△△□□!!」

ホンさんの怒号が響く。

老師はチリーンと鈴を鳴らして穏やかにホンさんを見つめている。

怒号による緊張が鈴の音に上書きされて場が静まった。

「ホンさんはどうしても奥さんを助けたい。ホンさんのせいで奥さんが殺されたから。でも今の奥さんを見ると娘さんが泣いて不安定になってしまうから、どうしようもない」

いつのまにか、あの女というフレーズが、奥さんに代わっている。

ハオさんの中でも、ホンさんの奥さんに対する感情が和らいできているようだった。

 

それから長い問答の末、ホンさんは娘を抱いて揺らめくようにして消えた。

これから老師が奥さんの霊を呼び出して封印するという。

全てに同意したわけではないが、ホンさんとしても事態の進展には異論がないらしい。

長い時間をかけて奥さんの魂を鎮め、必ず転生できるように供養するからという老師の言葉を信じて姿を消したようだ。

 

老師が儀式を続ける。

新しい線香に火をつけて消し、煙をたなびかせる。

線香の香りが違う。

先ほどとは違う種類の線香のようだ。

そしてまたお経を唱えることしばし。

何の前触れもなくまったく唐突に、女の霊が部屋の中に立っていた。

  • B!

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