私とあの人は、世に言うところの幼馴染ってやつでした。
とは言っても、幼稚園から一緒で小学校中学校と同じクラスで……なんていう甘酸っぱいもんじゃなくて、病院でね。
私もあの人も、生まれた時から体が弱くて、物心ついた時にゃ病院で、入院したり退院したり入院したり退院したり、そんなことを繰り返してましてね。
学校なんかろくに行けやしない。
それでも病院に行けば大抵の場合あの人と会えるんで、私は病院に行くのが嫌いじゃなかった。
あの人は脳みその腫瘍かなんかの病気で、私は心臓が弱っちくて、お互いに「どっちが先に死んでもおかしくないねー」なんて馬鹿なこと言って笑ったりして。
まあとにかく仲が良かった。
親達も同じ年頃の仲良しがいるってんで嬉しかったんでしょうね、病院にお願いして病室を同じ部屋にしてもらったり、そんな関係の2人でしたよ。
あの人は私よりも一つ年下で、最終的には11歳と12歳になってましたね。
その年まで私達は2人でどうにかこうにか生きてたんだ。
大きな手術があるってんで、あの人、頭を綺麗さっぱり剃られちまってね、可哀想に、泣いてましたよ。
年頃になろうかって女の子が坊主頭なんてねえ、当時の私でもなんとも気の毒で、一緒になって泣いちゃって、反対にあの人に笑われちまいましたよ。
手術が終わって、ようやく車椅子で出歩けるようになった頃、あの人は私に屋上に連れて行ってくれって頼んだ。
まだ肌寒い季節で、あんまり夜風に当たるのも良くないだろうから、明日にしたらって言ったんだけど、あの人、「今日は満月だから」って。
そんなことを言うもんだから、私もなんだか無性にお月さんが見たくなっちまって、あの人を車椅子に乗せて私が押して行ったんだ。
エレベーターで屋上まで行くんだけど、私は体力ないもんだから、ひいひいふうふう言いながらね。
ようやく屋上にたどり着いたら、周りはすっかり日が暮れてて、屋上のフェンス越しに見えるビルの灯りがなんとも綺麗で、星の中に浮かんでるような気分になったもんです。
しばらくその景色を眺めていて、何か聞こえるんでひょいっと振り返ったら、あの人がお月さんを見上げて、なんだか知らない歌を口ずさんでた。
フフフン、フフンフフン、フフフンてね。
言葉じゃないんだ、鼻歌って言うのかな、口ずさんでた。
坊主頭に毛糸の帽子をかぶって、寝巻きにカーディガンを羽織ってね、車椅子に座ったままお月さんを見上げて歌ってた。
その時、空は良く晴れていたんだけどかすかに雲があって、それが動いたんでしょうかねえ、彼女の周りにサーっと月の明かりが落ちてきたんだ。
ほんのり青い光の線があの人のことを指し示すような感じでもって照らすんだ。
幽玄、て言うんですかねえ、なん〜とも言えない美しさと、少しばかりの色っぽさと、そんな光があの人を包み込んでいた。
もちろん本人は気づいていない。
その時、私、ああこれで最後だって、そう思ったんだ。
何ででしょうねえ、とにかくそう思った。
それで私、恥ずかしげもなくあの人に、綺麗だよって、そう言ったんです。
今だったら言えませんよ、そんなキザったらしいセリフ。
でもその時は自然に口から出たんだ。
そしたらあの人、ワッと泣き出しましてね。
綺麗な月明かりの下で、ずっと泣いてましたねえ。
それから間も無くして、2、3日も経ったのかな。
あの人は目を覚まさないようになって、そして眠ったまま、亡くなっていったんです。
神様仏様なんて言いますけどね、中には死神なんて物騒な名前の方もいらっしゃるんですけど、死神様ってのも実のところは、大層ご立派な神様なんじゃないかなあって、そう思うんですよね。
あの時、あの人を照らしていた死神様の光は、そんな恐ろしいもんじゃなかった。
優しくて哀しくて、なんとも言えない淡~い、光だったんですよねえ。
後書き
読者さんから寄せられた体験談ですが、衝動的に稲川スタイルでやってみたくなり書いてしまいました。
もちろん体験者さんご本人には許可を取っており、稲川さん大好きとのことで喜んでいただけました。
お話を読んで脳内に稲川さんっぽい声が聞こえてきたら大成功です。
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