篠宮神社の御守りといえば、ある筋ではちょっとしたレアアイテムとして知られている。
九州の田舎にある古い神社の御守りで、オカルト界隈でそれほど知名度があるわけではないのだが、知る人ぞ知る、というやつである。
一般に出回っているのは社務所で販売している800円のやつで、効果に関してもご利益があったりなかったり、ごく一般的な普通のものである。
ある筋で貴重品として重宝されているのは神主である篠宮慶宗が一つ一つ丁寧に作った逸品で、工場で織られたものよりも地味で味気ない装飾ながら効果のほどは折り紙つき。
霊に憑かれやすいなど霊障関係で困っている人なら数十万出しても購入したいという有難い御守りである。
そして私達姉弟が持っているのは神主であり篠宮家の現当主である篠宮慶宗が直々にお願いして妻の篠宮皐月が作り上げた10個の御守りのうち5つだ。
御守りというよりむしろ移動する御社といっても差し支えない破格の霊験が宿るといわれるその御守りは、普段は篠宮神社の本殿に保管されており、特殊な事情で持ち出される事があっても必ず元の場所に戻される。
それほど強力な御守りなのだ。
かつて日本有数の霊力を自称する霊能者・嘉納康明(本名・佐々木祐一)が極秘で借りに来たことがあった。
なんでも都内の旧家からとびっきりの呪物が出てきて清めを依頼されたのだが、そのブツに憑いた悪霊が強力でなかなか祓うことができない。
そこで篠宮神社の御守りを借りていき、祓いの儀式の要としたいとのことだったそうだ。
儀式はまんまと成功した。
ところが嘉納はいつまでたっても御守りを返却しに来ない。
御守りの強力な力に酔ってしまって御守りを手放せなくなったのだ。
強欲な嘉納は次々と依頼を受け大豪邸を建てるほどに儲けた。
一年経った頃、篠宮皐月は嘉納に手紙を書いた。
「貴方が御守りを返しに来ないから取り返しに行くと神様が仰ってますので、どうぞ大事に至らないうちにお戻しください」
その手紙を読んだ嘉納は突然喋れなくなり耳も聞こえなくなった。
さらに嘉納本人にしかわからないことだが、嘉納にとって物凄く恐ろしいことが立て続けに起きたらしく、3日と経たないうちに篠宮神社に御守りを返しに来た。
その際に大変な額のお布施をしていったらしく、お陰で篠宮神社の家計はかなり温かくなったとか。
そんな強力な御守りを幼い頃から持たされている私達姉弟は、まさしく神様を連れ回しているようなものであり、事あるごとに悪い霊が寄って来ては勝手に消滅していくという不思議な光景を見て育った。
もっとも長男の宗一郎と次男の暁は霊感がほぼないのでただの御守りとしか認識していないが。
本殿に安置するような大事なものを持ち歩いて良いのかと母に尋ねたら、
「色々なところに行けて神様も楽しんでるからいいのよ」
と言っていた。
御守りを持って心霊スポットに行こうものなら大変だ。
«最悪トンネル»という変な名前の心霊スポットに行った時のこと。
高校の同級生数名と自転車に乗って最悪トンネルに行った。
トンネル内に入った途端、トンネルの奥から阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえて来たかと思うと、潮が引くように小さくなりやがて聞こえなくなった。
御守りに恐れをなして逃げていったか、御守りの力により消滅してしまったのだ。
事情を知らない友人達は泣きながら抱き合って怖がっていたが、私は心の中でそっと霊達に詫びて帰ってきた。
心霊スポットになるにはそれなりの理由があるようで、数年経った頃には最悪トンネルの噂は復活していた。
どうやら新しい霊達が巣食っているらしい。
たまに神社やお寺に行くと御守りが嬉しそうに震えることがある。
ウチの神様は他所の神様と交流するのが好きらしいので、新しい土地に行くと積極的に寺社仏閣を見て回るようにしている。
そんな私達姉弟は霊的なピンチを迎えたことがまるでないかというとそうでもない。
ウチの神様は結構なスパルタで幼い頃から訓練をさせられている。
悪い霊が寄ってきて、いつもなら勝手に消滅するのになぜか消えない。
そういう時はなんとなく、あっ今回は御守りは助けてくれないな、とわかるのだ。
そうなると大変、自分でなんとかしろということなので、逃げるか祓うかしなければならない。
なので父や母に霊との対し方を学ぶことになる。
日常的にそんなことをしながら育ったので、私達姉妹は大人になる頃にはそれぞれなりに霊に対するコツをつかんでいた。
そうなるとほとんどの場合において自分で対処することになり、いつしか御守りが自動的に守ってくれることはなくなった。
ちなみに兄と弟は霊感がないヘタレコンビなのでスパルタ教育とは無縁だった。
今でも肌身離さず持っているが、ごくごくプライベートな時、要するに恋人と会う時なんかは家に置いてきたりする。
流石に神様の前でイチャつくのも気がひける。
恥ずかしいのだ。
移動する御社のようだ、といっても御守りは御守り。
本殿にいる神様が本体であり、御守りに込められている神様の力は少々おすそ分けされた程度の分身みたいなものらしい。
私はひそかにデフォルメされたプチ神様みたいな御姿を想像している。
本殿の神様じゃないと対応しきれないような強力な霊と出くわした時には御守りが熱くなる感じがして、逃げろ逃げろと頭の中に衝動が沸き起こった。
プチ神様が頭の周りを飛び回りながら焦っている御姿を想像してほっこりした。
ある時私は、強力な悪霊から逃げつつも逃げ切らず、悪霊を神社までおびき寄せつつ携帯で母に連絡を取り、逆に悪霊を待ち伏せしてもらうという好プレーを演じた。
あとでめっぽう怒られたが、私の少なくない武勇伝の中でも特別な輝きを持って胸の中に刻まれている大切な思い出だ。
私は篠宮水無月。
双子の弟である暁が霊感ほぼゼロのヘタレなので2人分の苦労をしながら育った剛の者である。
弟の肩に霊が乗って帰ってきたら大体私が祓ったのだ。
少しは感謝してもらいたい。
弟も御守りを持っているのに、なぜか弟の霊は放置されていることが多い。
私の教育のためだと両親は言っていたが、ウチの神様もなかなかいけずなお方である。