18 :地下のまる穴11:2011/12/16(金) 10:31:44.59 ID:s+XHJkPg0
トイレに行くと、初めてあの夜の事を思い出しました。
不思議ですが、目覚めてからの数時間一度もあの肝だめしの事は
思い出さずにいました。トイレがすごく怖かったのですが、
肩をかしてくれた医師や付いてきた母や妹がいたので、中に入りました。
用を足したあと、鏡を見て悲鳴をあげました。
顔が私ではありませんでした。まったくの別人でした。
覚えていないのですが、その時私は激しいパニックを起こしたらしく、
大変だったらしいです。
その後は一ヶ月近く入院しました。私は両親と名乗る男女や、
妹を名乗る女の子や、見舞いに来た自称友達や、
自称担任の先生だったという男性らに「僕は○○じゃないし、あなたを知らない」
と言い続けました。
AやBの事や、自分の過去や記憶を覚えている範囲で話し続けましたが、
すべて記憶障害、記憶喪失で片付けられました。Aなど存在しない、
Bもいない、そんな人間は存在しないと説得されました。
しかし、みんな私にとても優しく接してくれました。
医師や周りの話だと、私は学校帰りに自転車のそばで倒れているところを
通行人に発見され、そのまま病室に担ぎ込まれたそうです。
私に入ってくるこの世界の情報はどれも聞いた事がないものばかりでした。
例えば、「ここは神奈川県だよ」と言われた時は、
私は神奈川県など知らないし、そんな県はなかったはずでした。
通貨単位も円など聞いた事もない。東京など知らない。
日本など知らない…という感じです。
19 :地下のまる穴12:2011/12/16(金) 10:33:31.15 ID:s+XHJkPg0
そのつど医師からは「じゃあ、なんだったの?」と聞かれるのですが、
どうしても思い出せないのです。Aの名前も思い出せず、
「同級生の友達」と何度も説明しましたが周りからは
「そんな子はいないよ」と言われました。
あの施設に入り、あのフラフープに入った話を医師に何度も必死に
説明しましたが、「それは眠っていた時の夢なんだよ」という
感じで流され続けました。
しかし恐ろしい事に、私自身「自分は記憶喪失なんだ。
前の人生や世界は全部寝ていた時の夢だったんだ」と
真剣に思い始めていたのです。
「記憶喪失な上に、別人格・別世界の記憶が上書きされている」と
信じはじめていたのです。
どちらにせよ私には別人としての人生を生きていく事しか
選択肢はありませんでした。退院後に父や母や妹に連れられ自宅に戻りました。
「思い出せない?」と両親から聞かれましたが、
それは初めて見る家に初めて見る街並みでした。
私はカウンセリングに通いながら、必死にこの新しい人生に順応しようと
思いました。
私に入ってくる単語や情報には違和感のあるものとないものに分かれました。
都道府県名や国名はどれも初めて聞いたものばかりですし、
昔の歴史や歴史上の人物も初耳でしたが、大部分の日常単語については、
違和感はありませんでした。テレビや新聞、椅子やリモコンなどの
日常会話はまったく違和感ありません。
20 :地下のまる穴13:2011/12/16(金) 10:35:38.36 ID:s+XHJkPg0
最初は家族に馴染めず、敬語で話したり、パンツや下着を洗われるのが
嫌で自分で洗濯などしていましたが、不思議な事に、
本物の家族なんだと思えるようになり、前の人生は前世か夢だと
思うようになりました。
そう思えてくると、前の人生での記憶が少しずつ失われていきました。
唯一鮮明に覚えていた両親の顔や兄の顔や友人の顔や田舎の街並みも
思い出すのに時間がかかるようになりました。
しかし、あの最後の一夜、宗教施設での記憶だけは
ハッキリ覚えていました。
特にあの満面の笑みの老人の顔は忘れられませんでした。
新しい生活にも慣れ、カウンセリングの回数も減り、
半年後には高校にも復帰しました。二十歳で高校3年生からやり直したのですが、
友人もでき、楽しさを感じていました。テレビ番組も観た事がない
番組ばかりでとても新鮮でした。
神奈川県の都市でしたので都会の生活もすごく楽しかったのを覚えています。
しかし、高校復帰から4ヶ月ほど経った後に意外な形で、
あの世界とこの世界とをつなぐ共通点が現れました。ちょうど夏休みに、
私は宿題の課題のため、本屋で本を探していました。
すると並べてある本の中で「○○○○」という文字が目に入りました。
宗教関連本でした。「○○○○」というのは、紛れもなく、
私が最後の夜に侵入した新興宗教の名前でした。
私は驚愕しました。そして本を手にとり、必死に読みました。
「○○○○」はこの世界では、かなり巨大な宗教団体というのが分かりました。
21 :地下のまる穴14:2011/12/16(金) 10:36:31.14 ID:s+XHJkPg0
私のいた世界では名前も聞いた事がない無名の新興宗教団体だったのに、
こちらでは世界的な宗教団体だったのです。それから私はその宗教の関連本を
何冊も買い読みあさりましたが、それは意味がない行為でした。
読んだからといって何も変わりません。戻れるわけでもなければ、
誰かに私の過去を証明できるような事実でもありません。
周りに話したところで「それは意識がなかった時に○○○○が夢に出てきただけだ」
と言われるだろうと思ったからです。
それに、親切にしてくれる新しい家族や友人たちに迷惑や
心配をかけたくなかったのです。せっかく高校にも復学し、
過去の話をしなくなった私に対して安心感を感じてくれている周囲に対しての
申し訳なさ、またカウンセリングに通う苦痛を考え、
私は見て見ぬふりをする事にし普通に人生を送ってきました。
17年が経ち、私も今は都内で働くごく普通のサラリーマンです。
ではなぜ今さらこんな事を書き記そうと思ったかと言うと、
先月、私の自宅に封書の手紙が届きました。匿名で書かれた手紙の内容は
「突然で申し訳ありません。私はあなたをよく知っています。
あなたも私をよく知っているはずです。あなたを見つけるのに
とても長い時間と手間がかかりました。あなたは○○という名前ですが、
覚えていますか?また必ず手紙を送ります。この手紙の内容は誰にも
言わないでください。あなたの婚約者にも。よろしくお願いします」
という内容でした。○○○と呼ばれても、私にはもはや全くピンときませんが、
以前そんな名前だったような気もします。
手紙が送られてきた事に対しては不思議と恐怖も期待もなく、
どちらかというと人ごとのように感じました。そして、その手紙の
相手は先週二通目を送ってきました。
22 :地下のまる穴15:2011/12/16(金) 10:37:07.93 ID:s+XHJkPg0
要約すると「あなたが知っている私の名前は○○です。
あなたは覚えていませんよね?どうやらここにはあなたと
私しか来ていないようです。」と書かれ
「今月25日の19時に○○駅前の○○にいるので、必ず来てください。
あなたに早急に伝えなければならない事があります。必ず一人で来てください」
と書かれていました。
私には○○の名前が誰なのか一切覚えていませんが会いに行くつもりです。
行かなければならない気がしています。
誰がそこに立っていたとしても思い出せないと思いますが、
あの夜のメンバーなら話せば誰なのか分かります。
できればBであってほしいです。
なにが起こるか分からないので、こういう形で書き残そうと思いました。
同じような文面を婚約者と唯一の身内になった妹には残しておこうと思います。
長々と読んで頂いてありがとうございました。