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ここの住人には悪いがあまり信じてもいなくて。
っていう立場の人間からの怖い話として読んでくれ。
俺は夢の中でバスに乗せられてたんだ。
バスは少し変わった席の配置になってて、右側・左側ともに、
一人がけのシートだけが後ろから前までずーっと続いてた。
全部の座席のうち4割くらいが埋まってた。
「4割」とそれなりに具体的に言えるのは、全員がバスの後ろ側につめるように座ってて、
前の方の座席がすっぽり空いていたからだ。
がらんと空いた前の方には、運転手の後ろ姿だけが見えた。
周りの乗客を見回してみた。彼らは全員微動だにせず、少し伏し目がちに前を向いて座っていた。
振り返って後ろに座っていた人を見た。少しうつむいた姿勢と前髪が表情を隠していた。
恐らく男性だったように思う。前を向き直った。
俺の前には、髪の長い女性が座っていた。
バスが停まった。
その場所は、俺の地元にある介護施設の中庭だった。
ちなみにだが、この介護施設は明治時代に建てられた孤児院をその前身としており、
永年にわたって無縁仏の供養を行なっている施設でもある。
しかしそのバスのドアはなぜか最後部に、まるでワゴン車のバックドアのように設置されていた。
右側の一番後ろに座っていた乗客が立ち上がり、そのドアから降りていった。
そして次に左側の最後列、つまり俺の後ろの乗客が降りていった。
続いて右側の後ろから2番目、通路を挟んで俺の隣に座っていた乗客が降りていった。
次は誰が降りるんだろうと思って待っていたが、誰も立ち上がろうとしない。
しかしバスは発車する気配もなかった。誰かが降りるのを待っているようだった。
そして気がついた。ああ、次は俺の番なんだ。
ふと窓の外を見回すと、あたりは真っ暗闇になっていた。
いや、「真っ暗闇」という言葉では少し生ぬるいかもしれない。
暗すぎて、地面とそれ以外との区別もつかないくらいだった。
まるで暗闇の中にバスだけが置き去りにされてしまったような、そんな感覚だった。
おそらく俺は、そしてこのバスに乗っている乗客たちはみな死んでおり、
このバスがあの世への渡し船なのだと。
ああ、いやだな。降りたくないな。
降りたら本当に終わりなんだろうな。
でも俺が降りないと、きっとこの人たちも降りられないんだろうな。
きっと俺が降りたら、今度は右斜め前のあの人、その次は俺の前のこの女の人かな。
もう決まってるんだろうな。降りなきゃいけないのかな。降りたくないな。
そして立ち上がろうとしたその瞬間、ばたん、とドアが閉まった。バスが発車した。
あれ?降りなくてもいいのか?
そう思った次の瞬間、俺の前に座っていた髪の長い女性がくるっと振り返って、
目を見開き、耳まで裂けるような笑顔でニタっと笑ってこう言ったんだ。
「よく降りなかったね」
そこで目が覚めた。目覚めると全身が汗だくで、シーツが背中に張り付き、
激しく、そして凄まじい速さで心臓が脈打っていた。
「ドドドドドドド・・・」と、頭の中に鼓動が直接響いてきた。
目をつぶり、そのまま少しじっとしていた。まぶたの裏に浮かんでは消える女の顔から必死に目を逸らした。鼓動は収まった。
でも今でもたまに思うんだよね。
もしあの時バスを降りていたら、俺はちゃんと目覚めることができていたんだろうか?