157 :14:2011/05/26(木) 20:03:25.46 ID:eyYw6u020
もう限界だった。
俺は歌声のする方向とは逆方向に全力で逃げ出した。
木の枝や茨のようなものが体に当たり、あちこちに小さな傷ができる、
それでも俺は走るのをやめなかった、そして、どれくらい走っただろうか、
結構広めの舗装された道路に出た。
道路に出る頃にはもう歌声も気配もしなくなっていた。
俺は少し安心して、もしかしたらと携帯画面を見てみたが、まだ圏外の
ようだ、しかたなくその道をあても無く歩き始めた。
広い道なので歩いていればいずれどこかにでるだろうと思ったからだ。
暫らく歩いていると、後ろの方から車の走る音が聞こえてきた。
「助かった!」
そう思って待っていると、遠くから車のヘッドライトが見え、だんだんと
こちらへ近いづいてくる。
目立つように少し道路の真ん中に寄ると、俺はありったけの声で
「助けてくださーい!」
と叫び続けた。
車がもうすぐ近くまで来るという頃、異変が起きた。
誰かが俺の両足首を掴んでいる…
俺はかなり強くつかまれ、足が痛いうえに身動きが全くできなくなって
しまった。
それでも大声で叫び続けた、そうしなければ、この車を逃したら…
そう思うとそちらの方が恐ろしかったからだ。
158 :15:2011/05/26(木) 20:04:17.47 ID:eyYw6u020
とうとう車は目の前まで来た。
そして、急ブレーキを踏んで俺のすぐ前で停車した。
車はいかにも高そうな外車で、中から怒鳴り声を上げながらあからさまに
そっち系のおっさんが出てきた。
普通ならこういう人達とは係わり合いになりたくない。だが、今は非常時だ、
「この後はどうなってもいい」俺は心底そんな気持ちでおっさんに車に
乗せてほしいと頼むつもりだった。
おっさんはドアを開けながら怒鳴り声を上げていたのだが、急に
俺の背後を見ながら顔を引きつらせ、大急ぎでドアを閉めるとそのまま
走り去ってしまった。
…えっ
俺は呆然とした。
まだ足はつかまれたままだ。
背後になにかいる、それだけはおっさんの反応でわかったのだが、恐ろしくて
後ろを振り向けない…
すると、背後から例の歌声が聞こえてきた、そしてそれだけではなく、何か
強烈な腐臭も漂ってくる。
俺はありったけの力で足を動かそうとしたが、動かない。
そして、体を捻らせた拍子に体制を崩しその場に倒れこんでしまった。
それでも、恐ろしくて背後を見ることができない。
しかし、幸運な事に転んだ勢いで足を掴んでいる手が離れた。
159 :16:2011/05/26(木) 20:04:59.94 ID:eyYw6u020
そのまま這うようにその場を離れると、起き上がり全力で走り出した。
この時、俺は背後を振り向き何かを見た、それは間違いない。
そしてそれに今まで感じた事の無いような恐怖心を感じたのも間違いが無い
のだが、今思い返してもなぜか何を見たのかが思い出せない、これを読んでいる
人はおかしいと思うのだろうが、そうとしか言いようが無い。
「何か恐ろしいものを見た」という記憶しかなかった。
たぶん1km以上は走ったんじゃないかと思う。
ポケットに入れていた携帯が突然鳴った、どうやら携帯の繋がるところまで
下りてきていたようだ。
電話に出るとそれはAだった。
電話越しにCの声もする。
Aが
「おい、大丈夫か?今どこにいる?」
と、かなり心配しているようだ。
俺はとりあえず無事な事と広い道にでている事を伝えると
「Bはどうなった?無事なのか?」
と聞いた。
160 :17:2011/05/26(木) 20:06:01.29 ID:eyYw6u020
Aによると、Bも無事で3人で一緒に資材置き場の駐車場のような場所にいるらしい。
話を聞いているとどうも俺と同じ道を下ってきていたようで、電話をしながら暫らく
歩いていると3人が見えてきた。
キャンプ地を逃げ出してからかなり時間が経っていたのか、空が白み始めている。
3人に合流すると、Bは駐車場の縁石に座りぼーっとしている。
とりあえず俺は皆にはぐれた後の事を説明した。
するとBが
「そう、それだ、俺が見たのも!」
と言ってきた。
姿形は全く思い出せない、でもそこに「何か恐ろしいもの」がいたのだけははっきりと
覚えているんだという。
AとCにそういうのを見たか聞いてみたが、2人はそういうのは見ていないという。
ただ、Bを追っている最中にずっと背後に気配と視線は感じていたらしい。
話しているうちに日が昇り周囲が明るくなり始めた。
俺達4人は携帯の地図で場所を確認すると、どうやらキャンプ地から大きく回りこんで
別の峠のほうに来ているようだが、歩いて戻れる範囲ではあるようだ。
本当は戻りたく無いのだが、荷物も車もそこにある、戻らないわけにはいかない。
俺達は3時間かけてキャンプしていた場所まで戻った。
戻ってみると、一見何も変化がなく、荷物もテントも車も来た時のままだ。
しかし根拠は無いが、4人とも「またあれが来るんじゃないか」と内心ビクビクだった。
中の荷物をまとめようと俺がテントに入ろうとしたとき、中からあの強烈な
腐臭がしてきた。
161 :18:2011/05/26(木) 20:07:10.17 ID:eyYw6u020
俺は「うわっ」と声をあげてしりもちをついた。
別のところで荷物をまとめていたA、B、Cが何事かと寄ってきた。
俺が
「ヤバイ、なんかテントの中からあの臭いがする…」
というと、真っ青な顔でBが
「マジか…」
と後ずさりした。Aが
「…とりあえず外から中を探ってみるしかなくね?」
と動揺気味に言ってきたので、外から棒でつついたり石を投げたりして内部の
反応を見てみた。
しかし、何の反応も無いし気配も無い。
Cが恐る恐るテントの窓を覗き込むと
「見える範囲には何もいないっぽい…」
と言ってきた。
俺は意を決してテントの入り口をあけ中を覗き込んだ。
中には俺達の荷物がそのままだ、ぱっと見た限りでは臭い以外におかしなところ
は何も無い。
ただ、よく見るとテントの中央辺りが黒く煤けている、まるで何かそこで小火でも
起きたような色で特にその辺りの腐臭が酷い。
162 :終わり:2011/05/26(木) 20:07:52.01 ID:eyYw6u020
俺達はなるべく臭いをかがないようにしながら荷物を全て外に出すと、テントを
川で念入りに洗い臭いを完全に洗い落とし、荷物をまとめると早々にその場
を逃げ出した。
帰り際、ふもとの小さな町でそれとなく色々聞き込みなどもしてみたのだが、結局
あれが何なのかは解らなかった。
というより、山そのものに「いわくも何も無かった」といったほうがいい状態だった。
その後、俺達には特に何も起きておらず、結局あの晩に起きた事の真相は今現在まで
何もわかっていない。
ただ、今でも俺は少し暗闇が怖い。常にではないが、たまに真っ暗の闇の中から
あの何か気配や歌声が聞こえてくるんじゃないかと不安になるときがある。
以上、これが1年前の出来事の全てです。