おバカバーテンダーのジュン君が、客であり飲み仲間でもあるママさんのスナックに行った時の話。
同じ街で夜の飲食店を経営する仲間ということで、互いの店に飲みに行ったり来てもらったりすることはよくある。
昔から面倒を見てくれて仲の良いママさんのお店に遊びに行った。
営業直前の時間に到着して、当然準備しているであろうスナックのドアに手をかけると、鍵が閉まっていた。
看板や店前の電気はついてる。
おそらく買い出しか何かで出かけているんだと重っねママさんに電話をかけた。
「ごめんねちょっと家に忘れ物した。カギ使って勝手に入っていいよ」
そう言ってママさんはカギを隠してある場所を教えてくれた。
看板横にある郵便受けの中。
まあ誰でもここに隠すよねといういかにもな場所に隠してあり、これでいいのかと思いつつ回収したカギを使ってお店に入った。
店舗用の大きく重厚なドアを開けて店内へ。
カランカランとドアベルを鳴らしながらドアを閉めて店の奥へと進む。
店内は全ての照明が付いており明るい。
店内の中央にお客さんがいたので、ヒョイっと避けてお店の奥の席に座った。
あれ?
座った瞬間に感じた違和感に首を捻る。
俺がカギ開けて入ってきたんだよな。
と思い、今まさに避けたお客さんを見た瞬間、
あ、これ人間じゃねーわ。
と気がついた。
立っているのは男女の2人。
まるで静止画のように立ったまま動かない。
そして明らかに人間の色をしていない。
セピア調にくすんだ色合いで、まるで古い写真であるかのようだったという。
普段ジュン君が霊を見るときは普通に動いている状態だという。
まるで心霊写真が投影猿鷹のように、3Dホログラムのように店内に立ったまま微動だにしないその霊達に俄然興味を惹かれてジュン君はそっと近寄った。
恐怖心は感じなかったという。
何かあれば逃げればいいやくらいに考えてからは霊達の様子をじっくりと観察することにした。
男性の顔を見た瞬間にジュン君はものすごく不快な気分になった。
目を瞑り口を窄めて突き出した状態。
まさに今から目の前の女性とキスしようとしている。
男性の年齢は5〜60代と思われる。
オッサンのキス顔にジュン君は眉を顰めて女性の方を見た。
今風のメイクや髪型ではない、かなり以前の流行で身を飾った女性だったが、その顔には見覚えがあった。
この人、たまにこの店に飲みに来るアヤネさんだ。
ママの友人で、ジュン君ともこの店で仲良くなったアヤネさんであることがわかり、おそらくアヤネさんはかつてこの店で働いていたのだろうと思った。
アヤネさんはキスを迫るオッサンに対して、全力で拒否するように顔を顰めながら両手を突き出している。
そのあまりの形相と拒否っぷりにアヤネさんが心底嫌がっており、このオッサンはホステスにこういう絡み方をするクソ客であることがわかった。
なるほどそういうことかと席に戻ってママさんが帰ってくるのを待つ。
霊達は店内の中央に現れたまま動かないし消えもしない。
席に着いたジュン君から見てアヤネさんは背中を向けており、オッサンの顔は嫌でも目に入ってくる。
気持ち悪いヤローだな。
オッサンに対する不快感と、目を閉じて口を突き出したキス顔のみっともなさにだんだんと腹が立ってきた。
撮ってやろうか。
無駄に不快感を与えてくるオッサンの霊に何か仕返しをしたくなったジュン君は、この無様な状況をスマホで撮影して皆で笑ってやろうと考えた。
立ち上がりスマホを構えて霊達のもとに近寄る。
カメラを向けると霊達は画面に映らず、向こう側の壁が見えている。
「…………」
スマホから目を話して肉眼で見ると確かに霊達はそこにいて、オッサンのキス顔がこっちを向いている。
ただし画面には何も映っていない。
あーダメか。
霊をスマホで撮影するのは無理かと悟ってジュン君は席に戻った。
オッサンの顔が見えない席に移ろうかと考えたが、そうするとなんだか負けた気がするのでママが戻ってくるまでそこでスマホを見ていたという。
「ごめんねージュン君。すぐにお酒作るからね」
やがてママさんが戻ってきて、お酒を造ってくれたり小料理を出してくれたりと、いつものスナックに戻った。
あそこにアヤネさんの生霊がいますよ、とママに伝えようかとも考えたが、嫌な気持ちにさせても仕方がないので黙っていたという。
しばらく経ってまたママさんのスナックに行くと、お客として飲んでいるアヤネさんがいた。
「こんちわーっす」と声をかけるとおいでおいでと手招きされて同席させてもらうことになった。
アヤネさんにもあの時に見た生霊のことは聞くのが憚られたが、ジュン君はどうしてもあのオッサンのことが気になっていた。
「私ここでバイトしてたことがあってさ」
話の流れでアヤネさんが昔話を始めたことで、ジュン君はチャンスだと思い質問をした。
「ヤバい客とかいましたか?」
そう聞くとアヤネさんは「ヤバいのはママが出禁にしてるよ」といって手を振った。
「一番ヤバかった客はどんなですか?」
その問いにアヤネさんはジュン君の求めていた答えを返した。
「オッサンのくせにハグとかキスとかしようとしてくる奴がいたよ。外国人かよ!ってみんな嫌いだった」
アイツだ!
ジュン君はドンピシャの答えに行きついて興奮していた。
「ソイツその後どうなったんすかね」と聞いたジュン君にアヤネさんはあっけらかんと答えた。
「酔っぱらって自宅の近所で車に轢かれて死んだらしいよ」
それを聞いてジュン君の熱は一気に冷めてゾッとしたという。
もしもあの時にパシャッと撮れてしまっていたら。
そう考えると写らなくて良かったと安堵した。
もしも撮れていたら自分は間違いなく周りの連中に「どうだこれスゲーだろ」と見せて回って自慢していたに違いない。
そしてオッサンの無様な様子を嘲笑っていたに違いない。
その場に現れたオッサンの霊はそんな風に嘲笑う自分をどう思っただろうか。
一緒になって笑う友人達の元に現れない保証はあるだろうか。
そう考えて「撮れなくて良かった」と胸を撫でおろしたという。
その後ママさんのお店に行ってもオッサンの霊もアヤネさんの生霊も見てはいないということだ。
~終わり~
この怪談の動画はこちら
オッサン達とは逆に『画面にしか映らない霊』についてしのはらメンバーが事例を出したりする考察動画も興味深いのでぜひご覧ください。