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怪談夜行列車

山に入れなくなった話【朗読用】  第2話

投稿日:2021年8月29日 更新日:

高校を卒業した俺は大学に進学せず映像系の専門学校に進んだ。
その学校の卒業生が立ち上げた代々木の小さな映像制作会社に就職したのだが、この選択がまずかった。
なんせ零細企業のため人がいない。
社長を含め5人しかいない会社なので、打ち合わせから撮影、編集に至るまで全てこなせないと仕事が回らないのだ。
当初は全ての制作過程に携われるのが楽しかったが、入社して3年も経った頃には段々と苦痛になっていった。
特に営業が辛かった。
先方の要望を聞き、おおよその予算を伝え、企画を取捨選択して実現可能なプロジェクトに落とし込んでいく。
ほとんど全ての場合において、先方の要望は予算を大幅に超えるものであり、これこれこういう理由でこのくらいの予算が必要になりますよと伝えると、決まって嫌な顔をされた。
零細制作会社が相手にするようなクライアントは大概が映像企画自体が初めての中小企業であり、先方の担当者はアレもしたいコレもしたいと夢ばかり膨らませて、予算との葛藤を抱えることになる。
大手の映像制作会社のプロジェクトに加わって歯車の1つとして編集なんかを担当する方がよほど俺の性分に合っていた。

その日はとある中堅プロダクションの企画会議に参加するため道玄坂の喫茶店に呼び出されていた。
全体を仕切る役目のディレクターがプロジェクトの内容を各担当に説明していく。
俺の会社は嬉しいことに編集の下請けという役割だった。
自分で企画を取り仕切る必要もなく、それなりの予算を確保して会社でパソコンをポチポチする下請け仕事が俺は大好きだった。
下請けで割りのいい仕事なんて回ってくることは稀だったが、自分で言うのもなんだが俺は没頭型なので仕事が早く、締め切りに追われることもなくむしろ早めに切り上げて趣味の時間に費やすことができた。
それを見越して先方が寄越した作業は結構なボリュームだったが、それに見合うだけの予算もしっかりつけてくれていたので快諾した。

プロジェクトの内容は「本当にあった心霊映像100連発」みたいなよくあるDVDの企画で、俺の会社に当てられた役割は、提供された映像素材を上手いこと怖い感じにして、オバケがチラリと映り込む細工を施して先方に納品するというものだった。
子供の頃に壮絶な恐怖体験をしていた俺はオバケ系の映画やテレビ番組などは苦手だ。
お化け屋敷なんか入れるはずもなく高校や専門学校の友達には随分馬鹿にされたものだった。
オバケはいるかどうかわからないが恐ろしい神様はいるのだ。
かつて親友2人が行方不明になった経験をした俺は、そっち方面に関しては消えないトラウマを抱えていた。
だが仕事となるとそんなことも言っていられない。
しかも企画自体フィクションもいいところで、さらにこちらは仕掛ける側。
なんとかなるさと深く考えるのはやめ、TSUTAYAで心霊系のDVDを何本か借りて会社に戻った。

撮影チームから送られてきた大量の映像素材をパソコンに取り込んで確認する。
この撮影チームは酷く雑な仕事をするようで映像はブレブレ、オバケ役の人の後ろにスタッフの足が見切れている、暗めの映像作品にするはずなのにカメラの感度を上げすぎて室内が明るく映りすぎている、などなど非常に陳腐な映像の数々を見て俺は溜息をついた。
映像がブレればリアリティを感じるなんて甘えだと思った。
撮影チームも100本分の映像を撮るのに大急ぎでやっているのだろうが、これではやっつけ仕事にもほどがあるだろう。

このチープな映像をいっぱしの心霊映像に加工する。
画面全体の明度を落としコンントラストも下げる。
青いフィルターをかけて薄暗い雰囲気を醸し出す。
オバケ役の人や不可解な光を切り取ったり映像に重ねたりしてそれっぽくする。
できた映像からクラウドにアップしてディレクターにチェックしてもらう。
直しが入れば対応し、OKならそのまま次に取り掛かる。
毎日20時間近くぶっ通しで編集を続け、納期まで1週間を残して全ての編集が終わった。
我ながら大した仕事量だと思う。
あとは誰に憚ることもなく会社のパソコンで堂々とゲームができるのだ。

仕事にも勝る集中力でオンラインゲームをやり込んでいるとディレクターから着信が入った。
直しかと思って舌打ちしつつ電話に出る。
画面ではゲーム画面が停止している。
ディレクターの要望はオマケ要素として追加の映像を編集してくれないかというものだった。
なんでもTV番組の特番用に撮影した映像があるのだが、番組自体が取りやめになったらしく宙ぶらりんになっている映像素材を入手したので、それをDVDに収録したいとのこと。
納期は大幅に残っているし、もちろん追加の報酬も発生するので俺はその依頼を快く引き受けた。
社長に報告してゲームに戻る。

その夜にバイク便で届いた新たな映像素材を確認する。
流石にTV用の撮影チームが撮った映像は綺麗で雑な仕事はしていない。
俺は映像素材のクオリティの高さにテンションが上がり、そのまま全ての素材をチェックすることに決めた。
全てを見終わるのは深夜になるだろうが、どこぞのやっつけ映像素材にうんざりしていたので、綺麗な映像素材を見るのが楽しかったのだ。

映像の内容はどこぞの森だか山だかの心霊スポットにタレント数名と霊媒師のおばさんが潜入し、案の定タレントの女の子が気分が悪くなり除霊をする、というありふれた内容だった。
撮影段階から最適な露光ろこうで撮られた映像は結構怖いものがあった。
カメラの向こうで出演者がライトに照らされ、その向こうは暗闇になっている。
そこで色々起きて女の子が泣き出してロケバスに戻り、霊媒師のおばさんがお祓いするも、ここでは完全に祓いきれないのでお寺に行って再度除霊をしましょうという流れになった。

ゾッとしたのはお寺での除霊シーンで、正座して首を垂れウンウン唸っている女の子の後ろで霊媒師のおばさんがお経みたいなのを唱えながら肩や背中を叩いたりしている。
ふいに顔を上げた女の子が頭をぐるりと回すのだが、その時に女の子の目が一瞬カメラを見るのだ。
何気なく見ていてふと気になり、女の子の顔のところを拡大して初めて気付くくらいの極々小さなポイント、しかも一瞬の出来事なのでテレビで見ている人は気づかないだろう。
そんな些細な演技をこの女の子がしたのだろうか。
そんな細かい指示をディレクターは出したのだろうか。
言ってはなんだが、これは心霊番組だ。
泣いたり叫んだりする演技の他にそんな細かい演出など番組全体にとって意味がない気がする。
しかも女の子の目が怖いのだ。
虚ろな三白眼さんぱくがんで目線がグリグリ動いている。
そして一瞬カメラを見る。
拡大してその場面を見たときブワッと鳥肌が立った。
うわっと声が出て恥ずかしくなり、周りを見て会社にいるのが俺1人だと気付いて安心した。
と同時に薄ら寒くなって今日はもう帰ることにした。

結果として、編集が終わって出来上がったオマケ映像は滅茶苦茶怖いものとなった。
「※除霊シーンに重ねてください」という注意書きが添えられた音声データは現場で録音されたものだろう、霊媒師のお経と女の子の泣き声の他に、おそらくはスタッフの演技だろうが「おお…んん……」という霊の声らしきものが入っていた。
それをピッチを下げて間延びさせ、いかにも霊の声ですよというふうに過剰な演出を施して映像に差し込む。
出来上がった作品を会社の皆に見せたところ「これやりすぎでしょ……」と同僚の女の子がドン引きし、社長も「いやコレすげーわ。お前才能あるよ笑」と太鼓判を押す出来栄えだった。

ディレクターの機嫌も上々で、作品を確認して興奮した様子で電話をかけてきた。
打ち上げだと言われ今まで行ったことないような高級クラブに連れていかれた。
まだ興奮している様子のディレクターにオマケ映像の出来栄えを褒められていい気分になった俺は、そもそも映像がいい出来だったので楽な仕事でしたよと謙遜し、周りの女の子達に持ち上げられて鼻の下を伸ばしていた。

帰りのタクシーで気になっていたことを聞いてみた。
なんであんな凄い映像が今までお蔵入りになっていたのか。
ディレクターはそれこそが自分の手柄だと得意げに話し始めた。
あの映像は数年前に撮られたもので、その撮影をした会社はもう無くなっており、権利の関係でテレビ局に眠ったままになっていた映像を貰うことに成功したとのこと。
お蔵入り映像なので格安で手に入れたと自慢された。
大成功だと上機嫌なまま俺の家までのタクシー代も払ってくれディレクターはホテルの前で降りた。

「お客さんテレビ局の人?」
1人になるとタクシーの運転手さんが話しかけてきた。
「いいなあ、女優さんとかにも会えるんでしょ?」
「いえいえ、しがない下請け会社です」
「へえーどんなお仕事なんです?」
「今回はあらかじめ撮影された映像を怖い感じに仕上げる作業ですね」
「怖い感じ?刑事ドラマか何か?」
「いえいえ、心霊番組ですよ。オバケ系」
「ああー心霊番組。私は怖いの苦手でねえ」
「僕もです笑。普段はそういう番組観ないんですよ」
「でもそういう仕事してると霊が寄ってくるって言いません?怪談話なんかもそうだけど」
「いやいやいや笑、怖いこと言わないでくださいよ。本当にビビりなんで」
「いやあでも凄いなあ、そういう専門職?パソコン上手い人はそれで仕事になっちまうんだから大したもんだ」
ええまあと適当に相槌を打ちつつも俺の胸には霊が寄ってくるという言葉が引っかかっていた。

結果DVDは無事発売され、そこそこ売れたらしい。
アマゾンで何位になってるか確認すると惨憺たるものだったが、TSUTAYAではオススメコーナーに置いてくれていた。
期待していた売り上げは達成出来たらしくディレクターから何度か連絡をもらって、今後ともよろしくということでこのプロジェクトは終わった。
アマゾンで作品の詳細を見たとき、出演者の項目に誰の名前も書かれていないことに気がついた。
実録系のDVDで出演者らしい出演者といえば最後のオマケ発掘映像である例の動画に出てくるタレント数名と霊媒師のおばさんだけだ。
気にすることもないかと思ったが、取り憑かれた役の女の子、木崎美佳きざきみかの演技が迫真のものだっただけに木崎さんとしても名前は出して欲しいだろうと思った。
当然俺にどうこうする権利はないので、心の中でモヤっとするだけで終わった。
木崎さんも霊媒師も他の出演者も俺はそれまで一度も見たことがなかった。
単に無名なだけかと思っていたが、ネットで検索しても木崎さんの数年前までの活動が少々ヒットするだけ。
ここ数年は誰も芸能活動をしていなかった。
それなら余計に名前を出してやればいいのにと思った。

数日後、改めてアマゾンで作品の順位を確認すると少し上がっていた。
そしてレビューが付いていた。
残念ながら低評価だった。
コメントの内容は「亡くなった方を見世物にするのはどうかと思います。不愉快です」というものだった。
亡くなった方、一体誰のことだ?
心霊系なのでオバケは当然亡くなった人達ということになるが、それなら他の心霊作品も同様だ。
わざわざこの作品にそんなコメントをするということは、誰か出演者が亡くなっているのだろうか。
ネットでもう一度検索する。
タレントの情報が少々ヒットするだけで現在の様子はわからない。
霊媒師の名前で検索すると公式ブログがあった。
最後の更新はやはり数年前でタイトルは「ご報告」。
内容は娘と名乗る人物が書いており、「この度、母、伊賀野いがのトク子が逝去いたしました。これまでの活動にご支援をいただいた関係者の皆様に感謝申し上げます」というものだった。
「……………」
死んでいた。
一体いつ?死因は?病気で?事故?霊とか?うそだろ?
冷や汗が髪の毛の間から流れてきた。
動悸が激しくなっている。
落ち着け、全然関係ない、偶然、よくある話だ。
不安が爆発して思考が暴走する。
落ち着け落ち着けと念じながら必死に呼吸を整える。
ブログを遡る。
大した情報はない。
最後の更新の数日前の記事で講演会の告知がされている。
急死したってことだろうか。
最後の記事、訃報を告げる記事のコメント欄を見てみる。
結構な数のお悔やみコメントの中に、「美佳も行方不明になりました」という書き込みがあった。
ブログが更新されてから数日後のコメントだ。
「マジか……」
そう口から漏れて俺はしばらく気を失っていた。
正確には呆然としていただけだが、気がつくと会社に誰もいないことに気がついた。
流石に洒落にならないのでディレクターに電話する。
すぐに電話が繋がって俺は霊媒師が死んでることと、タレントの女の子が行方不明になっているという書き込みがあったことを伝えた。
ディレクターは「マジ?」と言ってしばらく黙った後、あーと面倒くさそうに唸ってから「もう何年も前の話なんだから気にしないでいいよ」と言った。
「いやいやいや、そういう問題じゃないですよ。ヤバくないっすか」
「ヤバくないヤバくない。気にしたら負けよ」
「あれ販売しちゃっていいんですか?」
「だから問題ないって。そこは俺も局の人間に確認してるんだから。君ビビりすぎ」
ディレクターは完全にスルーしようとしている。
そんな感じで軽くいなされて「じゃあ仕事だからまたね」と言われ電話が切られた。

俺が気にしすぎているのだろうか。
大丈夫と言われて少し落ち着いた気がするが、まだ腹の底に重く沈む不安がある。
当然ディレクターは編集前の映像素材を見たのだろうが、あの除霊シーンを拡大してまでは見ていないだろう。
あの異常なリアリティーは、それがマジだったことの証ではないだろうか。
そして完成版ではカットしたが、あの時の木崎さんの目、あれはカメラを、俺を見ていたのではないだろうか。
寒気がする、震えが止まらない、こんな思いはあの時以来だ。
大丈夫だ、気にするな、考えすぎだ、何も起きてない。
まだ何も起きていないじゃないか。
自分に必死に言い聞かせる。
会社に居たくない。
人混みに行きたい。
俺は会社を出て渋谷方面へ歩き始めた。

  • B!

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