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怪談夜行列車

山に入れなくなった話【朗読用】  第7話

投稿日:2021年8月29日 更新日:

目を覚ますと俺はまた病院にいた。
あの時と同じ病院のようだ。
病室に入ってきた斎藤さいとうさんが、俺の意識があるのを見て怯えた顔をしたあと、ベッドの側に来て「よかった……今、先生を呼んで来ますね」と言った。

医師の検診を受けしばらくボーッとしていると笠根かさねさんが入ってきた。
「やあ前田さん、どうも」
そう言って笠根さんはベッド脇の椅子に腰かけた。
「無事……とは言えないけど、とりあえず元気そうでよかった」
さっきまでと服装が違う。
俺はつい今まで笠根さんのお寺にいたはずだが、まさかぶっ倒れたのだろうか。

「あの時のこと…覚えてます?」
笠根さんが横目で俺を見ながら聞いてきた。
「いや…全然」
あの時のこと……どの時だろうか。
「どこまで覚えてますか?」
「え…と…さっきまで笠根さんのお寺にいて…伊賀野いがのさんが来てお母さんがやられた話を聞いて……」
笠根さんがため息をついたのがわかった。
「それで…伊賀野さんのお寺に移動しようとなったら雨戸が閉まって…伊賀野さんがここでやるかと……」
その先はどうなった?
思い出せない。
「……そこまでです」
と言った。
笠根さんの目は下の方を見ている。
眉間にしわを寄せて、何かを考えているようだ。
そしてぽつりぽつりと話し始めた。

「あの時、事務所の雨戸が閉まっていって、我々は寺から出られなくなりましたよね?そうしたら前田さんが倒れこんじゃって、ソファにね、グッタリしてた」
額にじわりと汗がにじむ。
冷たい汗だった。
「伊賀野さんの仕切りで本堂に移動して、前田さんはお弟子さん達が担いで、私と…タッキーは本堂に皆さんをお連れして伊賀野さん達の準備を手伝いました」
声がかすれる。
笠根さんは膝に両腕を乗せ手を組む姿勢になった。
「すぐに除霊が始まって、伊賀野さん達で前田さんを囲んで般若心経やら密教系の真言やらを唱えたんです。そしたら半ば意識がなかった前田さんが徐々にトランス状態に移行して、それはまあ通常の除霊と同様ですがね、しばらく読経が続いてました」
俺の脳裏にあの時の木崎美佳きざきみかの姿が浮かんだ。
正座して不安定に揺れながら朦朧としている。
そして顔をグルリと回して、目がカメラを――。
「しばらくして気がついたら前田さんの髪がブワーって伸びてて、それこそ伊賀野さんが言ってたみたいにね、霊が前面に出てきた」

これ見ます?と言って笠根さんがスマホを取り出した。
映像を再生しているようだった。
周りに配慮して音量は落としているものの、そこに映されているのが何か、音ではっきりわかった。
笠根さんが椅子を寄せて近づきスマホを差し出す。
そこに記録されていたのは、まさに除霊の真っ最中の動画だった。
薄暗いお寺の本堂で伊賀野さん達が髪の長い人物を取り囲んで読経をしている。
これが俺、なのだろうか。
ボサボサの髪が正座した頭の高さから地面に垂れている。
髪の中からわずかに肩らしきものが見えている。
歌舞伎役者みたいだと思った。
スマホの画面でよくわからないが、長い黒髪の人物らしき影は大きく揺れながら唸っているようだ。
「んーーー!!!」
「むううううう!!!」
「んんーーー!!!」
言葉ではない。
呻き声。
周りでは読経の声が響いている。
画面全体が激しく揺れている。
撮影している笠根さんがスマホを持つ手が震えているのだろう。
手ブレが激しい画面の中でお堂の中を何かが飛び交っている。
時折画面の手前側から奥に向かって飛んだ何かが、壁にぶつかってガシャンと音を立てて落ちるのが見えた。
ポルターガイストみたいだ。
周りから物がバンバン飛んでくると言ってたっけ。
現実感が希薄な頭でそんなことをふと思った。

「…………しなさい………前田浩二の体に取り憑いた霊よ出て行きなさい………許しませんよ………ノウマクサンマンダ…………出て行き………今こそ……」
弟子達の読経に混じって伊賀野さんの声が聞こえる。
そしてライオン、だろうか、虎だろうか、大型の獣が唸るようなグルルルという唸り声が響いた。
「この声、わかりますか?すごいですよね獣みたいで」
笠根さんが言ってるのはこの獣のような唸り声のことだろう。
「これ、前田さんの声ですよ」
はあ?という顔を俺はしたのだろう。
「マジですよ。前田さん、低い声でむーむー言いながら同時にこの獣みたいな声で唸ってたんです。他にもヒヒヒとかケケケみたいな気持ち悪い笑い声も出してましたね。どうやってんのか知らないけど」
なんだそれ。
からかってんのか?
と思ったが笠根さんは真面目に話しているようだった。

不意に映像が終わった。
「すいません。身の危険を感じて避難したんです。そしたらもう撮影どころじゃなくて」
そう言ってスマホをポケットにしまう。
「伊賀野さんも凄かったですよ。お弟子さん達も。私、本山で何度か大掛かりな除霊に立ち会ってますし、私自身も除霊をした経験がある。その経験からしてもあの人達は凄かった。統率、連携、間の読み方や霊の状態を見極める力なんかも完璧。申し分ない内容でした」
「それで……無事に終わった……んですか?」
思わず口をついて出た。
結論が知りたかった。
笠根さんはフウーと息を吐き出して数秒沈黙したのち、言った。
「結論から言いますと」
ゆっくりと喋る。
「全滅、ですね」
「……………」
頭が働かない。
思考が完全に止まっていた。
笠根さんも何も言わない。

「ねえ、ちょっと!」
そう声がして不意にカーテンが引き開けられた。
現れたのは50代の主婦といった感じの人だった。
怒っているらしい。
「怖い話するなら外でしてくれる?そういうの嫌がる人だっているんだから!」
「え?……あ、ああ……すいません……」
笠根さんがそう言って立ち上がる。
おばさんは「んもー……」といななき・・・・を残して隣のベッドに戻っていった。
どうやら隣の爺さんの見舞客のようだ。
「前田さん、動けますか?」
そういえば俺はどこか怪我をしたのだろうか。
体には痛みはないし包帯や点滴の類もついていない。
「大丈夫です」
と言ってベットから降りる。
検査の時に着る服をそのまま着せられていた。
意識がない時に検査なんかをやったのだろうか。
「屋上でも行きますか」
そう言って笠根さんが歩き出した。

誰もいない屋上でフェンスに寄りかかるように立つ。
昼の日差しで満たされる街並みを見ていると先ほどの話が嘘のように感じられる。
あの映像も、笠根さんの話も、何もかもが嘘で実際は全て問題なく終わっているのだ、そんな無体なことを考えて馬鹿らしくなる。
「皆さん、無事なんですか?」
そう聞くと笠根さんは懐から煙草を取り出して火をつけた。
ここは病院ですよ、と突っ込む気にはなれなかった。
「伊賀野さんは集中治療室です。全身の血管がボロボロだそうで、あと少し救急車が遅れていたらヤバかったみたいです」
煙草の煙を吐き出しながら言う。
「お弟子さん2名とタッキーが死にました。他のお弟子さんは無事です」
死。
死んだのか?タッキーが?なんで?
「なんで……」と呻いた。
笠根さんは何でもないとでもいうような口振りで続ける。
「あいつ……滅茶苦茶ですわ。物がバンバン飛ぶのも地震みたいになるのも織り込み済みだったんですが、あそこまでとは……」
フウとため息をつく音が聞こえた。
「最終的に本堂が半壊しましてね。タッキーは崩れた柱やなんかの下敷きに。お弟子さん達はその前に鼻血出して口から血ぃ吐いて倒れてましたから、おそらく除霊の中で何かされたんでしょう。いずれにせよ3人とも救急車が到着した時点で既にダメでした」
そう言って黙る。
「じゃあ……俺は……」
その先は言葉にならなかった。
「残念ですが、まだです」
笠根さんはそう言ってまた煙草に火をつけた。
それきり言葉が出てこないまま、2人して昼の街並みを眺めていた。
「煙草…やめてたんですがねえ……」
フウーと長く煙を吐き出す音がかすかに聞こえた。

  • B!

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