さっちゃん

 今から30年ちょっと昔。
 当時16歳だったコウタは親友である双子の兄弟マサノリ・トモノリ他数名とよくつるんでは、高校をサボってバイクを乗り回す生活をしていた。
 いわゆるツッパリの世代でコウタは流行りのリーゼント。マサノリ・トモノリはパンチパーマに鬼ゾリといういかにもな風体の悪ガキだった。
 ツッパリと悪党は違うようで、コウタ達は学校をサボったり近所の同類(ヤンキー)と喧嘩したりはするものの、近所の大人に叱られれば「すいませんした」と謝る純朴なツッパリ少年だったという。

 その夜もコウタ達3人は双子の家でウダウダしていた。
 コウタが聞きつけてきた怪談話『レベッカのCD』を双子に語って聞かせ、実際にCDを再生しては「うおー」とか「マジで聞こえる」などと騒いで盛り上がっていたという。怪談にハマっていた3人はそれぞれが怖い話を探してきては披露し合い、他の仲間達にも語って聞かせて楽しんでいた。
 その中に『さっちゃん』という話があった。話の詳細は今となっては思い出せないが、その話を聞いたらさっちゃんが来て殺されてしまうという感染系の怪談話だった。対処法としてはさっちゃんの話を聞いた日のうちに仏壇に備えてある米を食べれば良いというものがあった。
 「ヤベえな。この家に仏壇あるのか?」
 コウタの言葉にマサノリが「ねえな」と答えた。
 「俺んち創価学会だから仏壇あるぞ」
 続いたコウタの言葉にマサノリが身を乗り出した。
 「米あるのか?」
 「母ちゃんが毎日あげてるよ」
 その言葉を受けてマサノリが「行こうべ」と言い、トモノリは「あほくさ」と言って雑誌を読み始めた。双子の弟であるトモノリはやや斜に構えた性格で、ノリの良いマサノリと違って怪談話を聞いていてもニヤニヤしているのが常だった。
 「じゃあ俺らだけで行くべ」
 意地になったマサノリが促してコウタと二人で彼の家に向かった。

 「お邪魔します!遅い時間にすいませんッス!」
 礼儀正しいツッパリだったマサノリはリビングにいたコウタの母親に挨拶をした。母親も慣れたもので「早く帰りなさいね」と言って寝室に引っ込んで寝てしまった。リビングに置いてある仏壇に手を合わせるでもなく二人は炊いた米を盛った器を取り上げ、ちょこんと盛られているご飯を二つに分けてそれぞれが食べた。お供えして時間の経った米はボソボソして美味くなかったという。
 その日の深夜、自室で寝ているトモノリの夢に恐ろしい形相をした女の子が現れてトモノリの右太ももを包丁で刺した。うぎゃと声を上げて飛び起きたトモノリは右足の太ももに残る尋常じゃない痛みに悶絶してマサノリに助けを求めた。
 「まーちゃん。起きてくれよまーちゃん」
 隣で眠るマサノリの布団に這いずっていきマサノリの体を揺する。
 「んだよ。寝てんのに邪魔すんじゃねーよ」
 そう言ってマサノリはトモノリを蹴り飛ばし、諦めたトモノリは恐怖と痛みに耐えながらリビングに行き、朝までテレビを見て過ごしたという。

 「痛えよ。痛えよ」
 翌日からトモノリは一週間以上、足を引きずっていた。その様子にコウタもマサノリも夢に出たというさっちゃんの存在を信じることになった。
 「コウタんちの米が効いたな」
 「だろ?」
 バカなことを言って笑い合う二人の様子にトモノリは苛立ったが、足は本当に刺されたのかと思うほどに痛いし、何よりさっちゃんが再び現れるのではという恐怖でピリピリしていたという。
 「トモちゃんトモちゃん、さっちゃん今日も来るかな?」
 そう言ってからかうコウタにトモノリはマジギレして肩を殴りつけた。
 「その話すんじゃねえよ!」
 トモノリはさっちゃんという単語を聞くだけでキレるほどに神経をすり減らし、あまりに彼がキレるのでやがて3人の間でさっちゃんというワードは禁句になっていったという。
 そうして二週間ほど経ったある夜、3人はツッパリ仲間のテツの家に集まりウダウダしていた。テツの彼女であるリカに3人は代わるがわる怪談を語って聞かせ、怖がりのリカの反応に気分をよくしていたが、それでもさっちゃんの話だけはしなかった。

 『サッチャン』

 ふいにその言葉が聞こえて3人は固まった。怪談も語り飽きて5人で花札をやっている時に唐突にその言葉は窓の外から入ってきた。深夜に差し掛かろうという時間だったがその日は蒸し暑い夜で窓を開けていたという。
 恐る恐る窓の外を見ると隣家の窓もまた空いており、窓際に吊るされた鳥かごの中の九官鳥がこちらを向いているのが見えた。
 『サッチャン』
 ふたたび九官鳥がその言葉で鳴いた。さっちゃんについてはタブーであり最近では誰も口にしていないし、テツもリカもさっちゃんの話自体を知らない。誰も九官鳥にさっちゃんなどと教え込むはずがないのに、九官鳥は確かにその言葉で鳴いた。
 顔面蒼白になった3人を訝しむテツとリカ。
 「今、アレって言ったよね」
 「言った。確実に言った」
 小声でそう囁くコウタとマサノリ。トモノリは手元の花札を見てブルブル震えている。
 窓の向こうでまた九官鳥が『サッチャン』と鳴いた。
 「うわあああ!!」
 叫び声を上げてトモノリが立ち上がり飛び出していった。コウタもマサノリも後を追う。アパートの階段を降りた路上で不安そうに周りを見回しているトモノリを見つけて合流した。
 「超怖ええええ!!」
 「言ったよな?言ったよな?」
 「うおおおお…俺めっちゃ怖ええんだけど…」
 3人は恐怖でテンションが振り切れて路上でしばらく騒いでいたという。

 「おい!どういうことだよコラ」
 テツとリカがわけもわからず出てきて3人と合流した。テツの質問に3人は答えられない。
 「なんだってんだオウ」
 困惑していてもヤンキーの口調は荒く、テツは怒っているような口ぶりで3人に詰め寄った、
 「さっちゃんって言ったよな」
 九官鳥を飼っている隣の家を見上げてコウタが言う。
 「さっちゃんって言うんじゃねーよ!」
 トモノリがコウタの尻に蹴りを入れる。テツとリカは突然のトモノリの剣幕に困惑している。やがて落ち着きを取り戻したマサノリとコウタの説明に今度はテツとリカの顔が蒼白になった。
 「嘘でしょ」
 よせば良いのにさっちゃんの怪談をフルバージョンで語って聞かせた2人のせいで今にも泣き出しそうなリカ。
 「私達にもさっちゃん来るの?」
 「あ、ごめん」
 コウタはわざわざフルバージョンを聞かせる必要がなかったと気づいて謝ったが、リカは半泣きでテツの方に振り向いた。
 「本当なのかよそれ」
 「本当に決まってるだろうが」
 信じ難い話にテツは懐疑的だったが、トモノリの剣幕とコウタやマサノリの様子に信じざるを得ないという状況だった。リカを慰めようにもテツ自身の目が怯えているのがコウタにもわかった。
 「テツ、仏壇ねえのか」
 マサノリが言った。
 「ねえよ。見りゃわかるだろ」
 お姉さんと二人暮らしのテツのアパートに仏壇なんかあるわけない。それはみんなわかっていたが、今まさに必要としているために聞いたようだった。
 「またコウタんち行くか」
 「おう。行こうべ行こうべ」
 今度はトモノリも二つ返事で答え、5人はそのままコウタの家へと歩いて向かった。

 寝静まったコウタの家にこっそり入ってリビングの仏壇の前に集合する。先日と同じように炊いた米を盛った器をそっと仏壇から取り出す。コウタが持った器をみんなで注目しながらテーブルに移動してそっと器を置いた。
 「足りるのか?」
 「知らねえよ。まーちゃんわかんのかよ」
 「わからねえ」
 マサノリとトモノリが盛られたご飯の少なさに不安を交わしていた。テツは黙ってそれを見守り、リカはご飯に向かって手を合わせていたという。
 それぞれの手のひらに取り分け、一人当たり20粒ほどになったご飯を見つめ生唾を飲む。
 「おい。少ねえからよく噛めよ」
 コウタの言葉にみんな黙って頷いて、誰ともなく手のひらの上のご飯を口に入れた。そのまま無言でパサパサの米を噛み締める。

 「何をしているの?」
 声をかけられ振り向くとコウタの母親がリビングの入り口に立っていた。
 「あ、すいませんお邪魔してます!」
 「こんな時間にすいませんッス!」
 口々に母親に挨拶と詫びを入れ立ち上がる。
 「もうこんな時間なんだから帰りなさい」
 「はい!失礼します!」
 「失礼します!」
 米は食べたのでもう大丈夫だろうということでそのまま解散となった。結局その後さっちゃんが現れることはなかったという。

 仲間達が引き上げコウタは一人リビングに残って、無言で彼を見つめる母親と対峙していた。母親がコウタから仏壇に目を移してため息をついた。
 「この前もお仏壇のご飯食べたでしょ」
 「うん」
 「ご本尊様にあげたご飯を食べるなんて何を考えているの?」
 母親がコウタに目を戻してため息と共に言った。その顔は心底あきれたというものだった。
 「いやそれは」
 先ほど迂闊に語ってリカを泣かせたばかりだ。母親にさっちゃんのことを話すわけにはいかないとしどろもどろになる。仏壇の米はもう自分達が食べてしまった。説明できずにいると悪ふざけでやったと判断され懇々と説教をされたという。

 翌日またテツの家に集まり昨夜のことを話し合った結果、誰のもとにもさっちゃんは現れず、誰も二度とさっちゃんの話題を出すことはなく現在に至っているという。

 感染系の怪談は時として実際に来てしまうこともある。対処法がわかっているのなら、迷わず実践することをお勧めする。

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