「映像を見たが何も起きなかった」
週明けの月曜日。
放課後の部室に集まった私達は部長から降霊実験の映像について報告を受けていた。
「まあ俺がゼロ感なだけかもしれんがな」
言いつつパソコン画面を私達の方に向ける。
部長が再生ボタンを押すとあの時の映像がフルスクリーンで再生される。
『きょうか』『ちさ』『ちさ』『きょうか』『ろくろう』『ちさ』『きょうか』『みつば』
「うわー」
「バッチリ撮れてるね」
あの時聞こえていた声は、おどろくほど鮮明に映像にも残っていた。
「俺はこの時しっかり聞こえていなかったんだけどな、映像だと物凄くハッキリ聞こえる」
映像で見ると明らかに怯えた表情の三ツ葉とお姉ちゃん。
そして驚いたことに私も完全に狼狽した顔をしていた。
自分としてはもうちょっと冷静だったつもりだが、客観的に見ると三ツ葉と同じような怯えた顔をしている。
むしろお姉ちゃんのほうが冷静に状況を観察できていて少し悔しい。
『えー!只今…ラジオから俺達の名前を呼ぶ声が聞こえています!』
激しく揺れるカメラの中で部長がレポートを試みた次の瞬間、ザッとノイズが画面を埋め尽くして動画は終わった。
「ここでクラッシュしてる。我ながら間が悪いのかファインプレーだったのかわからんが、記録されるのを霊が嫌うという仮説の裏付けにはなったと思う」
部長としてはあの現象を自分でレポートしたかったのだろうか。
少し悔しそうな感情が勝っているように聞こえる。
「いやー、ファインプレーでしょ。あのままオバケが出てきちゃってたら絶対やばかったもん」
あの時の恐怖を思い出した三ツ葉の顔がこわばる。
こうして映像で見るだけでも私も恐怖心が蘇ってくる。
「あれ以上なにか起きてたらもうあの部屋で寝られないかも。そしたらキョウちゃんの家に居候する!」
いきなり三ツ葉が私の右腕を抱きしめた。
あの時お姉ちゃんにも同じようなしがみつき方をしていたのを思い出す。
「うちに来る前にお姉ちゃんの部屋行きなよ」
本気でビビっているらしい三ツ葉の頭を軽く撫でながら言う。
「やだ!キョウちゃんの部屋に住む!」
すっかり甘えん坊モードになったのは今もそれだけ怖いのだろう。
「はいはいわかったから。土日何も起きなかったんでしょ?」
言いつつやんわりと腕を引き抜いて三ツ葉を椅子に座らせる。
「うん。大丈夫だった」
三ツ葉もそれ以上ワガママ言わず素直に答える。
「てことは本当に俺達の呼びかけに応じる形で霊が現れたわけだ」
部長が考察を入れてくる。
「そういうことだと思います」
私も考察に乗っかる。
「Tさんやまどかさんの話を聞いていた私達だから、あの霊に縁が繋がっていた。そう考えるとタイミングも方法もドンピシャだったっぽいなと」
あそこまで熱心に相槌を打ち続ける人がはたしてどれだけいるのかという話だが、絶対にいないとも言い切れない。
「まあそうだよな。ラジオに相槌打つなんて誰でもやったことはあるだろう」
腕を組みながら部長が続ける。
「縁が繋がっていたというのがポイントだな。そうじゃないとあっちこっちであの現象は起きてるはずだ」
部長が椅子に座ったので、私も手近な椅子を引き寄せて車座に座る。
はからずも考察タイムスタートだ。
「怪談を聞くだけで縁がつながるなんてあると思います?」
「わからん。だがそうじゃないと今回の現象は説明がつかんとは思う」
私の問に部長が即答する。
怪談話をしていると霊が寄ってくる、というのはよく聞く話だ。
ということは霊は怪談話や、それに付随する恐怖心なんかを察知する能力があると考えられるだろう。
「なので先日のアレは、Tさんやまどかさんが自分のことを話しているのに気がついていたかもしれない。それは部長から私達に繋がって、私達があえてアレにコンタクトを取るような行動をしたことであの場に現れたと」
「ふむ」
「キョウちゃん凄い。それだよ!」
つらつらと口に出しながら考えを口にすると、部長と三ツ葉がそれぞれ肯定的なリアクションをしてくれた。
部長が顎に手を当てて考察を引き継ぐ。
「すべての怪談話にあてはまるかどうかは微妙だが、先日のアレに関しては暗井の説であってると思う」
「あてはまらないパターンって?」
部長の考察に三ツ葉が質問をする。
「有名な怪談話、たとえばお岩さんの話なんかを聞いた人にすべて縁がつながるとは考えにくい」
「あーね。そうなったらお岩さん大忙しだ」
「もしくはつながる縁なんてほんのごくわずかなのかもしれん。先日のアレは霊感のある神埼やお姉さんがいたからこそ起きた現象というわけだな…待てよ?…そうなると…」
「なになに?」
言いながら何かを思いついた部長の様子に私も三ツ葉もよりいっそう注目する。
「俺達はとんでもないことをしたのかもしれん」
「なにー?」
「いいから早よ」
ニヤリと笑った部長にツッコミを入れる。
「霊感のある神埼とお姉さん、暗井と俺、それぞれが別々のラジオに語りかけていたよな?」
部長の言葉にウンウンと頷く。
「まどかさんは1対1でラジオと会話をしていたわけだ。俺達は4対4だった。つまりあの場で4件の降霊実験が同時進行していたということにならないか?」
「…………」
「あの部屋の中で、4件の降霊実験が同時に、それぞれ座っていた場所から四角形を作るような位置取りで行われていた」
部長がなにやら飛躍した発想をしているのはわかる。
ワクワクしてきた。
「レイラインだよ。結界とも言う。しかもその四角形のうち2つは霊感を持っている神埼とお姉さんだ」
さらに私もか。
「まどかさんから引き継いだ縁、霊感のある人間が行う降霊実験、その実験で形作られたレイライン、他にも何かしらあるかもしれんが、ここまでの要素をそろえて実験をする人間なんてそうはいないだろう。あんな現象がホイホイ起こらないのはそれだけあの時の状況が理にかなっていたということだ」
部長は早口に言い切り、どうだ?と目で訴えかけてくる。
「…その発想はなかった」
ここは素直に称賛するしかない。
三ツ葉はウームと考えていたが「さすっちょ!」と部長に向けてサムズアップをした。
「部長、なんで4人別々にラジオに話しかけようと思ったの?狙ってやったわけじゃないんでしょ?」
称賛する気持ちとほんの少しだけ悔しい気持ちで聞いてみる。
「完全に偶然だな。さすがの俺もそこまでヤバいことをするなら事前に言うよ」
頭を振りつつ腕を組む。
「むしろあの程度で済んでラッキーだったと思うべきかもな。アレ以外に別のとんでもないのが降霊してきた可能性もあったわけだ」
例えばこっくりさん。
数人でウィジャボードを囲んで行う定番の降霊術で、たまに体調や精神に異常をきたしたなんて噂も聞いたりする。
「たしかに笑。こっくりさん×4だと考えるとヤバいね」
言いつつ思わず笑ってしまった。
三ツ葉が「ひえええ」とわざとらしい声を上げている。
「そのとおりだ。いやあ悪かった。今回のは俺のミスだ。あらためて考えると危険なことだった」
そう言って部長が座ったまま深く頭を下げる。
「いいってことよ。怖かったけど楽しかったし」
三ツ葉がわざと茶化すのに私も乗っかる。
「そうそう。結果オーライだし勉強にもなったわけですし」
頭を上げた部長はウムと頷いた。
「しばらくはお互い身の回りに注意だな。気がついてないだけで変な霊がついてることもありうると。俺は何も感じないから大丈夫だが…」
そう言って三ツ葉を見る。
「んー大丈夫だと思うよ。何も変な気配とか感じないし。ていうか見たり感じたりしたら真っ先に報告しますんで」
そこは流石に霊感ありの三ツ葉の言葉に説得力がある。
「わかった。何かあったら遠慮なく言ってくれ。できることはするから」
「りょ」
「ところでYoutubeどうするんです?アップする?」
「いやそれが」
その後も怪現象についての考察を続け、考察のネタが尽きたところで別の話題を振ってみると部長が言葉を濁した。
「起きた現象としてはモロに俺達の名前を呼ばれていたわけで」
「あーたしかに」
そういうことか。
「私達の顔を隠してオバケの声も全部ピーになっちゃったらなんのこっちゃわからないね」
三ツ葉もすぐにピンと来たようだ。
「そうなんだよ。試しに編集したんだが、ただわちゃわちゃ騒いでるだけの動画になってしまった」
「残念な結果?」
「お蔵入りだな」
部長が答えつつフームとため息をつく。
「文化祭は大丈夫だよね?」
三ツ葉が食い下がる。
「んー。まあお前たちがいいなら俺は平気だけど」
「いいじゃん!出そうよ!」
立ち上がり拳を握る。
「Youtubeはダメだとしても校内ならいいでしょ?こんな凄い映像出さない手はないよ!」
「だよなあ」
三ツ葉の熱弁に部長もウンウンと頷く。
「私もお姉ちゃんも顔隠し無しでいいよ。キョウちゃんは?」
「校内だったら問題ないです」
私も全然OKだ。
自分の怯えた顔に若干の気恥ずかしさはあるものの、怪談研究会の活動報告としてこれ以上の素材はありえないだろう。
「いよっし!絶対部員獲得するっすよー!」
編集するのは部長なのに三ツ葉のテンションが上がっている。
私達は小冊子と都内の怪談MAP作成という大事な役割があるのだ。
「じゃあ部長よろしくお願いします。三ツ葉、私達は私達でやることあるからね」
「もちろんだよ!すんごいの作っちゃおうぜ!」
部長がウムと頷き三ツ葉も私に向けてサムズアップしてみせる。
ネタは揃った。
あとは文化祭当日まで制作物を充実させていくだけだ。
そうして迎えた文化祭当日。
私達は活動開始以来空前の注目を浴びることになる。
まあ弱小サークルなので空前の注目といっても多少はねという程度であるのだが。
予算の尽きた我が研究会が消滅するのか部に昇格するのか、たった二人の部員を獲得するための戦いが始まった。
第11話 完