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福岡空港から電車とバスで今村町に到着。
思ったよりも古びた町並みだが駅前は綺麗に保たれている。
田舎らしい田舎の町という印象だ。
バスターミナルの案内板で町役場の場所を見つけてとりあえず向かうことにする。
歩道にアーケードがかかった真っ直ぐの中央通りを歩くと、いくらも行かないうちに軽い喧騒の前を通り過ぎた。
喧騒の方を見ると紺色の暖簾がかかっており白文字で「くじら飯店」と書かれている。
居酒屋がランチもやっているのだろうか。
騒々しくはない程よい賑わいからして食事客で繁盛している様子だ。
さっそく現地メシに良さそうな店を見つけた。
入店すると店の半分が金髪だった。
ネット情報の通り外国人が多いらしい。
20席ほどの店内は七割がたが埋まっている。
空いているテーブル席に着いて壁にかかっているメニューを見る。
『お品書き』という半紙の横に短冊型のメニューがズラリと並んでいる。
どれも燻んだ風合いでとても昭和感がある。
まるで映画のセットだなと思いつつ定番の生姜焼き定食900円にしようかと考える。
「ヤキソバね!ヤキソバふたつ!」
と金髪の青年が大声を出したので顔を向ける。
白人のカップルだ。
ウェーブのかかったオシャレな長髪に真っ白な肌と高い鼻。
「いいっしょ?ヤキソバで。他になんか頼む?」
隣の金髪女性に流暢な日本語で話しかけている。
その女性も完璧なイントネーションの日本語で返しているところを見ると二人とも旅行者ではなくこの町の住人なのだろう。
ジロジロ見るのもなんなので二人をチラ見したまま他の客に目を向ける。
結構な割合の客が焼きそばを頼んでいるのがわかった。
メニューを見上げる。
『秘伝の焼きそば 700円』
短冊メニューの他にオススメの張り紙がしてある。
なるほどなるほど。
これは間違いないやつだ。
ネットとは違う生の情報に成功を確信してオーダーを決めた。
「ご注文どうしましょ」
「焼きそばでお願いします」
コップに入った水を出してくれたおばちゃんに注文を聞かれ迷わず焼きそばを注文する。
「大盛りにする?」
「あ、いいんですか。お願いします」
「はいよ」
初めて来た土地で流れるように会話ができる距離感が心地よい。
話しかけたら色々と聞けるかもしれないな。
丸い平皿にこんもりと乗った焼きそばを運んできたおばちゃんに礼を言って居住まいを正す。
聞き込みの前にまずはご対面だ。
麺量およそ300グラム。
こんがり茶色の中太麺がソースと油で輝いている。
具材は人参、キャベツ、もやし、木くらげ、ニラ、そして豚バラ。
麺を持ち上げると湯気がたちのぼりソースがツルリと垂れる。
液はねに注意しつつ大口で頬張るとジューシーな口当たりで甘いソースの風味が広がる。
これは美味い。
焼きそばなのに汁気をたっぷり含んだ食感に麺料理の快感が押し寄せてくる。
モチモチの麺は少し焦げている部分があり噛みごたえも抜群。
野菜のクタクタ感も家庭的で良い感じ。
良い意味でチープなのが実に俺好みで素晴らしい。
家で自分で作るマルちゃんの焼きそばが一番美味いと思っているがこの焼きそばには及ばない。
速攻で飲みくだし次の麺を啜る。
思わず厨房を見るとおばちゃんが俺を見ていた。
鼻を膨らませてもぐもぐしているのを見られて気恥ずかしいが、これだけ美味いのだからリアクションするのが礼儀だろう。
「めっちゃ美味いっす!」の意思を込めてペコリと頷くとおばちゃんは笑って厨房の奥に引っ込んだ。
あっという間に完食してコップの水を飲み干す。
おばちゃんがやってきて水を注いでくれる。
「いやあ美味しかったです。最高」
素直な感想を口にするとおばちゃんはニヤッと笑って「でしょ?」と言った。
「大体みんな焼きそば頼むよ。ずっと昔から看板のメニュー」
「いやーわかります。これ東京で専門店でやっても行列できますよ」
「あはは。お兄さん旅行だよね。東京の人?」
「神奈川ですけど、まあ東京みたいなもんです」
聞き込みに移ろうかと思ったがランチタイムのため客はどんどん入ってくる。
「夜はお酒とかありますか?」
「もちろん。夜は10時までやってるから来てちょうだい。この辺に泊まるの?」
「はい。じゃあまた今夜か明日にでも」
「はいよ」
そう言っておばちゃんは皿を下げて厨房に戻って行った。
後を追うようにして立ち上がり荷物を背負う。
厨房に皿を置いたおばちゃんがすぐに出てきてレジに立つ。
おばちゃんを待たせることなくスムーズに会計することができた。
行動のリズムが噛み合っているのも楽しくなる。
「おすすめの観光スポットってこの辺であります?」
「ないよそんなものは笑」
そう言って笑うおばちゃんにツッコミを入れつつこの後の予定を考える。
「夕方にウチの教会おいでよ」
ふいに声をかけられ顔を向けると、先ほどの白人カップルの男性が俺を見ていた。
「やめろよいきなり声かけるの。宗教だと思うでしょ」
小声で嗜める女性の声もしっかり聞こえる。
口調から仕草から完全にネイティブのようだ。
「教会って何かやってるんですか?」
今日は平日だ。
平日にもミサやってるのだろうか。
「飲み会飲み会。まあ集会なんだけどほぼ飲み会」
なんともフランクというか、アバウトな答えだ。
「行っていいんですかね」
来いというなら行くのもやぶさかではない。
どうせ教会にも聞き込みしようと思っていたのだ。
勧誘されると気まずいが、キリスト教に拒否感があるわけでもない。
「観光の人とかよく来るよ。マジで何もないからねこの辺」
「なるほど。じゃあお言葉に甘えてお邪魔しますよ。何時くらいに行けばいいです?」
そうしてお互いの名前も知らぬままにお伺いする約束を取り付けて、くじら飯店を後にした。
駅前通りを少し歩いた場所にある町役場へ立ち寄る。
小さな図書館くらいの建物。
3人の職員がいるカウンターで地域振興課の看板を探す。
誰もいないカウンターの前に立つと職員が笑顔で寄ってきた。
「観光ですか?」
にこやかに問われ町の特産や歴史について尋ねる。
「なんの変哲もない町ですよ」
職員がそれでいいのかと思いつつ談笑する。
「強いて言うなら建築ですかね。お寺や神社がいっぱいあるんで、そういうの目的で来る外人さんが多いですよ」
はいこれ、と言って日本語の地図と英語の地図を渡される。
「町自体が割と古い建物が多いので、何か特別なものというよりは旅そのものを楽しんでもらうしかない感じですよ」
「なるほど」
「夏だったら盆踊りとか盛り上がるんですけどね、今は静かなもんです」
あっけらかんと「何もない」を繰り返す職員さんに肩透かしを感じるものの食い下がっても仕方ない。
「歴史とか調べられるところありますか?」
資料を頼ることにする。
役場内の図書室に案内され、自由に見て良いと言われる。
『今村町史』やら『多様性の町 今村』などの書籍をざっと眺めて、やはりこれといった特色がないことを再確認する。
伝承や宗教同士の関係などはやはり聞き込みするしかないかと判断して役場を出た。