『信仰の見本市』と呼ばれる町に行ってみた

夕方にはまだ早いかと思ったがそのまま駅前通りを進んでカトリック教会へ。
見たところかなり豪華で大きい。
礼拝堂の扉が開かれており中が見える。
現代的ながら精緻な装飾の施されたカトリック建築は見るだけで楽しい。
礼拝をやっている様子はないものの、神父やシスターの格好をした人が立ち働いている。
礼拝堂の隣の集会所のような建物に人が集まっているのが見える。
長机にお茶やジュースやお菓子が並び、それを囲む形で車座に並べられたパイプ椅子に座って談笑しているようだ。
パッと見ただけでも白人やら黒人やらアジア系やらが日本人よりも多いのがわかる。
そして全員が日本語で会話している。
かなり異様な光景に驚きつつ入り口に近寄る。
くじら飯店で声をかけてきた白人カップルを見つけ手を振ると、男性の方が手を振り返して『おいでおいで』と手招きする。
入り口で靴を脱いで集会所へと入り白人カップルの元へ向かう。
俺のためにパイプ椅子を用意してくれた女性に礼を言って座らせてもらう。

「ようこそようこそ。特にお祈りとかしないでそのまま飲み食いしちゃっていいから」
「ビールあるよ」
白人カップルがそれぞれ話しかけてきて、女性の方がペットボトルのお茶と缶ビールを差し出してくる。
どうもと言いつつ缶ビールの方を受け取る。
「えーっと…なんだっけ名前…まあいいや、とりあえずようこそ今村町へ」
男性の方がそう言って缶ビールを俺に差し出してくる。
「あ、どうも、神谷です」
と名前を告げつつ缶ビールを合わせて乾杯をする。
イエーイという声で女性とも乾杯をし、車座に座る面々とも目を合わせつつ缶ビールを掲げる。
「神谷さんね。俺は  
白人カップルがそれぞれ自己紹介をして、他の面々も名前を言ったりようこそとだけ言ったり、そんな感じでいきなり集会の輪に入ってしまった。
なんというか実に手慣れている。
「マジでなんもないからさ、この町。観光の人がくると毎回こうやって酒の肴にするんだよ」
そう言って白人カップルの男性が笑う。
その気やすさに俺も軽口を交えつつ無難に返す。
「神谷さんは何しに来たの?」
「お寺とか好きなの?」
「旅ブログとかやってる人?」
話の流れがいとも簡単に望む方向へとシフトしていく。
俺はフィールドワークを趣味にしていること、信仰の見本市とテレビで紹介されたこの町に興味を持ったこと、国籍を含めた人種の多様さにも興味を持っていることを隠さず話した。
「あーその系統ね。そういう人多いよ笑」
とみんな笑って頷く。
どうやら余所者に対する警戒などはなさそうで安心する。

「『信仰の見本市』には笑ったよね」
参加者の一人がそう言って酒を飲むと全員からアハハと声が上がった。
「格好良いんだか悪いんだかわからん称号だよね笑」
「流石に自分らでそう名乗るのは無理だわ笑」
「まあでもそこがこの町の唯一の売りっちゃ売りですから笑」
どうやらテレビ局がつけたらしい『信仰の見本市』という名前が可笑しいようだ。
「嫌なんですか?」
自然な感じで聞いてみた。
「嫌だとかはないね」
「私たちにとっては日常だからね、そんなに変ですか?みたいな」
間をおかずに帰ってくる。
考えるまでもないという感じで、何かを隠しているようなそぶりはない。
おそらくそれがこの町の共通認識なのだろう。
「なるほど。僕からしたら結構おもしろいですよ。こんなに宗教が多様で色濃い町ってなかなか無いですから」
「そうらしいねえ」
「ウチらはこれで育ってきたからねえ」
「神谷さんもあれだよ、今日はここだけど明日はお寺さんで集会やるからそっちにも呼ばれるはずだよ」
「私らもたまに顔出すしね。うちの神父様も普通に参加してるよ」
なんと。
「神父さんがお寺さんの集会に参加するんですか?」
意外な情報に思わず被せ気味に質問する。
「するする。神主さんとかも来てるし、仲いいんだよみんな」
「あー確かに、そういうのは他の町ではない事かもね」
「めっちゃ研修とか一緒にやってるよ」

「神父様呼んでくる?」
口々に好きなことをいう面々の中で誰かが言った。
おーいいじゃんいいじゃんという声が上がり、白人カップルの女性が席を立った。
「ちょっと待ってて」
そう言って集会所を出ていく。
「この時間なら祈祷会とかまだやってないから大丈夫だと思うよ」
言いつつ白人カップルの男性が追加のビールを手渡してくる。
「勧誘とかしないから安心してよ」
そう言ってニヤリと笑いながらウィンクをした。
めちゃくちゃネイティブに日本語喋るくせに仕草が外人っぽいのが面白かった。

「やあどうも」
現れたのは60歳ほどの男性でいかにもなローマンカラーの詰襟を着ていた。
「司祭の柳田です。今村町へようこそいらっしゃいました」
と名乗って頭を下げてくる。
「あ、どうもお世話になります。神谷と申します」
非常に柔らかい物腰にこちらも自然と頭が下がる。
どうもどうもとお互いにペコペコしつつ椅子に座る。
「研究者なんだって」
参加者の一人が俺のことを研究者と呼んだ。
「そうでしたか。この町は研究で?」
柳田神父が頷きながら俺を見た。
手にはペットボトルのお茶を持っている。
俺達が集会所で酒を飲んでいることには目を瞑っているのか気にしたそぶりはない。
「職業で研究やってるわけじゃなくて個人的にフィールドワークするのが生き甲斐なんですよ」
俺は先ほどしたような説明を柳田神父に繰り返す。
柳田神父も大きく頷きながら相槌を打ってくれ、俺の話を聞き終えるとこの教会の成り立ちを語ってくれた。

「この教会はねえ。もともとあった教会が手狭になって別れて出来たから比較的新しいんだけど、元の教会の方は歴史も古くてね。昔からこの町で皆さんの相談に乗ってきたりして仲良くしてるんですよ」
その歴史の中でお寺や神社とも共存してきたとのこと。
「宗教同士ってそんなに仲良くするものなんでしょうか?」
失礼にならないよう考えながら質問をする。
「いやあそこはちょっと他所とは違いますねえ笑。私も他の県で奉職してた時はそんなことなかったですから」
そう言って柳田神父が笑うと参加者の面々も笑った。
「週に一度は『先生会議』やってるんですよね」
「先生会議?」
謎のワードにオウム返ししてしまう。
柳田神父がアハハと笑って堪える。
「各宗派の代表が集まってサウナ行くんですよ。流石に毎週じゃないけど、たまに私もちょっと飲んじゃったりして」
そう言って指でお猪口をつまむ仕草をする。
「仲良いんですねえ」
俺は素直な感想を口にする。
ウンウンと大きく頷いて柳田神父は続ける。
「とにかく仲が良いんですよこの町は。教会と信徒さん達、お寺さんと神社さんとも。そういう町だから神谷さんもやってきたと。そうでしょう?」
そう言ってにっこり笑った。
そんなこんなで和やかな雰囲気の中、この町での教会の歴史と信者や他宗教との関わり方を聞くことができた。
話の流れでくじら飯店のおばちゃん夫婦もこの教会の信徒であることを知り、日曜日のミサの際は昼食を格安で仕出ししていると聞いて驚いた。
カトリック教会で焼きそばと煮物が振る舞われるらしい。
一時間ほど話を聞いて、礼を言って席を立つ。
全員で立ち上がって見送ってくれるので、集会所の入り口で向き合った。
「また来てよ」という言葉にハイと答えてそれぞれと軽く言葉を交わす。
「今日はよく来てくれました。お気をつけて。シャローム」
柳田神父は笑顔でそう言ってから両手を合わせてペコリとお辞儀をした。
この仕草も実にカトリックらしくない。
俺のことを仏教徒だと思ってそうしてくれたのだろうか。
それとも元の教会が昭和以降に根付いて信徒を増やしたことで独自の所作が生まれたのかもしれないなどと考えながら、俺も会釈で応えて教会を後にした。
いきなり『首くくりのオバケ』や『ククリ様』のことを尋ねても不審に思われるだろうと思ってこの時は聞かなかった。

今村温泉という民宿の前に立つ。
今日からお世話になる宿だ。
ネット予約の際に感じた違和感、大手やチェーンのホテルがない。
ホテルだけではない。
コンビニや牛丼屋こそあるものの、ファミリーレストランやスーパーなども都会で見かける大手がほとんど存在しないのだ。
外国人観光客をこれだけ受け入れているのに、町の経済はほとんどが地元の企業だけで回している。
大手の参入が見込めないほどに景気が悪いのか、はたまたローカルの結束が異常に強いのか。
はたしてローカルの力が強い町の宿はどんな感じなのかと緊張しつつ宿に入るが、よそとなんら変わらぬ無難なサービスで安心した。
「302号室ね。外出するときは鍵を預けて。22時には玄関を閉めちゃうからよろしくお願いします」
受付のおっちゃんは愛想が良くも悪くもない顔で淡々と説明してくれる。
「夜に遊びに行ける場所ってありますか?」
おっちゃんの説明が一区切りついたところで聞いてみる。
するとおっちゃんは初めて苦笑を浮かべた。
「見ての通り娯楽や観光施設はないからね、のんびり温泉とお酒でも楽しんでもらうのがいいんじゃないですかね」
やはり何もないか。
「お寺や教会さんでよく集会やってるから、そこに顔出してみるといいですよ」
おっちゃんは淡々と説明する。
先ほど教会に行ってきたことを伝えようか迷ったが、「じゃあ聞くなよ」と言われそうな雰囲気もしたので黙っておく。
「観光に来ても何もないけどそういう施設はいっぱいあるでしょ?だから観光のお客さんをもてなすみたいな集まりをどこかしらでやってるから」
その言葉に「ありがとうございます」と礼を言って部屋へ向かう。

鍵を開けて部屋に入ると平地に広がる町並みとその向こうの山がよく見える。
よく見えるだけにこの町がどれだけ異質かわかる。
やはり町の規模に見合わずお寺や神社が多い。
まるで和風テーマパークのように随所に宗教建築が建っている。
とりあえず荷物を下ろして動きやすい格好に着替える。
温泉にじっくり浸かったらちょうど夕食の時間になったので食堂へ移動して酒と夕食を楽しんだ。

ネットで書かれていた『謎の集会』の正体は分かった。
住民同士の交流と観光客への配慮だ。
目立った見どころがないゆえに外から来る人をもてなす集会への誘い。
宗教的な勧誘に繋げられる可能性もないではないが、先ほどの教会ではそんなそぶりは感じなかった。
パンフレットすら渡されなかったしな。
だが人との触れ合いが苦手な人にとっては『謎の集会に誘われた』という印象になるのもわかる気がする。
明日はお寺か神社へ行ってみて、再度教会にも足を運ぼうと決める。
くじら飯店に行って飲もうかとも考えたが、宿の夕飯で腹が膨れたのと一杯やった疲労とでこの日はすぐに布団に入ることにした。

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投稿日:2024年4月18日 更新日:

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