『信仰の見本市』と呼ばれる町に行ってみた

二日目。
朝風呂に浸かって朝食をいただいた後、部屋で昨日のメモを整理して時間を過ごす。
10時を超えたあたりでフロントに鍵を預けて宿を出る。
教会で教えてもらった面白いお店の中で気になっている沖縄物産店へ向かう。
曰くこのお店はユタの人達がやっているお店で、神谷さんも好きなんじゃないかとのことだった。
沖縄のお酒も買えるよとのことで、なぜか福岡のカトリック教会で見た目外国人の住民男性から泡盛の味について力説された。

沖縄っぽい店名の普通の店だが、初めて見る『りゅうきゅう君』なるキャラクターのグッズがやけに売られており、もしかしたら沖縄の会社が経営している店なのかもしれなかった。
「こんちわー」
開け放たれた引き戸から中に入るとアロハシャツを着た男性が「いらっしゃいませ」と応えた。
商品を見てまわりつつ店内の様子も観察する。
老女と中年女性がレジ横の椅子に腰掛けて訛りの強い言葉で会話していた。
りゅうきゅう君のキーホルダーと泡盛を手に持ってレジへと向かう。

「教会に行ったらこのお店を紹介してくれたんですよ」
会計をしつつそう切り出すと、「ああそうなの?」と店長さんがにこやかに笑った。
人当たりの良さに期待して話を続ける。
「旅行で土地のことを聞いて回るのが好きなんですけど、この辺のこととか詳しいですか?」
「もちろん。私よりもそこのオバー達の方が面白いこと知ってるよ」
そう言って女性達の方を指し示す。
「誰がオバーか」
中年女性がツッコミを入れる。
2メートルほど離れた場所に座ってこっちを見ている女性二人に笑顔で頭を下げる。
「いらっしゃい。何が聞きたいの」
満面の笑顔で俺から見て右側に座る老女が応えてくれる。
かなり強い沖縄弁訛りだがなるべく標準語で話してくれるから充分聞きやすい。
「この辺の歴史とか珍しいものとか何でもいいんです。何かありませんか?」
「歴史ねえ」
「他にないもんねえ」
老女と中年女性がポツリポツリと何事かを呟いて、互いに顔を見合わせてウンウンと頷きあう。
「私らはね、ユタなのよ。ユタ」
「ユタってわかる?」
「ええはい、もちろんわかります」
いきなり本題に入ってテンションが上がる。
「だからね、お兄さんが知りたいことも全部わかるんだよ」
「…………」
老女の言葉に一瞬だけ身が強張る。
中年女性が話を続ける。
「私らはね、前の町長さんに頼まれてこの町に来たの。今の町長さんのお父さんね」
「あの頃は町のみんな疲れ切っててね」
「こっちのオバーがキミさんね。私は金城ヨウ。ヨウさんってみんな呼んでるよ。店長は長谷川さんね」
唐突な自己紹介に一瞬思考がブレる。
「あ、どうも。神谷と申します」
どうにかそう返してペコリと頭を下げる。
「神谷さんって沖縄にも多いよー笑」
「よろしくねー笑」
キミさんもヨウさんもテンションが高くコロコロとよく笑う。
その陽気さに聞いているこちらも楽しくなってくるが、先程から会話のペースがつかめない。

「キミさんと私のお婆ちゃんがこの店の最初のメンバーね」
ヨウさんは二代目ということか。
「キミさん達の話によると、オバー達が呼ばれて来る前にこの町では大きな災害があったわけさ」
「そう。流行病と災害でみーんなノイローゼになっちゃってねえ」
ヨウさんの話を引き継いでキミさんが続ける。
「それでとにかく心のケアが必要だった。カンヨメサーも大変だったし、お寺も教会も必死だったわけ。前の町長さんが色々な人に声をかけてね、知り合いだった私らのところにも『来てくれないか』って話があったわけさ」
たまたまこの町に来たわけではなく、ユタとしてキミさん達は招聘されたと。
流行病と災害、それにカンヨメサー。
「すいません。カンヨメサーというのは?」
気になった単語を聞いてみる。
キミさんとヨウさんが顔を見合わせて笑う。
「カンヨメサーはカンヨメサーよお」
「そのうちわかるよ」
ここにきて初めて誤魔化されている。
ククリ様とかと同じカテゴリーなのだろうか。
「あのぅ…ネットで見たんですけど『ククリ様』っていうのはなんのことでしょうか?」
その言葉で二人の顔から笑顔が消えた。
やっちまったかと焦るがこんなのはフィールドワークやってればいつものことだ。
どんな反応が出るかと身構えるが、キヨさんがウンウンと頷いた。
「ノイローゼさ。それでみんなまいっちゃったって話なわけ」

それから明らかにテンションの下がったキミさんとヨウさんに話を聞くが、『ククリ様』について追加の情報は得られなかった。
おそらくは「首くくりのオバケ」に関しても同様だと思われたので深追いはせず、りゅうきゅう君のグッズに話を向けると先程までのコロコロ笑う二人に戻った。
どうやらりゅうきゅう君はこの店のオリジナルキャラクターで、この町のお土産に買って帰ってくれると非常に嬉しいそうだ。
「もう一度だけ聞いてもいいですか?カンヨメサーっていうのは?」
先ほどの様子から大丈夫だと思われるワードを出して最後に尋ねる。
「カンヨメサーはカンヨメサーよお」
「みんな尊敬してる人のことね」
なんと人物の呼称だったのか。
「その人は昔の人?今もいらっしゃるんですか?」
「当たり前やさ。元気も元気よ」
「そのうち会えるから色々な人に聞いたらいいよ」
自分達からはこれ以上話すことはないと示され、俺はこれ以上の質問はやめることにした。
「ありがとうございました。また寄らせてもらっていいですか?」
「もちろんさ」
「ありがとうね。楽しんでいってください」
肝心な部分に関しては全てボカしたり話題を逸らされたりしたが、それでもかつてないほど好意的に対応してもらった。
なるべく良好な印象のまま話を終えるべく、俺は丁寧に礼を言って店を後にした。

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投稿日:2024年4月18日 更新日:

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