『信仰の見本市』と呼ばれる町に行ってみた

ユタからの聞き込みを終えて、昼食はくじら飯店へ。
おばちゃんが覚えていてくれて「あらいらっしゃい」と声をかけてくれる。
昼飯どきにはまだ少し早いため店はまだ暇なようだ。
厨房に金髪が見えて外人か?と思ったが日本人のおっちゃんだった。
「あのあと教会行ったんでしょ?」
続けて声をかけてきたおばちゃんが俺の視線に気づいて厨房に顔を向ける。
「あんた!例のお兄さん!」
その声に「うぃ〜」と返事をして金髪がカウンター席の向こうから俺を見た。
カウンター席に座りつつ「どうも、昨日の焼きそばが旨くてまた来ちゃいました」とこちらから軽く頭を下げる。
「あいよ。どーもどーも。よくきたね」
短髪を金に染めたヤンチャな中年男性が人好きのする笑顔で笑った。
金髪なのにコワモテに見えない、どちらかというとロックな印象のおっちゃんだった。
「教会で仕出ししてるって聞きましたけど」
客もまばらなので話しかけてみることにする。
「そうなんだよ。昔はカレーとか作ってくれるシスターいたんだけどさ、歳で引退するってなってウチに頼んでくれるようになったんさ」
そう言ってはにかむおっちゃんは可愛いかもしれない。

焼きそば大盛りを注文すると「はいよ」とおっちゃん、「ハマった?」とおばちゃん。
「ハマりました笑」と答えるとアハハと笑った。
「これだけ宗教が沢山活動してるのに揉め事がおきないってすごいですよね」
世間話の合間に本題をちょいちょい振ってみる。
「この町ではそんなことないねえ」
とおばちゃん。
「変な新興宗教とかは来ないんですか?」
「なんかいたなそんなの」
調理中のおっちゃんも答えてくれる。
「この町の流れに乗ろうとして変なのが入ってきたことはあるよ。でもいつの間にかいなくなってたな」
「まあ伝統的な宗教がこれだけありますからねえ。インチキは生き残れないんでしょうかね」
「そういうこった。ほいっ。焼きそば大盛り」
ドンっと目の前に大きな皿が置かれる。
昨日食べた時の記憶が鮮明なぶん、より美味しそうに見えた。

「ユタさん達に聞いたんですけど、カンヨメサーってなんですか?」
幸せを味わいつつも時間は有効的に使う。
「カンヨメサー?」
「なんだろうねえ」
おっちゃんもおばちゃんもピンとこない様子だった。
「なんかすごい尊敬されてる人らしいんですが」
その言葉にウームと唸るおっちゃん。
「ああ、カミヨメさん!」
おばちゃんがそう言っておっちゃんを見た。
「なんだよ笑。神嫁さんか。そうかそうかオバー達は確かにカンヨメサーって言うかもなあ」
カミヨメ。
神嫁?。
教会か神社だろうか。
「どういう人なんでしょうか?」
「篠宮神社の奥さんだよ」
「そうそう『奥さん』」
おっちゃんの言葉におばちゃんがニンマリと笑う。
『奥さん』の部分に含みを持たせているあたり何か意図があるのだろう。
篠宮神社とはブログ記事にあった古い神社の名前だ。
確かこの地域で最も古い由緒があるとか。
篠宮神社、神嫁、奥さん、神主さんの奥さん、神様の奥さん、どういう意図にせよ巫女的な人物が予想される。
御祭神の夫婦にあたる神あるいは眷属とするなら『尊敬している人』『そのうち会える』というユタ達の言葉と食い違ってくる。
頭の中がフル回転する俺を見ておっちゃんとおばちゃんは笑った。
そして「そのうち会えるよ」と言った。

くじら飯店を出てまた教会へと行ってみる。
飛び込みで聞き込みをするよりも顔見知りの伝手を頼った方がこの町では効率的な気がした。
平日午後の教会は閑散としているかと思いきや意外なほどに人が多い。
待ち合わせや犬の散歩など、さながら公園のような役割をしているのがわかる。
柳田神父が俺を見つけて手を振ってきた。
会釈してから小走りで近寄ると柳田神父も歩み寄ってきた。
「どうでしたかお宿は?」
笑顔で聞いてくる。
「最高でした」
「今村温泉さん?」
「はい。昨日は僕ひとりしか泊まっていなかったので貸切状態でしたよ」
「いいよねえ貸切。私もたまに温泉入らせてもらいに行きますよ」
まるで距離感のない気やすい会話。
この町の人は全員こんな感じだ。
「今夜は妙蓮寺さんで寄り合いやるんだけど神谷さんも一緒にどうです?」
「いいんですか?ぜひお願いしたいんですけど」
思いがけずいきなり大当たりを引けて内心でヨッシャとガッツポーズをする。
「もちろんですよ。大歓迎」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そして待ち合わせの時間などを伝えられ、改めてこの町の感想などを口にする。
柳田神父は時間があるのか散歩がてら教会の敷地内を案内してくれた。

「あのう、神嫁さんってどんな人なんですか?」
教会の神父さんに神社の話をするのもどうかと思ったが、柳田神父の視点でも神嫁さんとやらの印象を知りたい。
「そうですねえ。びっくりすると思いますよ」
「どんなふうに?」
「それはお楽しみというか、尋ねて行くんでしょう?」
「はい」
ここでもはぐらかされた。
「私よりも少し年下なんですけどねえ、見た目は親子くらい歳が離れてるように見えるでしょうね」
見た目の話か。
「なんですかそれ」
「はっはっは。まあそこは会ってのお楽しみにしておきましょう。良い人ですから楽しみにしておけば大丈夫」
「はあ」
どうにも神嫁さん自身のことについては誰も具体的に教えてくれない。
はぐらかそうとする感じではないものの、どうにもふわっとしか教えてくれない。
必ず「会ってみればわかる」としか言わないのだ。

「『ククリ様』というのをネットで見かけたんですが、そういう伝承とかあるんですか?」
もう一つのワードを投げてみる。
ユタ達の反応からして地雷に違いないだろうが、聞かないわけにはいかない。
「昔からの言い回しですねえ。「良い子にしないとククリ様がくるぞ」って言って子供を脅かすんですよ」
柳田神父は間を置かずに答える。
ユタ達のようにこちらを伺う素ぶりはない。
「ククリっていう音は、やっぱり首をくくるとかの意味なんですか?」
「ん〜、まあそうなんですが、あんまり聞かない方がいいんじゃないかなあという内容だったりしますんで、そこは穏便にお願いします」
「…………」
ものすごく穏やかなお断りの言葉だ。
踏み込んでくるのは穏やかじゃないぞという意思表示だ。
「わかりました。すみません」
「いえいえ。どこの地方にもある方便です。あ、知ってますか?方便って仏教の言葉なんですよ」
露骨に、しかし俺になるべく嫌な思いをさせない言い方で話題を変えた。
優しさや気づかいは本物だが隠したい部分もはっきりと伝えている。
これ以上は踏み込んでくれるなと。
「…………」
良かった。
柳田神父じゃなかったら、もしかしたら怒り出していたかもしれない。
フィールドワークで地域の禁忌に踏み込んだ時、そうと知っていようが知るまいが、本気で害そうとしてくる地域もある。
田舎であればあるほどに、俺ひとりを完全に闇に葬る方法は増えていく。
地域ぐるみなら尚更だ。

「じゃあそういうことで、19時にまた来てください。一緒に妙蓮寺さん行きましょう」
その後は何事もなかったように地域のことや信徒さんとの活動などを聞かせてもらい、教会の敷地内を案内してもらって一旦別れた。
手を振る柳田神父に会釈して一旦宿へ戻る。
ノートパソコンを取り出して改めて『ククリ様』『首くくりのオバケ』について記述がないかを調べる。
以前に見たブログ記事やSNSの他に新たな情報はない。
すでに昨日今日と見聞きしただけでネットの情報は追い越してしまった。
「…………」
これまでのフィールドワークで感じた危険を思い起こしてみる。
大丈夫だ。
ユタ達や柳田神父は良い意味でちゃんと拒絶を示してくれた。
俺も深追いせずすぐさま引いたつもりだ。
いきなり拉致られて闇に葬られるような展開になるとは考えにくい。
そう判断をして、最低限の護身に使えそうな道具だけをリュックに詰めて今夜に備えた。

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投稿日:2024年4月18日 更新日:

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