『信仰の見本市』と呼ばれる町に行ってみた

ゆっくりと温泉に浸かってから改めて教会へ向かう。
教会前で柳田神父と合流して今日の寄り合いが開かれているというお寺へ。
『養命宗妙蓮寺分院』という看板が掲げられた建物に到着する。
お寺らしき装飾はあるものの仏教建築というわけでもないコンクリートの建物だ。
中からはバカ笑いが外まで響いており、寄り合いという名の飲み会であることがわかる。
「今日も盛り上がってますねえ」
苦笑する柳田神父に先導してもらいつつ奥へと進む。
木製の引き戸を開くと集会所らしき広間に到着した。
広い畳敷の空間に座敷机が並べられ、老若男女が30人ほど集まっている。
親戚の集まりとか、冠婚葬祭の宴会のような雰囲気だが、着ている服はカジュアルでみんな楽しそうに話し合っている。
子供達が走り回り老人達は将棋を刺したりと思い思いに楽しんでいるのが見てとれた。

「神父様きたきた!」
「おおーいこっち!」
「誰だあのあんちゃんは!」
「住職どこいった!」
「黒船がきやがった!」
「バカなこと言うな!笑」
「おーい住職ー!」

一斉におっちゃん連中の声が上がり、立ち上がったおばちゃんが柳田神父に近寄って頭を下げている。
おばちゃんに挨拶を返した柳田神父が俺に顔を向けて奥の方を手で指し示してから歩き出す。
笑顔で会釈してくれるおばちゃんに俺も会釈で答えて柳田神父の後に続く。
座敷机の一つに案内され座る。
柳田神父と俺のためだろう、二つの座布団が用意されていた。

「ええとですね、こちら旅行者の神谷さんです。歴史とか文化とかそういうのが好きでうちの町に来たと」
柳田神父が俺を紹介してくれるので俺も頭を下げて自己紹介する。
同じ卓のおっちゃん連中は俺に注目しているが、他の卓は他の卓でこちらには感知せず盛り上がっている。
余所者を監視する素ぶりはない。
大丈夫だと判断して少し気を抜く。
「どうぞどうぞ。お酒飲めるでしょ?」
そう言って目の前のおっちゃんが瓶ビールを差し出してくる。
おばちゃんの一人が俺と柳田神父にグラスを持たせる。
柳田神父に目を向けると空のグラスを掲げてニヤリと笑った。
「神谷さん飲むでしょ?私も今日は飲んじゃおうかなと」
どうやら俺だけ飲ませずに付き合ってくれるつもりのようだ。
ありがたい。
昨日今日の仲とはいえ、いきなりこの会合に放り込まれた身としては知り合いがいるのは心強い。
その気づかいがありがたかった。

ドタドタと足音がして入り口で歓声が上がり、目を向けると袈裟姿の坊さんが入ってきたところだった。
一升瓶を二つ抱えた住職らしき人物は真っ直ぐに俺達のいる奥へ歩いてくる。
途中の卓に一升瓶の片方をドンと置いてガッハッハと笑った。
「八代の奥さんから差し入れもらったぞ。会ったらお礼言っといてくれよ」
そしてドスドスと足音を立てながら俺達の卓まで来て柳田神父の隣にどっかりと座った。
「どうもどうもお疲れさん」
「お疲れ様です」
卓の上にあった空のグラスに手酌でビールを注いで周りを見回し、俺と目が合っておや?という顔をした。
「旅行者の神谷さんです」
「どうも」
柳田神父の紹介に俺は会釈で住職に挨拶をする。
住職はガッハッハと笑ってグラスを差し出してきた。
「ようこそようこそ。よく来たねえ」
「どうも、よろしくお願いします」
と言ってグラスを合わせる。
グイッとグラスを飲み干すと住職は俺の方にビール瓶を差し出してくる。
「あ、どうも」
言いつつグラスを差し出すとビールを並々と注がれた。

「昭和の頃にこれだけの宗教が一気に入ってきたわけじゃないですか。元々あったお寺や教会があれば充分だったのにそれが何倍にも数が増えたと。その当時に災害とか流行病とか色々あったと聞いて、そうしなければならなかったほどに大変だったんだろうなと。そういう歴史の果てに今のこの町の仲の良さがある。そんな町の成り立ちみたいな部分に僕は興味があるんです」
飲み始めて30分も経つ頃には結構飲まされていて、気分よく自分のこれまでのフィールドワークを語り、この町の負の歴史にも真摯に向き合いたいと熱弁を振るっていた。
俺のグラスを空けさせまいと、住職をはじめおっちゃん連中がビールやら日本酒やらを注いでくれるので、短時間に結構な量を飲まされてしまった。
住職はいつの間にか違う卓に移動してガッハッハと笑っている。
隣の柳田神父を見るとこちらもいつの間にかオレンジジュースに切り替えていた。
多くの酔っ払いが騒がしく入れ替わり立ち替わり卓を移動して、いつの間にか目の前に座っていた小林さんというおっちゃんがウンウンと頷きながら俺の話を聞いていた。
他のおっちゃん達が「あんちゃん凄えな」とか「若いのに地味だなあ」と冗談混じりに感心してくれる中で、小林さんは目を輝かせたり細めたりして共感を示してくれていた。
聞き上手の小林さんの質問に答えたりしながら俺は、「浮ついたネタ探し程度の興味じゃないんですよ本気ですよ」ということを言葉の端々に載せて喋った。

「この町の助け合いの習慣というのはねえ」
俺の話がひと段落したタイミングで小林さんが手酌酒で語り出した。
「過去を忘れないため、何も知らない未来の住民を守るために先人達が考えてたどり着いたひとつの形なんだと思うよ」
お猪口で日本酒を啜りフムとため息をついて香りを味わう。
「神谷さんも気付いていると思うけど、『あまり思い出したくないけど忘れられない出来事』っていうのがあったんだよ。昔ね」
小林さんの言葉に隣のおっちゃん達が目を向ける。
「あれ?それ言っちゃっていいの?」という反応だ。
「村八分ってあるでしょ?それの反対をやろうと決めたのさ。誰も孤立させない、過剰でもいいからとにかく関わっていこうって。都会の人には気持ち悪いかもしれないけどさ」
また手酌で酒を注いでお猪口を口に運ぶ。
「格好つけちゃってまあ」
誰かがそう言ってドッと笑いが起きた。
「自分でも今の俺格好いいなって思ってたよ笑」
小林さんも周囲のおっちゃんに苦笑を返す。
柳田神父のような宗教っぽさというか真面目さは感じられない呑兵衛な様子に、青年会とか消防団などのリーダーのように感じた。
宴が終わるまでなんとか酔い潰れないように気を張りつつ、集会所を出たところで集まった面々に挨拶をする。
柳田神父ともここで別れて今村温泉へと帰ることにした。

「神谷さん」
声をかけられ振り向くと、やや千鳥足の小林さんが近寄ってきた。
「明日の予定は?」
「とりあえず色々と回ってみようと思います。お寺とか神社とか」
「それならあそこにおいで」
そう言って指差した先を見ると大きな鳥居が立っていた。
「私の職場ね。色々見せてあげるから」
「あ、そうでしたか。ぜひよろしくお願いします」
もしかして神主さんかと思ったが、ネットで調べた限りでは篠宮神社の神主さんも篠宮という名前だったはずだ。
はいはい〜と手を振りながら小林さんは神社の方へと歩いて行った。

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投稿日:2024年4月18日 更新日:

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