それいけ怪談部01 都立九段下高校

東京都立九段下高校。
その一角にかつて体育倉庫だった小屋がひっそりとあることを気に留める生徒は少ない。

私自身、入学して半年過ぎるまでその小屋があることすら知らなかったし、その存在を知った今でも、気にしなければ見落としてしまう程度の微小な存在感に驚くことがある。
今はとある部活の部室兼、顧問の先生の準備室として関係者以外は誰ひとり立ち寄らないその部屋こそ、私が所属する怪談研究会の根城なのである。

九段下高校怪談研究会。
所属3名。
顧問1名。
校内のサークル活動を整理するにあたり、今年度中に部員5名を揃えないと廃部することを申しつけられたばかりの弱小サークルだ。
部ではないのに廃部とはこれいかにと笑い飛ばしているものの、二学期も半ばを迎えて新規部員を勧誘できるアテもない現状にじんわりと冷や汗が垂れるのを背中に感じている今日この頃なのである。

「キョウちゃんキョウちゃん!」
「…………」
「キョウちゃん!」
「…………」

正確には冷や汗を背中に感じているのは私だけで、部長もコイツも能天気に趣味の道を爆走している。
「キョーウーちゃんっ!」
「……聞いてるよ。なに?」
神崎三ツ葉かんざきみつば
私をこの部に引き摺り込んだ張本人である。
「すんごいの見た!」
また始まった。
「……なにを?」
いちおう聞いてやる。
私の前の机に手をついて身を乗り出し、私の顔に唾がかかる距離で満面の笑みを浮かべる三ツ葉の口がニヤ〜と歪む。
「昨日ね。池袋北口のホテル街のところで透明なカップルがホテルから出てきた!」
「ちょっと待て。アンタなんでそんな所にいたの」
目をキラキラさせながら報告するいつも通りの三ツ葉だが、私はそもそもの部分にツッコミを入れる。
「それはナイショだよ」
ニシシと笑う三ツ葉にイラっとくるものの、この子が男遊びをできるような性格じゃないのはよくよく知っている。
三ツ葉が10年片思いしている相手だって知ってるしね。
「危ないところに1人で行っちゃダメだよ」
「わかってるって。それでね!そのオバケ、後を追っかけてみたんだけど」
全然わかってねえ。
いや昨日のことだし仕方ないか。
「歩道橋のところまで追いかけたんだけどスゥ〜って消えちゃったんだよ」
「はぁ。すごいねえ」
「もう!すごいのはここからだよ!」
ずいっと一層顔を近づけて眉を寄せる。
「写真を撮ろうと思ってホテルに戻ったのね。そしたらなんと!」
机から手を離して立ち上がる。
「また出てきたんだよ!そのホテルから!」
ほほう。
「私達は歩道橋からホテルに戻ったわけだよ?当然オバケは歩道橋側のこっちに向かって歩いてくるじゃん!」
ほほーほー。
面白くなってきた。
「お姉ちゃんが『私が写真撮る』って言ってスマホ向けたんだよ。そしたら何と!電源が入ってなかった!」
「なんでだよ。あと一緒にいたのお姉ちゃんか。ビビらせんなし」
「私いつもスマホぶら下げてるじゃん?その時に限ってカバンの中だったんだよ!」
あちゃー。
ということは。
「目の前を通って行ったんだよ?それを撮り損ねるどころか、スマホ出そうと思ってるうちに通り過ぎて行っちゃったんだよ!」
「何やってんのよアンタ達姉妹は」
ため息をつく私と、うがーと頭を抱える三ツ葉。

「それでも私はめげませんでした」
頭を抱えて唸っていた三ツ葉が再起動する。
「私達は待ちました。またホテルから出てくるんじゃないかってね」
「どんだけセックスしてるんだよって話だね」
「ちーがーうーよ!きっとあそこが最後の思い出だったんだよ」
そう言って胸の前で手を組み切なそうな顔をする。
「あそこで最後のエッチをして、二人して歩道橋から身を投げたんだよ」
「いや流石にそれはご迷惑すぎるし、そんなニュース見たこともないよ」
「どれだけ昔のことかわからないじゃん?多分だけど私たちが生まれる前からあのホテルあっただろうし」
「それで?またオバケ出てきたの?」
「いやそれが」
がっくりと頭を垂れる。
「結構待ったんだけど、それっきり出てこないし、お姉ちゃんのバイトの時間になったから帰ってきちゃった」
「残念すぎる」
結局は体験談か。
実際の写真はなし。
「なんでお姉ちゃんのスマホ電源入ってなかったの?」
「わからないってさ」
いざオバケと遭遇した時の不具合はよくある話だ。
撮ろうと思ったら何かしら起きてうまくいかない。
写真を撮らせまいとするオバケ側の意図にも思える。

「それで?結局そのオバケは撮れなかったけど、ホテルは撮ったんでしょ?」
「もちろん撮ったよ。見たい?」
またニシシと笑う三ツ葉。
「それを見せたかったんでしょ?いいから見せろ」
ようやく本題がわかってゆっくりと身を乗り出す。
「あらかじめ言っておくけど何にも写ってないからね?ここからオバケが出たんだよーっていう写真だからね?」
言いつつスマホを操作する。
そして。
「はいこれ」
スマホを差し出してきた。
そこには昼間のホテル街の一角が写されており、◯◯というホテルの看板と入り口がしっかりと写っている。
そしてホテルとカメラの中間くらいの位置に上半身だけの男女がカメラ目線で立っている。
男のほうは何か大声を出しているような口の開き方だ。
「…………」
写ってるじゃん。
「ここから出てきたんだよ。出てきたところはバッチリ見てるのに写真に撮れなかったのが本当に不覚」
三ツ葉はこれを見て本当に何も写っていないと思ってる?
途端にゾワッと鳥肌が立った。
「…………」
スマホを見る。
確かに上半身だけの男女が写っている。
うっすらと透けた体で色味が無い。
昼間のホテルの写真にセピア調の男女を合成したような写真。
「写ってないの?」
何も考えずそう聞いた私に三ツ葉がウンと頷く。
「何か写ってないかと思って隅々まで探したけど何もなかったよ。お姉ちゃんのスマホでも撮ったけど何も写ってなかった」
よかった。
お姉さんも気づいて無いのか。
バッチリ目視しているのに心霊写真では見えないなんてあるのだろうか。
「そう。まあ何か撮れたとして透明なナニかでしかないんでしょ?インパクトとしては薄いかもね」
気づいてないならそういうことにしておこう。
「そうなんだよ。でも私が自分で撮ったっていうのがポイントだよ」
なおも残念そうにスマホを見ながら写真を拡大したり縮小したりしている。
指の動きに合わせて半透明なカップルが大きくなったり小さくなったりしている様子にそら恐ろしくなってくる。
これ以上その写真に触れないほうがいい。
そうは思うものの、まるで気づいていない三ツ葉になんと言ったらいいのかわからない。
「とりあえず送るね?記念に持っといて」
「おいやめろ」
ピコンと音が鳴って私のスマホが震えた。
画面には三ツ葉からのLINEの着信が表示されている。
「…………」
開けたくねー。
開けたら多分感染する。
おおかた私には見えているのがわかって三ツ葉の思考を誘導したのだろう。
お祓い決定じゃないか。
バイト代が無駄に消える未来が確定した。
子供の頃から何度もお世話になっている霊能者さんの名前を思い浮かべながらため息をついた。

ガチャと音がして部室のドアが開いた。
顔を向けると部長が入ってくるところだった。

第01話 完

この話は実在の怪談作家が取材した内容に基づいてストーリーを付加したものです。
地名等に関してはフィクションですが、実際に体験した人がいる怪異体験であることを明記しておきます。

実話怪談提供 夜行列車『ホテルから出てくる』より

投稿日:2024年6月5日 更新日:

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