『風水師 連雀事務所』という看板を見上げる。
秋葉原のメイン通りから少し離れた雑居ビル。
その二階が霊能者さんの事務所だ。
連雀という芸名?で活動している真夜さんはここ秋葉原で生まれ育った生粋の江戸っ子で、若いのに風水や心霊の本を何冊も出している作家さんである。
2年ほどご無沙汰しているけどSNSはフォローしているので雑誌やネットに出たら見るようにしていた。
2年前の件で申し訳ないというか気まずくなってしまうまでは何度も遊びに来た真夜さんの事務所。
先ほど交わした気安いLINEのおかけで後ろめたさよりも楽しみが勝っているから足取りは軽い。
エレベーターを使わずタンタンタンとステップを踏むように階段を登って一気に三階まで上がり、事務所のインターホンを押す。
すぐに扉が開かれ、これまた小柄な人影が顔を出した。
「待ってた。入って」
ニコリともせずにそう言って、扉を大きく開けて入れるようにしてくれる。
「お久しぶりです」
そう言って近づくが真夜さんは軽く頷くだけ。
相変わらずのリアクションの薄さに懐かしく思いながら、真夜さんの後に続いて事務所の中に進む。
「わーなつかしー」
二年ぶりにもかかわらずほとんど変わっていない事務所の様子に懐かしさが込み上げ一人でワーワー言ってしまう。
案内されるままに応接用の可愛いソファに座ると、真夜さんもペットボトルのお茶を持ってきて私の向かいに座る。
ここまで真夜さんはほぼ無言である。
「ご無沙汰しちゃってごめんなさい」
向かいあって座ったところでちゃんと言って頭を下げる。
「うん。大丈夫」
真夜さんはそう言って軽く頷く。
「今日もいきなりでごめんだったけど会ってくれて嬉しい。嫌われてたらどうしようって思ってたんだ」
二年のご無沙汰をなかったことのように話すことはできない。
ちゃんとしないと。
「嫌いなわけない。大丈夫」
そう言って真夜さんはほんの少しだけ口の端を引いた。
LINEと違って驚くほどリアクションが薄く無口な真夜さんにしては満面の笑顔と言える。
「ありがとう」
ようやく心からの笑顔で私も笑った。
「そのLINE。見せて」
しばらく世間話というか、この二年のお互いのことや近況を話して、私の学校のことに話が及んだところで真夜さんが聞いてきた。
楽しくて本題をすっかり忘れていた私はそういえばそうだったとスマホを取り出す。
トーク一覧の中で三ツ葉の名前を指差す。
「これなんだけど」
三ツ葉の名前の横にある未読マークは既に5件の未読メッセージがあることを示している。
あんな写真送ってくるもんだから他のメッセージまで読めないじゃないか。
私の指差した部分を見て真夜さんがスマホに顔を寄せる。
「私は心霊風水師の連雀という。白仙上人の教えを日本に伝えた架挙の弟子である法然上人の流れを汲む八卦総宗の一門で十年前に横浜の老華先生から連雀の名と共に風水と霊術の資格を与えられた術士だ。これまでに祓った悪霊は百を超えるし志を同じくする仲間が大勢いる。今から写真を表示するが悪さをするつもりなら覚悟することだ」
真夜さんが一息でめちゃくちゃ早口に何事かを言った。
「開けてみて」
体を起こした真夜さんが私を見る。
「え?いいの?」
なんの準備もせずに開けていいのだろうか。
「大丈夫」
真夜さんはコクリと頷く。
「わかった」
三ツ葉の名前をタップしてメッセージを表示させる。
『きょうちゃーん』
『おーい』
というメッセージが最後で、その数件上に例の写真が送られて来ている。
「…………」
怖い。
けど真夜さんが目の前にいてくれるから安心でもある。
「写真見せて」
真夜さんの言葉に従って写真をタップする。
メッセージが消えて写真のみが大きく表示される。
「あれ?」
そこに写っているのは例のホテルの外観のみで、半透明のカップルはどこにも写っていなかった。
おかしいと思って写真を2回タップしてズームさせる。
確かにカップルが写っていたはずの場所には何も写っていない。
「消えてる?」
おかしい。
三ツ葉が送ってくる写真を間違えたのだろうか。
それに私が無駄に怯えていた?
いやそもそもこれは三ツ葉のドッキリだった可能性もある。
見えていたはずの心霊カップル写真に何も写っていないと思っているフリをしていたと。
部長もグルで?
そもそも三ツ葉がそんなことする?
「逃げたね」
混乱する私に真夜さんがそう言ってソファに体を預けた。
「え?」
どういうこと?
「もう大丈夫」
「え?大丈夫って……大丈夫なの?」
混乱する私に真夜さんがコクリと頷く。
「ということは…真夜ちゃんが何かしたってこと?」
その言葉にまた頷く。
「……どういうこと?」
「追い払った」
「いやでも…何もして…してたの?」
何が何やらわからなくて首を傾げてしまう。
フムと軽く息を吐いて真夜さんが窓の外を見る。
「先生達の名前を教えただけ。雑魚なら裸足で逃げ出す」
相変わらず言葉が足りない。
どういうことなの。
「待ってごめん全然わかんない。どういうこと?」
「詳しくは秘密」
そう言って身を乗り出し立ち上がる。
コーヒーメーカーに粉を入れてスイッチを入れる。
「コーヒー飲む?」
話は終わりだとばかりに話題を変えた。
「うん飲む。ありがとう」
またソファに戻ってきた真夜さんが窓の外を見る。
「ごめん確認させて。スマホには霊が写った心霊写真が送られてきてたけど、真夜ちゃんが追い払ってくれたってこと?」
「そう」
私に顔を向けて短く答えた。
「それで写ってた写真から霊が消えるとかってあるの?」
三ツ葉や部長には見えていなかったり、見えていたはずの私にも見えなくなったり、デジタルの世界でそんなことあるのだろうか。
「ある。実際にそうなってる」
「まあそうなんだけど」
真夜さんのトーク力ではどういうことなのか全くわからない。
昔からそうなのだ。
無口というわけじゃないけど、極端に言葉が少ない。
LINEでは過剰なほどにコミュ力あるくせにリアルだと全然伝えようとしない。
もう慣れっこだからなんとも思わないが、言葉だけで真夜さんとやりとりする人にはよく冷たい人だと誤解されていた。
「全然わかんないけどありがとう。おかげで安心してLINE使えるよ」
もう一度写真を確認して真夜さんに目を向ける。
「うん」
「最後の最後にもう一度だけ教えて。真夜ちゃんが何かをして霊が逃げたのはわかった。だけどそれで写真が変化するってどういう現象なの?」
しつこいと嫌われるかもと思ったがどうしても聞きたい。
真夜さんはまた窓の外に目をやって考えるそぶりを見せた。
「実際にメッセージがあるのはクラウド。でも別に霊がクラウドにいるわけじゃない」
空を見ながらそう言った。
「伝え方とか感じ方の問題。縁をたどって鏡花ちゃんに取り憑こうとした。私がいたから逃げた。鏡花ちゃんの目にも見えなくなった。そういうこと」
むむむわからん。
けど「言い切ったぞ」みたいな満足気な顔で私を見る真夜さんにこれ以上突っ込むのは無理だ。
いつかLINEで聞こう。
「わかった。全部は理解できないけどとりあえずわかった気がするよ。うん。ありがとう」
真夜さんの目を見て笑顔を作る。
真夜さんも口の端を引いて頷いた。
コーヒーのいい香りがしてきて心が軽くなる。
何が何やらわからないけど、とりあえず解決したのだから深く考えるのはやめよう。
LINEは使える。
うん、問題ない。
「それで、お代なんだけど」
「いい」
コーヒーを持ってきてくれた真夜さんが私の前にカップを置いて対面に座ったところで支払いについて切り出すが、要らないと即答されてしまった。
「いやいや、ちゃんと払うよ」
「いい。仕事じゃない」
むむむ。
「仕事じゃないけど何かしてくれたんでしょ?」
「身内からお金は取らない」
「昔はちゃんと受け取ってくれたじゃん」
千円だったけど。
「小さい鏡花ちゃんからお小遣いをもらうのが嬉しかった。後でおばさんに返してた」
なんと。
「どういうこと?」
今になって知る衝撃の事実に困惑する。
「身内からお金は取らない。おじさんもおばさんも了解してくれてた」
払った気になっていたのは私だけか。
それはそれでちょっと腹立つ。
「ごめん」
私の気持ちを察した真夜さんが謝った。
「いやいや私こそごめんだよ。全然知らなかった。ただ働きさせてごめん」
「おじさんおばさんにはそれ以上にお世話になってる。大丈夫」
真夜さんは一時期ウチに居候してたことがあるから、そのことを言っているのだろう。
うーむ。
「昔はそうだったとしても、私もちゃんとバイトしてるし、払うべきものは払うよ。そうじゃないと私が気まずくて困る」
「真面目」
「いや真面目ってわけでは」
真夜さんが立ち上がって私の隣に座った。
「大人になったね」
そう言って頭を撫でてくる。
「えへへーありがとう」
撫でられるのが久しぶりで嬉しくなる。
昔はよく真夜さんに頭を撫でてもらっていたっけ。
「ってそうじゃないよ!お金払います!」
「頑固」
そんな感じでしばらく払う要らないの応酬が続いて、結局は真夜さんが折れてくれることになった。
「その部活。ぶっちゃけ辞めるべきなのは間違いない」
「え?」
「怪談を楽しむのはOK。でも実話とか心霊スポットは良くない」
「ああ、まあそうだよね」
私だってそれは思う。
なんでわざわざ心霊スポットに行って怖いものを見なきゃいけないのか。
部長や三ツ葉は見えないからこそ楽しいのだ。
お化け屋敷感覚で心スポ凸を楽しめる。
でも私は。
「鏡花ちゃんは昔から霊に寄りつかれるタイプじゃん」
だから行かない方がいいのは間違いない。
「でも部活楽しいんだよね?」
「うん」
最初こそ三ツ葉に強引に勧誘されたわけだが、部長も交えた3人での怪談トークはとても楽しい。
廃部の可能性が見えてきたことで痛感した。
私は怪談も怪談研究会も大好きなのだ。
「だったらペナルティ作るのも手だね」
「ん?」
どういうこと?
「霊に憑かれたら私が祓ってあげる。回避しないと鏡花ちゃんはバイト代を失う。それがペナルティ。それならお金をもらってあげる理由になる」
なるほど!
「そうそう!そうだよ!」
見えた光明にテンションが上がり真夜さんの手を取る。
「私は真夜ちゃんにただ働きしてもらうのは嫌。でも部活は続けたい。私は全力でオバケを回避するけど、失敗して取り憑かれちゃったらお金というダメージを受ける」
なんというウィンウィンな関係か。
真夜さんが一方的に私に搾取される事態は回避された。
そして私も真夜さんをアテにして危険に飛び込むような真似はしないだろう。
お金を挟むだけでこんなにも心が楽になるとは。
まあ払うのは私だから全力で身を守る所存である。
「でも注意は必要。私にだって手に負えない相手はいる」
「うん」
テンション爆上がりの私に真夜さんが冷静に告げる。
「その場で死んじゃうことだってある」
「そうだよね。気をつけます」
浮かれテンションを元に戻して私も真剣に答える。
「そうならないためには危険な場所には行かない。本当にヤバい話は聞かない」
「はい」
やっぱりやめろと言われるのだろうか。
「大丈夫。そこまで危険なことはそうそうない」
また私の気持ちを察して真夜さんがフォローしてくれる。
「警戒しつつ楽しめばいい」
そう言って口の端を引く。
「うん。ありがとう」
やっぱり真夜さんは優しい。
私も心から笑顔を作って真夜さんに頷いた。
「そういう時ってどうするの?」
部活をやめろと言われずに済んでホッとした私は気になったことを聞いてみた。
なんのことを言っているのかわからない真夜さんが首を傾げる。
「手に負えない相手に出会した時」
私の質問に真夜さんは顔を前に向けて少し考える。
「仲間を頼る」
少し意外な言葉に聞こえた。
大変失礼なことに、真夜さんに仲間がいるというのが意外だった。
「コミュ障だって仲間はいる」
私の心を読んだかのように真夜さんが続ける。
「ごめんごめんごめん。全然そんなこと思ってないから」
「大丈夫。ぼっちなのは間違いない」
そう言って親指を立てる。
なんと答えようか迷っていたら真夜さんが話を続ける。
「でも仲間を頼るなら流石に無料とはいかない」
それはそうだろう。
「中には相談だけで20万円の人もいる」
「うひー。それは流石に高すぎる」
本当にそんな金額を取る霊能者さんがいるのだろうか。
それって悪徳なんじゃ…いやでも仲間って言ってるし、うーむ。
「この世界に相場なんてない。適正価格は人それぞれ」
「なるほど」
「私だけじゃ手に負えない場合はそういう人も頼ることになる。それもペナルティ」
「だから気をつけなさいってことだね。うん。わかった」
真夜さんの事務所を出て秋葉原の駅へ向かう。
自転車を押しながら真夜さんもついてきてくれている。
来る時もそうだったが、平日にもかかわらず人の多さが半端ない。
「こっち」
真夜さんが指差す方に歩いていく。
駅までの最短ルートとのことだけど、進行方向の路地はいよいよ人が多くて身構えてしまう。
「自転車あるから大丈夫」
何が大丈夫なのかと思ったら、自転車を押して私の少し前を歩き、人混みを掻き分けるようにして進んでいく。
その強引さに少し驚くが、確かに私の前からは人がいなくなるので歩きやすくはある。
迷惑そうな顔をして買い物客やメイドさんとお話ししている男性が避けていく。
激混みの路地を抜けてようやく駅前が見えてきた。
信号待ちで止まった時、真夜さんが心なしか満足気にフムと息をついた。
「どうしたの?」
「今日も盛況だった」
歩いてきた路地を振り返りそう言う。
私も釣られて振り返る。
変わらぬ人の多さに、よく誰にもぶつからずにあそこを抜けて来られたものだと感心する。
「すごい人だったね。真夜ちゃんよくこんなところにずっといられるね」
しまった失礼な言い方だったかもと思い真夜さんの顔を見る。
「ぼっちが多いから気は楽」
意外な答えが返ってきた。
「それに」
珍しく真夜さんが積極的に話を続ける。
「可愛い女の子とそれに群がるブタ共を眺めるのは楽しい」
とんでもないことを言った。
私達の近くで信号待ちをしていたお姉さんがギョッとして真夜さんを見る。
真夜さんは全く気にせず路地を、いやメイドさん達とそのお誘いを受ける男性達を眺めている。
「見てあのブーちゃん」
そう言って路地の一角を指差す。
誰のことを言っているのかわからない。
「あのブタ最近毎日アキバ来てる」
「わかった。もうわかったから大声でそういうのやめて」
路地を指差す真夜さんの手を取る。
「お店に行ってるのは見たことない」
「ほんとわかったからもうほんとごめん」
気まずそうにしている周りの人を意識してしまう。
信号が変わった。
真夜さんの手を離して自転車を押すのを手伝う。
誰かに怒られる前にその場から離れたかった。
無事駅前に辿り着き、また近いうちに遊びにくる約束をして真夜さんと別れた。
電車に乗り込んで三ツ葉からのLINEに返信する。
すぐに既読がついてやり取りをする。
『そろそろ本気で部員集めないとヤバいかも』
『だね。明日は怪談しないで会議しよう』
そうしてLINEを終えて最寄り駅まで心穏やかにYoutubeを見ていた。
第04話 完