翌日また放課後の部室。
私と三ツ葉は部長である闇島ドクロの前に立ち両手を腰に当てて見下ろしていた。
「出せ」
三ツ葉が脅すような低い声で言う。
「出せ」
私も三ツ葉の真似をして低い声を出す。
「だ…だめだ」
闇島ドクロは気丈にも鞄を後ろ手に回して私達から隠す。
「本当にもうヤバいんだって。これ以上使ったら三学期の予算がマジでなくなるから」
「その予算を今使わないでいつ使うんだ。いいから出せ」
三ツ葉が部長に迫る。
「つ…使い道は?」
「私とキョウちゃんのお茶代だ」
「そんなことに大事な予算を使わせるわけないだろう!」
「こら三ツ葉。適当なこと言ったら出すものも出せなくなるでしょ」
言いつつ三ツ葉の頭をペチンと叩く
「あいた!ごめんごめん。ちゃんとした使い道を思いつかなかったんだよ。キョウちゃん説明して」
頭に手を当てて私を見上げる。
フムと息をついて部長に目を戻す。
「部長、いや闇島ドクロ。今が何月か言ってみろ」
「じゅ、十月だ」
呼び捨てにしたことを怒るかと思ったが、私達のテンションに合わせてくれているのか素直に答える。
「来月ウチの学校で何があるか言ってみろ」
「文化祭だな」
「私達怪談研究会が何をするのか言ってみろ」
「俺達は特に何もしない。去年もそうだったが不参加だ」
腰に当てていた手を部長の目の前の机にバンと置く。
「腑抜けかキサマ!」
「なっ」
いきなり大声を出した私に部長がビクッと身を引く。
おおーと三ツ葉が声を上げる。
「今年中にあと2名確保しなかったら廃部なの!廃!部!」
「うぐぐ」
「キョウちゃんかっこいい!」
謎にテンションの高い私と反論が出ない部長と恫喝をやめて観戦に回った三ツ葉。
それぞれの立ち位置が決まったところで謎テンションのまま続ける。
「いわばこの文化祭が我々にとって最後のチャンスなの。これを逃したらマジで新入部員なんて入って来ないから。部長はそれで良いわけ?」
「ぐぐぐ」
反論せずとも後輩に言われているのが悔しいのだろう。
わざわざぐぐぐと声に出して悔しいアピールをしている。
「ぶ……」
部長が何かを言った。
「「ぶ?」」
私と三ツ葉の声が重なる。
「……部でもないのに廃部とはこれいかに」
もう一度、部長の目の前にバンと手をつく。
「ふざけてるのかキサマ!!」
久しぶりに腹から声を出した。
「いやー楽しい。人のお金で買い物するのは楽しいねえ」
三ツ葉がはしゃいでいる。
部長から経費を預かって三ツ葉と池袋に来ていた。
文化祭でする出し物は部それぞれだが、私達のできることといえば怪談の発表意外はない。
心霊スポットを写真や動画付きでレビューしたり、部長が仕入れてきた実話怪談を小冊子にまとめて配布したり、つまり私達に必要なのは大きなサイズの発表用紙と各種のカラーマジックやペンだ。
学校のサーバーに発表用のウェブサイトを立ち上げるのが部長の役割になった。
心スポ凸の動画などはQRコードを印刷した紙を配布して、そのウェブサイトにある動画にアクセスしてもらう。
部長の意外なスキルに関心しつつ、私と三ツ葉は買い出しと資料作成を担当する。
文化祭までの一か月でやれることは全てやろうということになった。
「この前のホテル行く?」
必用なものを全て買って、帰ろうかお茶しようかという段になって三ツ葉が言った。
「あ、なんか今のヤラシかったね」
ニシシと笑う三ツ葉の鼻を正面からつまむ。
「うぎぎ…キョウちゃん痛い」
鼻声で抗議する三ツ葉が私の腕を掴む。
「悪いこと言うのはこの口か」
摘んだ鼻をムニムニする。
「やめてやめて。鼻とれちゃう」
思ったより気持ち良い鼻の感触を楽しんでから離してやる。
「行かないよホテル街なんて。制服でそんなところいたら補導されるでしょ」
それに現場に行けば確実にあのカップルがいる。
せっかく祓ってもらったのにまた近づいて取り憑かれるなんて間抜けすぎるし真夜さんに申し訳ない。
「そだねー」
三ツ葉もどうしても行きたいわけではなさそうだ。
撮影リベンジとか言い出さなくてよかった。
三度目の正直を狙ってホテル前で待機していたのに撮れなかったのが堪えたのだろう。
「キョウちゃんはさー」
結局お茶することもせず学校に帰る電車の中で三ツ葉が言った。
「ぶっちゃけ霊感とかあるん?」
変なことを言ってきた。
まあ怪談研究会に誘われた時にも聞かれたことがあったのだけれど。
「なんで?ないよー」
とりあえず誤魔化しておく。
「そっかー」
三ツ葉はつまらなそうに口を尖らせている。
「なんかいつも怖い体験とか話してても冷静じゃん?」
「うん。まあね」
よかった。
何か思い当たるフシでもあるのかと思った。
「今にして思えばこの前の写真もさ。見たとき一瞬ギョッとしてたじゃん」
「…………」
おっとバレていた。
さてどうするか。
「部長の怪談とか聞いてもさ、冷静に分析するしやたら詳しいじゃん」
「まあ実話怪談の本とか読んでるからね」
別にどうしても隠したいわけでもない。
怪談研究会のメンバーなのだから、他の人とは違って霊感あると言っても気味悪がられることはないだろう。
ただなんとなく隠している。
「私はさー、前にも言ったけど、ちょっとだけ見えるんだよ」
例のラブホテルから出てきたオバケを目撃していた。
三ツ葉もお姉ちゃんも影程度にはオバケが見えているということだ。
それでも写真に写ったモノは見えていなかった。
「昔からそうでさ、色々心霊スポットとかにも行って、他の子には見えない影とか音とかが見えたり聞こえたりして楽しかった」
もしも私があのホテル前に行ったら、影でなく心霊カップルをバッチリ目視してしまうかもしれない。
通りすがりの霊と違って、あの心霊カップルは私を認識しているだろう。
私ひとりで近づいたら今度こそ取り憑かれるかもしれない。
「それがね、だんだん見えなくなってきてるんだよ」
三ツ葉の声がちょっと小さくなった。
「多分だけど、私の霊感は消えちゃうタイプなんだと思う。お姉ちゃんももうほとんど見えないって言ってた」
消えちゃう、ということは消えてほしくないと思っているのだろう。
楽しかったと言っていたし、怖さよりも興味の方が勝っていたと。
「あのホテルは久しぶりにオバケ見れて、お姉ちゃんめっちゃテンション上がってたんだよ」
霊感が消える。
それは良いことのはずだ。
「だからこの部活やってるうちはさ、全力でオバケ見たり聞いたりしたいんだよね」
「わかる」
思わず答えていた。
普通は見えないんだから普通になるのは良いことだろう。
それでも三ツ葉は、そして私も。
私の言葉に三ツ葉が顔を上げて私を見る。
「私も思いきり怪談に浸ってみたい。心スポにはあんまり興味ないけど三ツ葉が行くなら私も行く」
「だよね…だよね!」
三ツ葉が目を大きく開いて私を見ている。
「行こうよキョウちゃん!私行きたい心スポあるんだよ!」
「いやだから心スポにはあまり」
「今日でもいいよ!あーでも部長はバイトか。明日か明後日か、とにかくすぐ行こう!」
「うんまあ行くけど」
三ツ葉のテンションが振り切れている。
よほど気分が上がったのだろう。
両手をグーにして胸の前で構えている。
「いよっし!そしたら文化祭のメインとなるくらいの心スポ凸をするんだよ!」
うおおおと燃える三ツ葉の様子が可愛くて笑ってしまう。
先ほどの落ち込みを払拭するようにテンションを爆上げさせているのだろう。
「楽しもうよ三ツ葉。部員集めて部に昇格して、私達が卒業しても存続するぐらい大きな部にしよう」
真夜さんもいいって言ってくれたし。
せめて高校生でいるうちは。
「だね!」
満面の笑みで三ツ葉がピョンと跳ねる。
結局、私の霊感についてはシラを切ったままになった。
「霊感といえば、中学の時に田村梨沙っていたの覚えてる?」
「田村ちゃんだね。覚えてるよ」
田村ちゃん。
私と三ツ葉の同級生でそこそこ人気のあった女の子だ。
「この前、駅前で偶然会ってさ、お互いの学校の話になるじゃん?怪談研究会が廃部になりそうって話をしたら、私達のために転校するのは難しいけど自分の体験談ならって話してくれたのよ」
「ほほー田村ちゃん、そんな体験してたんだ」
「うん。私も意外だった。あの田村ちゃんがって思ったよ」
田村ちゃんはどちらかと言うと真面目グループに属していて、あまり前に出るタイプではないものの、男子からはそこそこモテていた。
「さらに意外なことにね、田村ちゃん、小学校の頃にいじめられてたんだってさ」
「そうなの?全然知らなかった」
誰もいじめられてたことなんて公表したくないだろう。
「いじめられてたのは内緒にしてあげてね」
「もちろんだよ」
「田村ちゃんって、中2でウチの中学に転入してきたじゃん?それまでは転勤族だったんだって」
「ふーん」
「今ではすっかり人気者の田村ちゃんだけどね、小学生の頃は友達いなくてぼっちだったのです」
「へー意外。全然そうは見えないけどね」
三ツ葉が感想を口にする。
私達の怪談はいつもこんな感じだ。
部長が話す時も私達は好きなことを言い合って、部長はそれを無視して話し続ける。
「下手したら一年とかで転校になっちゃうから、わざと仲良い友達を作らないようにしてたんだってさ」
「可哀想すぎる」
「ただでさえ転入生って遠巻きにされるじゃん?クラスに馴染んだとしてもすぐ転校。必然的に田村ちゃんはぼっちを選んだと」
「だからかー。ウチの学校で友達作るのめっちゃ早かったもんね。転勤族じゃなくなって本気出した感じだ」
「そんな田村ちゃんが小学四年生の時、名古屋に引っ越した時にぼっちどころかいじめの対象になっちゃったことでこの話は始まります」
「おけ」
三ツ葉の話題を逸らすために始めた怪談だが、電車にはそれほど人も乗っていないし、ノッてきたのでこのまま話してしまおう。
後で部長にも聞かせてあげないといけないし、怪談語りに厳しいドクロ先輩に備える練習にはもってこいだ。
第05話 完