文化祭のための買い出しを終えて戻ると、部長はどこからか持ってきたノートパソコンを前に唸っているところだった。
外にいた時には気づかなかったが、部室の窓から見える外はだいぶ日が落ちて薄暗い。
「戻りましたー……っと部長、もうパソコン準備したの?早いっすね」
「こういうこともあろうかと常に持ち歩いているからな」
パソコンに目を向けたまま答える。
なんでも学校のサーバーに繋ごうとして上手くログイン出来ず苦労しているようだった。
「あーもうわからん。明日イマセンに聞くしかないか」
イマセンとは我が研究会の顧問である。
顧問のくせに部の活動にはほとんど口を出さないありがたい先生だ。
イマセンの資料室兼部室なのでしょっちゅう出入りするくせに、私たちのことはチラッと見るだけで声をかけてくることもない。
おそらくこの部室を資料室として使いたいために顧問をやっているのだろうと思っている。
ノートパソコンをカバンに仕舞って部長が立ち上がる。
そして私のもとに歩いてきて手を差し出してくる。
「ん」
変な音を出しながら目の前に突き出した手を上下に振る。
「なんすか?」
すっとぼけて聞いてみる。
「ん」
なおも変な声で乗り切ろうと手を上下に振る。
「待って待って。全然可愛くないんだけど」
三ツ葉が私の横に来て見上げてくる。
どうしようとでも言うように眉が寄っている。
「誰が可愛いだ。いいから出せ」
どうやら昼間の私達の真似をしているようだ。
悔しかったのか楽しかったのかわからないが、そこは可愛いので許してあげよう。
カバンから財布を取り出して、今日の買い物の領収書とお釣りを取り出す。
「ん」
言いつつ部長の手に乗せる。
部長はお釣りの少なさにギョッとして領収書を一枚ずつ広げて確認する。
「おおお」
そして変な声を出した。
「使い切りやがったな」
予算の残りは数十円なり。
文化祭で部員を獲得できなかったら廃部なので予算残しても意味ないからね。
「というわけで文化祭の目玉は極力わかりやすく面白い怪談詰め合わせ冊子の作成と、心スポ凸のレポートと動画ね。動画の編集も部長に任せちゃっていい?」
今までスマホで撮影するだけで、発表する形式にしたことはない。
誰かが編集をやらなければ。
「無論だ。俺のYouTubeチャンネルを見たことある奴なら俺が編集したとバレてしまうだろうがこの際だから仕方ない」
「ちょっと待って。部長そんなことやってるの?」
「ククク」
唐突なYouTubeやってます宣言に思わず突っ込む。
なんでこう、聞いてもいないのにちょいちょい自己紹介をしてくるのか。
「すげー!部長ユーチューバーなん?」
まんまと三ツ葉が驚いている。
こういう釣られやすさも部長が三ツ葉をお気に入りな理由だろう。
「まだ一年だが先日登録者が300人を超えた」
そう言ってスマホ画面をこちら側に見えるように掲げる。
チャンネル名は『週刊OH!カルト』でハンドルは『@dokuroyamijima』となっている。
「いや本名」
隠す気のないハンドルネームに思わずツッコミを入れる。
「ちなみにこれが俺の怪談用Twitterだ。TikTokも登録したが怪談とTikTokの相性が悪くて困っている」
言いつつスマホを操作する。
「待て待て待て。部長そんなことまでやってるの?」
続くSNSカミングアウトにツッコミも止まらない。
部長は「何を驚く?」と言いながらスマホを差し出してきた。
そこには「闇島ドクロ」というプロフィールが表示されている。
「いやだから本名」
「全然隠す気ないね」
三ツ葉も私の手元を覗き込んで同じ画面を見ている。
「しかも微妙にフォロワー多いのがムカつく」
「本当だ。部長のくせに」
「何が部長のくせにだ。俺がこうして地道に発信して怪談を集めているからこそ、この研究会は成り立っている」
「確かに」
「そこは否定できない」
部長が仕入れてくる怪談がこの研究会のメインコンテンツなのは間違いない。
やたら仕入れると思ったらそういう陰の努力をしていたということか。
いまだにクククと謎の鳴き声を発し続けている部長を見る。
素直に褒めようか。
いやでもこの「褒めて」と言わんばかりのカミングアウトに素直に応じるのも微妙にムカつく。
「うん。すごい。素直に感心するわ」
褒めることにした。
今褒めなきゃいつ褒めるんだって場面だしね。
「だね!さすが部長!さすっちょ!」
三ツ葉がさすっちょの所で部長を指差す。
語感が気に入ったのか、さすっちょさすっちょと繰り返している三ツ葉と、戸惑いつつもクククと余裕のあるフリをする部長。
素直に褒めたのはつまらなかったが、よくわからない感じでうやむやになったので良しとする。
スマホを操作して過去の心スポ凸の動画を探す。
撮るだけ撮って放置していたので結構な数が眠っている。
それは三ツ葉も部長も同じだろう。
これを全部見直すのかと思うと若干気が重いが廃部を免れるためにはやるしかない。
窓の外はもうすっかり暗くなっている。
残り数十円となった予算を部室のロッカーにしまった部長が帰り支度を始めそうだったので声をかけて着席してもらう。
「夜の学校ということで雰囲気も良いのでひとつ怪談をしたいと思います」
「ほほう?」
私の言葉に部長が片眉を上げる。
「三ツ葉にはさっき話したんだけど、練習の成果ということで三ツ葉も聴いてください」
「もちろんだよ」
言いつつ三ツ葉が壁際に移動して部室の電気を消す。
窓から差し込む外の灯りだけに照らされた部室が一気にホラーな雰囲気に変わる。
戻ってきた三ツ葉が着席したので深呼吸する。
「これは私と三ツ葉の中学の頃の同級生から聞いた話なんだけど……」
先ほど三ツ葉にしたのと同じ内容で、アドバイス通りに少し口調を早めて語る。
部長は私や三ツ葉と違い黙って私の怪談を聞く。
三ツ葉も先ほど内容は聞いているので予想や感想を言うことはない。
2人とも黙って聞き耳を立てる中で、暗い教室に私の語る怪談が浸透していく。
やがて話が悲しい結末を迎えると、部長はフームと大きく息を吐いた。
「実に良い話だな。これお前達の同級生の実体験なのか?」
「うん。そうっすよ」
「田村ちゃんです」
私と三ツ葉が同時に答える。
「自分が親に殺されたと知らず成仏できない子供の霊の話は聞いたことあったが、この話の少女は自分が殺されたことを知っていそうなのが面白いな」
「うん、可哀想ですよね」
部長の言い方は悪いが、確かにこの話のポイントはそこだ。
自分を殺した両親すら守ろうとする健気な少女。
「田村ちゃんはなんで見えたんだろ?」
「霊感がある人なのか?」
三ツ葉の疑問に部長が乗っかり2人して私を見る。
「あー…それはわからないです。話を聞いたらしんみりしちゃって根掘り葉掘り聞く感じじゃなかった」
「あーね」
「だよなあ」
「今度会ったらその辺も聞いてみます」
「それよりもキョウちゃん!今の語り最高だったよ!」
三ツ葉が親指を立てた右手をグッと押し出す。
それに「ありがと」と返すと部長が腕を組んで唸った。
「うむ確かに引き込まれた。暗井の声は聞き取りやすくて緩急もある」
褒めてくれるがその眉間に皺が寄っている。
「まだ時間大丈夫だよな?俺からもひとつ怪談を聞かせてやろう」
聞き役が多い私が上手に怪談できたので部長の闘争心に火がついたようだ。
「これはフォロワーから寄せられた体験談だ」
そう言って居住まいを正す。
そのわずかな体勢の変化で窓からの光が部長の顔の半分を影に落とす。
「舞台はとある山間のキャンプ場で…」
闇島ドクロが怪談を語り始めた。
第07話 完