樹木怪談 造園業

造園業で働く本村という男性から聞いた話。
今から20年ほど前、彼は地元の造園業の会社に就職をした。
ヤンチャだった兄達の影響で地元の悪ガキ集団に属していた彼は、ノリと勢いに任せて高校を中退し、かといって親に逆らえるほどの根性は持ち合わせておらず、父親の紹介という名の強制によって知り合いの造園会社の社長に弟子入りをした。
しばらくは見習いという扱いでアルバイト達よりも低い立場に置かれ、来る日も来る日も雑用や力仕事に駆り出されていた。そんな職場が苦だったわけでもなく、元来の子分気質ゆえか先輩達に可愛がられ着実に仕事を覚えていった。
就職して3年ほど経ったある時、社長から社員にとある民家の敷地で大きくなりすぎた木の伐採を命じられた。民家の庭に生えている木の伐採や剪定は日常業務であり、今日はお前達だけでやってみろということで、社長は別件の打ち合わせに行くという。
現場を任されたのは中堅のベテラン社員である落合。オーサンというあだ名で呼ばれている落合は彼のことも可愛がってくれる良い先輩であるが、職人らしくやや粗野でいい加減な性分の男だった。
オーサン指揮の元で彼ともう一人の若手である岩田の3人が現場へ行くことになった。
出発の準備をしていると、社長が「ほい」と言って一升瓶を手渡してきた。信心深い社長はたまに年数を経た木を切る際にお酒を注いで手を合わせることがあった。
「いわゆるシンボルツリーってやつだから切る前に撒いとけ」
今回もそれをしろという。業界の常識だと言っているがこの会社しか知らない彼や岩田にはいまいちピンとこない儀式だった。

「今日はオーサンだから余裕だな」
出発前にトイレに行ったオーサンを待ちながら岩田が言った。
岩田は彼よりも2年ほど先輩で、年も近く何かとよくつるむ社員だった。茶髪でチャラついた彼と違って角刈りで硬派を気取っている岩田は、親が宗教にのめり込んでいてウザいと愚痴をこぼすのが癖だった。作業着から線香の香りがするのを気にしており、汗をかく職業のくせに香水を振ってくるためトラックの中はいつも変な匂いが充満していた。
「おっ今日は酒持ってくのか。いいじゃんいいじゃん」
本村が荷台に積み込んだ一升瓶を見て岩田が言った。何がいいじゃんなのかと思いながら彼は運転席と助手席の間の狭いシートに乗り込んだ。

現場に着くとオーサンは依頼主の元に行き、本村と岩田は荷物を降ろし始めた。岩田が手に持った緑茶のペットボトルからラベルを剥がしているのが見えて、彼は岩田が良からぬ悪戯でも思いついたのだろうと警戒をした。
オーサンが戻ってきて庭に生えている一本だけ大きく育った木を指で指し示す。この現場はその木と周辺を伐採するだけで良いという。3人もいらないと判断したオーサンはトラックの運転席に戻って休憩すると言い、彼と岩田に作業するよう言いつけた。

「待て待て。今日はそれじゃなくていいから」
いつものように一升瓶の包みを解き始めた本村を岩田が制する。何かと思って岩田を見ると、岩田はラベルを剥がしたペットボトルを軽く振って見せた。そして伐採対象の木に歩み寄り、ペットボトルの蓋を開けてお茶を木の根元に撒いた。
パンパンと手を打ち鳴らして戻ってきた岩田に「何してんの?」と聞くと岩田は一升瓶を指差した。今日のお祓いは自分が済ませたからその酒はネットオークションで売るという。
「バチあたりなことを言うな」
彼は岩田の言葉を鼻で笑ったが、岩田はそんな彼の態度を逆に笑って見せた。
「社長がやるなら見てるしかないけど今日はお前と二人じゃん。酒が勿体なさすぎて俺にはとても見過ごすことはできん」
そう言って一升瓶を取り上げて荷台に戻し、オーサンに気づかれないよう自分の上着で隠した。岩田が言うにはその日本酒はかなり有名な銘柄らしく、普通に買うと一万円近くするはずだという。社長が普段から経費をバンバン使うのにあやかって食事や飲みをご馳走になっていた若手の二人だが、社長の目の届かないところで忠誠心に差が生まれた。
「バレたらどうすんだよ。あとバチが当たったらもっとどうすんだよ」
と言う彼に対して岩田は、
「バレないよ。それにバチとかお前も宗教かよウケるんですけど」
と言って大袈裟に鼻で笑った。
その岩田の態度に彼もムキになって「別に宗教じゃねえし」と言ってその話を切り上げてしまった。異変が起こるのはこの直後となる。

準備を終えて二人体制で該当の木の周辺を念入りに片付ける。
まずは周辺の木の枝から切り落としていく。岩田がチェーンソーを持ち彼が枝を支えて枝の生え際から切り込みを入れる。周囲に枝が倒れていかないように彼は力を入れて枝が倒れる方向を誘導する。調子良く2本3本と伐採していき、該当の一際大きな木に刃を入れる。
いつもの手順通りに巨木を切り倒し、残るは周辺に残るまばらな木だけとなった。
開始と同様に彼が枝を支える側で岩田が枝を切り落としていく。作業の終了が見えてきた時、岩田が枝を支える彼の右腕にチェーンソーを当てた。
何してるんだ?と思った直後、岩田は何の違和感もなくチェーンソーのスイッチを入れた。作業服の長袖部分が捩れる感覚がしてすぐ後に激しい振動が彼の右腕を揺らした。同時に焼けるような痛みが襲う。
岩田は力をこめて彼の腕にチェーンソーを押し当ててくる。一瞬のうちに彼は枝から手を離して飛び退ったが、彼の腕がなくなったことで岩田のチェーンソーは空を切り岩田の左足に到達した。彼の見ている前で岩田の左膝が徐々に赤く染まっていき、彼は右腕の痛みを顧みずにすぐさま動いた。
「岩田さん何やってんだ!」
そう叫びながら彼は右腕を左手で押さえたまま岩田の横に周りその尻に蹴りを入れた。チェーンソーのけたたましい音が止まって岩田が動かなくなる。そして絶叫をあげて岩田はチェーンソーを放り投げ尻餅をついた。
叫び声に気づいたオーサンが駆け寄ってきて二人の現状を目の当たりにし、「何やってんだお前ら!」と怒鳴った。この時オーサンは二人が悪ふざけでもして怪我をしたのだと思ったという。
痛みにうめく岩田と彼を前にオーサンはすぐさま会社に電話をかけた。幸いなことに二人の血はそれほど飛び散っておらず、依頼主も叫び声に気づいた様子はなかった。彼も岩田も大怪我まではしなかったものの、とてもじゃないが作業の続行は不可能。
すぐに会社から応援が来て二人を病院に、残った人員で作業を引き継いだ。社長も打ち合わせ先から駆けつけ現場を監督する。まずは二人の血の痕跡を消す作業をする社員の傍で、社長もまた現場の隅々まで血が飛び散っていないかなどを見て回った。
荷台に隠してあった一升瓶を見つけたのはオーサンだった。「社長これ」と言ってオーサンが差し出した一升瓶を見て社長はこれかと確信をした。
周囲の木と比べてふた回りほど大きな切り株を確認すると根元には濡れた跡がある。まさか小便でもかけやがったかと社長は怒りを押し殺しつつ切り株にお酒を撒いて深く一礼をした。社長の行動を見ていたオーサンや社員たちも切り株に頭を下げてお詫びの心を示し、その後は最善の注意をしつつ残りの木の伐採を行った。

病院から帰った本村と岩田を社長は鬼の形相で出迎えた。怪我の具合を聞かれ「大丈夫っす」と答えた彼らに社長は「なんか言うことねえのか」と改めて尋ねた。
事故の後に散々話し合って結論を出していた二人は「社長から持たされたお酒を事前に撒きませんでした」と頭を下げた。
「飲んじまおうと思ったのか?」
その言葉に答えられずにいる2人に社長が「ん?」と追い討ちをかけた。そして岩田が正直に語り出した。
ネットオークションで売ろうと思ったこと。体裁を整えるためにペットボトルのお茶をかけたこと。馬鹿にする気持ちがあったこと。それらを語ってからようやく事故の詳細に話が及んだ。
何事もなく作業は進んでいたし、該当の木もすんなりと切れた。残った木の枝を払う際になぜか本村の腕が枝に見えて、彼が身を躱したことで勢い余って自分の足を切りつけてしまった。足の痛みは感じていなかった。そこまで話すと岩田は黙った。
社長は本村にも状況の説明をさせ、岩田と同じ認識であることを確認してため息をつき、「こんなこともあるんだな」と言った。
本村も岩田も大怪我こそせずに済んだものの、それぞれ傷跡が残ることになった。岩田はしばらく会社を休んでいたが、ある日数人の連れと共に会社に乗り込んできた。現場仕事ができずに事務作業をしている本村の携帯に着信があり、事務所に社長がいることを確認してから乗り込んできたという。

岩田の代わりに先頭に立った男は社長に名刺を差し出して挨拶をした。本村が聞き耳を立てていると男は岩田の怪我の文句を言いにきたのだと分かった。
曰く、おかしな宗教儀式によって当団体関係者のご子息の体に傷が残る怪我を負わせたことを謝罪せよ。即刻そのような儀式をやめないと警察に訴えることになるし、当団体には市議会議員もいるので裏からも手を回して圧力をかけることになる。慰謝料その他で解決を希望するなら私は弁護士なので応じる用意があると。
岩田の野郎クソダセエなと本村は思ったが、社長は岩田を睨みつけてから立ち上がり、鞄の中から紙包を取り出した。まさか札束かと思ったがそんなものを用意する機会はなかったはずだ。「ほい」と言って社長は岩田にその紙包を手渡した。
札束を期待する団体の前で岩田が紙包を開ける。そして中身を確認した岩田は手に持ったモノを放り出して事務所から飛び出して行った。岩田の尋常じゃない様子に弁護士も団体メンバーも困惑しつつ後を追う。その後彼らが尋ねてくることはなかったという。
岩田が放り出したモノを見た本村は社長に「なんすかこれ?」と尋ねた。それは表札のような木片に『悪因悪果』と彫られた木の札だった。困惑する彼に社長はもう一つの紙包を取り出し「ほい」と言って差し出した。紙包を開けると同じような木の札が入っており、『因果応報』と彫られていた。
「例のシンボルツリーで作ったんだよ。お前と岩田に墨入れさせて事務所に飾ろうと思ってたんだがな」
そう言って社長は笑った。
最初はなんでこんなものが怖いのかと思ったが、もしかしたら岩田には大層恐ろしいモノだったのかもしれないと妙に納得もしたという。彼はその二つの木札に丁寧に濃墨で墨入れをして、それらは今でも事務所に飾られているという。

投稿日:2024年5月22日 更新日:

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