ガチャと音がして部室のドアが開いた。
顔を向けると部長が入ってくるところだった。
「部長、ちーっす」
私から挨拶をする。
「ちーっす!部長にも送るね」
おいバカやめろと思うものの、部長も霊感はないので特に問題にはならないかと静観する。
ピコンと音がして部長のスマホにも心霊写真が発射されたのがわかった。
「何をだよ」
言いつつ部長がスマホを取り出す。
「なんだこれ。ラブホ?」
やはり部長にもカップルの霊は見えていない。
「そうなんす!昨日私がオバケを目撃した現場写真!」
「神崎お前、補導されるようなことすんなよ?」
三ツ葉の言葉に眉がピクリと上がって興味を引かれたのがわかるものの、一応部長として私と同じツッコミを入れている。
「大丈夫大丈夫!お姉ちゃんと食事に行っただけっすから!」
なるほど食事だったのか。
そうならそうと最初に言え。
まあ確信犯なのだろうけど。
「なるほ。それで?ここで見たのか?」
ツッコミを終えた部長が本題に食いつく。
暖簾のようにかかった前髪の奥の目が好奇心で光っている。
「見ました!けど撮れなかった」
胸を張ってドヤる三ツ葉と、なるほどなるほどと大きく頷く部長。
「写真には映らない系の幽霊か。姿はどんなだった?」
いやしっかり写ってるんですけどね。
三ツ葉が先ほどと同じ話を同じテンションで部長に語っているのを見ながら、どうしたもんかと考える。
闇島六郎。
私達一年生からは『ドクロ先輩』と呼ばれて勝手に恐れられている人相の悪い男である。
ガリガリの色白ノッポで髪はボサボサ。
ノッポのくせに猫背で顔色も常に悪いから、側から見るとひどく不気味に見える。
かくいう私も初めて部長を見かけた時には、きっと何かに取り憑かれているに違いないと距離をおいたものだ。
前髪を上げるとびっくりするほど男前なのは一年生では私と三ツ葉くらいしか知らないだろう。
ちなみにご兄弟に一郎から五郎までいるのかと聞いたら全然そんなことなかった。
部長のお父さんが好きな小説のキャラと同じ名前だとのこと。
部長の友人である先輩方が六郎、六郎と呼んでいるのを聞いた一年生の誰かがドクロ先輩と言い出して、それが二年生に逆輸入されて今ではすっかり闇島ドクロというあだ名が定着している。
当の部長本人もドクロというあだ名を気に入ってフッとかクククとかキャラ作りしているので、高二にもなって厨二病を再発させられた部長が後々どう思うのかは気になる所だ。
ガイコツのピンバッジをカバンにつけたりして、さりげなく女子ウケを狙っているあたり部長も思春期の男子であることに間違いはない。
「間抜けにも程があるだろう!」
部長がキレている。
「わかってますよ!私だって凹んでるんすからそんなにはっきり言わないでください」
三ツ葉も元気に逆ギレしている。
楽しそうなので良しとするが、さてどうやって三ツ葉があちこちに心霊写真をばら撒くのを阻止するかと考える。
「…………」
別にいいか。
霊感ある人にしか見えないっぽいし、三ツ葉やお姉ちゃんに何も起きていないなら見えなければどうということはないのだろう。
むしろ別の誰かに感染して私からは興味をなくしてもらいたいまである。
LINEのトーク履歴を遡って霊能者さんを探す。
2年前の履歴を見つけて、もうそんなに経ったのかと過去の出来事を思い出す。
昔から霊に憑かれやすくて何度も何度も霊能者さんにはお世話になった。
特別に子供のお小遣い程度の金額でやってくれていたのは霊能者さんのSNSを見て知った。
普通だったら相談だけでも数万円かかるのだそうだ。
申し訳ない気持ちになるが、他に相談できる相手もいないので思い切って文字を打ち込む。
『お久しぶりです。暗井鏡花です。また相談に乗っていただきたいのですが大丈夫でしょうか?』
送信してトーク一覧に戻る。
既読がつくか見ているのは少し怖い気がした。
トーク一覧では三ツ葉からのメッセージが未読になっている。
この未読は例の写真なわけで、開くとおそらく感染する。
まるでウィルスだなと思いつつ、スマホを机に置く。
霊能者さんに相談してからメッセージを開こう。
ヴヴヴと音がしてスマホが振動する。
LINEを送ってきたのは神田真夜、つい今しがた連絡した霊能者さんだ。
タイミングが良かったのだろう。
真夜さんの名前をタップしてメッセージを開く。
『久しぶり。元気だった?相談いつでもいいよ』
良かった。
久しぶりの連絡でも歓迎されている。
少なくとも拒否感はなさそうだ。
もしかしたら怒られるかもしれないと思っていただけにこのメッセージは嬉しい。
『ありがとうございます。実は友達から心霊写真を送りつけられてしまって、多分やばそうな写真なのでLINE開けないでいるんです』
一気に要点を書いて送る。
すぐに既読がついて返信がきた。
『口調が大人になってるw前みたいにお姉ちゃんって呼んで^^』
全然関係ない内容だった。
そしてすぐにメッセージが続く。
『判断あってるよ。そのLINEは開かないで。この後すぐに秋葉原来れる?』
ああ良かった。
今日中に解決するんだ。
『ありがとう^^久しぶりだから緊張しちゃった』
ホッとしたのでリクエストにお答えして以前のような気やすい言葉使いに改める。
今日はバイト入ってないことを確認し、お伺いしたい旨を送る。
ちなみにお姉ちゃんと呼んだことはない。
『秋葉原すぐ行きます!真夜ちゃんの事務所久しぶりだから楽しみです』
『おけ』
『待ってる』
簡潔な返事も以前の通りで安心する。
ありがとうのスタンプを送ってLINEを閉じる。
早くも心の安寧を得たので部長と三ツ葉の喧嘩漫才を眺める。
「うがー!キョウちゃんも何か言ってよ!」
部長に煽られて三ツ葉がウゴウゴしている。
これ以上は本気で怒りかねないので仲裁することにしよう。
「はいはい部長も三ツ葉もいい加減にしてー」
言いつつ三ツ葉においでおいでをする。
うわーんと泣きまねをしながら三ツ葉が飛びついてくる。
座ったまま三ツ葉を抱きとめ頭を撫でつつ部長に目を向けると、あからさまに両手を広げてヤレヤレのポーズをとっている。
三ツ葉が私に駆け寄って抱きつき、頭を撫でた私が部長に目を向けるまでずっとヤレヤレしていたのかと思うと面白かったが、この面白さを言葉で部長に伝えようとすると数分かけなければならない上に何の意味もないので断念する。
「まったく」と言いながら部長も私の斜め前の椅子に座った。
軽く頭を振ってヤレヤレ感をアピールしているところが非常にウザい。
「暗井も聞いたんだろ?神崎のやらかし」
「ええまあ」
「何よ!キョウちゃんは部長みたいに意地悪なこと言わないんだからね!」
三ツ葉が部長に食ってかかるのを頭を撫でて収める。
「多分ですけどお姉ちゃんのスマホの電源が落ちてたのも三ツ葉のスマホがその時に限って鞄の中だったのも、撮られたくないオバケ側の仕込みだからどのみち無理だったんですよ」
「確かにな。それはあるだろう」
部長が即座に賛成する。
「じゃあなんでずっと意地悪するんだよ!」
三ツ葉が私の胸から顔をあげて立ち上がり部長を見下ろす。
「それはお前が面白いからだ」
「ふざけんな!」
平然と言ってのける部長とムキになる三ツ葉。
いつも通りの光景なので特に心配することもない。
三ツ葉は可愛い。
小さい体でピョンピョンはねる様子も可愛いし、部長相手にキャンキャン吠える様子は小型犬のようで実に可愛い。
部長も三ツ葉もそれがわかっているからお互いに遠慮なく吠えたり煽ったりしている。
たまに三ツ葉にダメージが蓄積して爆発するけど、最近は私がその辺の加減をわかってきたので漫才で済むうちにこうして仲裁したりしている。
三ツ葉は小さいのがコンプレックスだと言いながら、小柄ゆえに思い切り内心を曝け出しても威圧感がないのは長所だと自分で認識している。
部長は単に三ツ葉が全力で噛みついてくるのを楽しんでいるのだろう。
なんだったら三ツ葉に惚れてるっぽいまである。
残念なことに部長の恋は実らないのだが、それは研究会の活動とは関係ないことなので黙っている。
いずれにせよ部長も三ツ葉も私も、この関係は心地良いので特に何かを変えるつもりはない。
「ところでホテルと言ったら」
三ツ葉との漫才を終えた部長が声を出した。
目を見て続きを促す。
「俺もひとつ新しいネタを仕入れてきた」
そう言ってニヤリと口の端を引く。
「昨日聞いたばかりの最新だ。心して聞け」
「おーけー」
三ツ葉も聞く姿勢になっている。
霊能者さんとの予定はあるが、怪談を一つ聞くくらいの時間は問題なかろうと判断して私も頷いた。
第02話 完