それいけ怪談部 03部長2

「これは姉貴の友達から聞いた話で、その人の体験談だ。俺が怪談研究会の部長をやっていると姉貴から聞いて、それなら話してやろうということで昨日ウチに来た」
やたらと怪談を仕入れてくる部長の人脈にはいつも驚かされる。
その中でも部長のお姉さんというのはよく登場するキーパーソンでもある。

「姉貴の友人のことはAさんという呼び方にしようか。Aさんは当時付き合っていた彼氏とラブホに行った」
「おーいちょっと。それ女子高生に聞かせていい話?」
いきなり下ネタを感じさせる出だしに思わずツッコミを入れる。
三ツ葉の話に乗っかったとはいえ、ラブホ話が続のは健全とは言い難い。
「俺も高校生なんだから構わんだろう。それとも暗井ちゃんにはこの手の話はまだ早いかな?ククク」
クククと声に出しながら腕を組む。
わざわざちゃん付けで呼んで見下した感を匂わせるのも煽っている証拠だ。
「いや別にいいんだけど」
分が悪いのでここは引き下がることにする。
単にラブホというキーワードが続いたことに反射的にツッコミを入れただけなのだ。
止めたい訳ではない。
「続けて続けて」
三ツ葉の言葉に部長が「では続けよう」と言って組んでいた左手を顎に添える。

「Aさんは昔から霊をよく見る体質の人だった。だからちょっとやそっとのラップ音や影くらいでは滅多に驚くことはないという」
霊感持ちの体験談か。
「Aさんが彼氏と一緒にホテルの部屋に入ったところ、部屋の中からパキッというラップ音が聞こえてきた。彼氏にはどうも聞こえていない。説明するのも面倒だし、そのままその部屋を使うことにした」
「メンタルつよっ」
私なら嫌だ。
私のツッコミに反応することなく部長は続ける。

「彼氏と二人で風呂場でイチャイチャしていたら、ベッドの上に置いたスマホからアラームが聞こえてきた。彼氏との待ち合わせ時間を知らせるためのアラームだ。予定より前倒しで合流したためにその時間になってアラームが鳴ったんだな」
「…………」
どういうことだろう?
例えば17時に会う約束をしていて、予定が早く済んだから16時半に合流することになった。
それですぐにホテル行ったとして、お風呂に入っているうちに17時になってアラームが鳴ったと、そういうことか。

「『ああ止めるの忘れてた。裸だし濡れてるし止めに行くのダルいな』とAさんは曇りガラスを見ながら思った。するとアラームが止まったという」
んん?
どういうこと?
「彼氏も『あれ?』と言った。誰かが止めなければアラームは止まらないだろう?」
ゾッとした。
「つまり部屋の中には誰かがいて、アラームを止めたということだ」
そういうことか。
いるはずのない誰かがいるパターン。
「次の瞬間Aさんは見た。曇りガラスの向こう側から誰かがやってきて曇りガラスのすぐ向こうに立った」
部長の声が早くなる。
「真っ黒な人型の影。それが曇りガラスの向こうでじんわりと滲みながら立っている。Aさんはその影と目があった気がした。真っ黒なのっぺらぼうにしか見えないのに、なぜか目が合っている確信があったそうだ。さすがの事態にAさんの中にも恐怖心が芽生えた」
ぞくぞくする。
頭の中の想像がどんどん怖くなっていく。
心霊体験へっちゃら系のAさんでも恐怖を感じたというのがより想像を怖くさせる。

「見つめあっていたのは時間にして数秒だったという。黒い影はスーッと音もなく消えたそうだ。『現れた時は部屋の奥から歩いて来たくせに、消える時はスーッと消えるんかい』とAさんは心の中でツッコミを入れた」
「いやメンタルつよっ」
Aさんの強者感に思わず私もツッコミを入れる。
三ツ葉は黙って聞いている。
「黒い影が見えたことを彼氏に伝えたら、『そうなの?』という返答。彼氏には案の定見えていなかったそうだ。結局そんなことでは彼氏の欲望は収まることなく、そのまま風呂から出てコトに及んだ」
「結局ヤるんかい」
「ラップ音も聞こえていないし黒い人影も見えていない彼氏にしてみれば、何かの間違いでアラームが鳴ったけど自然に止まったとしか認識していないからな。仕方ないことだ」
「これだから男は。いやAさんも大概か」
黒い人影の消え方に冷静にツッコミを入れている時点でAさんも並の神経ではない。
どう考えても何かいる部屋でコトに及ぶなど私なら絶対に無理だ。
まあそもそもそんな相手いないけど。

「色々あってからベッドに並んで寝ている時」
流石に下ネタはカットか。
Aさんも高校生の部長にそこまで詳しく話すことはなかっただろう。
ギリギリアウトな気もするけどまあセーフにしておこう。
「不意にパキッとラップ音がしてAさんは目を覚ました」
「いや本気で寝てたんかい。よくそんな部屋で寝られるね」
「俺もそう思うが、なんというか、Aさんは普通に寝ていたそうだ」
やはり並の神経ではないのだろう。
部長が続ける。
「彼氏は隣で寝息を立てている。パキッ、パキッ、パキッとベッドの周りを取り囲むようにラップ音が続く」
また頭の中の想像が恐怖を増していく。
ラップ音は普通そんな風に連続しないものだ。
明らかな異常事態。
「さすがにAさんも怖くなった。霊がベッドの周りを歩き回っていると認識したら寝ていられなかったそうだ」
そりゃそうだ。
「寝られないからベッドから手を伸ばしてテレビのリモコンを操作してテレビをつけた。そのままテレビショッピングを見ながら彼氏が目を覚ますのを待ったそうだ。『テレビ消さないでね』と思いながらひたすらテレビを見ていた」
「よく逃げなかったね。そして怖がってるにしてもメンタルが強すぎる」
「強すぎる」
私のコメントに三ツ葉が大きく頷きながらオウム返しをする。
「『ヤツにはアラームを消した前科があったから気が気じゃなかった』と言っていたよ。これでテレビまで消されたらさすがにギャーと叫んで逃げる覚悟をしていたという。結局は怖いので、なかなか起きない彼氏を起こして無事に帰ってきたそうだ。以上、この話はこれで終わりだ」
「おおー」という歓声と共に三ツ葉が拍手をする。
私も拍手をすると部長は座った姿勢のまま大仰にゆっくりとお辞儀をしてみせた。

「この話のポイントはさ、Aさんのメンタルが鬼強いってことだよね」
三ツ葉が感想を述べる。
私も同じ気持ちだ。
「それにしても心霊現象が派手だね。部屋に入った瞬間からラップ音でしょ?それでアラームを消したり黒い人影になって現れたり、なかなかビビらないカップルをビビらせようとベッドの周りを歩き回って脅したり、本気になって呪ってくる系じゃなかったから助かったのかも」
「まあそうだろうな。Aさんがそれだけ視えてしまうタイプだったっていうのもあるだろうが、心霊現象モリモリでかなりヤバい部屋だったのは間違いない」
「どこのラブホ?」
「それは教えてくれなかった」
「Aさんはどんなタイプの人だったの?」
「見た目はギャルだったけど、喋り方は割とおっとりしていたな」
そんな感じでひとしきり怪談の感想を言い合って、私たちは部室を出た。

九段下高校怪談研究会。
私達の活動はこのように怪談を持ち寄って語り合い、考察や感想をレポートにまとめる活動をしている。
この日も無事に有意義な活動実績を残せたが、あと二人の部員を確保しないことには廃部になる運命なのである。

第03話 完

この話は実在の怪談作家が取材した内容に基づいてストーリーを付加したものです。
地名等に関してはフィクションですが、実際に体験した人がいる怪異体験であることを明記しておきます。

実話怪談提供 夜行列車『池袋西口のラブホテルに現れた怪異』より

投稿日:2024年6月5日 更新日:

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