「そっかー。あの田村ちゃんがいじめられてたとは意外」
電車の中にも関わらず、周りに乗客がいないのをいいことに野外活動は続く。
「ぼっちだった四年生の頃、田村ちゃんは1人で公園で過ごすことが多かった」
「だよねえ」
「公園の脇の家に、玄関の前で体育座りをする女の子がいることに気がついた。その子は毎日毎日そこで体育座りをしてぼーっと地面を見てる」
「オバケの可能性」
三ツ葉が話の展開を口にする。
が、それは無視する。
展開を想像するのは怪談の醍醐味だが、それを口にするのは野暮だし、語る私もそれに反応することはない。
部長が怪談を語る時は私も遠慮なく感想や予想を口にするが、研究会以外の場、公の怪談イベントでは静かに聞いているので、この楽しみ方は我が部だけで通用するスタイルだ。
「田村ちゃんはその子のことが気になっていた。自分と同じぼっちかもしれないと思って、友達になれないかと考えていたらしい」
「うんうんわかる」
「声をかけよう。決心した田村ちゃんは恐る恐る近づいて行った。そうしたらその子の家はどうにも汚れているのがわかってきた」
「オバケかー」
「古い家というわけではなくて、掃除や手入れがされていない感じの、ウチら風に言うと廃墟っぽい家だった」
「田村ちゃんは『話しかけるんだモード』だったから家のことはそこまで気にならなかった。思い切って声をかけてみた」
「『こんにちは』『ここに住んでるの?』『いつもここに座ってるよね』田村ちゃんも必死だったんだろうね。女の子の返答も聞かないで畳み掛けた」
「ぼっち気質」
「女の子は黙ったまま田村ちゃんを見て頷いた」
「よっしゃ反応あった」
「私もいつも一人で遊んでるの。一緒に遊ばない?そんな言葉が出たことが自分でも驚きだった」
「その子が寂しそうに見えて、田村ちゃんは思いつくままに女の子に声をかけ続けた。女の子は黙って頷くだけ」
「それから毎日、田村ちゃんは女の子の元に通った。やがてその子も薄っすらと笑みを浮かべてくれるようになったし、家の前で田村ちゃんと一緒に遊ぶようになった」
「オバケじゃない可能性?」
「仲良くなって一年くらい経った頃、田村ちゃんはまた引っ越しをすることになった。それでウチの地元に転校してきたんだけど、その女の子とは離れ離れになっちゃう」
「むむむ」
「田村ちゃんはそのことをなかなか言い出せなかった。それでも引越しこ日は来ちゃうから、とうとう数日前になって田村ちゃんは女の子に引っ越すことを伝えた」
「私、親の仕事の都合で引越しすることになったんだ。そうしたら女の子は本当に悲しそうな顔をして、初めて口を開いた。『うん。わかってたよ』って」
「喋るの?」
「『今までありがとう。今までで一番の思い出になったよ。これで私もここから離れられる』女の子はそう言った」
「…………」
「その時は意味がわからなかったけど、田村ちゃんは何故か涙が溢れて止まらなくなった。女の子と抱き合いながら、またいつか絶対に会おうね、そんなことを言って別れた」
三ツ葉の反応がない。
悲しそうな顔を見れば話の展開が予想できて悲しそうにしている。
「引越しの前日になって、田村ちゃんは女の子の言葉の意味が理解できた。お母さんによると、その家は一年以上前から空き家になっているという」
「…………」
「以前は両親と娘さんの一家が住んでいたけれど、まるで夜逃げでもするかのように忽然と姿を消した。それが引越しの前日になってその家から女の子の白骨化した遺体が発見された」
「…………」
「そのニュースを聞いた時、田村ちゃんはその白骨があの子だってわかった。なんでかわからないけどとにかく確信して泣き明かした」
「そうくるだろうなと思ったけど悲しい」
「この話はここまでで、ちょっとだけ後日談があるんだけど、その女の子の両親は後になってしっかり逮捕されてる。田村ちゃんはそのことを確認してまた泣いた。両親に殺されたあの子はどれほど悲しかっただろうって」
「うわー確認したんだ」
「田村ちゃんには女の子の気持ちがわかるって言ってた。両親が警察に捕まるのを防ぐためにずっと家の前で番をしていた。自分の遺体が見つからないようにって」
「うー」
「たとえ幽霊だったとしても、今でもあの子が最高の友達。田村ちゃんは最後にそう話してくれました」
余韻を持たせるために最後はゆっくり発音して話を終える。
「悲しいっす」
三ツ葉が項垂れている。
「こういう話はね。辛いよね」
言いつつ頭を撫でてあげる。
「はあ。それにしても田村ちゃんがねえ。そんな経験してたなんてまったく知らなかったよ」
「学校ではね、隠してたんだと思うよ」
卒業するまでそういう気配は全く見せなかったし、今は違う高校だからこそ話してくれたのだろう」
「なんで田村ちゃんは女の子が両親を守ってたってわかったの?」
三ツ葉が疑問を口にする。
「んーそれは田村ちゃんにもわかんないらしいよ。なんとなくだけど確信しちゃったんだってさ。別れる時に女の子も『これで私もここから離れられる』って言ってたわけだし、ただの想像とかではないと思う」
わからないものはわからない。
だから怪談なのだ。
「そっかー」
三ツ葉が電車のドアに手をついて外を眺める。
「友達の体験談っていうのがまたリアルで面白いねえ。うん、面白かったよ」
そう言って私に向き直る。
「めっちゃ面白かった。帰ったら部長にも聞かせてあげるんでしょ?キョウちゃんの声聞きやすいから語りのペースもうちょっと早くても全然大丈夫だと思うよ」
「おっさんきゅー」
怪談ジャンキーな聞き専である三ツ葉の感想は素直に参考にさせてもらっている。
最寄りの駅に着くまで、私達は怪談語りのクオリティを上げるべく話し合っていた。
第06話 完
この話は実在の怪談作家が取材した内容に基づいてストーリーを付加したものです。
地名・年代等に関してはフィクションですが、実際に体験した人がいる怪異体験であることを明記しておきます。
実話怪談提供 営業のK『親友の定義』より