「これマジ?」
部室の前に机を並べ、そのひとつに置いたノートパソコンで再生している怪奇現象の実録動画を見て男子生徒が呟いた。
連れの生徒数人も興味を惹かれてパソコンを覗き込む。
「マジっす!」
満面の笑みで三ツ葉がサムズアップする。
地味系の男子生徒は三ツ葉の愛嬌にキョドりながらも、当時の状況などを説明したレポートを受け取っている。
部長が編集した映像は1分バージョンと3分バージョンが作られ、1分のほうは当時の混乱や怪異の声がピンポイントで見れるように作られている。
『みつば』『ちさ』『みつば』『きょうか』『みつば』『ろくろう』『ちさ』『ちさ』『みつば』
「ろくろうって闇島ドクロ?」
おそらく部長と同じ二年生なのだろう、言いつつ私の隣に座る部長に目をやる。
「そうっす!私が『みつば』で、彼女が『きょうか』、『ちさ』は私のお姉ちゃんで、部長が『ろくろう』っすね!」
三ツ葉が順繰りに私達を指し示しつつ紹介する。
「闇島ちょっと来い」
男子生徒達のうちの二人が部長の肩を掴んで立ち上がらせ、部室の裏へと引っ張っていく。
三ツ葉は残った男子生徒に説明を続けている。
「闇島お前、後輩の家に泊まりに行ったのか?」
「あの子のお姉さんまでいるとかマジかよ」
聞き耳を立てれば聞こえる距離で男子二人が部長に絡みはじめた。
「合宿だ。別に変な意味はないぞ。それと神埼のお姉さんは引率というか保護者だ」
部長は相変わらずの態度で答えている。
「そうは言ってもお前、許されないことってあるんだぞ?」
「そうだぞ闇島。お前は俺らと同じ影の一族だったはずだよな?」
「ふん。俺は別に青春を否定するタイプじゃないからな。お前らはお前らで男同士のキャンプでもやっとけ」
やはり部長にとってもあの合宿は青春イベントという認識だったようだ。
三ツ葉が「ウチでやろう」と言い出した時の部長の反応を思い出して口角が上がる。
「ありがとうございましたー!」
三ツ葉が男子生徒にお礼を言って手を振る。
動画と説明を聞き終えた男子生徒が部長達のところへ歩いていき、部長に絡んでいた二人を回収して校舎の方へと立ち去った。
「あいつら入部するかもしれん」
「…マジ?」
「私のプレゼンが効いたってこと?やったー!」
部長の言葉に私はややウンザリし、彼らのやりとりを聞いていなかった三ツ葉は素直に喜んでいる。
「女子目当てで入部されても困るんですけど」
小声で部長に言うと部長が息を呑んだ。
「聞いてたのか」
「聞こえてました」
「…神埼もか?」
「あの子はプレゼン頑張ってくれてたから聞いてませんよ」
その言葉に部長はホッと息をついた。
「そうか。いやまあ確かに不純な動機はいかんと俺も思う。いざ入部希望となったらそこらへんはきっちり部の活動を説明してやる気があるか確認するよ」
「お願いします」
私達のやり取りを気にすることなく三ツ葉は通りがかる生徒に声をかけている。
やはりパソコンで流す恐怖映像は目を引くらしく、10人に1人は立ち止まって映像を最初から最後まで見てくれる。
三ツ葉と私が交代でプレゼンをして、部長は精一杯の笑顔でウンウンと頷く係をしている。
そしてプレゼンが終わると部の紹介や怪談の小冊子とともに、入部を促すチラシと入部届を手渡す。
『今年度中にあと二人!存続のために部員募集中です!』
いっそのこと開き直って窮状を訴える見出しをつけた入部お願いチラシはそれなりにウケも良く、「え?なに潰れるの?笑」というリアクションをしてくれる生徒も多い。
「そうなんです!ゆるい部活なのでぜひ!」
三ツ葉と一緒に手を合わせてお願いすると大抵の人は「アハハ考えとくね〜笑」と好意的にチラシを受け取ってくれる。
ウチの学校は何かしらの部活に所属するのが必須なうえ掛け持ち禁止なので、このタイミングで我が部に入るということは現在の部活を辞めなくてはならない。
先程の男子生徒達が何部に所属しているのか知らないが、彼らとて出会い目的でホイホイ入部するのは難しいのだ。
私としては現役を引退した運動部の三年生が入ってくれるのを期待していたりする。
そして来年の春こそは新入生にアピールしまくって規定の部員5名を達成するのが目標だ。
そしてとうとうその時がきた。
「俺でよければ入ろうか?」
そう言ったのは大柄で筋肉質な男子生徒。
しかもなんと部長と同じ二年生の先輩だった。
「いいんですか!?」
三ツ葉が反射的に手を組んで見上げる。
「ちょうど文化部に移ろうかなと思ってたんだよ。闇島、いいか?」
そう言って部長に目を向ける先輩。
「憑田(つくだ)。お前柔道部どうするんだ?」
部長は当然この先輩を知っているようだ。
「足やっちまってな。もう試合は無理なんだ」
いきなり思い話で面食らったが、当の憑田先輩は悲壮感もなく笑っている。
「マジか」
部長も言葉がないようだ。
「今はコレでな」
憑田先輩がヒョイと腕を上げると杖が握られていた。
松葉杖というほど大きくなく、老紳士が持っていそうな洋風のおしゃれな杖だった。
「悪かった。知らなかったよ」
部長が謝ると憑田先輩は杖を持っていないほうの手をイヤイヤと振った。
「大丈夫だ。こればかりは付きものだからな。スポーツあるあるってやつだ」
ニッと笑う様子はまさしく体育会系の好青年という雰囲気。
柔道部というともうちょっとモサい感じをイメージしていた。
現にウチのクラスにいる柔道部は見事な丸刈りのジャガイモ君である。
憑田先輩は爽やかな短髪で整えており、なるほど二年生になるとオシャレも許されるのかと納得した。
「怪談は?好きか?」
気を取り直して部長が訊くと憑田先輩はウンと頷いた。
「Youtubeで見たりはするよ。あと合宿先の怖い話とかは先輩に聞いたりしたかな。それと親戚の叔父さんが神主やってるから聞けば色々教えてくれるんじゃないか?」
なんと。
ハイスペックじゃあないか。
「合格っす」
目をキラキラさせた三ツ葉が親指を立ててニュ〜っとゆっくり憑田先輩に差し出した。
「ありがとな」
憑田先輩がニッと笑って三ツ葉のサムズアップに軽く拳を合わせた。
「ふむ。じゃあ憑田は入部届け書いてくれ。柔道部の先生にも報告だな」
そう言って部長が入部届を差し出す。
受け取った憑田先輩は部長の隣に座ってその場で入部届に記入しはじめた。
三ツ葉に目を向けると「うし!」と小声でガッツポーズをした。
ガッツポーズを返して改めて目の前を通り過ぎていく生徒に目を向ける。
あと一人。
この流れなら廃部ということにはならないだろうと気合を入れ直すのだった。
第12話 完