それいけ怪談部 13 文化祭 鬼里谷萌(きりやもえ)

「らっしゃーせーらっしゃーせー」
三ツ葉が客引きのようなテンションで目の前を通り過ぎる生徒達に呼びかける。
文化祭も残り一時間となったところでどうしても残り一名が決まらない。
チラシと入部届を受け取ってくれた生徒が後日入部してくれる可能性はありつつも、憑田先輩のように即決で入ってくれる生徒がいないのは不安だ。

「あの」
声をかけられそちらに目をやると、一人の女子生徒が立っていた。
私達の発表物に目を向けるわけでもなく、胸の高さに何かノートのようなものを持っている。
「鬼里谷さん。どうしたの?」
彼女のことは知っている。
同じクラスの鬼里谷萌だ。
女子にしては長身で、大きな丸メガネが可愛い真面目ちゃん。
目立つタイプではなく休み時間は一人で黙々と読書しているのをよく見かける。
「暗井さん神埼さん、これ」
そう言ってノートを差し出してきた。
「これは…」
それはノートというよりA4サイズの冊子だった。
表紙にはアニメチックなイラストとロゴが印刷され、表紙右下には『文芸部』と書かれていた。
「う、うちの部で出した…ど、同人誌…先輩が配って来いって…」
「あーなるほど。鬼里谷さん文芸部だったんだ」
それならと冊子を受け取る。
何気なく表紙をめくり中をみる。
「げ」
隣で覗き込んでいた三ツ葉が変な声を出した。
そこには半裸で抱き合う男性のカップルのイラストが書かれ、吹き出しには熱烈な愛の言葉がびっしりと書き込まれていた。

「…………」
ページを捲るといくつかの作品が載っており、そのほとんどが男性同士の恋愛を描いた漫画だった。
「あ、あーね。流行ってるよね最近ね」
変な声を出してしまったことに慌てた三ツ葉が取り繕うように絵柄を褒める。
「このイラストの感じ好きかも。鬼里谷さんが描いたのどれ?」
「いえ、あの」
鬼里谷さんがページを捲って冊子の最後のほうを開く。
「私はこれ」
それまでの漫画と違い、鬼里谷さんのページは文章のみで構成されていた。
なんというかここだけ『文芸部』している。
他のページはさながら『漫画部』なのでむしろこのページのほうが違和感あるかもしれない。
「なるほどー!鬼里谷さんはこっちかー!うんうん、よかった安心した」
BL漫画にビビって変な声を出してしまった三ツ葉が鬼里谷さんの作品に安心した声を出す。
文章にざっと目を通すと引っかかるものがあり、タイトルのページを確認する。
『都市伝説考 鬼里谷萌』と書かれたシンプルな扉ページに始まり、都市伝説、洒落怖、八尺様、口裂け女などの気になるワードがいくつも出てくる本文が続く。
「なにこれめちゃくちゃ面白いじゃん。読むよ。後で感想させてもらうね」
鬼里谷さんの目を見て約束する。
「あ、ありがとう」
鬼里谷さんはそういって微かにはにかんだ。
なにこの子、可愛いんですけど。

「でもこういうの鬼里谷さんだけ?なんか漫画のサークルっぽいよね」
三ツ葉が素直な感想を言うと鬼里谷さんは「うぅ」と小さく呻いた。
「そ、そうなんです。文芸部とは名ばかりで私以外はみんな漫画描いてて、部の活動も同人サークルみたいになってるんです」
痛い所を突かれたみたいな弱々しい口調で説明する鬼里谷さんの様子に私と三ツ葉は顔を見合わせる。
「鬼里谷ちゃん」
三ツ葉がやけに優しい声で声をかけた。
「へ?あああの鬼里谷ちゃんって」
「鬼里谷ちゃん」
私も同じような優しい声を出しつつ鬼里谷ちゃんの肩に手を置く。
「それもう文芸部じゃないよ。漫研」
なるべく優しく、でもはっきりと言い切る。
「うぅ…ですよね」
肩を丸めて小さくなる鬼里谷ちゃん。

「鬼里谷ちゃんの書く作品って都市伝説がメインなの?怖い話とか宇宙人とかは?」
その言葉に顔を上げて私を見る。
「す、好きです。あんまり詳しくないけど、首都ボーイズのハカセさんが好きで、たまにYoutube見てインスピレーションを貰ったらそういう話も書いたりしてます」
あらあら逸材。
「鬼里谷ちゃん、それもう入る部活間違ってるよ」
「うぅ…ですよね」
まあ鬼里谷ちゃんがやりたかったのは怪談オカルトだけじゃなく普通の書評とか創作もやりたかったのだろう。
だから文芸部を選んだと。
「今からでも遅くないよ。うちにおいで」
「うちにおいで」
聖母のような笑顔を意識する私と、私の真似をしようとして詐欺師のような笑顔になった三ツ葉が鬼里谷ちゃんに優しく詰め寄る。
「いいんでしょうか…じ、実はそのつもりも少しあって…今日お話できたらなって」
なんと。
「全然いいでしょ。この先ずっと同人サークルで畑違いの文芸やるより居心地いいはずだよ」
それに、と続ける。
「別に部室で怪談以外の創作やってもらっても全然いいし。ね、部長」
言って部長に顔を向ける。
黙って私達の様子を見守っていた部長と憑田先輩がウンウンと頷く。
「もちろんだ。なんだったら漫画描いてもらってもいいぞ」
「い、いえ私は…漫画は…その…」
部長のぶっきらぼうな態度に萎縮している鬼里谷ちゃんを見て三ツ葉が鬼里谷ちゃんの隣に立つ。
「ごめんねえ鬼里谷ちゃん。部長こんな感じだけど怖い人じゃないからね」
言ってから部長に向き直る。
「こら部長。初対面の後輩には優しくするの」
わざとらしく腰に手を当てて言う。
「はあ?なんでお前にそんなこと」
「いいから!はい自己紹介して!」
引かない三ツ葉の様子に部長が鬼里谷ちゃんに目を向ける。
「二年の闇島ドクロだ。すぐに入部しなくても構わないから一度見学にくればいい。歓迎するよ」
「同じく二年の憑田です。俺も今日入部したばっかだからよろしくね」
相変わらずながら歓迎の意思を表明する部長と、爽やかお兄さんな笑顔で手を振る憑田先輩。
「は、はい。よろしくお願いします!」
どちらかというと憑田先輩に向かって頭を下げる鬼里谷ちゃんの様子に「これはイケるな」と確信する。
「じゃあまずは見学からってことで、明日どうかな?」
「はい。大丈夫です」
「いよっし!じゃあ明日はお昼も一緒に食べよう!」
ほぼほぼ入部確定みたいな状況だが最後まで気を抜かないでいこう。
そうして私達の文化祭は最低人数である部員5名(1人は予定)を確保して終わったのだった。

第13話 完

投稿日:2024年9月5日 更新日:

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