474 :カン、カン:02/08/22 23:33
異変はその日のうちに起こりました。
私が夕方頃、学校から帰ってきて、玄関のドアを開けた時です。いつもなら居間には母がいて、
キッチンで夕食を作っているはずであるのに、居間の方は真っ暗でした。電気が消えています。
「お母さん、どこにいるのー?」
私は玄関からそう言いましたが、家の中はしんと静まりかえって、まるで人の気配がしません。
カギは開いているのに・・・掛け忘れて買い物にでも行ったのだろうか。のんきな母なので、
たまにこういう事もあるのです。やれやれと思いながら、靴を脱いで家に上がろうとしたその瞬間。
「カン、カン」
居間の方で何かの音がしました。
私は全身の血という血が、一気に凍りついたような気がしました。数年前と、そして昨日と
全く同じあの音。ダメだ。これ以上ここに居てはいけない。恐怖への本能が理性をかき消しました。
ドアを乱暴に開け、無我夢中でアパートの階段を駆け下りました。
一体、何があったのだろうか?お母さんは何処にいるの?妹は?
家族の事を考えて、さっきの音を何とかして忘れようとしました。これ以上アレの事を考えていると
気が狂ってしまいそうだったのです。すっかり暗くなった路地を走りに走った挙句、私は近くのスーパーに
来ていました。「お母さん、きっと買い物してるよね」一人で呟き、切れた息を取り戻しながら中に入りました。
時間帯が時間帯なので、店の中に人はあまりいなかった。私と同じくらいの中学生らしき人もいれば、
夕食の材料を調達しに来たと見える、主婦っぽい人もいた。その至って通常の光景を見て、
少しだけ気分が落ち着いてきたので、私は先ほど家で起こった事を考えました。
475 :カン、カン:02/08/22 23:35
真っ暗な居間、開いていたカギ、そしてあの金属音。家の中には誰もいなかったはず。アレ以外は。
私が玄関先で母を呼んだ時の、あの家の異様な静けさ。あの状態で人なんかいるはずがない・・・。
でも、もし居たら?私は玄関までしか入っていないので、ちゃんと中を見ていない。ただ電気が消えていただけ。
もしかすると母はどこかの部屋で寝ていて、私の声に気付かなかっただけかもしれない。
何とかして確かめたい。そう思い、私は家に電話を掛けてみることにしたのです。
スーパーの脇にある公衆電話。お金を入れて、震える指で慎重に番号を押していきました。
受話器を持つ手の震えが止まりません。1回、2回、3回・・・・コール音が頭の奥まで響いてきます。
「ガチャ」誰かが電話を取りました。私は息を呑んだ。耐え難い瞬間。
「もしもし、どなたですか」
その声は母だった。その穏やかな声を聞いて私は少しほっとしました・・・が、この時、一瞬でも
安心してしまった私は愚かでした。
「もしもし、お母さん?」
「あら、どうしたの。今日は随分と遅いじゃない。何かあったの?」
私の手は再び震え始めました。手だけじゃない。足もガクガク震え出して、立っているのがやっとだった。
あまりにもおかしいです。いくら冷静さを失っていた私でも、この異常には気付きました。
「なんで・・・お母さ・・・」
「え?なんでって何が・・・ちょっと、大丈夫?本当にどうしたの?」
お母さんが、今、こうやって電話に出れるはずはない。私の家には居間にしか電話がないのです。
さっき居間にいたのはお母さんではなく、あのバケモノだったのに。なのにどうして、この人は平然と
電話に出ているのだろう。それに。今日は随分と遅いじゃない、と。まるで最初から
今までずっと家にいたかのような言い方。私は、電話の向こうで何気なく私と話をしている人物が、
得体の知れないもののようにしか思えなかった。
そして、乾ききった口から、何とかしぼって出した声がこれだった。
「あなたは、誰なの?」
「え?誰って・・・」
少しの間を置いて、返事が聞こえた。
「あなたのお母さんよ。ふふふ」