本文
183 :1/7:2010/02/25(木) 20:38:39 ID:vZHEO5cT0
数年前、大学生だった俺は先輩の紹介で小さな診療所で宿直のバイトをしていた。
業務は見回り一回と電話番。あとは何をしても自由という、夢のようなバイトだった。
診療所は三階建てで、一階に受付・待合室・診察室兼処置室、二階に事務室・会議室・炊事場、
三階に宿直室があった。宿直室は和室で,襖がドア代わり。階段はひとつ。
小さいとは言っても患者のカルテやなんかは扱ってるわけで、診療所はALS●Kで警備されていた。
宿直の大まかな流れは以下の通り。
夜9時に診療所に着き、裏玄関(表玄関は7時半には完全に施錠される)の外からALS●Kの
警備モードを解除する。
入って見回りをして、三階の宿直室に入る。宿直室にもALS●Kの管理パネルがあるので、入ったら
再びALS●Kを警備モードにする。
警備のセンサーは一階、二階はほぼ隈なく網羅しているが、宿直室にはないため、宿直室内では自由に動ける。
管理パネルにはランプがついており、異常がないときは緑が点灯している。
センサーが何かを感知するとランプが赤く変わり、ALS●Kと責任者である所長に連絡がいく
ことになっている。ドアや窓が開けられると警報が鳴る。
部屋に着いて警備モードに切り替えれば、あとは電話がない限り何をしてもいい。
電話も、夜中にかかってくることなんて一年に一回あるかないかくらいだった。
だからいつもテレビ見たり勉強したり、好き勝手に過ごしていた。
184 :2/7:2010/02/25(木) 20:39:59 ID:vZHEO5cT0
ある日の夜。いつものように見回りをして部屋に入って警備モードをつけてまったりしてた。
ドラマを見て、コンビニで買ってきた弁当を食べて、本を読んで、肘を枕にうつらうつらしていた。
テレビはブロードキャスターが終わって、チューボーですよのフラッシュCMが入ったところだった。
何気なく目をやった管理パネルを見て、目を疑った。ランプが、赤い。
今まで、ランプが赤かったことなんて一度もない。
え?なんで?と思ってパネルを見てると、赤が消えて緑が点灯した。
まともに考えて、診療所の中に人がいるはずがない。
所長や医師が急用で来所するなら、まず裏玄関の外からALS●Kの警備を解除するはずだ。
また外部からの侵入者なら、窓なりドアなりが開いた瞬間に警報が鳴るはずだ。
故障だ。
俺はそう思うことにした。だいたい、もし本当に赤ランプがついたなら、所長とALS●Kに連絡がいって、
この宿直室に電話がかかってこないとおかしい。それがないということは、故障だということだ。
そう思いながらも、俺はパネルから目を離せずにいた。緑が心強く点灯している。
しかし次の瞬間、俺は再び凍りついた。また、赤が点灯した。
今度は消えない。誰かが、何かが、診療所内にいる。
俺は、わけのわからないものが次第にこの宿直室に向かっているような妄想に取りつかれた。
慌てて携帯を探して、所長に電話した。数コールで所長が出た。
185 :3/7:2010/02/25(木) 20:41:05 ID:vZHEO5cT0
所「どうした?」
俺「ランプが!赤ランプがついてます!」
所「本当か?こっちには何も連絡ないぞ」
俺「だけど、今もついてて、さっきはすぐ消えたんだけど、今回はずっとついてます!」
所「わかった。ALS●Kに確認するから、しばらく待機していてくれ。また連絡する」
所長の声を聞いて少し安心したが、相変わらず赤が点灯していて、恐怖心は拭い去れない。
2分ほどして、所長から折り返しの電話があった。
所「ALS●Kに確認したが、異常は報告されてないそうだ」
俺「そんな!だって現に赤ランプが点灯してるんですよ!どうしたらいいですか?」
所「わかった。故障なら故障で見てもらわなきゃいけないし、今から向かう。待ってろ」
何という頼りになる所長だ。俺は感激した。
赤ランプはそのままだが、特に物音が聞こえるとか気配を感じるということもないので、俺は少しずつ安心してきた。
赤ランプがついただけで所長呼び出してたら、バイトの意味ねえなwとか思って自嘲してた。
しばらくすると車の音が聞こえて、診療所の下を歩く足音が聞こえてきた。
三階の窓からは表玄関と裏玄関そのものは見えないが、表から裏に通じる壁際の道が見下ろせるようになっている。
見ると、電気を煌々とつけて所長が裏玄関に向かっている。
見えなくなるまで所長を目で追ってから数秒後、「ピーーーーーッ」という音とともにALS●Kの電源が落ちた。
所長が裏玄関の外から警備モードを解除したのだ。
俺は早く所長と合流したい一心で、襖を開けて廊下へ出た。廊下へ出た瞬間、俺は違和感を感じた。
186 :4/7:2010/02/25(木) 20:42:38 ID:vZHEO5cT0
生臭いのだ。何とも言えない、イヤな匂いがたちこめていた。
また恐怖が頭をもたげてきたが、さっき確かにこちらへ向かう所長を見たし、1階に所長が来てるのは間違いないので、
俺は廊下の電気をつけて、階段へ向かった。
診療所の階段は各階に踊り場があって、3階から見下ろすと1階の一番下まで見える構造になっている。
階段の上まで来て、1階を見降ろした。
1階はまだ電気がついておらず、俺がつけた3階の電気が1階をうす暗く照らし出している。
生臭さが強くなった。1階の電気のスイッチは裏玄関を入ってすぐのところにある。
所長は、なんで電気をつけない?早く電気をつけて、姿を見せてくれ!
さらに生臭くなった時、不意に一階の廊下の奥から音?声?が聞こえてきた。
それは無理やり文字化すれば、
「ん゛ん゛~ん゛~~う゛う゛う゛~゛ん゛」
という感じで、
唄とも、お経とも取れるような声だった。
ここに来て俺は確信した。1階にいるのは、所長じゃない。
頭が混乱して、全身から冷たい汗が噴き出してきた。しかし、1階から目が離せない。
生臭さがさらに強まり、「ん゛ん゛~ん゛~」という唄も大きくなってきた。
何かが、確実に階段の方へ向ってきている。