613 :本当にあった怖い名無し:2007/10/22(月) 16:00:00 ID:9dn3iZXu0
とんとんとんとん。
ドアを叩く音がひとつ増えました。わたしは「先生」と叫びました。受付の方から、答えるように、三台の卓上電話のベルが一斉に鳴り出しました。
ドアが、五つ叩かれました。それから、続けざまにトントントントントントントントン、と止まらなくなりました。
「せんせい!」
わたしは迷路のような、ついたてに仕切られたブースの間を駆け抜けて、講師室に駆け込みました。
それは、その中年の男の先生がちょうど電話を高く取り上げて、まるで投げつけるような渾身の力で受話器を叩き置いたところでした。
ガチャン! と激しい音で切ったと同時、電話は一斉に黙り込みました。
それから、先生は腰を抜かしたわたしを無理矢理立たせ、腕を掴んで、引きずるように奧の廊下へと向かいました。ノックをする音は、ドドドドドドドドドドド、と大きなものになっていました。
614 :本当にあった怖い名無し:2007/10/22(月) 16:00:59 ID:9dn3iZXu0
「先生、こういうのは、毅然と追い返すと教えたでしょう」
その人は、生徒を怒鳴りつけるような大きな声で、「こんにちは!」とドアに向かって挨拶をしました。
「こんにちは!S個別指導塾U駅前校です、生徒さんのご父兄でなく、お子さんの相談以外で御用のない方はお帰り下さい!」
思い切り良くドアノブを捻り、大きく扉を外に開きました。
廊下は闇の中に、非常口の緑がぼんやりと光っていました。廊下には誰もいませんでした。
「これで来年も、安泰でしょう」
先生は、座り込んで耳を塞いでいるわたしに晴れやかに言いました。わたしは、それから二月まで塾に通いましたが、夜の残業はやめさせて貰いました。
その塾は、まだわたしの通勤途中の駅前にあります。