本文
218本当にあった怖い名無し2022/08/29(月) 21:35:00.20ID:1HOL2LUv0
とにかく金に困っていたんだが飽き性で続かないもんだから短期バイトを探してたら、遊休施設の警備員の募集があった。相場の1.5倍くらいの日給だったんでノータイムでポチったら、押した瞬間くらいの勢いで即電話がかかってきて「明日現場に来てくれ」と指示があった。一応面接後採用可否を通知とは書いてあったが「こりゃ建前だけで即採用かもな、しめたもんだ」と思い翌日バイクで現場に向かった。
219本当にあった怖い名無し2022/08/29(月) 21:35:19.09ID:1HOL2LUv0
町外れの曲がりくねった山道を進んでいくと奥に行くほど鬱蒼としてきて、霧雨も降りだしたんで前がほぼ見えないしヘルメットに打ち付ける雨音で周囲の音もよく聞こえない。出発から2時間ほど経った頃、霧雨も止みようやく施設の前辺りに差し掛かった。すでに夜は更けていて真っ暗だったがさっきまでの霧雨よりは視界が良い。片側は崖でもう片側は急斜面なんだが両側にフェンスが設置されていて、道路はやけに綺麗でアスファルトも黒光りしていて新しく見える。ここから道路の急斜がキツくなってきて10分ほど登ると校門みたいな鉄の門が現れた。
220本当にあった怖い名無し2022/08/29(月) 21:35:42.02ID:1HOL2LUv0
入口にはよく手入れがされた花壇、門の先すぐには守衛室であろう小屋、やたら広い駐車場、駐車場のど真ん中に無造作に設置された何やら見たことのない形状の遊具?みたいな構造物、その奥には外壁が汚れた4階建くらいの施設が見えた。閉ざされた門には閂が差してあったんで電話したら奥の施設から汚いジジイが歩いてきた。職員だろうか。ジジイは「君昨日のバイト?」と聞いてきたんで頷くと「じゃあこれ首にかけて」と身分証明書を渡してきた、見込んだ通り面接無しだ。「この門を通る時は必ず身分証明書を首からかけておくこと」と告げた後に開門、「やたら形式的だな」と思った。
221本当にあった怖い名無し2022/08/29(月) 21:36:28.81ID:1HOL2LUv0
バイクを停め、門すぐの小屋に入ると思ったよりも広い真っ白な部屋なので一瞬混乱した。よく見ると入ってすぐ階段になっててシャッターの枠を通って地下にあたる部屋に通じている。何のためにシャッターがあるのか訝しんだが「まぁいいや」とスルーした。
ジジイは俺をパイプ椅子に座らせると台本を取り出して、「これより第45回警備員説明会を開催します」と仰々しい挨拶をしてから業務の説明を始めた。ジジイが言うには業務内容はこうだ。業務時間は20時~翌日4時。基本的に守衛室でモニターを観察し、異状あれば本部に電話連絡。0時に一度敷地内を巡回、異状あれば何もせず守衛室に戻り本部に電話連絡。
ぬるい仕事だと思ったが一つ違和感を覚えた。「モニター監視中又は巡回中に赤色が見えたら急ぎ守衛室に戻りシャッターを閉めること」という説明があった。赤色とは何か尋ねるも「詳細はマニュアルに書いてないから知らん」との回答。そういえば守衛室には赤色がない。何のことか分からなかったが楽に稼げそうだという期待が大きく受け流した。ジジイに渡された制服に着替えると見た目は普通なんだがやたら重く、布地の間に何か挟み込まれてるような感じがする。一応尋ねてみたもののやはり「マニュアルに書いてないから知らん」と回答。俺が着替え終わるのを見届けたジジイは時計をチラチラ見てから「20時となりました。開始」と独り言を言って守衛室から出て行った。
222本当にあった怖い名無し2022/08/29(月) 21:36:57.90ID:1HOL2LUv0
そういえばジジイの車はどこにあるのだろう。後を追うと徒歩で門から出て行く。「歩いて帰るのか、車はないのか」と尋ねると「この辺に住んでるから」と闇の中に去っていった。付近に住宅はないのだからこの辺に住んでる訳がない。何かおかしい。
違和感を覚えつつモニター監視に移った。結局0時まで異状なく、敷地内の巡回に移る。とりあえず無駄に広い敷地を一周してみるが飾り立てられていたのは門前の花壇だけで残りは殺風景だ。気になったのはアスファルトがやけに新しいのと駐車場ど真ん中の奇妙な遊具だ。現代アートだろうか。くねくねに曲げたパイプが組まれ、形容し難い見た目をしている。
223本当にあった怖い名無し2022/08/29(月) 21:37:15.34ID:1HOL2LUv0
施設に入ると、入口すぐに巨大な香炉があってその上に写真が2枚額縁に収められている。ハゲた恰幅の良い男と真珠のネックレスを付けた派手なババアだ。香炉からは煙が立ち上っていた。さっきのジジイが付けたのだろう。施設内を巡回するがどのフロアもヨガマットの敷かれた部屋とシャワールーム、トイレしかない。事務局らしき部屋もないしオフィス機器や資料があった様子もなく、4階とも本当に殺風景なヨガ道場しかない。何かの宗教施設だろうか。
224本当にあった怖い名無し2022/08/29(月) 21:37:33.25ID:1HOL2LUv0
と思った時、赤色が、見えた。俺は全速力で走った。懐中電灯のわずかな灯りを頼りに走る。自分の足音の反響しか聞こえない。守衛室に戻りシャッターを閉める。特に後ろから何かが追いかけてきているような様子はなかったが恐怖で手足が震え、過呼吸に嗚咽がまじる。とにかく助けがほしくてすがる思いで本部に電話する。「赤色が、赤色が見えました!」と叫ぶ。すると「落ち着いてください、落ち着いてください、何が見えました?」と年配の男が宥めるように尋ねてくる。
「赤色が見えたんです!」
「何階で?」
「4階!」
「どんな感じ?」
「視界の端に、赤色が!」
「あぁ、視界の端に?奥じゃなくて?」
「視界の端!」
「あぁそうですか」
「え?」
すると男がゆっくりと話す。「今非常に、非常に縋るような気持ちだと思います。我々も今そちらに向かっています。安心してください。必ず救います。我々が来るまでそこから動かないでください。必ずあなたを救います。」電話が切れた。
225本当にあった怖い名無し2022/08/29(月) 21:37:55.81ID:1HOL2LUv0
本部から応援が来ると分かりひとまず安堵した。が、ふと疑問がよぎった。今この部屋を塞いでいるシャッターは、何のためのシャッターなのか。今、本部からシャッターに閉じこもった俺を迎えに来る。「救います」とは何なのか。一体何から救うというのか。なぜこの守衛室は外から分からないように部屋が地下にあるのか。あの赤色はなんだったのか。ジジイはあの後どこにいったのか。
226本当にあった怖い名無し2022/08/29(月) 21:38:17.52ID:1HOL2LUv0
一つの仮説が頭に浮かんだ。俺は急いでシャッターを押し上げ、制服を脱ごうとする。しかし、脱げない。ファスナーが全く動かないし、何やら全身がきつく締め付けられているような感触がする。とにかくここから逃げなければと守衛室から飛び出す。
駐車場に駆け出すとジジイが右手に何かを持って俺のバイクに向かっている。「おいジジイ!!」俺が叫ぶとジジイは隠れるように施設内に逃げて行く。バイクにまたがり、エンジンを入れる。幸いまだ何もされていなかったようだ。
開けっぱなしだった門をそのままバイクで通過する。「待ってくれ!頼む!」と後ろからジジイの叫び声が聞こえた直後、勢いよく門が閉まったような鈍い金属音が響く。そういえば首から身分証明書を下げたままだったが今はそんなことはどうでもいい。
227本当にあった怖い名無し2022/08/29(月) 21:38:30.94ID:1HOL2LUv0
夢中でバイクを飛ばして家に帰り着き、帰った時には5時だった。震える手で鍵をかけて布団にくるまった時、スマホに着信。奴らだ。着信が鳴り終わるまで息をひそめた。無我夢中だったので気づかなかったが着信履歴が何十件も残っていた。
7時頃、ようやく着信が鳴り止んだ。そういえば制服を着たままだったことに気づき、どうしようか悩んでいると、玄関のドアを叩く音がする。
「おーい、制服返してくれ。バイトはもういいから、ここで解約だ。怖がらせて悪かった」
「あんたら宗教か?」
「制服を返してくれ、それだけでいい」
「もう関わらないでくれ!」
「分かった。じゃあ制服だけドアの外に捨てといてくれ。身分証明書もな」
「脱げないんだよ!」
「今脱げるだろう」
男の言う通り、気づけばさっきまでの全身の締め付けはなく、ファスナーもスムーズに開いた。これで縁を切りたい一心でドアの隙間から制服と身分証明書を投げ捨てた。ドアを引っ張られると思い左手に思い切り力を込めていたが、何もしてこなかった。
「怖がらせて申し訳ない、悪気はなかった。ただお救いしたいだけだった」
「いいから帰ってくれ!もう関わらないでくれ!」
「分かった。また何かあったら連絡してほしい」
「帰れ!」
「分かった」
郵便受けに何かが放り込まれた。やけに厚くて重さのある白いカードだ。裏面を見ると施設入口に飾ってあった男の顔写真が載っており、全身の毛が粟立った。余白はなく、顔がちょうどギリギリ収まるくらいまでアップで撮られた笑顔の写真だ。思わず奇声を上げ手先がブルブル震え、半狂乱でゴミ箱に投げ捨てた。それからしばらくは恐ろしくて家から出られなかったが、何も変わったことはなかった。
本当に縁は切れたのだろうか。今でもあの守衛室のシャッターの中で味わった恐怖が忘れられない。