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517 :窓を越える老婆1/7:2009/08/18(火) 17:32:09 ID:D+dB/6oU0
俺はある機械メーカの技術者なんだけど、うちの機械は世界各国の工場でも使われている。
で、据付や調整、指導なんかで1ヵ月ほどそこに出張というのが年に1、2回あった。
これは最近、近所の大国へ行ったときの話なんだ。
機械を買ってくれた工場は、発展している沿岸部からそう遠くない所にあった。
でもすんごい田舎で、大きな工場の周りにはほとんど何もないような所だった。
工場は昔の国有工場で、数年前に台湾の会社との合弁会社になり、設備投資を始めたんだ。
その台湾の会社から、管理職や技術者が数人来ていて、
王さんという技術者が日本語ぺらぺらで、俺の通訳や世話をしてくれた。
その王さんから、「一人で工場の外へは出ないように」と言われていた。俺が?でいると、
「外へ出ても何もない。田舎だし、外国人に対するマナーもない。言葉も通じないし、迷子になったらタイヘン」
という答えで、まるで監視するかのように朝食から寝るまで、びったり俺に付いていた。
夕食後に散歩に出ようよ、と言っても「何もないです」と絶対ウンと言わない。
俺が行ったときの歓迎会と、週末の食事と買い物に、車で15分くらいの町へ台湾人達と出かけるだけ。
お国柄的に、外国人が行ってはいけない秘密施設でもあんのか?と思ったくらい。
確かにゲストハウス用の食堂で三食食べられるし、商品に難があるが売店もあり、
外へ出る必要がなかったんだが。
それまでいろんな所へ行ったが、どんな所でも町の様子をぶらぶら見るのは楽しいものだったし、
ここでもそうできると思ってたんだ。
518 :窓を越える老婆2/7:2009/08/18(火) 17:34:07 ID:D+dB/6oU0
2週目の土曜になると、相当退屈になってきた。王さんも俺のお守りに疲れてきたみたいだった。
昼食時、「今日の午後はたっぷり昼寝するよ。王さんも休んでくれ。夕食時にまたな。」と言うと
王さんはちょっとホッとした感じで、「わかった。ゆっくり休んでいてください。」と自室へ帰った。
それで俺は、工場の周りを散歩することにした。退屈しのぎになるかと思ってね。
まあ秘密施設があったら怖いが、何か見かけたら戻ればいいし、くらいに考えてた。
門まで来たら、守衛が俺に向かって何か言ったが、当然、全くわからない。
守衛の舌打ちを無視して、俺は外へでた。外出は車ばかりだったし、注意して見てなかったが
門の向かいや左右に、工員向けのよろず屋みたいなのと、食堂が数軒。
真ん中だけ舗装されているホコリっぽい道を歩き出した。
畑とポツポツと古い家があるだけで、ほんとに何もない・・・引き返そうかという時、
畑横の1軒の朽ちかけた家の中から、ガサガサッという音が聞こえた。
え?ここに人が住んでるの?屋根も壁もボロボロだし、窓にガラスも入ってない。
もしかして野犬?こっちは狂犬病が多いと聞いていたのを思い出し、途端に怖くなった。
すると「ぐぅぇぇ・・・」という声が家の中から聞こえた。え?え?と俺は凝視モードに入った。
ガラスのない窓枠に、屋内から枯れ枝のような手がぶら下がっているのが見えた。爪が異様に長い。
魅入られたように見ていると、窓の下からばさばさの白髪が現れ、
ゆっくりと、しわくちゃの婆さんが顔を半分のぞかせた。
その婆さんの目は、病気なのかなんなのか、白い半透明の膜みたいものがあって黒目がはっきり見えない。
恐ろしさがこみ上げて来て、俺は工場の方へ走り出した。
途端にガッ!と肩を掴まれた感触があった。そりゃもう、必死で走って帰ったよ。
守衛が驚いたように俺を見ていたがそれどころではなく、自分の部屋に転がり込んでへたり込んだ。
519 :窓を越える老婆3/7:2009/08/18(火) 17:35:52 ID:D+dB/6oU0
あの婆さんはなんだ?普通に住んでる人だったのか?しかしあんなボロ家に?
もしそうで、病気だったんなら、走って逃げて気を悪くしただろうか?あっ、見えてないのか。
などど、心臓バクバク状態であれこれ考えた。そういえば、肩を掴まれた感触が??
と思って、Tシャツをずらして肩を見てみると、細い三日月のような赤いスジが3つ並んでる。と、反対側に1つ・・・
あの婆さんは人じゃないのか!?って震えた。
夕食時、王さんが「よく休めましたか?」と聞いてきた。
俺は、ボロ家で見たことを話そうかと思ったけど、怒られそうなので「うん」と曖昧に答えておいた。
その晩も王さんが部屋にやって来て、あれこれ話して過ごし、婆さんと肩の傷のことは忘れかけていた。
王さんも自室に戻り、風呂でも入ろうと空きベッドに広げておいたスーツケースから
着替えを出そうとかがみこんだ。その時ちょうど後ろ側にある、開けていた窓のほうで
ガリッ、て音がしたんだ。ん?なんだ?と一瞬思い固まったが、もう音はない。
気のせいかと着替えをあさっていると、またガリッ、ガリッという音がした。
俺はかがみこんで着替えをつかんだまま、恐怖で固まった。見てはいけない、見てはいけない!
どれほど固まっていただろうか。怖くて全く動けなかったんだ。
が、「ぐぅぇぇ・・・」という声が聞こえて、俺は気が狂ったように振り向いた。
俺の部屋の窓枠に、外からしわくちゃの手、長い爪がしがみついてたんだ。
そしてぼさぼさの白髪と、膜がかかったような目がだんだん見えてきた。
昼間は半分しか見えなかった顔が、ゆっくりと、全部現れてきた。
土気色のしわくちゃ顔に、線を引いたような薄い唇だけが真っ赤だった。
俺が動けなくて凝視していると、婆さんが突然ヒラリというか、ふわっというか、急に窓枠の上に上がって来たんだ。
そこで俺は弾かれたように立ち上がって、なんか叫びながら、転げるようにして部屋から出た。
520 :窓を越える老婆4/7:2009/08/18(火) 17:37:37 ID:D+dB/6oU0
俺の叫び声を聞いて、ゲストハウスの台湾人たちが部屋から飛び出してきた。
王さんもすっ飛んで来て、「どうしました?どうしました?」と聞いてくる。
俺は腰が抜けて廊下にへたり込み、部屋を指差して「ば、ば、婆さん、窓、窓」としか言えなかった。
王さんらが俺の部屋へ入っていったが、すぐに出て来て、「何もないですよ。一体どうしたんですか?」
他の台湾人に水をもらって、人に囲まれた俺はちょっと落ち着き、昼間のボロ屋の話から始めた。
王さんの顔がこわばる。王さんが中国語で皆に話すと、皆「アイヤ・・・」と首を振った。
「・・・だから、一人で工場の外へ出るなと言ったでしょう!」王さんも、首を振り振り言った。
そうだ。肩の傷はどうなった?と思いめくってみると、赤いスジだけだった傷は膨れ上がり、
熱を持ったようになっていた。ずきずきと痛みも感じ始めた。
王さん達はその傷を見て、もっと深刻な顔になっていき、なんやらワアワア話し始めた。
何人かは携帯を出してきて、あちこちに電話し始めた。
婆さんも怖かったが、台湾人達の緊迫した様子を見て、俺はたいへんな事態なんだと、もっと怖くなった。
その晩は王さんの言葉に従って、王さんの部屋で王さんともう一人の台湾人と寝ることになった。
俺はもう怖いのと、肩が痛いのと、疲れたのでベッドでぐったりしていたが、
王さんともう一人の台湾人は、なにやらヒソヒソと、ずっと話し込んでいた。
521 :窓を越える老婆5/7:2009/08/18(火) 17:39:15 ID:D+dB/6oU0
翌日朝早く、ゲストハウス前に迎えの車が来た。この工場に元々いるという幹部職員が乗っていて、
王さんともう一人の台湾人と一緒に、俺も車に乗って出かけることになった。
「日曜なのに王さん、みなさんにすまない。でも、昨日のあれは何なの?これからどこへ行くの?」
と王さんに聞いた。王さんは一瞬怖い顔をしたが、すぐにっこり笑って
「だいじょうぶです。これから解決に行くのです。」としか言ってくれなかった。
車で小一時間ほど走っただろうか。よく似た田舎の風景、よく似た農家らしき一軒の家で車は止まった。
門内の中庭に中年の女性が待っており、土間の部屋には盲目らしい婆さまが座っていた。
部屋はうす暗く、大きなロウソクが焚かれ、線香か何かの匂いで咳き込みそうになった。
拝み屋さんか?と思いながら、促されて婆さまの前へ行き座った。
俺が近づくと、婆さまは思いっきり顔をしかめて何やら言った。工場幹部や王さん、中年女性が何か言う。
しばらく話が続いたが、俺は言葉もわからないし、王さんも何も聞いてこないのでずっと黙っていた。
婆さまは紙と筆を用意させ、ブツブツつぶやきながら、紙にしゃらしゃらと絵文字のようなものを書き、
拝むような仕草を何度もした。この時は誰も何も話さず、俺は異界に迷い込んだようで益々怖くなった。
次に婆さまは皿に紙を置いて、ロウソクで火をつけて燃やし、またブツブツ言った。
王さんが俺に、シャツをめくって肩を見せるように小声で指示した。
婆さまは俺の傷が見えるのか?ブツブツつぶやきながら、灰を傷に塗りつけた。
俺は痛くて思わず「ウッ!」と言ってしまったのだが、王さんに手で牽制された。
何度か灰を塗りつけた後、中年女性が碗に水のようなものを入れて持ってきた。
婆さまは、灰をつまんで碗に入れてブツブツ言うと、俺の前に差し出した。
俺が王さんを見ると、王さんは黙ってうなずいたので、俺は恐る恐る飲んでみた。
灰がちょっと苦かったが、普通の水だったように思う。
合計三枚の紙に何やら書かれ、同じ行動を繰り返した。
婆さんが大きな声で叫んだ(かなりビックリした)あと、王さんが「終わりました」と、口を開いた。
中年女性が、絵文字を書いた紙を俺にくれた。王さんが「いつもそれを持っていてください」と言った。