オリジナル作品 第五作(短編) 拝啓 タラチヒメ様

拝啓 タラチヒメ様 03

投稿日:

前田さんと実家に到着して、ものの1時間ほどで遥拝の準備ができた。

ゆっくりする間もなく、前田さんは冷水で体を清めて、笑ってしまうほどにガタガタ震えながら、白い着物を着せられて戻ってきた。

神職見習いの橋本君が用意してくれたベンチコートを羽織り、境内に持ち出された屋外用の石油ストーブに手をかざして震えている前田さんに声をかける。

「前田さーん、大丈夫です?」

ギギギと音がするほどのぎこちなさで振り向いた前田さん、よく見ると鼻が垂れている。

「ま…まだ11月なのに…やたら寒いっすね…」

「冷水は効きますからねー。ウチのは山から水を引いてるんでめちゃくちゃ冷たいんですよ」

ううーと唸る前田さんにティッシュを手渡して鼻をかませる。

橋本君が目ざとくティッシュを回収してくれる。

「…………」

さて、あとは母次第だ。

祈祷の準備をしている母を見やる。

落ち着いた様子で目を閉じている。

心が整ったら祈祷が始まる。

関西にある前田さんの故郷はウチから見て北東になる。

鬼門の方角だ。

特に気にする必要もないかもしれないが、どことなく不穏な引っかかりを覚える。

天垂血比売(アメノタラチヒメ)様。

前田さんの故郷の山をうろつき、神隠しをする神様。

人を護りながら人を食らう、不思議な神様だ。

その神様を遥拝するための祭壇。

簡易的とは思えないほど立派に設えられている。

母が挨拶をし、ベンチコートを脱がされた前田さんが招かれ、祭壇の前に立つ母の横に並ぶように立つ。

少女と老人は私達と同じように並んで参加している。

神様が祈祷に参列する光景というのは貴重だ。

これは次月号のネタに使えると確信した。

寒さか緊張か、ガチガチに固まっている前田さんを尻目に、母が大幣を振る。

祝詞が始まると、あたりの静寂が濃くなった気がする。

いつも感じているウチの神様の気配とは違う、異質な気配が漂い始めた。

少女だ。

並々ならぬ気配、神気というのだろうか、その気配が少女から溢れるように漏れ出ている。

オーラが見える人は、少女に何色のオーラを見るのだろう。

残念なことに未熟な私にはオーラの色は見えない。

父や母には見えているだろう。

あとで聞いてみよう。

そん呑気なことを考えていたから、ソレが起こったことに気づくのが一瞬遅れてしまった。

祈祷が始まって数分も経っただろうか。

あ…と息を飲む音がいくつか、神職さんの並ぶ列から聞こえた。

違和感の正体を求めて目線を彷徨わせ、すぐに気がついた。

母の隣にいたはずの前田さんの姿が消えていた。

だれが最初に気づいただろうか。

みんな同時に気づいたのかもしれない。

父は驚いた様子で前田さんのいた辺りを凝視している。

少女の表情は変わらない。

母は構わずに祝詞の奏上を続けている。

前田さんが消えた。

どこに行ったのかは大体想像がつくが、かなりマズい事態が起きたことは間違いない。

祈祷が続く中、聞こえるか聞こえないかの声で少女が「持っていかれた」と呟いた。

  • この記事を書いた人

やこう

ご乗車ありがとうございます。 車掌は怪談や奇談、洒落怖、ホラーなど、『怖いモノ』をジャンル問わず収集しているオカルトマニアです。 皆様も「この世発、あの世行き」の夜の寝台特急の旅をごゆっくりお楽しみください。

RECOMMEND

1

概要 2ちゃんねる・5ちゃんねる発祥の名作怪談「リョウメンスクナ」をアーカイブ&考察。 くねくね・八尺様・コトリバコなどと並んで洒落怖をジャンルとして確立した名作だと思います。 両面宿儺(りょうめんす ...

2

カルト 先日の【映画評】来る ※気持ち悪い人間関係+超絶エンタメに続き日本の除霊エンターテイメント作品をレビュー。低予算ながらしっかり除霊エンタメしてるので、オカルト好きなら必見の作品ですぞ。※知らな ...

3

オー・マイ・ゼット! 2016年制作。 東京03の角田晃広さん主演。 なんだかなあという序盤。 登場人物達の人となりや背景が描写されるも全員うさんくさいしどうでもいい感じで進行します。 後半15分ぐら ...

4

私とあの人は、世に言うところの幼馴染ってやつでした。 とは言っても、幼稚園から一緒で小学校中学校と同じクラスで……なんていう甘酸っぱいもんじゃなくて、病院でね。 私もあの人も、生まれた時から体が弱くて ...

-オリジナル作品, 第五作(短編) 拝啓 タラチヒメ様

Translate »

Copyright© 怪談夜行列車 , 2024 All Rights Reserved.