522 :窓を越える老婆6/7:2009/08/18(火) 17:41:01 ID:D+dB/6oU0
帰りの車では、誰も何も言わなかった。ただ、それから三日ほど、王さんの部屋で寝るように言われた。
その後も王さんは何も言ってくれないし、俺も聞く気になれなかった。俺は心底怖かった。
ビビリと思われるだろうが、しばらく一人になるのが怖かった。窓の方も見られなかった。
異国の地で異形の婆さんを見て、拝み屋へ連れて行ってもらい、護符のようなものまで持たされたんだ。
翌日からの仕事中も上着の胸ポケットに護符を入れ、風呂に入る時は護符を洗面台の上に、
寝る時は枕もとのテーブルに広げておいた。傷の腫れはすぐひいて、三日目くらいにはスジも薄れてきた。
次の土曜日、同じメンバーであの婆さまの所へ連れて行かれた。
婆さまは今回顔もしかめず、一回きり紙にしゃらしゃらと何かを書いて灰にし、
水に溶かして俺に飲ませ、両手でパンパンと俺の肩を叩くようにして、大声でなんか言った。
王さんが「もうだいじょうぶです。もう怖くありません。よかったですね」と、笑って言った。
俺が持たされていた護符も、皿の上で焼かれた。
帰って来て、王さんの部屋で二人になった時、俺はあの婆さんはなんだったのか聞く勇気が出てきた。
「何かは、私もほんとうに知らないです。でも悲しいこと、不思議なこと、怖い噂はどこにでもあります。」
「私達がここへ来た時、一人で空家へ近づいてはいけないと工場の人に言われました。
ここの人達はみんな、一人では絶対に通りません。でも以前一人、一緒に来た台湾の仲間が一人で行って
あなたと同じように、とても怖い目に遭いました。だから、あなたにも絶対ダメですと言いました。
あなたに、正直にこの怖い話をすればよかったですね」とだけ、王さんは話してくれた。あと、
「最初あなたが近づいた時、あの婆さまは『死臭がする』と言って、嫌な顔をしたのですよ」とも。
「でも、もうだいじょうぶです。」他は、笑って一切教えてくれなかった。
その一人で行った台湾人はどうしたのか、その時はどんなだったのか、
それも王さんは言ってくれなかったし、俺もそれ以上は怖くて聞けなかった。
523 :窓を越える老婆7/7:2009/08/18(火) 17:42:43 ID:D+dB/6oU0
その後何も起こらず、俺も皆もその件に関して何も言わず、
残り一週間、契約通りの仕事をして日本へ帰ってきた。
帰り際、王さんや台湾人、工場の人達に何度も礼を言った。
皆、気にするなみたいな感じでポンポンと肩を叩いてくれ、握手で別れた。
日本でも、また他国での出張時にも、何も起こらずこうしている。
でも今でも、拝み屋の室内の雰囲気と、強烈な線香の匂いは忘れられないし、
窓を見ると、あの婆さんの顔と、ふわっと窓枠に上がった姿を思い出してゾッとしたりする。