第七作 呪の曙(しゅのあけぼの)

第三部 三話 大霊障エピローグ

投稿日:

『前田さん、ニュースみてます?』
『今起きてる事件は天道宗のガチの無差別テロなので駅には行かないでください』
『駅前にも行かない』
『できれば知り合いにも拡散よろです』

篠宮さんから立て続けにLINEが入ってきたので仕事の手を止めてニュースサイトとTwitterを表示する。
渋谷のスクランブル交差点で、小さな子供らしき黒い影が踊るように飛び跳ねながら駆け回っている映像がリツイートされている。
一見してCGかと思ったが、同じような映像が別々のスマホで撮影され続々と上がっているので、それがマジであるのがわかる。
複数の子供の影は実に楽しそうに駆け回っているが、その周りで通行人がバタバタと倒れていくのはどう考えてもヤバい。

『今起きてる事件は天道宗のガチの無差別テロなので駅には行かないでください』

篠宮さんのLINEを思い返して不安になってくる。
「…………」
他のツイートを探すと、大阪の道頓堀らしき橋の上で若い女が男を刺している映像が流れてきた。
『見えないのに…カメラだと写る…なにこれAR?』
撮影者と思しき男は解説しながらスマホカメラを若い女に向けたり外したりしている。
赤い服を着た若い女は父親のような年齢の男にまたがり、包丁らしきものを両手で持って何度も何度も刺している。
包丁が振り下ろされるたびにウッ…グッ…と男の呻き声が聞こえてくるのがめちゃくちゃ生々しくてグロい。

『霊感がなくてもカメラには写るケースが多い模様』
というツイートが拡散されており、それらの映像が何を意味するのかが段々とわかってきた。
要するにこれらの映像は肉眼で見えていないということなのだろう。
俺が見ている映像は全てスマホで撮影されたものだから、誰もが見えていると思いがちだが、実際に現場にいる奴らは肉眼では見れないと。
つまりこれらは全部が心霊映像というわけだ。
「……ヤバすぎだろ」
男にまたがって包丁を突き立てていた女が立ち上がり、通行人を威嚇するように首を回す。
そして手近な場所にいる中年の女性を包丁で切りつけた。
切りつけられた女性はフッと糸が切れたように崩れ落ち、包丁女は周りにいる通行人を次々に切りつけていく。
バタバタと倒れていく通行人達。
『う……ぅわあああああ!!』
スマホカメラを持っていた男の叫び声が聞こえて画面が激しく揺れたところで映像は終わった。
「…………」
他の映像も同様で、さまざまな角度から包丁女を撮影しており、やがて脈絡なく揺らめいてから包丁女と滅多刺しにされていた男がスーッと消えるところまでを写したものもあった。

「霊が……攻撃してくるのかよ」
先ほどの渋谷の子供達の影。
大阪の包丁女の霊。
他の地域の映像を見ても、池袋の大きな生首や、新宿西口の壁に写った巨大な鬼らしき影など、肉眼では見えないのにカメラだと写せるナニかが現れて、その周りで通行人がバタバタと倒れていく映像が、ものすごい数出回っていた。

『これは同時多発テロです。月刊OH!カルトがインタビューしていた宗教団体「天道宗」が予告していた「大霊障」だと思われます』
というツイートがめちゃくちゃ拡散されており、引用リツイートでOH!カルトの例のインタビュー記事を紹介している。
拡散されているどのツイートも閲覧数が100万ビューを超えており、もの凄い数がこの事件を取り扱っているのがわかる。

『お世話になります。テレビ関東報道部です。こちらの動画の使用許可をいただきたいのですが、DMでお話させていただけますでしょうか。フォローのほどよろしくお願い申し上げます』
というリプライを発見した時、事態の深刻さとは裏腹に「よっしゃ!」とガッツポーズをしてしまった。
テレビが乗ってきたぞ。
テレビ関東といえば首都圏一帯をカバーする関東ローカル局で影響力は全国放送には及ばないが地方ローカルでは最有力だ。
篠宮さんが熱望していた大手メディアでの報道につながる可能性に不安よりも興奮が増してくる。
他の有力ツイートのリプライにもメディアや番組からの取材依頼や動画使用の依頼が入っていて、不謹慎ながらも俺は「よし!よし!」とそれらを見つけるたびに快哉を上げ続けた。

『篠宮さん。テレビが取材しまくってますね。俺が見た限りでもテレビ関東報道部とクジテレビの夕方ニュースと関西放送の日曜ワイドショーなどなど』
興奮のままにLINEする。
篠宮さんも当然この状況を知っているだろうが、それでも伝えたかった。
『情報ありがとうございます!なんとかこのまま報道してほしいですね!』
篠宮さんの返信もテンションが高い。
『明日のデモ来れます?』
とのLINEが続けて来たが、残念なことに明日はコウ老師の撮影とインタビューが入っているため不参加と伝えておいた。

タラチヒメ様のご機嫌を取るためか、ハオさんからの動画の依頼は老師が支払うことになり金額はなんと3倍になった。
『あの坊主に気をつけろ』
と言われているにも関わらず、社長は制作難易度の低さと報酬の高さに釣られて依頼を受けるようホクホク顔で指示した。
まああれ依頼老師からの変な質問や要求はないから、俺としても楽な仕事で稼がせて貰ってありがたいのはありがたい。
篠宮母の助言の通りに今年も故郷の村にふるさと納税することで、タラチヒメ様へのお布施になっていると思いたい。

「了解しました!それでは明日張り切って突撃してきます」
篠宮さんの返信はそれで終わり、俺は『頑張れ!』のスタンプを返してやり取りを終えた。
結局その日の夕方のワイドショーで天道宗は再び名前を伏せられて報道されることになった。
以前にもヨミが背後に立って自殺した男の映像を扱った際に『ある団体』として取り上げられたことがあった。
それはまさに蟻の一穴となり、その際の放送内容とリンクして『同じ団体が今回も関与している模様』として以前よりも大幅に時間を割いて扱っていた。
しかも以前は頑なに無視していたオカルト部分、これに関してもある番組が『ありのままをご覧ください』として一部を放送した。
『我々はこれがどういう状況なのかを今後調査してまいります』というMCの言葉は、番組としてもオカルト部分を隠さずに取り扱うという意思表示にも思えた。
天道宗の名前は頑なに出さない姿勢に少し失望しながらも、ニュースでの扱いは格段に良くなったので良しと思うことにした。

翌日、老師による気功指導の撮影を午後イチで終わらせた俺は、高級住宅地のオシャレ喫茶店でまったりとお茶をしていた。
この後また中華街に移動してインタビューをするのだが、突然入会希望者がやってきたために1時間ちょっと時間を潰す必要があった。

ちょうど篠宮さん達がデモをやっている時間。
月刊OH!カルトや近藤ジローのアカウントを見ていれば、今どうなっているのか何となくわかると思ったが、残念なことに午前中の『今からデモします!』のツイートを最後に更新が止まっていた。
『OH!カルト デモ』で検索してみると現地組らしきツイートが何件かあって、その中に『都市伝説トシちゃんねる』のトシが参加してるという情報があった。
ノートパソコンを開いてYouTubeで『都市伝説トシちゃんねる』を検索すると、今まさにデモの生配信をやっているところだった。
喫茶店なのでイヤフォンをつけつつ、配信を見る前にTwitterをチェックしたら信じられないツイートを見つけた。

『Haunted Cities: Daemons Captured on Video and Live Streams Across Japan(幽霊都市:日本各地でビデオやライブ配信で捉えられた悪魔)』
という英文記事のタイトルを引用して翻訳しているツイートで、そのツイートには『ワシントンニュースジャーナルが記事にしてる』と書かれていた。
そのツイートは見る間に拡散されていく。
今日の未明に投稿されたにも関わらずその勢いはいまだ凄まじく、俺が見ている数秒の間にも百件単位でビュー数が増えていき、引用もいいねもケタ違いの速度でカウントが増えていた。

『Evil Spirits Go Viral: Ghostly Apparitions Recorded in Japanese Cities(悪霊が拡散:日本の都市で幽霊の出現が記録される)』。
『Japanese Cities Gripped by Fear as Ghosts Emerge in Viral Videos(幽霊が動画に登場し、日本の都市が恐怖に襲われる)』。
他の新聞社の記事タイトルも続々と翻訳され、本文の要約を掲載して解説するポストが出始めた。

『Netflexの映像チームによると「日本の若者達がそれぞれのデバイスでアップロードしたビデオにはCGやAIコンテンツの特徴は含まれておらず、同時に複数の場所で記録されていることから現実に起きた事象と判断できるだろう」としており(後略、詳細は記事本文参照)』。

海外新聞社なのでネタ記事かもしれないと思ったが、翻訳して解説しているサイトを見にいくと『各社の取り扱いはかなり真剣なものだ』と評価していた。
『≪CGの特徴が見られない映像が複数の都市で物凄い数出回っている≫という点を淡々と報道している。それらが作り物でないなら本当に悪魔(日本でいう幽霊)を写した映像なのではないかと議論されている』という文面を見ながら俺は自分が震えているのに気が付いた。
ここまで報道されたら日本のメディアでも確実に心霊現象として取り扱い議論が始まるだろう。
ようやく篠宮さんの努力が報われるという興奮と、ここまでの大事になってしまったという不安に身体が小刻みに震える。
これは武者震いだ。
そうに違いないと自分に言い聞かせつつネットの議論を追う。

昨夜遅くに配信された海外の記事を速報で引用したユーザーが現れ、今朝になるとそれは爆発的に拡散し始めた。
やがてどこそこの大学教授だとか学者だとかの肩書をつけたアカウントが便乗しはじめ、そいつらの投稿は単なるネットユーザーのそれとはケタ違いに拡散されている。
やがてインフルエンサーやら芸能人も参戦してネット上は今、天道宗による心霊テロの話題で持ちきりになっている。
「…………」
デモ真っ最中の篠宮さんはこの状況をまだ知らないかもしれない。
『ワシントンジャーナルとかの海外メディアが大々的に取り扱ってくれてますね!めちゃくちゃ拡散してますよこれ』
と送ったがすぐには既読にならなかったので、Twitterとデモ配信を同時にチェックすることにしてデモ配信を再生させた。

画面の中はどこかの寺の境内で篠宮さんが老人と向き合っている場面だった。
老人の声がやたらとデカいのは、おそらくマイクで喋っているのだろう。
フェッフェッフェと笑う声こそ可愛らしいが、老人の表情とか言葉の発し方はどうにも不安を掻き立てる。
禍々しい、という言葉を使うことなど今までなかったが、この老人こそ禍々しいという表現がピッタリと当てはまるな。
やがて篠宮さんと老人の語らいはヒートアップしていき、老人がまたフェッフェッフェと笑った。

『おーにごっこしーましょ。にーげねーばくーうぞ。そーれそーれそれ!』

近藤ジローが構えるカメラに向かって手を叩きながら歌う様子は、ある意味で昨日の心霊映像よりもタチが悪い。
あなた達を呪ってますよという意思が画面越しにビンビン伝わってくる。
ヨミ騒動の黒幕、一連の心霊テロを引き起こした首謀者、それが今、カメラの向こうから俺達に語りかけている。
『呪ってやるぞ』という老人からのメッセージ。
鼻で笑い飛ばすにはこれまでのインパクトが強すぎるし、ヨミと違って昨日の心霊テロは実際に通行人がバタバタ倒れる様を海外メディアまでもが認めている。
怖い。
この映像を見てしまって良かったのだろうかと、今更ながら不安になってくる。
そう感じているのは俺だけじゃないだろう。
そんなことを考えていたら、老人が着物の前を大きくはだけた。
そして手に持った短刀を首に当てて頸動脈を傷つけ、老人の体とは思えない量の血が首から吹き出した。
「…………」
嘘だろ。
ふらついた老人がガックリと項垂れて血がダラダラと流れ落ちる。
カメラの後ろにいる大勢の叫び声が聞こえてくる。
パニックが起きる中で震えるカメラが老人に近寄っていく。
トシも怖いのだろう、カメラはブルブル震えながらもしっかり老人を捉えている。
老人の膝に置かれた箱らしき物から黒い煙が立ち上って、老人の口に吸い込まれていく。
タバコの煙を逆再生したような現象の直後、老人がスッと体を起こした。
死んでなかったのかと思ったが、トシがカメラを向けた老人の顔はまさしく死体という他ないほど確実に、命を感じられなかった。
パニクった配信者が軽口を言いながら老人に近づいて叫び声を上げた。

『ねえ!嘘でしょ…これ死んでるよ!』

その声に事態の深刻さを痛感する。
カメラの目の前で、テロ組織の親玉が自害してみせた。
同時視聴数は1000人を超えており、おそらく録画なりして世界中に拡散されていくことだろう。
首謀者の自殺というこれ以上ないほどのインパクトでトラウマを植え付けられた視聴者はどうなる?
『都市伝説トシちゃんねる』や現場にいる配信者達のチャンネルはどうなる?
様々な考えが頭を駆け巡る中、俺はさらに信じられない光景を見た。

震えるカメラの向こうで、どう見ても死んでいるとしか思えない老人が立ち上がったのだ。
『…ぁあ……ぇ……あぁあああ……』
不気味な呻き声を発しながら、老人はフラフラと歩き回り、やがて篠宮さんの隣に立っていた爺さんを追いかけ回し始めた。
「…………」
もはや現実とは思えない映像にふと冷静になる。
ブラウザに新しいタブを追加して別の配信者のチャンネルを表示する。
トシのカメラとは別の角度から、動き回る血まみれの老人をライブ配信しているのを見て、これが現実に起こっていることだと再確認する。
「…………マジか」
配信を見始めて10分も経っていないのに、俺はもうすでに画面を閉じたくてたまらない。
その後、篠宮さんの仲間と思しき霊能者が色々やって、天道宗のオッサンや坊さん達が力尽きたように倒れていくのを、さまざまなチャンネルの映像で眺めていた。

信じられないことに配信はその後さらに10分ほど続いた。
すぐに配信が停止されると思ったが、動き回る老人の様子からフェイクだと判断されたのかも知れなかった。
篠宮さん達はこの後どこかへ移動してまだデモを続けるらしい。
配信が終わったのでTwitterをチェックすると、今まで見ていた配信を拡散するツイートで溢れていた。
それらの有力なツイートはビュー数も十万を軽く超えていて、英語以外の言語でも引用されているのがわかった。
「……どうするんだよこれ」
昨日の深夜から日本の心霊テロを追い続けていた海外のメディアやネットユーザー達はすでにこれらの騒動と天道宗を結びつけていて、天道宗のトップがカメラの前で自害した後にゾンビのような振る舞いをしていることを各国の言語で拡散している。
リアルタイムで次々と記事が作成されTwitter上を飛び交っていた。

「…………」
気になって日本最大手の通信社のサイトを開いてみると案の定、天道宗や心霊という文字はどこにもなかった。
「何やってんだよほんと」
言いつつ日本の大手新聞各社のニュースサイトを巡っても、どこにも天道宗や自殺ライブの報道はなく、昨日の事件をあくまで毒ガステロとして扱っている。
相変わらずの尻込み報道に情けなくなってため息をついたが、それらの新聞社が運営しているネットニュースのサイトでは『心霊テロ』『天道宗』『大霊障』の文字がトップページに踊っていた。
新聞誌面やオフィシャルではまだ堂々と扱わないものの、ネットではすでに大手メディアも天道宗や大霊障を扱い始めた。
海外メディアの報道に押される形なのが情けないが、この流れなら日本のマスコミも大々的に取り扱い出すのは時間の問題だろう。
大霊障。
まさか海外から先に認定されるとは思っていなかったが、ようやく大手メディアでも天道宗の企みが晒され、同時に『悪霊の箱や彼らの呪いが実行力を持っている』という恐怖に国民は立ち向かわなくてはならなくなった。

ニュースサイトを見ているだけであっという間に時間は過ぎ、コウ老師が入会希望者に披露するデモンストレーション終了の時間が来たので、俺はパソコンを閉じて鞄に詰め立ち上がった。

続きます。

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やこう

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-第七作 呪の曙(しゅのあけぼの)

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