オリジナル作品 外国人労働者

外国人労働者03

投稿日:2019年5月26日 更新日:

中野の工事現場で彼と雪村君を広い、伊賀野さんに指定された場所へと向かう。

先方との面会場所は横浜のとあるホテルの一室だった。

中華街からそこそこ離れた場所にある控えめなホテル。

安宿とまではいかないが、お世辞にも豪華とは言えない一般的なホテルだった。

 

「…………」

伊賀野さんは有名な霊能者と言ってた気がするが、お金持ちではないのかもしれないな。

なんとなく中華街で円卓を囲んでるイメージをしていたから調子が外れた気がする。

 

「…………」

そんなこと考えていても仕方ないので受付を素通りしてエレベーターへ乗り込む。

7階。

その最奥の710号室が指定されている部屋だった。

一呼吸ついてチャイムを押す。

さて、鬼が出るやら邪が出るやら。

はたまた御仏の救いが現れるのか。

 

カチッと音を立てて内側から鍵が開けられる。

続いてドアがゆっくりと開く。

ドアの陰に入らないように立ち位置を変える。

中から顔を覗かせたのは伊賀野さんだった。

 

「こんにちは。早かったのね」

「ええまあ、道が空いていて助かりました」

「お久しぶり。お元気そうでなによりです」

「ええ、伊賀野さんもお元気そうですね」

2年前に死にかけたとは思えないほど、目の前の伊賀野さんは生命力に溢れているように見える。

「どうぞ入って。先方はまだ到着してないみたい。私は仲介してくれた友人とここに来たんだけど、その人も電話しながらどこかへ行っちゃったわ」

 

世間話などをしているとチャイムが鳴り、返事を待たずに開けられたドアから一人、スーツ姿の男が入ってきた。

先方か?

あるいは伊賀野さんの友人か?

伊賀野さんの顔をチラと見ると驚いたような表情だ。

ということは入ってきたのは先方なのだろう。

その男は部屋の中に早回しのような身のこなしで入ってきて頭を下げた。

「こんにちは。私の名前は皓(ハオ)・宇玄(ユーシュエン)です。先生の命により、あなた達の手助けをするためにここへ来ました。どうぞ、よろしくお願いします」

外国人独特の、アクセントがバラバラな日本語でとても流暢に喋る。

これなら通訳は問題ないだろう。

「あの、郭 (コウ) 先生というふうに伺っていましたが、違うのですか?」

伊賀野さんが尋ねる。

「はい。先生は今ちょっと席を外しておりますので、代わりに私が来ました。通訳だけなら無料でお手伝いできます。術(ジュツ)を使えとおっしゃるなら、それはお金が必要になります」

なるほど。

通訳程度なら無料でお手伝いしますよってことか。

それにしても術か、気になる。

やはりキョンシーと戦うようなサイキックな感じなのだろうか。

「あなたがイガノさんですね?」

はい、と伊賀野さんが頷く。

「ご紹介してもらったヨシトミさんは今、先生のお手伝いをしています。私の代わりに運転手ですけどね!ハッハハハハハハ!!」

ハオさんは陽気でよく喋る。

スーツ姿も相まって霊能者というより中国人ビジネスマンといった感じだ。

「それで、患者さんはどなたですか?」

「ああ、彼です。私達は彼の面倒をみることになった者です」

「術を使うのはどなたですか?」

術。

除霊は術というより儀式だが、彼らの認識では術でいいのかも知れない。

「私です。私はお坊さんをやっておりますので」

「おぼうさん………ああ仏教の僧侶ですね!わかりました。それでは私はあなたのお手伝いをします!」

「はあ、ええと、よろしくお願いします」

「はい!」

ハオさんはニコニコと楽しそうだ。

信用して良いのかわからない状況ではあったが、信用しないと何も始まらない。

あの父親も通訳が中国人の方が安心できるだろう。

「それで、どこでやりますか?ここでやっても構わないのですか?」

そう聞いてみる。

できれば自分の寺でやりたかったが、今は住職がいる。

「はい。ここは先生が借りている部屋で、結界が張ってあります。霊が暴れても壊れるようなことはありません」

というわけでこの部屋で再度、彼の除霊をすることになった。

 

「…………」

ぶん投げる気でいたので正装は持ってきていなかった。

私服のまま除霊の準備を行う。

そこそこの広さがあるリビングの真ん中に彼を座らせ、窓を開けておきドアも少し開けておく。

親子の霊が入ってきやすいようにだ。

彼の前に正座してお経をあげる。

周りで見ているのが雪村君だけならともかく、伊賀野さんやハオさんがいるのでいつもより緊張する。

伊賀野さんは静かに、ハオさんは楽しそうに除霊の開始を見守っていた。

不意に室内の温度が低くなった。

風は吹いていない。

そして玄関のほうに気配が生まれるのがわかる。

「来た」

ハオさんがそう呟き、伊賀野さんが身構えるのがわかった。

お経を続ける。

あの時よりも慎重に様子を見守っていた親子の霊が、ゆっくりと部屋の中に入ってくる。

お経の終わりを待っているのがわかる。

お経を終えて顔を上げると、昨日と同じように親子の霊が俺を見下ろしていた。

「やあどうも……ニーハオ」

笑顔を作ってそう声をかける。

父親と女の子を交互に見ると、やはり女の子は何事かを呟いていた。

笑顔で頷いてからハオさんに声をかける。

「女の子が何か言ってるんですが、聞こえますか?」

「いえ、私には何も聞こえませんでした」

ハオさんはこともなげに応える。

どうやら女の子は口を動かすだけで声を発してはいないようだ。

「ハオさん、こっちへ来てもらえますか?」

そう声をかけると、ハオさんは風のように軽やかに俺の隣に立った。

「こちらが親子のオバケです。父親の方はコミュニケーションが取れますので、彼の言い分を聞いてもらえますか?」

「はい」

そう言ってハオさんは中国語で父親の霊に語りかけた。

 

「△△□◯◯◯。□□□◯△△。△?◯◯□□△△?」

父親の霊は憮然とした顔で応える。

「◯◯◯◯△△。□□◯△」

「△△◯□△。□□?◯◯□□□◯◯△」

「△。□□△◯◯」

ハオさんの問いかけに対して父親の反応は簡潔だ。

しばらく問答を繰り返してハオさんが俺の方に向き直る。

 

「どうやらこの親子は彼達に殺されたようです。恨みを晴らすために彼を痛めつけてから殺すと言っています」

おおう。

なんという急展開。

いや、当然か。

「え?……ええと……もう一度いいですか?できれば何を話したのかも教えていただきたい」

「はい」

ハオさんは頷いて喋り出した。

「まず私は自己紹介をして、あなたのために通訳をすることを彼に伝えました。それでどうして彼に取り憑いているのかを彼に尋ねました。彼は自分達が彼に殺されたから、彼を殺すのは当然だと言いました。それで私は彼にちょっと待ってくれと言いました。そしてあなたに説明しました」

「…………」

うーむ。

彼彼彼彼……。

呼び方をなんとかしないと混乱するな。

「なるほど。それでですねハオさん、まずはお互いの呼び方を把握したいんですが。私は笠根、あなたはハオさん、父親とお嬢さん…は別にいいですけど、それから取り憑かれている彼。それぞれの名前を聞いてもらえますか?」

そうして判明した各々の名前がこうだ。

笠根……俺。

ハオさん……通訳担当。

ホンさん……父親の霊。

リーさん……取り憑かれた彼。

 

それからハオさんがホンさんに問答を繰り返している間、リーさんは強張ったり恐れたり不貞腐れたりと百面相をしていた。

 

ハオさんが訳してくれたホンさんの事情はこうだった。

 

「まず、ホンさん親子はリーさんとその仲間によって殺されました。リーさんは中国で暴力団をやっていて、

ホンさんは彼達に家を売るように脅されてた」

リーさんを見ると、ばつが悪そうに地面を見ていた。

どうやら本当のことらしい。

「ホンさんの奥さんが彼達に拐われて、ホンさんが助けに行ったらもう殺されてた。家に帰ったら娘さんが縛られていた。娘さんの縄を解こうとしていたら家に火がつけられた。それでホンさんと娘さんは死にました」

ハオさんはリーさんを横目で見つつ話を続ける。

その目のあまりの冷たさに背筋が寒くなる気がした。

 

親子の霊は動かない。

 

「私としては、リーさんを助けてあげる必要はないと思いますよ」

ハオさんが言う。

「先ほどの会話の中でホンさんが嘘を言っているなら、リーさんはそれを否定すればいい。何も言わないということは、ホンさんが嘘を言ってないということになります」

確かに。

「はっきり言ってあれですわ……なんでしたっけ日本語……ああそう!……クズですわ!助ける必要あるとは思えない」

なるほど。

そうきたか。

 

フームと考えるふりをしてハオさんの言葉を受けとめる。

ハオさんの言葉が止まる。

雪村君を見る。

何がなんだかという顔でボーッと俺達を見ている。

「だそうだよ、雪村君。彼の自業自得だから無理してまで関わらないってのも選択肢の一つだね」

雪村君は俺を見た後、彼を見て考え込んでいる。

「そっすよね……どうしたら……どうしましょう?」

「とりあえず君の先輩に相談したら?助ける必要を感じないほどの自業自得で、取り憑いてるオバケは超厄介な武闘派で、私だけじゃなんともならないからプロの手を借りる必要があるけど、その場合はお金がかかるし国際的な契約だからいくらかかるかもわからないって」

ありのままを伝える。

「そうですね……わかりました……」

そう言って雪村君はスマホで電話をかけ始めた。

 

その時、リーさんが大声を上げてホンさん親子の前に跪いた。

手を合わせて何かを訴えながらしきりに頭を下げている。

ホンさんは跪くリーさんの胸ぐらを掴んで引き上げ、首を絞めながら大声で怒鳴りつけている。

会話の内容は不明だが、どんなことを言っているのか察しがつく。

 

「なんて言ってます?」

一応ハオさんに尋ねる。

「許してくれ、俺も騙されていた、仲間に言われて仕方なくやった、そんな感じです」

だと思った。

フームとため息をついて彼らの様子を眺める。

ホンさんはリーさんを投げ飛ばし、さらに這いつくばったリーさんの背中を足で踏みつけている。

「痛そうだなあ」

思わず呟く。

「はい」

とハオさん。

「悪党とはいえ、目の前でいたぶられるのを見ていると、止めたくなりますね」

「はい。ですがホンさんは強力な霊ですよ。あそこまで姿がはっきり見えるのは中国でもなかなかいない」

「そうなのですか?」

「はい。日本も中国も霊自体はあまり変わらない。そういうものでしょう?」

「まあそうですよね」

そうこうしている間にもホンさんはリーさんをボコボコにしている。

殺すまでやるのだろうか。

「…………」

やるんだろうな。

どうしたものか。

 

「笠根さん」

と、それまで黙っていた伊賀野さんが声をかけてきた。

ハオさんと二人して伊賀野さんに向き直る。

「どうするの?本当に見捨てる?」

うむむ。

「どうしたもんですかねえ。お坊さんとしてはリーさんが改心するならなんとかしてやりたいとは思うんですが」

「その場合はハオさん達に頼むためのお金を用立ててあげるってことでしょ?」

「まあそうなりますよねえ。言葉が通じない以上、伊賀野さんだって強制的にやっつけようとするなら危険なことは確かでしょ?」

「そうね。私がやるにしてもハオさんの通訳は必要だから、結局のところハオさん達にお願いしちゃうのが手っ取り早いかな」

「あとはハオさんサイドの胸先三寸ってことですか」

そう言ってハオさんに目を向ける。

いくら請求するつもりなのかで今後の展開が大きく変わるからだ。

「私ですか?私なら見捨てますよ!」

ハオさんはニッコリ笑って言い切った。

「もしも仕事として頼むというなら、一度先生にお話をしなければいけません。どうしますか?」

個人的に安く請け負うつもりはないぞということだ。

完全にビジネスマンに見えるな。

いつか出会った嘉納康明のような銭ゲバ感こそないものの、やるならやるで報酬はきっちり貰うぞと思っているのがはっきりとわかる。

 

ホンさんは一通り痛めつけて気が済んだのか、女の子と共に消えてしまっていた。

床でグッタリしているリーさんの容体を確かめる。

とりあえず大事は無さそうだ。

「…………」

ため息が出る。

可哀想だが人殺しの末路だと思うとなんとも言えない。

 

ふと思い出して雪村君に声をかける。

「雪村君、先輩はなんだって?」

「あ、えーと、10万くらいなら出すって」

ほほう見上げた先輩だ。

関係先とやらに恩を売るのも大事な立場なのかもしれないな。

ハオさんに向き合う。

「ということです。リーさんの雇い主は10万なら出せるそうですよ」

「ハッハッハハハハ!その値段では先生に電話することは出来ないですね」

ハオさんはノンノンと人差し指を振って答える。

「ですよねえ。では私も10万出します。お坊さんの安月給なんでこれでなんとかしてもらえませんか」

「カサネさん、あなた良い人だ。でもどうしてリーさんのためにそこまでするんですか?」

ハオさんが興味深そうに俺の顔を覗き込む。

「お坊さんとしてはね。ただ見捨てるってのは抵抗があるので」

「なるほど。それでイガノさんはいくらですか?」

「え?私も?」

伊賀野さんは突然振られてびっくりした様子だ。

「カサネさんは10万円。イガノさんは?」

「えー……じゃあ…私も10万……出すわよ」

なんてことだ。

とんでもないとばっちりだ。

「伊賀野さんいいんですか?」

慌てて伊賀野さんに問いかける。

伊賀野さんは不満そうに口を尖らせている。

「いいわけないでしょ?でもなんとなく乗っかっちゃったのよ。いきなり振られてびっくりよ」

「すいません。後でお返ししますから」

「いいって。ハオさんを紹介してもらったのは私なんだし。笠根さん、ちょっと良い人すぎるんじゃない?」

嫌味と共にジロっと睨まれる。

「いやあ面目無い」

「財布の紐が緩い男は信用されないよ?」

「おっしゃる通りで…はは……」

「では決まりですね!イガノさんもカサネさんも好い人です!先生に電話しますからちょっとお待ちください」

ハオさんがホクホク顔で電話をかけはじめる。

しばらく電話で話した後、こちらに向き直った。

「先生からOKと言われました。先生が来るまで私がホンさんの相手をします」

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やこう

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