実話怪談

バ怪談・調子に乗ってたんすよ

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おバカバーテンダーのジュン君 昔話その2
前話はこちらから

田舎から東京に出てきてフリーターをやっていた頃。
友人宅で飲み会をやっていた時。
前触れもなく「え゙え゙え゙え゙え゙」という声が喉から出てきた。

「え゙え゙え゙え゙え゙」
自分では制御できないどころか、口が『え』の形に開いたまま閉じることすらできない。
まるで口だけ金縛りになった状態で喉が痙攣している。
「え゙え゙え゙え゙え゙」
「なに?なにやってんの?」
友人の1人が真顔でツッコミを入れた。
「いや俺もよくわか…え゙え゙え゙え゙え゙…なにこれ」
人間の声というより、鳥か爬虫類が喉を鳴らすような音。
エとデを合わせたような短音を高速で発声する自分に、またジュンがバカなことやり出したと苦笑する友人達。

「え゙え゙え゙え゙え゙」
息継ぎをする間こそあれど、変な音は自分の喉から発せられ続ける。
「え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙」
「いやほんと何それ?」
「え゙え゙え゙え゙え゙…待って待って。止まらないんだけど」
やがてジュンくんの尋常ではない様子に気づいた友人達が不審気に彼を観察し出した。
「ジュン君?マジ大丈夫?」
その後付き合うことになるA子さんが彼の側に寄ってきて心配そうな顔をする。
A子さんに何かを言おうとした時、ジュン君は自分が口を大きく『え』の形に開けたのに気がついた。
「え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙」
ひときわ高い声でその音を発しながらもジュン君の目から涙がポロリと出た。
意味不明な現象がとにかく怖かったし、好意を持っていたA子さんにこんな醜態を晒しているのがとても恥ずかしかったという。

次の瞬間、パチーンとA子さんが彼の頬っぺたを叩いた。
「めっちゃキモい。それやめて」
A子さんは笑い半分、怒り半分の様子で言った。
頬を叩かれたショックなのか、A子さんに叩かれたショックなのか、その場はそれで収まったという。
「何だったの今の?」
ジュン君はA子さんにそう聞いた。
「知らないよ笑。何の真似してたわけ?」
A子さんはまだジュン君がわざと変なフリをしていたと思っている。
後から聞いたことだが、A子さんはもしかしたら彼が変な薬物でもやっているんじゃないかと本気で疑ったという。
その場合はこれ以上仲良くなるのをやめようと思ったと。

その後も脈絡のないタイミングで「え゙え゙え゙え゙え゙」という音が自分の意思に反して喉から出てくることが続いた。
スーパーで買い物をしている時や、A子さんと一緒に彼女の愛犬の散歩をしている時など、なんの前触れもなく突然その音は喉から出てくる。
そしてしばらく時間が経つか、A子さんや親しい友人が彼を引っ叩くかするまで止まらない。
ジュン君はほとほと困っていたが、しゃっくりみたいなもんだと無理やり思い込んでやり過ごしていたという。

こういうことは初めての経験ではない。
子供の頃から不思議な体験をしてきた彼は「またか」というウンザリした気持ちでその現象を受け止めていた。
きっかけなどに思いあたることはない。
別に最近心霊スポットに行ったわけでもなく、事故物件に住んでいるわけでもない。
あえて言うなら小学生の頃にこっくりさんをやったくらいだ。
そういう心当たりがないまま何の脈絡もなく、人だか動物だかよくわからないモノの霊に取り憑かれてきた彼は、自分が呪われているのだと思っていた。

そんなある日、正月の三ヶ日に町を歩いていると小さな無人の神社が目に入った。
何の気なしにフラッと境内に入り、人気のない神社で東京に来て初めてのお参りをした。
参拝の作法なども知らず適当に頭を下げて手を打ち鳴らす。
するとまた喉から「え゙え゙え゙え゙え゙」と音が出た。
またかと思った瞬間、「え゙え゙え゙…」
ふいにその音が止まった。
口は『え』の形に開いたままで、喉はヒクヒクと動いて音を発しようとしているのがわかる。
しかし音は出てこない。
「…………」
やがて喉の痙攣がおさまり、口を閉じた彼は、何となくもう大丈夫だと思ったという。
手を合わせたままきつく目を閉じて「ありがとうございます!ありがとうございます!」と気持ちをたっぷり込めて呟いた。
そして境内を見渡してホウキとチリ取りが立てかけてあるのを発見し、境内をくまなく掃除して帰ったという。

それ以来その現象は起きないままひと月ほど経ったある深夜、うるさいなと思って目を覚ました彼は自分が「え゙え゙え゙え゙え゙」と大きな声を発しているのに気が付いた。
夢かと思ったが違う。
体は自由に動くので彼は飛び起きて窓を開けた。
先日の神社があるだろう方向に目を向ける。
そして彼は「え゙え゙え゙」と音を発しながらも神社の方角に向かって手を合わせた。

「一回神社でうまくいって調子に乗ってたんすよねえ」
バーカウンターの向こうでジュン君は首を斜めに折って項垂れる。
「自分でもバカなことしたって思いますよ」
神妙な顔で反省を口にしてからジュン君は話を続けた。

窓を大きく開け放った彼は神社の方角に手を合わせた。
「え゙え゙え゙」が途切れたタイミングで彼は目をつぶり「お願いします!お願いします!」と神様に向かって祈った。
その途端、彼の喉からまた「え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙」と大きな音が溢れ出た。
息を吐ききって苦しくなっても止まらず、手を合わせた状態で体は動かない。
金縛りになったまま彼は、大きく開け放った窓から外に向かって「え゙え゙え゙え゙え゙」と叫んでいた。
唯一自由に動く目で窓の外を見ていると、道を行く人が彼のことを怪訝な顔で見上げて通り過ぎていく。
恐怖と羞恥で半ばパニックになりながらも彼はしばらく叫んでいたという。

気が付くと朝になっていて、開け放たれた窓から上半身を乗り出した体制で目を覚ました。
窓に引っかかるようにして眠っていたために胸の下あたりがものすごく痛かった。
寒いし痛いし怖いし恥ずかしいしで、「なんなんだよもう」と一人ごちて少し泣いたという。
やがて空腹を感じて立ち上がり、シャワーを浴びてまず神社に向かった。
コンビニで買ったおにぎりを賽銭箱の前に置いてから1000円札を入れる。
コトがコトだけに1万円にしようと思ったが財布の中には1000円札が数枚しかなかったという。
そして手を合わせて神妙な気持ちで「お願いします!」と繰り返して、境内を掃除してから改めてコンビニで朝食を購入して自宅に戻った。
それからも喉がひくつくような感覚がするたびに神社へ行ってお参りをしている。
お参りをするだけで一時的にせよ収まるのはいいのだが、今でも根本的な解決には至っていないという。

余談だがジュン君は今時の若者らしく言葉使いがやや砕けている。
彼がバーのお客などに「ありがとうございます」と言う時は「あざーす!」と聞こえる。
悪ふざけしているわけではなく、単に早口で言い切っているだけで、本人はしっかり「ありがとうございます」と言っているつもりなので、聞いている側も特に悪い気はしない。
同様に自宅での様子を再現してくれた時の「お願いします」も「おなしゃす!」に聞こえた。
お参りするだけで低級霊が取れるというのは良く聞く話だが、作法も知らないジュン君が小さな声で「あざーす!あざーす!」と祈ったとして神様にはどう聞こえたのだろうか。
ましてや自宅の窓から神社の方角に向かって「おなしゃす!おなしゃす!」と唱えたところで、それは神様に聞こえてすらいないだろう。
やんわりとそう伝えるとジュン君は「マジっすか」と目を見開いていた。
「神様のことを友達扱いするのは勝手だけど、神様はジュン君のことを友達だとは思っていないから、変に神様を利用して対処しようとしたことで、その怪異を怒らせるハメになったんだと思うよ笑」
という私の言葉にジュン君は大いに驚いてから項垂れた。

「マジで俺呪われてるんすよ絶対!」
今日もバーカウンターでそう言って笑うジュン君に悲壮な様子はないので、ひとまずこのまま注目していきたいと思う。

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やこう

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