前話はこちらから。
「ホッピングあるじゃないっすか。ピョンピョンするやつ」
バーカウンターの向こうで小さくジャンプして見せるジュン君。
「そいつ多分ですけどホッピングやってて死んだんすよ」
小学生の頃、彼は学校からの帰り道で不思議なモノを見た。
その日は体調不良で欠席した友人のS君の家に、クラスメイト達と学校のプリントを届けに行った帰りでいつもの道ではなかったという。
なんの変哲もない住宅街の路地の向こうに、一人でホッピングをする子供の姿があった。
下級生だろうか、その男の子は自分達よりも早い時間に帰宅して一人で遊んでいるらしい。
その脇を通り過ぎる時、ジュン君はその男の子の方を見ないようにしていた。
近づくにつれてその男の子の異様な様子に気づいていたからだ。
見るからに血に塗れた衣服で、陥没した頭からは血だけではなく白っぽい何かを垂れ流している。
「楽しいんでしょうね。頭から脳みそこぼしながら笑ってんすよ」
その男の子は血まみれのまま、楽しそうにホッピングをやり続けていたという。
ジュン君達に気づいた様子はない。
友人達もその男の子に気づいた様子はない。
自分にしか見えていないと気づいて彼は、かなり手前からその男の子を見るのをやめて気づかないフリをした。
それが遅かったと気づいたのは、その男の子を無視して通り過ぎた後だった。
カシャコン、カシャコン。
ホッピングを飛ぶ音が後ろから聞こえる。
友達と別れて一人になり、自宅へと向かう頃になってもその音はジュン君の後をついてきたという。
近づいたり離れたり、一定の距離を保ちながらその音は確実に彼を追いかけている。
「うわ〜来てるじゃんって思いながらですね、それでも無視して急いで帰ったんすよ」
決して振り返らず、かといってあからさまに走って逃げることもせず、できる限りの早足で歩いた。
ようやく家に帰りつくと、その男の子は家の中にまでは入ってこなかったという。
夕食後、彼は2階の自室で兄と対戦ゲームをやっていた。
ジュン君と兄がそれぞれのキャラクターを操り、パンチや必殺技で相手の体力を奪っていく格闘ゲームと呼ばれるタイプだった。
テレビ画面に向かって右側がジュン君、左側が兄、兄の向こう側には窓という配置だった。
ジュン君から兄を見ると、その向こうに窓がある。
ゲーム中にふと気になって窓に目を向けると、窓の外でホッピングをする男の子と目が合ったという。
カーテンは開いたままで、窓は閉まっている。
カシャコンという音は聞こえない。
2階にある窓の外で、まるでそこに地面があるかのようなタイミングでピョンピョン跳ねる男の子がいた。
抉れた頭から血と脳漿のようなものを垂らしながら、楽しそうに満面の笑みを浮かべてジュン君を見ている。
恐ろしさよりも気味の悪さを感じてすぐさま彼は目を逸らした。
兄に気づいた様子はない。
そのまま対戦が始まったのでジュン君は窓の外を無視してゲームに集中したという。
ゲームをしながらも目の端に飛び跳ねる男の子の姿がチラつく。
目が合ったのは男の子も気づいているだろうが、それでも気づかぬフリをしてなんとかやり過ごそうと思った。
そんな状態が続くとジュン君にも慣れが生まれてくる。
すっかりゲームに夢中になって男の子のことは認識しつつも怖いと思わなくなっていた。
やがてゲームも単調になってきたのに飽きたのか、ジュン君はジャンプ攻撃を繰り返すようになった。
窓の外で飛び跳ねる男の子のリズムに合わせてジュンくんもキャラをジャンプさせて攻撃する。
トリッキーな動きに最初は苦戦した兄だったがやがて順応し、ジュン君の攻撃は避けられ反撃されるようになる。
「まあそうだよねって感じなんすけど、俺その時ムキになっちゃって」
その後もジャンプ攻撃に固執するジュン君。
兄は彼の様子に『縛りプレイ』だと勘違いをしたらしく、受けて立とうと兄もジャンプ攻撃をするようになった。
縛りプレイとは「⚪︎⚪︎という枷(縛り)を設定し、そのルールに基づいてゲームしなければならない」というもので、この場合は『ジャンプ縛り』ができていた。
これが楽しい。
ジュン君も兄も真剣に縛りプレイで対戦し続けたという。
窓の外では男の子の霊がホッピングを続け、そのリズムに合わせたジュン君と、そんなことはまるで知らず縛りプレイだと思い込む兄。
カオスな状態はその後しばらく続いたという。
やがてゲームを終える頃にはジュン君の中に恐怖や気味の悪さは残っていなかった。
何気なくふと窓に目を向けると、男の子は涙で顔をグシャグシャにしながらホッピングを続けていた。
ずっと無視されて辛かったのか、ジュン君と兄だけがゲームでピョンピョン跳ねているのが羨ましかったのか、男の子はとても悲しそうな顔で泣きじゃくっていたという。
「悪いことしちゃったなと思ってですね、そいつのこと見ないようにしながらカーテン閉めたんすよ」
次の日にカーテンを開けると、さすがに男の子はいなくなっていたという。
その後はしばらくその道を通ることはなくなり、男の子と再会することもなかったという。
「成仏してくれてるといいんすけどねー」
そう言って笑うジュン君の様子にツッコミを入れる気にはなれず、この話は切ないエピソードとしてご紹介することに決めた。