第六作 闇の鳴動

第一部 一話 霊能者インタビュー 嘉納康明 1

投稿日:2020年9月3日 更新日:

月刊OH!カルト創刊30周年記念企画である「歴史ミステリー徹底検証!幻のオーパーツ大特集!!」という編集長キモ入りの一大プロジェクトはじつに無残な結果となった。

カラー写真満載でこれでもかと世界各地のオーパーツを紹介したものの、読者から帰ってくる反響は「ふーん」程度のものしかなく、私をはじめとした編集部の面々も、ああやっぱりねという顔で結果をスルーすることにした。

苦虫どころかイナゴの佃煮が歯にはさまったような顔でオフィシャルサイトのアクセス数をチェックしていた同僚がため息をついてノートパソコンを閉じた。

ひとり大満足といった様子で紙面を読み返していた編集長だが、どうすんのこれ?という編集部の空気はさすがに感じているらしく、ゴホンとわざとらしく咳払いをしてから口を開いた。

いわく、30周年という節目の年であるから、単発の企画だけで終わらせるのはもったいない、年間通してできる企画を考えたので是非やってみないかというものだった。

 

その企画というのも、先日の怪談ナイト騒動の際に霊能者数名による合同の除霊を実現した私が仕切り役となって、毎月1人ずつ霊能者にインタビューしていくという、なんとも他力本願というか私にぶん投げるだけの、じつに安直な企画だった。

 

同僚たちの冷めた雰囲気の中、私としては渡りに船だった。

あの時に集まってくれた面々の確かな実力に眼から鱗を落とした私は、近いうちに是非とも取材をと密かに目論んでいたからだ。

そんな私の内心を知ってか知らずか、不思議なシンクロによって編集長から出された提案に、私は真っ先に賛同の意を表明した。

 

同僚たちもそれぞれに有名な霊能者を担当してあたってくれることになり、年間通してのインタビュー連載プロジェクトは実現する運びとなった。

私の担当は先日集まってくれた数名。

平野さんはおそらく取材NGだと思うので、神宮寺さんとか和美さん連雀さんあたりを考えていたら、最初の1人目はぜひ嘉納康明でと編集長が注文をつけてきた。

なんでも私からの報告を聞いて編集長がいちばん興味を持ったのが嘉納であるらしく、もともと日本で最も有名な霊能者の1人ともいえる人物なので、ミーハー気質の編集長が最初に指名したのが嘉納だった。

不思議なシンクロはどうしたのかと思いながらも、予算を通してくれる編集長の意見は無視できないので、仕方なく最初の取材先は嘉納康明ということに決まった。

 

「…………」

嘉納心霊研究所と書かれた大きな看板を見て軽く嘆息する。

正直言って、気が重い。

あの睨みつけるような不躾な視線を思い出すと、自然と口がへの字に曲がってしまう。

一応、前もって電話して秘書さんを通じて訪問の予定は伝えてある。

本日訪問して良いか尋ねたら問題なく会えるとのことだった。

 

「…………」

別に嫌われているわけではない。

私が一方的に苦手に感じているだけだ。

むしろ私の方が嫌っていると言っても間違いではない。

母から聞いていた昔のこと。

テレビなどで見かける偉そうな態度。

それだけで私の嘉納に対する悪印象は固定されていた。

先日の合同除霊では看板に違わぬ実力を見せて私の認識も改まったのではあるが、それでもあの偉そうなキャラは好きにはなれないのだ。

美味しんぼの主人公になった気持ちでインターホンを押す。

すぐに女性の声で応答があり、カチッと音がして大きな門扉が開いた。

石畳を歩いて玄関の前まで行くと、見計ったように扉が開いて若い女性が出てきた。

優雅にお辞儀をして「お待ちしておりました」と微笑む。

そのまま応接室へと案内され、大きすぎるソファに浅く腰掛ける。

贅沢な屋敷に面食らっていると、数分とたたずに嘉納が応接室にやってきた。

いつものように和装で白髪混じりの髪をオールバックに撫でつけ、猛禽のごとき視線でギロリと睨みつける。

いや、睨んでいるつもりはないのだろう。

しかし見られているほうは睨まれているとしか思えない。

やっぱり苦手だ。

 

「どうもお久しぶり、というほどでもないですな。どうしたんです急に」

挨拶もそこそこに嘉納が問いかけてくる。

 

実は嘉納に訪問の目的は告げていない。

打ち合わせたいことがあるとだけ伝えてあるのだ。

というのも嘉納がすんなりとインタビューを受けてくれる気がしなかったからだ。

電話なりメールなりで取材を申し込んで、「お断りします」と言われてしまっては打つ手がない。

なのでインタビューについては直接交渉するのが良いと判断したのだが。

 

「どうも先日はお世話になりましてありがとうございました。実は先日お電話でもお伝えしたのですが、改めてお礼を兼ねて一連の件をご報告しようと思いまして」

そう建前の目的を告げる。

 

「ふむ。天道宗でしたか。妙な連中がいるもんですな」

「はい。どうにもいま現在活動してるかどうかも不明なんですが、例のあの箱がまだまだある可能性もあるわけで、放置するのも危険かなあと」

嘉納が話題に乗ってきてくれたのでそのまま続ける。

建前とはいえそちらも重要なのだ。

「そうでしょうな。私もそう思います」

「とは言ってもまるで手がかりがない以上、どこから調べたものかなあというのが正直なところです」

 

「先日お電話をもらってから、熊野で宿坊をやってる知り合いに連絡しておきました。何かわかったかもしれませんな」

そう言って嘉納は懐からスマホを取り出して電話をかける。

年相応におぼつかない感じでスマホを操作する姿を見て少しおかしく思う。

偉そうにしているが、人並みの不器用さも持っている普通のおじいちゃんなのだ。

それにしてもすでに手を打っていたか。

さすがにベテラン選手というのは伊達じゃない。

人脈というのは力だ。

 

何度も何度も思うが、私は嘉納を過小評価しすぎている。

どうにも先入観というか、色眼鏡で嘉納を見てしまう自分に呆れる。

私の印象がどうであれ、目の前にいるこの男性は間違いなく日本有数の霊能者なのだ。

わかってはいるのだがつい侮ってしまう。

これではライターなぞ務まらないのに。

改めて反省を深くして電話する嘉納に向き合う。

 

「ああどうも嘉納です。

はい、お電話大丈夫です?すいませんなあ突然、ええ、はい、それはどうも、それで例の天道宗という団体なんですが、何かわかりましたかな?ええ、ええ、ああそう、そうなんですか。

はい、はい、昭和11年。随分と昔ですなあ。はい、ええ、大正も?ははあ、なるほどなるほど、うーむ、いやあ充分ですとも、とんでもない、無理を言ってすいませんでしたな、いえいえ、ええ、いやこちらこそ、はい、はい、また年明けに伺いますので、はい、よろしくお願いします、はい、はい、それではこれで、ええ、はい、失礼致します、はいどうも、はい」

 

何か分かったのだろう。

私の方をチラチラ見ながら電話で話す嘉納。

昭和とか大正とか、また頭の痛くなりそうなワードが出てくる。

嘉納がスマホを操作して通話を終了する。

改めて私を見てふむ、とため息をついてから、

 

「詳しいことはわかりませんでしたが、大昔の宿帳に天道宗という記載があったそうです。いま電話したのは熊野で宿坊をやっている友人なんですが、そちらの宿坊には昭和11年と大正4年に天道宗という名前の団体が宿泊していた記録がある。いずれも20名ほどの団体だったそうです」

「ということは、少なくとも大正時代には天道宗は存在していた」

「そういうことになりますな。まあ、分かったのはこれくらいで、依然として謎の団体であるのは変わりない」

「それでも情報が出てきたのはすごい進展ですよ。嘉納先生」

わざわざ先生と付けたのは言い過ぎだったろうか。

あまり下手に出過ぎて、胡散臭い奴だと思われても良くない。

「先生はよしてください。別に学校で教えているわけでもない」

「いえいえ、私なんて零細出版社のいちライターですから。嘉納…さんとは立場ってのが違いますし」

予想通りか。

まあ悪印象は持たれていないようで安心した。

「篠宮さんのほうで何か新しい情報は?」

「いやあこれが全く……」

 

その後も憶測を交わしつつ、いくぶん和やかな雰囲気が出来上がった頃、私は本題に切り込む。

「ああそうそう、実はウチの雑誌で、今度新しい企画をやるんです」

さも思い出したように話題を変える。

ここからが本番だ。

「ふむ。オカルト関係の雑誌でしたかな」

「そうですそうです。月刊で出してる雑誌でして、一応30年続いてる老舗なんですよ」

「それは結構ですな。それでどんな企画を?」

よっしゃと心の中でガッツポーズする。

この流れならいける気がする。

 

「創刊30周年を記念して、年間通しての連載企画なんですが、有名な霊能者の方々にインタビューをさせていただいて、それをカラー写真付きで掲載するっていう」

このまま一気に畳み掛ける。

「その第一号を、ぜひ嘉納さんにお願いできないかと」

ふむ、と嘉納が腕を組む。

「構いませんよ。ちゃんとお仕事として依頼されるなら私としては別に断るなんてしません」

よしきた!とりあえずお断りは回避できた。

「ありがとうございます。ぜひお願いします」

「結構です」

詳しい内容や日程を詰めつつ、金額についても確認する。

「それで、取材費のほうなんですが」

ぶっちゃけこの業界に決まった価格なんて存在しない。

一応、相場みたいなものはあるが、こういう有名人だと言い値で提示されることもしばしば。

特に嘉納は……。

「ふむ。ウチの相談料が一律で20万ですから、その2回分ということでどうです?」

ほらきた。

金銭感覚おかしいでしょ絶対。

「いやあお支払いしたいのは山々なんですが、なにぶん零細なもので、もう少しお安くしていただけると助かると言いますか」

こちとら零細出版社だ。

いちいち取材に何十万もかけてられない。

「ふむ。おいくら?」

ぶっちゃけ1人当たり1ケタ万円でお願いしたいのだ。

せめて半額で……。

 

「相談料1回分でなんとか」

それでも20万である。

編集長に言ったら確実に怒られるだろう。

でもアンタが嘉納を指名したんだからね。

「ふむ。あんまり値段を崩すのも良くないので、間をとって30万ということにしましょうか」

「なんとかもう一声」

「ダメです。いくら頼まれても仕事は仕事。ウチの看板の問題なんですから」

「先生、そこをなんとかお願いします」

わざとらしく両手を合わせて上目遣い気味に小首を傾げ、可愛らしくお願いする私の愛嬌と色気を嘉納は、

「ふん。これ以上まかりませんな」

と鼻息で吹き飛ばした。

 

日を改めてインタビュー当日。

あらかじめ振り込んだ取材費は30万円也。

編集長の恨めしそうな顔を思い出す。

嘉納を指名したということはそういうことなので諦めてもらうほかあるまい。

まあ神宮寺さんと和美さんが心良く格安で引き受けてくれたおかげで、企画自体は存続できる。

嘉納にぼったくられたと泣きを入れた私に2人とも同情的だったので、まんまと甘えさせてもらったのだ。

 

カメラマンの木下くんと共に嘉納心霊研究所を再訪する。

インターホンを押すと先日と同じように秘書さんが応接室に案内してくれた。

ライトをセットして、録音機を机の上に置き録音状態にする。

ネットでの配信用に映像でも記録するからビデオカメラも三脚に固定して撮影する。

まもなく嘉納がやってきて簡単に挨拶を済ませた後、インタビューが始まった。

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やこう

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