オリジナル作品 第四作 深夜ラジオ

第二部 九話 専門機関・高頼寺

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高頼寺には30分ほどで到着した。
境内は広く、駐車場も20台ほど停められるスペースがある大きな寺だった。
相楽氏達が乗る高頼寺のワンボックスに並んで車を停める。
僧侶達が慎重に箱を境内へと運んでいく。
相楽氏が俺達に向かってこちらへどうぞというジェスチャーをする。
「まずは本堂で皆さんのお祓いをしましょう。本格的なお祓いは元凶の箱をなんとかしてからになりますが、取り急ぎ皆さんの体についた障りを祓います」
そう言って建物の方へ歩き始めた。
否応無しに着いて行く。

建物の中に入ると線香の香りが強くなり、自然と心強い気持ちになる。
相楽氏の後に続いて、本堂へと続くであろう廊下を進む。
建物は意外に新しく、旅館のような雰囲気だ。

本堂へ通されるとすでに箱が祭壇の前に置いてあった。
僧侶達が忙しなく何かを準備している。
箱を挟んで祭壇に向かい合う位置に、並んで座るよう指示される。
2列に並んで正座すると、オレンジ色の袈裟を着た相楽氏が俺達に向かい合う位置に正座した。
目の前には箱。
その向こうに相楽氏が座り、その奥に祭壇がある位置どりだ。
祭壇の両脇、対になる形でそれぞれ愛染明王、不動明王と筆書きされた大きな掛け軸が飾られている。

「ではこれから20分ほどお経をあげますので、皆さん手を合わせてください。正座が辛くなったら崩してもらって構いません。私が頭を下げたら皆さんも同じようにしてくださいね」
相楽氏が言葉を切って俺達の顔を見回してきたので、「はい」と声を出した。
皆も同様に返事をしたのを確認し、相楽氏が大きく頷いて手を合わせ、お経を唱え始めた。
準備を終えたらしい僧侶達が俺達を囲むように座り、相楽氏のお経に合わせてお経を唱える。
重なる声が増えるほどにお経は力強さを増し、ある種の凄みすら感じるほどの旋律となって俺達を包み込んだ。

どれほど読経が続いただろうか。
不意に誰かが呻く声が聞こえた。
その声に気づいた直後、うえぇと声を上げてスタッフの1人が嘔吐した。
僧侶の1人が駆け寄っ介抱し、吐き出したものを片付ける。
続いて何人かが嘔吐した。
どうやらお祓いの影響で嘔吐する者がいるようだ。
俺は吐き気は感じなかったが、読経が始まってしばらくして猛烈な寒気を感じ、それとは裏腹に全身から脂汗が出始めた。
小林さんは正座したまま前のめりになって動かない。
阿部ちゃんは熱に浮かされたようにフラフラと体を揺すっている。
全員がそれぞれの症状で何かしらの反応を示し、相楽氏達の読経が一層熱を帯び始める。

その状態でさらに読経が続く。
気がつくと寒気が引いており、寒さに震えていた体も落ち着きを取り戻していた。
周りを見ると阿部ちゃんも小林さんもスタッフ達も意識を取り戻したようにきちんと正座している。
そして読経の声が徐々にゆっくりになり、長く余韻を残すようにして終わった。
「終わりました。体の調子はいかがですか?」
相楽氏が穏やかにそう言った。
言われて体調を意識すると、先ほどまで感じていた倦怠感が消えているのに気がついた。
まったく意識していなかったが、お経をあげてもらう前までは確実に全身を倦怠感が覆っていた。
それが綺麗さっぱり消えたのだ。
全員がほうっとため息をつき、それぞれに安堵した表情で頷きあった。

それを見てまた大きく頷いて、相楽氏が口を開いた。
「これで皆さんの体に入り込んでいた障りは取り除かれました。あとはこの箱ですが、これに関しては今すぐどうのというわけにはいかないでしょう。こちらでお預かりして、時間をかけてお祓いしていこうと思います。構いませんか?」
もちろん。
もともとそのつもりだったのだ。
「はい。それでお願いします。ありがとうございます」
「皆さんは現状では大丈夫なので、今日のところはお帰りになっていただいて構わないのですが、時間も時間ですし、今日は泊まっていかれますか?」
ありがたい申し出だったが、明日は朝から東京で仕事がある。
民明放送の社長も今日だけならという条件で、皆で京都に来ることを許可してくれたのだ。
その旨を伝えると相楽氏はそうですかと笑って頷いた。
「ウチの温泉に浸かっていただく良い機会だったのですが、仕事なら仕方ありませんね」
ええー…と小林さんが残念そうに唸って、皆で少し笑って立ち上がった。
長いこと正座していたので足が痺れてくすぐったい。

「あの…放送を観た人達はどうすればいいでしょうか?」
と阿部ちゃんが相楽氏に質問した。
そうだ。
俺達は大丈夫だとして、リスナーさん達に及んだ霊障はどうすれば取り除けるのか。
「霊の本体はこの箱の中に潜んでいますが、放送を観た方々の中に今も障りとして残ってると思われます。なるべく早くお寺でお祓いを受けた方がよろしいでしょう」
「今すぐお焚き上げしてもらうわけにはいかないんでしょうか?」
そう聞いてみた。
「もちろん可能ですが、それで済むかどうか調べてみないと危険なんです。お祓いをしながら中の霊を観察して、可能ならどういう背景があるかを把握しないと、単に焼いただけでは霊が他に逃げてしまうこともあるので」
「そうですか……」
「それに今すぐお焚き上げをしたとしても、視聴者の方々には障りが残ってる。いずれにせよお祓いは必要ですね」
「……わかりました。ありがとうございます」
「お焚き上げが済んだらご連絡しますから、まずは取り急ぎ視聴者の皆さんに、お祓いに行くように説明してあげてください」

そうして俺達は東京へとんぼ帰りするために車に乗り込んだ。
帰りの運転はスタッフの1人がすることになった。
行く道での阿部ちゃんのストレスと疲労は半端じゃないはずだ。
阿部ちゃんは帰りも運転すると言ったが、半ば強引に後部座席に押し込んだ。

助手席に座ってスマホを取り出す。
ツイッターを起動する。
これから東京に戻るまでは、これしかすることはない。
車が走り出すと窓の外はすぐに暗闇に変わった。
「…………」
ため息とともに覚悟を決め、一気にツイートを投稿する。

近藤ジロー@怪談蒐集家『京都の高頼寺に心霊写真と箱を納めてきました。お焚き上げには時間がかかるとのことで、番組を観て心霊現象が起きてしまった方は最寄りのお寺でお祓いを受けてください』
近藤ジロー@怪談蒐集家『昨日からの報告やリプライには目を通していますが、件数が多すぎて対応しきれませんでした。亡くなった方、霊障に悩まされてしまった方にお詫び申し上げます』
近藤ジロー@怪談蒐集家『繰り返しますが、周囲でおかしな現象が起きてしまった方は早急にお祓いを受けてください』

投稿した途端にもの凄い勢いでリプライが返ってきた。
疲れてはいたが、お祓いのおかげで体は楽になっていたので、このまま東京に着くまではリスナーさん達とのやりとりに専念できるだろう。

うんざりするほどの説明と謝罪を繰り返し、東京に戻った頃にはヘトヘトになっていた。
暗い車内でスマホを見続けたため目が疲れてショボショボする。
とりあえずこれで騒動は収束に向かうだろう。
リスナーさんの中には俺や民明放送を訴えるみたいなことを書いている奴もいたが、それならそれで仕方ない。
警察に捕まるわけでもなし、何かしら具体的に罰を受けることはないだろう。
和解金など払ってしまったら次から次へと払わなければいけなくなるだろうし、被害の認定も難しいだろう。
世間的に悪者になるのは覚悟している。
とにかくこれ以上の被害は出ない。
それだけでも救われた気分だった。

京都の高頼寺が全焼したというニュースを見たのは、それから一週間ほど経ってのことだった。

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やこう

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