オリジナル作品 第四作 深夜ラジオ

第二部 十話 暗闇の惨劇

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京都から帰った翌日、仕事の合間にツイッターやLINEやメールで各種の問い合わせや苦情に対応しつつも、俺はすっかり油断しきっていた。
民明放送の会議室で番組を継続するかどうか揉めた時も、解決したのだからこのまま続けたいという意見を、阿部ちゃんと一緒になって思いきり主張した。
ありがたいことに訴訟を起こされなかったことも番組継続の後押しになった。

あの放送から一週間。
今夜のラジオでこちらが把握している全てをありのままに発表するつもりだった。
もちろん立花さんのことなどは言わない予定だが、勧請院さんが現在も目を覚まさないでいることは発表しようと思っていた。
リスナーさんの中にも同じような症状の人がいるかもしれないからだ。

公開できる範囲で全てをありのままに話す。
そして番組を続けるかどうかもリスナーさんの意見を聞いた上で最終的に判断する。
謝罪も説明もするが、あくまで心霊現象であり、こちらの責任も限定的なものになる。
そう開き直ってしまうことに決めたのだ。

深夜1時。
いつものように番組がスタートする。
タイトルコールとイントロが流れて、阿部ちゃんからキュー(トーク開始の合図)が出る。
ゆっくりと息を吸い、マイクに向かって語りかける。
「はい。今夜も始まりました。毎週金曜の夜にお届けする怪奇な番組『怪談ナイト』のお時間です。進行を務めさせていただくのはわたくし、怪談蒐集家の近藤ジローと」
「民明放送アナウンサーの小林明美です!」
小林さんもいつも通りやってくれている。
「まずはですね、先週の土曜日に配信したライブ中継で起きてしまった、心霊現象について改めてお詫びをします。こちらの意図ではありませんでしたが、体調を崩された方や、……えー……自殺未遂などに至ってしまった方もいらっしゃったということで、番組としても大変遺憾に思って…います。誠に申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした」
小林さんと共にマイクに向かって頭を下げる。
自殺未遂という言い方をしたのは、自殺したという報告がツイッターなどにあるにはあるものの、それが本当かどうか確かめていないからだ。
あくまで心霊現象、霊の起こした被害についてはこちらで責任を取らないと会議で決めた時に、個別の被害報告について、番組として積極的に真偽を確かめるのは控えるということになった。
無責任かもしれないが、心霊現象については事故と同じ扱いとしたのだ。

「えー、これまでもツイッターや番組ホームページでお伝えしてきましたが、改めて今回の事件…と言いますか…騒動のご説明をします。まずは先々週の放送から話は始まります」
俺は先々週の麦かぼちゃさんからの相談と、その後の展開を全て説明した。
「それで高頼寺の方で慎重にお焚き上げに向けて進めてくれると、そういうことになりまして…えー…俺達は番組スタッフも含めてお祓いを受けて、帰ってきました。その後はリスナーの皆さんにもお祓いを受けることをお願いしつつ、個別の相談に対応してきた、という感じです」
目の前に置かれたノートパソコンには番組のツイッターアカウントが表示されている。
自動更新にしてあるので凄まじい速度でタイムラインが流れていく。
番組ツイッターに寄せられるメッセージやリプライは、批判的なものもあるが応援してくれる内容のものが多い。
マイクに向かって喋りながらありがたいという思いがこみ上げる。

「えー…今ツイッターに寄せられているメッセージの中にですね、勧請院さんを心配してくれる書き込みが何件かあるんですけども、勧請院さんに関しても俺は大丈夫だと思っています。倒れた翌日はかなり不安定だったんですが、昨日病院に行った時には容体もだいぶ落ち着いていて、本当に単純に眠っている状態だと言われました」
立花さんの葬儀を終わらせた奥さんは憔悴していたが、夫は娘の身代わりになったのだと言っていた。
そうして気丈に勧請院さんの側で付き添っていた。
「えー…繰り返しになりますが、皆さんのまわりでも、おかしなことが起きたり友人と連絡がつかないということがあれば、すぐにお寺や神社に行ってお祓いを受けてください」
麦かぼちゃさんの友達は月曜になっても学校に来なかったそうだ。
結局今になっても見つかっていないらしい。
麦かぼちゃさんは責任を感じているが、事故を起こしたのは俺達だと説明してなんとか落ち着いてもらっている状況だ。

一通りの説明の後、ツイッターに寄せられる質問に対してマイクを通じて返答などをしていると、タイムラインに信じられないリプライが流れてきた。
思わずそのリプライをクリックする。
リプライには参照URLがついていて、リプライの内容は単純に『高頼寺が燃えてる』と書かれていた。
参照URLをクリックすると地上波メディアのニュースサイトに飛んだ。
深夜にもかかわらずライブ中継でヘリからの映像が流れており、暗闇の中で燃え上がる建物の映像が映し出されている。
画面上部に表示されたテロップには「京都の高頼寺で火災。ほぼ全焼か。現在も延焼中」と書かれていた。
「…………」
なんだこれは。
高頼寺が火災?
番組中だがパソコンの音量をあげる。
ヘリに乗っているレポーターの声が聞こえる。
阿部ちゃんに合図して番組をCMに切り替える。
「ちょ…ちょっとここで一旦番組からのお知らせをお送りします」
小林さんが慌ててそれだけ言い、番組がCMに切り替わる。
パソコンの音量を最大にする。
レポーターの声がはっきりと聞き取れる。

『………凄まじい炎が上がっています!ここから見ても炎の勢いは全く衰えていないのがわかります!建物はほぼ全焼していると思われます!怪我人などの情報は入ってきておりませんが、中に人が残っているとすればかなり危険な状態にあると言わざるを得ません!』
ヘリの音が混じる中でレポーターが叫ぶようにレポートしている。
『消防の状況はどうでしょうか?』
番組のアナウンサーがレポーターに問いかける。
『えー…先程から続々と消防車が到着しており!懸命に放水を行っているのですが!炎の勢いが強すぎて効果的な消火が出来ていない状態です!』
レポーターの声は絶叫に近い。
凄まじい緊迫感が伝わってくる。
『周辺に民家などはあるのでしょうか?』
再びアナウンサーが質問する。
『ありません!このお寺は京都市街から離れた山中にある山間のお寺で!山の中にこのお寺だけがある状態です!周辺に民家はありませんが、山の中にも炎が燃え広がっていて、消防隊にも充分な注意が必要な状況です!』

「…………」
あまりの状況に言葉が出ない。
阿部ちゃんが必死に合図を送ってきている。
まもなくCMが終わる。
やばい。
なんと言えばいいのか。
ツイッターに戻ると次々に火事の報告が流れていく。
CMが終わる。
阿部ちゃんからキューが出る。
「…………」
言葉が出ない。
小林さんも固まってしまっている。
阿部ちゃんから再度キューが出る。

「えー………。………ちょっと今……大変なことが起きてまして……ちょっと……言葉が出てこないんですが……ニュースを…ご覧になった方も多くて……番組のツイッターにも続々と書き込みが来ているんですが……。……えー……と……ですね……京都の……高頼寺が…火事だと」
喉がヒクついてうまく喋れない。
これは現実なのだろうか。
悪い夢にしてもタチが悪すぎる。
「えー……番組をお聞きの皆さん……どうか落ち着いてください……って何言ってんだろうね俺……俺が落ち着けって話なんだけど……とにかく今…高頼寺が火事で燃えていて……映像を見る限りではかなり燃えちゃってて…多分全焼かなっていう……状況です」
俺達のせいか?
あの箱のせいで火事になったのだろうか。
「もしもあの箱のせいで火事になったんだとしたら…お寺の人達は無事なのか…確認する必要があります。それでもしもあの箱のせいだったとしたら、俺達も含めて……えー……終わってないと……そういう可能性もあるので……充分注意してください」
注意ってなんだよ!
ああクソ!
なんて言えばいい?
「とにかく皆さん、今は誰かと一緒に…っていうか人がいるところにいてください。1人でいると危険かも…ああすいません……深夜ですし…無理でよね。……戸締りと火の用心だけ今から確認してください。くれぐれも変なことが起きないように……」
ああクソ!
滅茶苦茶だ。
「すいません…ちょっと今…俺も混乱しててうまく喋れてないんですが…とにかく今日はもう布団に入って寝てください。それで明日の朝一にお寺か神社でお祓いを受けるようにしてください。高頼寺の火事があの霊の仕業なのかどうか、まだわかりませんから、とにかく安全なところで、変なことが起きないように気をつけてください」
クソクソクソ!
誰か助けてくれ!
なんて言えばいいんだ!
「詳細が分かり次第番組ホームページやツイッターで報告します。必ず報告しますので、それまで時間をください。ちょっとすいません。もう一度CMで……」
阿部ちゃんに合図を送る。
あまりに俺が必死なので阿部ちゃんもすんなり受け入れてくれる。
番組がCMに切り替わる。

ぶはーと大きく息を吐き出す。
そのまま荒い呼吸を数度繰り返す。
まるで今まで息を止めていたかのように苦しい。
「ジローさん、大丈夫ですか?」
阿部ちゃんが放送ブースに入ってくる。
「大丈夫じゃないって……なんなんだこれ……」
思わず泣き声みたいな声が出た。
「番組が終わるまで10分ちょっとあります。それまでなんとか繋いでください。今できるだけ調べてますから、番組中に何かわかれば……」
10分かよ。
長すぎる。
「わかった。テンパってるままでいいなら頑張るよ」
そう返すと阿部ちゃんは放送ブースから出ていった。
と思ったら血相を変えて戻ってきた。
手には俺のスマホを握っている。
阿部ちゃんがスマホを俺に手渡してきた。
CMが開けるまであと少ししかない。
スマホの画面を見ると電話の着信を告げていた。
かけてきているのは……相楽氏だ。
通話ボタンを押す。

「もしもし!相楽さん?無事なんですか?」
「はい。私はなんとか。しかし大変なことになってしまいました」
相楽氏は疲れた声でそう言った。
声がかすれて明らかに重苦しい様子だ。
もしかしたら誰か亡くなったのかもしれない。
「どうなってるんですか?今ニュースで見てましたけど……」
「寺は全焼ですね。それよりも問題なのは例の写真がまだ私の手元にあるということです」
思わずうっと声が出た
「写真を1枚1枚調べて、それでお焚き上げの準備をしていたら箱が燃えだしましてね。あっという間に広がった。あの箱の中には我々の手に負えない写真が3枚ありました。それ以外の写真は全て燃えてしまったんですが、その3枚だけはなぜか私の手の中に今もあるんですよ」
相楽氏の声が震えている。
「色々とわかったこともありますので、明日そちらへ行こうと思うんですが、会ってもらえますか?」
「…………」
言葉に詰まる。
相楽氏が無事なのは嬉しかったが、正直に言うと会いたくない気持ちもあった。
プロの手に負えない心霊写真が3枚。
それを持って会いにくるというのだ。
「も……もちろんです。明日ですね。大丈夫です」
どうにかそれだけ伝え、番組中だからと電話を切った。

すでにCMは終わっており、小林さんが必死に繋いでくれていた。
もしかしたら俺の声をマイクが拾っていたかもしれない。
そう思いながら自分のポジションに戻って座る。
小林さんに目線で合図を送る。
「そ、それではジローさんが戻ってきたので……えーと……ジローさん、お願いします」
小林さんもテンパっている。
もう今日の放送は何もかもがデタラメだ。
なるようになれと思いながらマイクに向かって語りかける。
「えー…すいません。今ちょっと高頼寺のお坊さんと電話で話してました。お坊さん達は無事です。箱と心霊写真はお焚き上げして燃やしたそうです。それでちょっと事故があって火事になったと」
嘘だ。
本当の部分もあるが肝心の部分で嘘をついた。
この嘘が後に問題にならないことを祈りつつ話を続ける。

「それで明日、なんですが、高頼寺の方がこちらへくるということで、それで詳しい状況をお聞きすることになりました。その内容はツイッターで出来る限り皆さんにもご報告しますので、充分に注意した上でお過ごしください。まだ何かあるかもしれないので、くれぐれも注意して過ごしてください」
まだ放送終わらないのか?
あと何分だ?
それから何を喋ったのかあまり覚えていないが、ひたすら謝って、注意してと言って、明日報告すると伝えて、それを繰り返してようやく番組終了の時間がきた。
エンディングテーマが流れていつも通りのセリフで番組を終わらせる。
「それでは本日も番組終了のお時間がやってきました。何か分かり次第ご報告しますので、引き続きツイッターなどで情報をお待ちください。それでは今夜の『怪談ナイト』これにて終了です。ありがとうございました」
小林さんもマイクに向かって挨拶し、放送が終了する。
すぐに阿部ちゃんが放送ブースに入ってくる。
「お疲れ様でした。ジローさん、何がどうなったんですかね?」
と聞いてきた。
状況がわからない中で阿部ちゃんもよくやってくれたものだ。
本当に綱渡りみたいな放送だったな。
そう思いつつ相楽氏とのやりとりを伝える。
ラジオで話した内容とあまりにも違う本当の話に、阿部ちゃんも小林さんも黙ってしまった。
「とにかく明日、相楽さんが来るから、それで今後の方針を決めよう」
2人とも黙って頷いた。

第二部 完

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やこう

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