第七作 呪の曙(しゅのあけぼの)

第二部 二話 壊された日常

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前回のあらすじ

天道宗のインタビューを受け入れた水無月達。
インタビューを続ける中で天道宗の思惑を見抜いて、彼らの望みが『この国の破壊と混乱である』と断ずる水無月。
そんなさなかテレビをつけてくれと申し出る天道宗。
画面に映し出されたのは国内4か所で同時多発したヨミによる集団自殺テロの映像だった。
再び現れたヨミという恐怖にさらされたこの国は…。

土曜日の昼過ぎ。
朝から自宅のパソコンでネットゲームをやっていたら携帯がヴヴヴッと震えた。
画面を見ると由香里からのLINEが来ている。
ちょうど手が離せるタイミングだったのでスマホの通知をタップする。
『ヨミまた出たって』
『ニュース見た?』
その文面を見たとき、それが何を意味するかわからなかった。
とりあえずヨミという単語にあの時のことを思い出す。
ビルの屋上から人がボトボトと落ちていく映像。
怯えた顔の由香里。
閉まっていく霊安室の扉の向こうから俺を見ていた女の霊。
既に解決したこととはいえ、あまり思いだしたくない事件だ。
ニュースを見るためにゲーム画面からブラウザに切り替える。
とりあえずYahooを表示すると、トピックスの半分が飛び降り自殺のニュースで占められていた。

『4ヶ所で集団が飛び降り』
『現場騒然。数十名が自殺』
『黒いワンピースの女』

「…………」
何だこれは?
トピックスの一つをクリックする。
新宿、渋谷、池袋、道頓堀でついさっき、集団が飛び降り自殺をして、現場にヨミが現れたと。
「なんだこれ……」
全てのトピックスを確認するが同じことが書いてあるだけだ。
由香里は何か知ってるのだろうかと思ってLINEに返信する。
『いまニュース見た』
『ヤバイね』
そう書いて送信するとすぐに既読がついて、『電話大丈夫?』と返ってきたので、俺から由香里に電話をかける。

「ごめんねいきなり」
ワンコールで繋がって、由香里が謝ってきた。
「いや全然大丈夫。ヤバイことになってるね」
「これが篠宮さんが言ってた第二・第三のヨミってことだよね」
「そうだろうね。まさか本当に出るとは思わなかった」
「怖いね」
由香里の声が震えている。
「……大丈夫?」
「うん大丈夫。でもすごく怖い。さっきから震えが止まらないよ笑」
笑い声で誤魔化したが、由香里は怯えているようだ。
「…………」
当たり前か。
丸山理恵の遺体に取り憑いたヨミの恐怖に何日も向き合っていたわけだし、除霊の時には由香里もヨミの霊を見ている。
何よりついさっき何十人もが飛び降りで死んだという事実が恐ろしいのだろう。
「うちに来る?それとも俺がそっち行こうか?」
今日は一緒に過ごそうと言うと、由香里は安心したように息を吐いて「うん、ありがとう」と言った。

東新宿にある由香里のマンションへ向かうため自転車を漕いでいると、新宿駅からはだいぶ離れているにも関わらず緊急車両のサイレンが聞こえてくる。
救急車やパトカーだけでなく消防車のサイレンも聞こえる。
さっきからずっとサイレンが鳴り止まないのは、それだけ多くの車両が緊急走行しているということだろう。
俺の横をけたたましいサイレンを鳴らしながら消防車が追い抜いていく。
不安を掻き立てる音から逃げるようにペダルを漕ぐ足に力を込める。

「…………」
怖い。
鳴り止まないサイレンの音が、得体の知れないバケモノの叫び声のように聞こえる。
新宿の街を、不気味に泣き叫ぶ怪物がうろついている、そんな馬鹿馬鹿しい妄想。
今にも雑居ビルの影からヨミが出てくるんじゃないかという妄想。
ついさっきヨミが現れて多くの人間が死んだという事実が嫌な妄想を膨らませる。
いつも通っている道なのに、昨日までと全然印象が違う。
「…………」
俺でよかった。
由香里が俺の家に来るならば、こんな思いを由香里にさせるところだった。
俺だけじゃない。
道をゆく人のほとんどが顔を引き攣らせている。
呑気に笑っているのはニュースを知らないか、よほど楽観的な性格なのだろう。
何が起きているのか分からず、不安そうに周りを見回している奴もいる。
いつもより格段に少ない人通りの中で、誰もが恐怖を抱えている。

「…………」
なんとなく、あの時の感覚に似ていると思った。
大震災が起きて原発が事故を起こし、東日本がダメになってしまうのではと皆が怯えていた時の空気感。
代々木の専門学校に通っていた当時も、みんな漠然とした不安を抱えながら生活していた。
あれほどの大騒ぎではないにせよ、街ゆく人々の顔は同じように不安に満ちている。
にわかには信じられない集団自殺のニュース。
それを街中で鳴り響くサイレンの音が証明している。
「…………」
あのサイレンの現場には、地面に叩きつけられた人間の体が転がっているのだろうか。
何人の?
飛び降りた死体というのはどこまで損壊するものなのだろう。
いったいどれほどの惨状があのサイレンの向こう側で起きているのか。
とても想像できないが、考えれば考えるほどに不安が膨らみ、恐ろしい妄想が湧き上がってくる。
気分を変えるためにコンビニで自転車を止め、由香里に電話をかける。
ワンコールで繋がった。
「はーい。もう着きそう?」
由香里の声を聞いて安心する。
フムとため息をついて、声を明るくするために軽く笑顔を作る。
「いまコンビニなんだけど、何か買っていくものある?」
ちゃんと自然に明るい声が出た。

由香里と電話しつつコンビニで買い物を済ませ、あらためて自転車を走らせる。
相変わらずサイレンの音は鳴り止まない。
解決したはずだったヨミという魔女の存在。
次は自分かもしれないという不安。
自分は神様の眷属だから大丈夫なんて楽観的に考えるのは無理だ。
どうしようもなく怖い。
今はとにかくサイレンの聞こえないところへ行きたい。
電話によって補充したパワーをフル活用して、全力で由香里の家まで自転車を飛ばした。

合鍵を使ってマンションのエントランスを通り抜けエレベーターに乗る。
由香里の部屋の鍵を開ける前にインターホンを押す。
到着の合図に気づいてパタパタと歩み寄ってくるスリッパの音が聞こえる。
ドアを開けると笑顔の由香里が立っていた。
「いらっしゃーい。どうしたの?汗だくじゃん笑」
そう言って笑いながら手を伸ばし、コンビニの袋を受け取ってくれる。
「めっちゃ飛ばしてきた」
答えながら靴を脱ぎ、スリッパを履いてリビングに向かう。
カーテンは開けられており、窓の向こうに新宿駅の辺りが見える。
遠くサイレンの音が聞こえるが、不安を掻き立てるほどでもない。
ようやく落ち着いてテーブル脇の椅子に座る。
テーブルの上には俺用のマグカップが用意してあった。
対面に座った由香里が俺のマグカップに紅茶を淹れてくれるのを眺めながら長いため息を吐いた。
「街の空気がめちゃくちゃヤバい」
俺がそう言うと由香里は笑みを消した。
「うん。すごいよね。さっきからずっとサイレン鳴ってて」
遠く聞こえるだけでも、鳴り止まないサイレンというのは不気味だっただろう。
テーブルの上で手を伸ばすと由香里は俺の手を握った。

お茶を飲みつつテレビをつける。
由香里は不安になるのが嫌で、俺が来るまでテレビもネットニュースも見ないようにしていたらしい。
一通りチャンネルを回してNHKに落ち着く。
画面には『集団自殺・死亡数十名に』というテロップが固定されており、男性アナウンサーが淡々とニュースを読み上げている。
由香里が俺の隣に椅子を持ってきて座り肩を寄せてくる。
いつもよりも近い距離感は、それほど心細かったということだろう。
「あの時もそうだったけど、こういうニュースってほんと怖いね」
テレビを見たまま由香里が言った。
淡々と読み上げるアナウンサーはともかく、固定されたテロップから伝わるイメージが不安を掻き立てる。
「とても信じられないというか、信じたくないような話を、こうやって突きつけられるとね。見るだけで心にダメージある感じ」
テレビに目を向けたままそう返す。
ふと『呪い』という言葉が頭に浮かんだ。
篠宮さんが雑誌で告発した、日本をまるごと呪っている宗教団体。
そいつらがヨミを操っている可能性があると。
雑誌には『呪われてるけど気にしなければ大丈夫』と書いてあった。
だがこのニュースに由香里も俺も確実にダメージを受けている。
ここまで来る途中に見た不安そうな人達もそうだろう。
結界とやらについては気を強く持てば大丈夫といっても、ヨミに関しては気の持ちようではどうにもならない。
「ヨミを捕まえるだけじゃダメなんだもんな。ヨミを作ってる奴らを捕まえないと」
「そうだね。できるのかな」
「わからない。でも俺らにはどうしようもない。篠宮さん達がなんとかしてくれるのを待つしか」
「みんなこんな気持ちのまま生活できる?」
「うーん。まあ俺達がここまで怖がってるのって、実際にヨミに接したからじゃない?由香里なんか特に」
「うん」
「あとはこの辺とか渋谷とか、飛び降りの現場の近くにいる人とかもこの嫌な感じはしてるだろうね。いまだに鳴ってるサイレンとかさ」
「うん」
「だからそれ以外の人達、ヨミのことを頭のおかしいテロリストだと思ってる人達とか、あと飛び降り現場の近くに住んでいない人達は、そこまでビビってはいないと思うよ。テロリスト早く捕まれって感じじゃないかな」
「そっか」
まったく根拠のない楽観論だが、それでも由香里は少し安心できたのか、フウとため息をついて、甘えるように肩に頭を擦り付けてきた。
実際のところどうなのか。
ヨミのことを頭のおかしい人間だと思っていて、飛び降り現場付近の異常な空気を感じていない人にとっては、これは単なる自殺パフォーマンスだと思うのか?
頭のおかしい集団の、意味不明なパフォーマンス。
そう思ってる人が大半であればいいと思った。
ヨミは狂った霊を取り憑かされた被害者で、それを仕込んだ奴らはこの次その次を狙っているなんて、迂闊に知ってしまったらパニックが起きるかもしれない。

その後、テレビのニュースが延々と同じ原稿を読むだけになったので、テレビはそのままにノートパソコンを立ち上げる。
由香里と並んでパソコンを覗き込む。
Twitterにログインして今日のニュースに関する情報を集める。
飛び降りから数時間しか経っていないのに、もう四つの現場に現れたヨミの比較画像が拡散されている。
「別人なんだ」
画像を見て由香里がつぶやく。
比較画像のヨミは全員が同じ黒いワンピースを着ているものの、明らかに髪の長さや体型が違っているものがある。
「まあ、そうだよな。てことは今回もヨミの霊を取り憑かせられた被害者がヨミに仕立て上げられたと」
ネット掲示板も見てみる。
『【速報】ヨミ様復活【日本終了】』というスレッドが一番盛んなようだ。
すでに数千件の書き込みがされており、現時点での考察もまとめられている。

・今回の4人のヨミは別人
→前回射殺されたヨミも別人だった可能性
・ヨミは現在逃亡中
→また集団自殺が起こる可能性
・月刊OH!カルトという雑誌が主張している内容とほぼ一致(ウェブサイトURL→○○○○)
・死んだ奴は被害者?仲間?
→壮大な自殺オフ会の可能性 →NEW



「…………」
よくもまあここまでまとめたものだ。
自殺オフ会という可能性が盛んに議論されている。
たしかに。
死んだ奴らが全員自殺志願者だったなら、この事件は簡単に引き起こすことができるだろう。
Twitterに戻ってスレを紹介する。
『ヨミの件は壮大な自殺オフ会の可能性。
参考URL○○○○○ ♯ヨミ ♯集団自殺 ♯飛び降り』
いいねされまくっているツイートを引用してリツイートするも、数件いいねされただけでほぼスルーされた。
タイミングが悪かっただけかもしれないが、Twitterではまだ自殺オフ会については議論されていないようだ。
「…………」
それ以上のツイートをする気になれず、掲示板を眺めた後で篠宮さんの雑誌の公式Twitterアカウントを検索する。
『月刊OH!カルト編集部』というアカウントを見つけた。
クリックすると数分前のツイートが目に入り、すかさずリツイートする。

『ヨミ騒動の黒幕・天道宗にインタビュー。その一部を本日20時に先行WEB公開。集団自殺のカラクリとは?』

なんと。
騒動の黒幕にインタビューとは特ダネどころの話ではないだろう。
そのツイートはすでにリツイートされまくっていて、見ている間にもどんどんリツイートが増えていく。
凄まじい拡散力だ。
「すげえなこれ。篠宮さんの雑誌めちゃくちゃ攻めてるね」
篠宮さんの特ダネ、それがバズる瞬間に立ち会えたことに興奮して由香里に呟く。
「うん。凄いね」
由香里も画面を覗き込んで答える。
先ほどまでの沈んだ声ではない。
おそらく篠宮さんであろうこのツイートに勇気づけられたのだろう。
テレビやニュースサイトから広がるヨミという恐怖に、返す刀で切り付けるようなOH!カルトのツイート。
今後も続くと思われるテロに、真っ向から立ち向かう人間がいるという安心感。
由香里の反応を見て、俺自身もいくらか心が軽くなっていることを実感する。
ヨミに対する恐怖は消えないが、それでも希望を託せる相手がいるというのは大きい。
「…………」
窓の向こうに広がる新宿の街を見る。
遠く聞こえるサイレンはいまだに鳴り止まない。
俺達はまだいい。
篠宮さんや笠根さんや伊賀野さんがいることを知っている。
だが知らない人の方が多いのだ。
天道宗とかいういかれた集団のことを知らず不安を持て余す人達に、少しでも篠宮さんの記事が届くことを願った。

月曜日、出社すると社長を含めた全員が会社に揃っていた。
俺たち制作組はともかく、普段は営業で飛び回っている社長まで朝イチで会社にいるのは珍しい。
どうやら俺が出社するのを待っていたようだ。
「前田も来たことだし、手短に要件を伝えるね」
俺がデスクにつくと同時に社長が立ち上がった。
社員それぞれ自分のデスクに座って社長を見ている。
「これからしばらく、特に必要がない限りは出社しないで、在宅ワークでやってみようかと思ってる」
変なことを言い出した。
「社長だけじゃなく、みんな?」
同僚が質問する。
それに社長はウンと頷いて続ける。
「時代は在宅ワークですよ。我々のようにパソコンさえあればできる仕事なら、わざわざ出社する必要もないでしょ?」
そう言って胸を張る。
「いやそれはそうなんだけど…今さら?」
同僚が呆れたような声を出す。
在宅ワークが推奨されるようになってもまるで興味を示さなかった社長がなんで今さらと。
「それって……ヨミの件で?」
思ったことを口にする。
その言葉に全員が俺を見る。
社長と目が合う。
軽い口調とは裏腹に、社長の目には微かな不安が見えた。
「そう。ヨミというか、テロリストが捕まってない以上、あんまり新宿とかに行かない方がいいと思うんだよね。みんな新宿で乗り換えするでしょ?」
社員のほとんどは電車通勤で、代々木に来るためには新宿を通るルートを使う社員もいる。
「ええまあ、この辺で動くのに新宿を使わない選択肢はないですね」
そう答えると社長がまたウンと頷いて続ける。
「ヨミが何者かとか置いといても、無差別に人を殺してるかもしれないテロリストが捕まってない以上、危険はできるだけ回避したい」
前回のヨミ騒動の時にも、自殺した連中の繋がりはまるで判明していない。
政治的な、あるいはなんらかの集団のパフォーマンスの可能性は議論されたものの、全くと言っていいほど不明なままだ。
だからこそ『無差別』という可能性は排除されず、それどころか時間が経つにつれて現実味を増していった。
ヨミ、あるいはその黒幕は無差別に人を殺していると。
「それに一昨日みたいな集団自殺が起きちゃったら電車も動かないし通勤も大変でしょ?だから事務や制作は在宅にして、営業は今まで通り自由に飛び回る感じでいこうかなと」
なるほど。
社長の言いたいことはわかった。
多少の不便はあるものの、ウチの会社で在宅ワークできない仕事はない。
社員から多少の質問は出たものの、あっさりと社長の方針は通った。
さすが零細企業。
決断から実行まで実にスムーズだ。
その日はそれぞれ在宅ワークの準備をして、オンライン会議などのツールを共有して自宅へ戻った。
夕方前に自宅のパソコンに仕事環境を構築し終えて一息つく。
「…………」
いざ在宅ワークに切り替えてみると確かに気楽だ。
だが少し寂しくもある。
社員や同僚とバカ話をしながら楽しくやっていた会社が俺は好きだった。
ヨミの件が解決するまでは以前のようには戻らないのかもしれない。
忙しくも楽しく安定していた俺の日常は、ヨミの復活によってあっさりと壊れた。

ここ最近のテレビはほとんどヨミ一色と言ってよかった。
前回のヨミ騒動と同様に、ヨミの正体や自殺した奴らの共通点なんかをあれこれと推察して連日大騒ぎしている。
それだけではない。
電車が止まるような飛び込み自殺や、自宅マンションのベランダからの飛び降りなど、今まではニュースにならなかった事まで過剰に騒ぎ立て、それらにヨミの関与があるかのような言い回しで不安を煽っている。
テレビはどこも右へ倣えでヨミヨミヨミと報道し、毎日どこかの誰かの自殺の話を探し出しては競ってニュースで扱った。
まあヨミが捕まっていない以上、それらの一部にはヨミの関与があってもおかしくはないが、それでも異常なほどに自殺のニュースに過敏になっている。
それが余計に見る側の不安を煽り、かえって視聴率が稼げてしまい、いつにも増して不毛な煽り報道が繰り返されていた。

「…………」
ため息をついてテレビを消す。
作業のBGMにテレビをつけていたが、気が滅入るのとくだらないので辟易してしまう。
あれだけ大々的に集団自殺をやらかすようなヨミが、しっかり動機がある個人のプライベートな自殺にまで関与してるとか議論するなんてどうかしている。
番組のMCもコメンテーターもどうせ本気でヨミの仕業だなんて思っちゃいないだろう。
単に他局に倣えでヨミ特集を繰り返しているだけだ。
ヨミによる同時多発テロから1週間経つというのに、警察はヨミの正体に迫る事なく、マスコミもまるで新しい情報を伝えることはできていなかった。
あの日、篠宮さんが雑誌のWEBサイトに先行掲載した天道宗インタビューは凄まじい数のネット記事として拡散されている。
それにもかかわらずテレビも新聞も一切報じていない。
篠宮さんに尋ねたところ、
「問い合わせや取材はわんさか来てるんですよ。けどなぜか新聞や地上波では報道されないんですよねー。警察に至っては問い合わせすらありません。いやあオカルト雑誌ってここまで扱い低いんですねえ笑」
とのことだった。
オカルトだからと手をつけられないでいるのか、あるいはどこかから圧力でも受けているのか、はたまた別の理由があるのか定かではないが、とにかくネットメディア以外の全てのメディアは今のところ月刊OH!カルトの存在を無視している。
まあオカルト雑誌の記事を元にニュースを作ることは実際のところ難しいのかもしれないな。
篠宮さんとしてはネットでの拡散の勢いが期待以上なので気にしていないとのことだった。

ヨミによる集団自殺から1週間経った日曜日、ヨミはまたしても新宿に現れた。
歩行者天国になっている新宿の駅前通りで、ビルの上から続々と人が飛び降りてくる映像が大量に拡散された。
みんな薄々感じていた『もしかしたらまた自殺テロが起きるのでは?』という悪い予感は見事に的中し、またしても日曜の午後は阿鼻叫喚の地獄と化した。
意外なことに今回ヨミは警察に捕まった。
警察も警戒していたのだろう。
ヨミや自殺者達がビルの屋上に現れた数分後には、現場は駆けつけた警官で溢れかえっていたという。
ビルの上に集まった自殺者達が全て飛び降りたのを見届けたヨミが引っ込むのとほぼ同時に屋上に突入した警官達によってヨミは地面にねじ伏せられ、拘束された。
この時ヨミは全く抵抗する素振りがなかったという。
突入に参加したある警官の声として、『非常に恐ろしかったが我を忘れて特攻した、仲間達を信じていた』という証言が紹介された。
現場の警官もヨミが尋常ならざる存在ではないかと恐れていたのだ。
丸山理恵を射殺した若い警官に同情の声が寄せられていたのも手伝って、屋上に突入した警官達は各メディアから珍しく讃えられた。
そして今度こそ警察のお手柄かと思いきや、翌週またヨミは現れた。
今度は原宿の表参道で、人混みの中に現れたヨミの周りで次々と人が死んでいった。
今まで現れなかった原宿にヨミが現れたことで警察の到着は遅れた。
それにも関わらずヨミは現場にとどまりフラフラと歩いていたという。
そして駆けつけた警官達によってまたしてもヨミは逮捕された。
新宿で捕まったヨミも原宿で捕まったヨミも、まるでコミュニケーションが取れない心神喪失の状態だった。
そして逮捕から数日経ったある朝、2人のヨミが死亡しているのが発見された。
事件性はなく、病死か衰弱死のようだと発表された。
まったく同じタイミングでの衰弱死。
誰もが理解した。
ヨミは単なるテロリストではなく、何者かによって作り出された兵器のようなものなのだと。
ヤクザの鉄砲玉あるいは自爆テロのように、逮捕されることも射殺されることも恐れずに行動し、周囲に自殺を撒き散らす女。
そしてそのヨミを作った何者かは今後もこれを続けるだろうと。
警察は何らかの薬物によってヨミを操っていると推測し、大手メディアもそれを報道した。
ネットに溢れる天道宗に関する情報は、不自然なほどに警察や大手メディアからは無視された。
ネットではそのことに対する不満が募り、警察やメディアに紛れ込んだ天道宗が意図的に情報を隠蔽しているのではないかという陰謀論が囁かれた。
そして陰謀論に落とし込まれたことによって、ますます大手メディアは天道宗に触れられないだろうという空気ができてしまった。
「…………」
まるで全てが仕組まれた展開であるかのように天道宗は陰謀論の中に姿をくらませ、月刊OH!カルトは不謹慎な陰謀論をぶち上げる迷惑な雑誌という声まで出始めた。
ネット上では少数の陰謀論派が積極的に発信を繰り返し、OH!カルト=陰謀論という図式を作り出そうと躍起になっている。
「…………」
ため息をついてパソコンから目を離す。
おそらくはこれも天道宗のネット担当とやらの仕事なのだろうが、実にうまいことネットを使って陰謀論を作り出したものだ。
1人で数十のアカウントを使っているとして、数人程度いればこのネット世論操作は可能だろうか。
どれだけのネット部隊を天道宗が抱えているかは知らないが、OH!カルトの記事によると天道宗はそれほどカネを持っていないだろうとのことだ。
下手したらインタビューにやってきたネット担当の男が1人でやっているのかもしれない。
OH!カルトと天道宗の空中戦は、告発したOH!カルトに対して、それを受けてネット上に分断を作り出すことで天道宗がやり返したという形で現在も続いている。
圧倒的な数のOH!カルト支持者に対して、天道宗が作り出した陰謀論派が粘り強く発信を繰り返し、結果として警察や大手メディアの参入を阻んでいる。
結果としては痛み分けだろう。

そんな中で月刊OH!カルトの最新号が発売された。
それと同時に公式サイトにもインタビュー動画のダイジェストや追加の情報が掲載され、天道宗とのインタビューの全文書き起こしは雑誌を見てねという流れで購入に誘導している。
サイトだけでも天道宗の企みは充分に解き明かしつつ、読者として気になるところはしっかり購入者のみの情報として雑誌を売る。
なかなかにしたたかというか、まあ商売なのだから当然だろうが、とにかく篠宮さんがやり手なのはわかった。
さらに系列会社のラジオ番組でも天道宗の肉声が流され、OH!カルトの発売と時期をずらすもののインタビュー動画のフルバージョンも公式チャンネルで公開されるという。
天道宗と思われるアカウント達がしきりに『陰謀論だ』と煽るものの、写真付きの記事や実際の動画は説得力に満ちており、この記事の発表によってネット世論は確実に天道宗=黒幕という図式で固定化された。

月刊OH!カルトの公式サイトを検索して、天道宗らしき3人の男を写した写真がデカデカと掲載された特集ページを眺める。
顔こそ黒塗りで隠されているものの、その3人がどんな風体なのかよくわかる。
中央に座る車椅子の老人と、その両脇を固めるガッシリした体格の男とスマートな若い感じの男。
こいつらがヨミを生み出しているテロリストだという。
「…………」
まるで現実味がない。
着物姿の老人はテロリストというにはあまりにも小さくヨボヨボで、とてもじゃないがこの国を相手にテロを仕掛けているような人物には見えない。
特集記事にはおそらくこの老人こそが今なお天道宗の中心人物であると書かれている。
黒幕がいた。
それはヨミという得体の知れないバケモノが、人の手によって作られた存在であるという安心感につながると同時に、こいつらの意思でこれからも集団自殺が起きるということに他ならない。
OH!カルトの記事は瞬く間に拡散され、天道宗3人の写真もネット上にばら撒かれた。
テレビや新聞の不安を煽る報道とは裏腹に、天道宗の正体を暴いてヨミ騒動の落とし前をつけさせてやるという意思がネット上に満ちていった。
怒りを表明する者も面白おかしく茶化す者も、その共通の欲求は『知りたい』だ。
ありとあらゆる知識から天道宗あるいは天道という単語を拾い集め、とうとう天道宗について記載された文献を持っているという人物がTwitterに現れ始めた。
田舎の旧家の納屋から、神社やお寺の古文書から、明治大正の時期に繰り返された宗教間交流の記録から、ごくわずかでも確実に天道宗のカケラが拾い集められ、拡散された。
いわく天道宗とは、
・明治後期に存在した天道流神秘霊術研究會という結社が前身となった新興宗教である。
・当時はそれほど秘匿的でもなく、神道仏教各宗派との交流も盛んに行っていた。
・ある時期から邪教なのではないかと周りから距離を置かれるようになった。
・大正末期の文献に『淫祠インシ邪教ジャキョウナリ』という記載がある。
などなど。
篠宮さんからしたら「そんなこと知ってるよ」程度の情報かもしれないが、ネット民が自発的に情報を探して発信することでOH!カルトに加勢しているかのような感覚になり、ある種の連帯感を伴うムーブメントが起きた。
要するに『祭り』だ。
事態は『OH!カルト 対 天道宗』という構図から、『OH!カルト・ネット連合軍 対 天道宗・陰謀論派』の大戦争という局面に進化した。
陰謀論派はツイートに対して数十倍のリプライが返され、言葉のひとつひとつを掘り返されて過去の発言との矛盾を指摘されることとなった。
さながらネットリンチのようだが相手は天道宗、ヨミを作り出して集団自殺を繰り返すテロリストということで、誰も気に咎めることなく猛烈に叩いていた。
そんな状況を一変させる出来事が起きたのは、月刊OH!カルトの発売から10日ほど経ったある日のことだった。

俺は自宅のパソコンで仕事をしながらネットサーフィンをしていた。
YouTubeを見始めるとキリがないので、まとめサイトやTwitterなどを横断的に眺めて面白そうなトピックスがあればクリックする。
運が良かったのか悪かったのか、たまたま俺がTwitterを見ているタイミングで、ある動画が拡散されていた。
元のツイートはネット連合軍の中でも特に頻繁にツイートを繰り返し、天道宗を口汚く罵っていた有名なアカウントだ。
またコイツか、と思いながらその動画を再生する。
信じられないことにその動画は彼自身を撮影したものだった。
一般人だろうにマスクもせず顔を堂々と晒している。
おそらくはノートパソコンのWEBカメラで撮影しているのだろう。
真っ暗な部屋の中で彼の顔だけがモニターに照らされて明るく映っている。
30代のサラリーマンといった風情のその男は、自宅と思われる部屋でカメラに向かってブツブツと呟いている。
そして伏せていた視線をカメラに向けてこう言った。

『これまでの私の発言を謝罪します。申し訳ありませんでした』

カメラを見ているんだか見ていないんだかわからない虚な瞳。
焦点があっていないのだろうか。
男は立ち上がり、椅子の上に立った。
カメラの位置からは男の下半身しか撮影できていないが、何が起きているのかは一目で分かった。
見てはいけない。
直感でそう確信したが、マウスに添えた手が動く前に男が動いた。
椅子の上に立った男はモジモジと体を揺すっていたかと思ったら、自分が立っている椅子を蹴飛ばしたのだ。
落下すると思われた男の体は、わずかに沈んだのみで空中に止まり、「……グッ……ゲェ……」といううめき声と共にバタバタと暴れる男の下半身が映し出された。
「……嘘だろ……」
思わず声が漏れる。
見たくない。
だが画面から目が離せない。
男の体はがむしゃらに暴れ続けている。
先ほどまでそこにあった椅子を探しているかのように足がバタバタと空中を蹴っている。
失禁したらしくズボンの股間が黒っぽく変色していき、やがて男の体は動きを止めた。
左足がビクビクと痙攣している。
どう見ても首を吊って死んだとしか思えない映像。
男の上半身は映像の外にあるので当然首から上がどうなっているのかはわからない。
だがこの状況、空中で動かなくなった男の体、ダラリと伸び切った手足、黒く広がる股間のシミ。
どう考えても男は死んでいた。
「……嘘だろ……」
また口からため息みたいな声が出る。
その時、WEBカメラが明度を自動調整したのか、映像が少し明るくなった。
「…………!」
真っ暗な部屋の中がうっすらと判別できる程度に明るさが調整される。
映像が暗かった時には気づかなかったソレ。
明るくなったことで姿を現したのは黒い何か。
薄暗い部屋の中でなお真っ黒な服。
長い黒髪を前に垂らして俯いている黒いワンピースの女。
「うわっ!」
反射的に後ずさろうとして椅子から転げ落ちる。
それでも画面から遠ざかるために尻餅をついたまま必死で後ずさる。
ヨミ。
画面の中とはいえ目の前で男が死んで、それを見届けるヨミがいて、男はアンチ天道宗の急先鋒みたいな奴で、それに怒ったヨミが男を殺したとしか思えないわけで。
「うぁ……うぅ……」
恐怖でガチガチと歯が鳴る。
冷や汗が吹き出してくる。
まるでモニターの中からヨミが俺を見ているような気がする。
ふいに後ろにヨミが立っているのではと想像して全身に鳥肌がたった。
思わず振り返り誰もいないことを確認して安堵する。
落ち着け。
大丈夫だ。
あれは映像だろうが。
恐る恐るモニターを見ると映像は最初に戻ってループ再生している。
カメラの手前で男が俯いてブツブツ言っている。
大股でパソコンに近寄りTwitterの画面を閉じる。
「…………」
部屋の中をくまなく見渡して誰もいないことを確認する。
トイレや風呂場の扉も開けてどこにもヨミがいないことを確認する。
馬鹿らしいと思いつつも怖くて確認せずにはいられなかった。

結局その映像がマジだったのか仕込みだったのか、ネットでは大騒ぎになった。
その動画はすぐに削除されてアカウントも凍結された。
だがすでに映像はダウンロードされ、海外の違法スレスレのサーバーにアップされた。
その動画のURLが拡散され、男の自殺映像は恐れを知らないネットユーザーによって検証された。
一体あの映像は本物なのか。
あの男が死んだなら誰が映像をアップしたのか。
あの場にいたヨミがアップしたのか?
男はヨミによる犠牲者なのか、それとも天道宗の用意した自殺志願者だったのか。
次々に議論が展開し、いくつもの不確定情報が整理されていった。
情報が整理されると同時に恐怖も形を持ち、重さを増していった。
死んだ男と同じように口汚く天道宗を糾弾していたアカウントはあからさまにトーンダウンし、ネット全体でもヨミや天道宗を非難する声は小さくなってしまった。
「…………」
ヨミが天道宗によって作られた人間爆弾であると理解していても、もしOH!カルトが間違っていたらという疑念も捨てきれないネットユーザー達はヨミを恐れた。
もしもヨミが『本物』だったら?
そう考えるとそれまでのように声を大にして糾弾することは怖くてできないのだろう。
俺だって怖い。
篠宮さん達が間違っているとは思わないが、それでも怖いものは怖いのだ。
ラジオ番組の特番でYoutubeを介して悪霊が広まったのはつい半年ほど前の話だと笠根さんから聞いている。
……もしもヨミが『本物』だったら?
思うがままに人を自殺させられる魔女。
そんな化け物が現実にいるとしたらネット上でも安全なところはない。
明日こそは自分の後ろにヨミが立ち、吊るしたロープに自分の首をかけているかもしれない。
その恐怖にみんなが飲まれていた。
死の間際の男の行動。
必死に椅子を探して空を蹴っていた虚しい両足。
その絶望的な状況は映像として脳裏に焼き付き、俺達のような力のない者から選択肢を奪っていった。

たった一つの動画でネット世論を威嚇し黙らせた天道宗。
だがその男の自殺映像がきっかけで、ようやく地上波のニュースでもネットユーザー対天道宗の対立が報道された。
OH!カルトのことは報道されなかったし、天道宗のことは『ある団体』としか表現されなかったが、それでもネットでヨミに対抗しようとする流れが起きていることは軽く報道された。
テレビ局としてもオカルトな情報は扱いたくないものの、実際にヨミが映り込んだ映像の切り抜きは是非とも使いたかったようで、男の自殺映像にヨミが映り込んでいたという部分のみを報道した。
普段から彼らが報道していたように『個人のプライベートな自殺にもヨミの関与がある』ということを裏付ける映像だった訳だからさもありなんという感じだろう。
これが蟻の一穴になるかは今後に期待するしかないが、一旦は陰謀論の中に姿をくらませた天道宗が思わぬ形で地上波に露出したことは、篠宮さん達としては願ったりだろう。
一進一退を繰り返すかのようなOH!カルトと天道宗の空中戦。
両者とも怯まずに殴り合うその姿は、OH!カルトの発行部数を大いに増やし、トーンダウンこそしたもののネットユーザー達の天道宗に対する怒りを燃やし続けた。
ビビらされて黙らされたネットユーザーの恨みは、OH!カルト買い増しという形で復讐を果たし、俺は事態の深刻さとは裏腹に上機嫌な様子の篠宮さんに呆れることになるのだった。

続きます。

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やこう

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