第七作 呪の曙(しゅのあけぼの)

第二部 三話 魔法陣喪失

投稿日:2023年1月21日 更新日:

「ミルキーウェイ?」
和美さんからの電話に出ると、開口一番にその名前を言われた。
「天道宗の本部の場所がわかったわ。NPO法人ミルキーウェイ。ネットで調べたけど横浜にある会社ね。最上階がオフィスになっていて、そこが天道宗の本部みたいなの」
和美さんは興奮しているようで早口にそう言った。
「ちょっ…ちょっと待って。どうやってわかったの?」
「理恵さんがようやく話してくれたのよ。あの子はそこでヨミの霊を取り憑かされた。地下にすごい数の箱が保管してあるらしいから、すぐにでも乗り込むべきだと思う」
これから乗り込むぞとでも言い出しそうなテンションの和美さんを宥めるべく質問をする。
「うん。わかった。乗り込むのは賛成。でもその前にどんな会社なのか教えてくれる?箱はどれくらいあって、どれだけの人数がそれを管理してるのかとか、天道宗の術者が何人くらいいるのかとか、どの程度わかってるの?」
私の質問に和美さんはフムと一息ついた。
そして少し考えて続ける。
「ネットで見た限りでは従業員数が50人くらい。なんとかっていうビルの3フロアを使ってるだけだから、めちゃくちゃ大きい会社ってわけじゃないと思う」
「天道宗の術者は?」
「それはわからない。理恵さんが関わったのは医者と看護師の数名だけ。天道宗とわかってるのは例の小木親子とタツヤの他にキタムラっていう男。それ以外は理恵さんも知らないみたい」
それは以前にも丸山理恵さんが聞かせてくれた内容だ。
新たに判明したのはNPO法人ミルキーウェイについてだけということだろう。
「本部の場所はわかった。NPO法人の規模もなんとなく予想ができる。他にわかったことは?」
「理恵さんがヨミの霊に取り憑かれた経緯もわかったわ。薬で眠らされて、気がついた時には封印が解かれた箱と一緒に部屋に閉じ込められてたみたい。それがものすごく辛くて今まで話してくれなかったことね。本当に下衆な連中だわ」
なるほど。
天道宗が箱の中の霊を『供身』の対象者に取り憑かせる術。
丸山理恵さんにとっては自分が霊に呪い殺された時のようなイメージかもしれない。
よく話してくれたと思う。
「その術の様子をみんなで検証したいし、いざ乗り込むにしても万全の体制じゃないと危険だから、まず一回みんなで集まって作戦会議するべきだよ。私の方で連絡しておくから、平野さんには和美さんから連絡してくれる?」
とりあえず今すぐ乗り込むのはあり得ない。
それは和美さんも同じ意見だった。
「そうね。できる限り早く集まりたい。私はいつでも良いから、なる早で集まれる日を決めてくれる?」
「了解です」
とりあえずまずは皆のスケジュール調整ということになった。

数日後、私達は民明放送の会議室に集まった。
深夜ラジオの騒動の時に高頼寺の相楽さんのお祓いをやったあの部屋だ。
喫茶店だと大人数に対応できないし、ウチの会社でも良かったが、みんな一度来たことがある民明放送の方が説明も楽だろうということで、阿部さんに相談したら快くOKしてくれた。
あの時と同じメンツが揃って、阿部さんとジローさんは何やら撮影を始めている。
何のための撮影かとジローさんに聞いたら、
「無事に天道宗をやっつけたら作品にしようと思ってね。ドキュメンタリー」
と言い出した。
なに言ってんだと思いはしたが私もライターだ、その気持ちはよくわかる。
一応みんなに撮影許可は取っているそうで、私には許可取らんのかという不満はあるものの、まあいいかということで私はみんなの顔を見回した。
「ではカメラも回ってることですし、早速本題から始めたいと思います。和美さん、お願いします」
私の言葉に頷いて、和美さんは新たに判明した内容を説明してくれた。
新たに分かったことは、天道宗の本部があるビル、NPO法人の名前、『供身』の儀式の内容、そして取り憑かれてから新宿で射殺されるまでの丸山理恵さんの記憶。
悔しそうに語る和美さん。
目を閉じて眉間に皺を寄せる神宮寺さん。
不機嫌そうに鼻を鳴らす嘉納。
皆それぞれのスタンスで黙って話を聞き、和美さんが語り終えたところで神宮寺さんが声を上げた。
「取り憑かれてから死んじまうまで一直線か。こりゃあ飛び降りの現場にいたヨミは別人ってことだな」
そうだ。
取り憑かれた丸山理恵が集団自殺を主導していたわけではないということは確定だ。
「ですね。天道宗の誰かがヨミに扮して自殺志願者を率いて集団自殺をする。その現場でヨミの姿をチラ見させてから、どうにかして姿をくらませる」
「そんで捕まったり殺されたりする役目の被害者に悪霊を取り憑かせてヨミのふりをさせるってか。いやあ狂ってるわ」
そう言って神宮寺さんは両手を頭の後ろで組んで椅子に背中を預けた。

私と神宮寺さんがまとめるのを聞いて和美さんが続ける。
「天道宗の本部にはかなりの数の箱が保管されているようです。私としてはそれらが使用される前に乗り込むべきだと思っています」
「乗り込んでどうするつもりなんだ?」
あくまで乗り込むべきだと主張する和美さんに神宮寺さんが質問をする。
「ひとつひとつ浄霊ができれば完璧ですけど、敵地ですしそんな悠長なこともできないでしょうから、最悪すべて燃やしてしまうとか…」
「中に入ってる悪霊は逃げちまうが箱からは解放してやれるか。でもよ、それだと放火で逮捕されるハメにならないか?」
「そうですね。では燃やすのではなく箱の蓋を全て開けてしまって、表面に書かれている呪語を破壊してその場から離脱する、ということなら、放火まではしなくても大丈夫かと」
「だとしても不法侵入と器物損壊だよなあ。いずれにせよ誰かが罪を被らないといけないわけだ」
ウームと唸って腕を組む。
「…………」
神宮寺さんの指摘に和美さんも眉間に皺を寄せて黙る。
確かに。
乗り込むと聞いた時から胸に引っかかっていた『やりたくない』という気持ち。
怖いのはもちろんだが、それ以上に『法を犯す』ということに抵抗があるのだ。
もしも乗り込んで全ての箱を解放あるいは処分できたとしても、天道宗はおそらく警察を呼ぶだろう。
そして私達が勾留なりされている間に好き放題やられてはたまったものではない。
ではどうするか。
「…………」
誰も口を開かない。
天道宗ですら表立って法を犯すような真似をしていないのに、自分達がそこまでするのかという思いが口を閉じさせる。
やはり違法性を覚悟した上で乗り込むしかないのか。

「…………!」
ふいにある可能性が頭に浮かんで、私はそれを口に出してしまった。
「デモ、やってみますか?」
みんなの視線が私に集まる。
せっかく世論を味方につけたのだ。
天道宗本部を取り囲むデモを行うとSNSで告知して、マスクやサングラスで変装してデモに参加してほしいと呼びかける。
デモ終了後には責任持ってお祓いするから、ヨミに怯えずにどうか参加してくれと訴えたら、ある程度の人数は集まるのではないか。
せめて100人。
いや50人でも集まれば大成功。
天道宗なりミルキーウェイなりの担当者が出てきた段階で、私達は興奮した参加者を装って地下に侵入すると。
完全にアドリブで、口に出しながら考える。
一気に喋って一息ついたところで、神宮寺さんがフムと息をついてまた腕を組んだ。
「いずれにせよ警察には厄介になるだろうが、完全な泥棒よりはマシか。どうすっかねえ」
「ふん。私は突入には参加できませんぞ。これでもそれなりの社会的立場がありますからな」
嘉納が真っ先にお断りを表明する。
「現実的じゃねえかあ…」
神宮寺さんも乗り気ではなさそうだ。
和美さんが悔しそうに身をよじる。
気持ちはみんな同じのはずだ。
天道宗の本部の場所を突き止めて、箱の中で苦しむ霊達の居場所もわかっているのに、助けることができない。
「…………」
小木老人の言葉を思い出す。
『どのような手段で我々を止めますか?』
どうせ何もできないだろうと嘲笑っていたあの顔。
悔しい。

「突入はともかく、デモする価値はあるかも」
とジローさんが声を上げた。
「最初は少人数でもいいんです。例えば篠宮さんなり俺なりがデモ隊を引率して、拡声器とかでミルキーウェイと天道宗の繋がりを糾弾する。デモを何度か繰り返して、それで俺達がヨミに殺されなければ、ネットの自殺映像は天道宗の自作自演だって証明できるんじゃないかな。時間はかかっちゃうけど、それはそれで一つの成果は出せる気がする」
そうか。
何も乗り込むだけが手じゃない。
本拠地を割り出したんだから圧力をかけて、ヨミによる反撃がないということを証明できれば、それはヨミに対する恐れを完全に払拭できるかもしれない」
デモと聞いてピンとこない様子の面々を無視してしまったが、私はジローさんとデモの可能性について少し盛り上がった。

「電話してみる?」
ついで平野さんが声を上げた。
「その天道宗の名刺に書いてある電話番号。かけたら何かわかるかもしれないわよ?」
「いや、それはそうかもしれないけどよ…」
神宮寺さんが戸惑っている。
珍しい光景だ。
「林田さん、だったかしら?この前みんなでお祓いをやった時の箱の持ち主。亡くなったお祖父さんには申し訳ないけど、娘のフリをして私が電話してみるの」
「いや、それはさすがにだな…」
平野さんのいきなりの提案に誰もついていけない。
娘のフリをする?
それは流石に無理が……いや、ないのか?
もともと林田氏が亡くなっていることに気づかなかったほど希薄な関係だったわけだ。
娘がいたと言って即座に嘘を見抜かれるとも限らないのか。
「たしかに、天道宗は箱を預けた当時はともかく、最近の林田家を知らなかったわけですから、娘ですと言ってしまえば通るかもしれませんが、それで何を話すんですか?」
一番早く平野さんの意図を理解した私が質問をする。
私の言葉にみんなもなるほどという顔をする。
「父の遺品を渡しに行きたいって言えばどうかしら。父の遺言で小木さん?に渡すように言われてた物があるからって」
「騙し討ちには違いねえが穏便に乗り込めるかもしれねえってか。確かに泥棒よりはマシだが、それからどうするんだ?」
「そこまでは私もまだ考えてないから、みんなで考えてみましょうよ」
とりあえずアイデアだけ出してくれた平野さんの意見をみんなで考えることにする。
そして出た結論を神宮寺さんがまとめる。
「まず平野さんが娘のフリをして電話をかけてみる。話が通らなかったら一旦そこで終わり。話が繋がるようなら父親の遺品を持っていきたいと交渉をしてみる。話の流れによって全員で乗り込むのか平野さんと篠宮さんだけで乗り込むのかを決めると」
一息ついて誰も口を挟まないのを確認して続ける。
「連中が招霊箱と呼んでいたあの箱があと二つあるから箱の保管場所に持っていってくれと言って、それが通るようなら俺と笠根さん、伊賀野さんと連雀さんでそれぞれ箱の中に身を潜めて保管場所に潜入する。丸山理恵さんの記憶によれば内側から鍵が開けられる倉庫のはずだから、箱の蓋を片っ端から開けて呪術を破壊してから逃げる。平野さんと篠宮さんはその間どうにかして本部長とタツヤを足止めすると」
そこまで話して再び神宮寺さんは腕を組んでため息をついた。
「やっぱり乗り込むしかないのかねえ」
どうしても乗り込んでからの展開が心もとない。
敵の戦力もわからないまま出たとこ勝負で乗り込むのは危険すぎるが、現状の情報ではこれ以上の打つ手がないのも確かだ。

「居場所がわかったのなら、私のほうでお役に立てるかもしれませんな」
今度は嘉納が声を上げた。
「私の友人にPFグループという会社の社長がおるんですが、広く人材派遣をやっている会社でしてな。そういう商業ビルの清掃は大抵が人材派遣を雇っているでしょう。そこにうまく潜入することができるかもしれませんな」
今までの議論をぶち壊すような嘉納の新たな提案に内心でため息をつく。
が、有効な方法であることも確かだ。
そうなのだ。
結局情報が足りない以上、うかつなことはできない。
たとえ本部の場所がわかったとしても、法を犯してまで実力行使に出るのはゆくゆくこちらの首をしめかねない。
嘉納の提案したとおり、さらなる情報収集のほうが現実的なようにも思える。
和美さんだってそれはわかっているようで、嘉納の提案にも苦い顔で頷いている。
結局その日は『供身』の儀式についての考察を深め、天道宗本部の場所が特定できた上で各自さらなる情報収集に努めるということで解散となった。
デモについても時期尚早という扱いだ。
和美さんとしては若干の肩透かしと、現実的に方針が決まった安堵で複雑な心境のようだ。
この後お茶に誘って慰めよう。
ジローさんは「いい導入部分が撮れたよ」とホクホク顔だった。

民明放送に集まってから数日後、私は池袋の三谷建設にお邪魔していた。
本部の場所がわかったので、調査のプロを使うことにしたのだ。
ついては三谷建設のコネを大いに利用させてもらうことになった。
三谷社長に連絡を取り、懇意にしている興信所を紹介してもらえないかと打診したところ、快く引き受けてくれた。
三谷建設の会議室で興信所の代表と担当者に顔つなぎをしてもらう。
かつて三谷社長が天道宗の思惑を解明するために依頼した興信所で、調査時に資料を作成し天道宗の不気味さをよく理解している人達である。
こちらの依頼を説明したところ、真剣な面持ちながらやる気に満ちた表情でうなずいてくれた。
「いやあ私どももこの件に関しては消化不良でしたから、リベンジできるのはありがたい」
興信所の代表が手を差し出してきた。
頼もしい様子に私も笑顔で握手する。
今回なんとスポンサーも三谷建設である。
あの箱を役員全員の自宅から撤去してお祓いをしたことに恩義を感じてくれていて、役員会一致ですんなりと協力してくれることになった。
興信所ほぼ総出で天道宗の本部から拾える情報を集めてくれるという。
一体いくらかかるのやらと気が気ではなかったが、三谷社長の好意に甘えさせてもらうことにした。
犯罪覚悟で特攻するのは最後の最後だ。
天道宗と違って私達は大事なものを守るために頑張っている。
そのために自分を犠牲にするのでは、おそらく天道宗を倒す前に力尽きるだろう。
私達には私達の戦い方があるはずだ。
改めて勇気を得て、私は三谷建設を後にした。

興信所の調査を待つ間にもやることは当然ある。
まず私とジローさんはデモについての可能性を検討することにした。
神宮寺さんや平野さんや嘉納などの大御所チームはネット戦略にはついてこれないし、連雀さんはメディアで取り上げられるほどの人気作家でもあるため顔バレする形でのデモ参加は不可能。
和美さんや笠根さんは本職のお坊さんなので、デモをやるとしたらデモ隊を率いるのは必然的に私とジローさんしかいない。
「学生運動の頃の知り合いなら何人か知ってるから紹介しようか?現役バリバリの左翼で今でもしょっちゅうデモやってるみたいだぞ」
神宮寺さんの提案はありがたく頂戴しておく。
いざデモとなったときに動員できるならそれはそれでアリかもしれない。
「天道宗の本部に乗り込む手段として目くらましのためのデモを思いついたわけですが、すぐに乗り込む案が却下された以上、デモのことを考える必要があるかどうかという感じもするんですが」
いつかの喫茶店でジローさんと打ち合わせている。
「あの時、まるっきし思いつきで口から出ちゃった『デモ』という言葉なんですけど、ぶっちゃけ呼びかけたら集まりそうな雰囲気もあるんですよね」
最近のネット世論の盛り上がりは私の想定を遥かに超えている。
男性の自殺映像が拡散したことでトーンダウンこそしたものの、OH!カルトの公式サイトにはコメントの書き込みが続いているし、Twitterでのリツイート数もいまだ健在だ。
なによりOH!カルト最新号は過去最高の売り上げを更新し続けている。
「デモするにしてもどのタイミングなら効果的なのか、果たして効果あるのか、そういったところは慎重に考えないとですね」
私の切り出しにジローさんがウンと頷く。
「先日も言ったけど、俺とか篠宮さんが…まあ俺でいいや、俺がデモの先頭に立って天道宗を糾弾したとする。それで俺がヨミに殺されることなくその後もデモを繰り返し続けられたとしたら、ヨミに俺を殺す能力なんてないと証明できる。それはヨミの化けの皮をひっぺがすのに最適だと思われる。けどそのために『俺達が天道宗の本部の場所を特定している』ということを明らかにして良いのか、ってのが問題だよね」
そうなのだ。
天道宗が知らない私達の最大のアドバンテージ。
丸山理恵さんの存在。
彼らはそれを知らないからこそ神出鬼没を気取って余裕をかましていられるわけだ。
こちらが法を犯す覚悟ができたならいつでも乗り込めるということがわかれば、彼らは箱をどこかに運び出して再び姿をくらませるだろう。
「はい。『ヨミの無力化』という点では多分最高の手段だと思います。でもそれだけを対価に箱と一緒にまた雲隠れされちゃうのはマズいですよね」
そう考えるとデモというのもそれほど重要な手段ではないかもしれない。
もしやるにせよいざという時を見定めて準備しなくてはならないだろう。
「ヨミを無力化したらしたでさらに厄介なことを仕掛けてくる可能性もあるもんね」
ジローさんが腕を組んでフームとため息をつく。

「実際いつやるかはともかくとして、いざデモするとなったらどの程度の効果があると思います?」
話がとん挫したので、デモの可能性について話を振ってみる。
ジローさんは天井を見上げて少し考えるそぶりをする。
「んー。『天道宗のテロを許さないぞー』とか『責任者出てこい』の他に、『ヨミに人を殺す力なんてないんだぞー』と訴えるわけでしょ?そして実際に俺を殺すことなんてできないわけさ。せいぜいデモの参加者に自殺志願者を紛れ込ませて自殺してみせるくらいで。デモ主催者の俺が無事なまま3回もデモすればさすがにネットのみんなも信じ始めると思うんだよね」
そこは今まで確認したとおりだ。
ジローさんは頭の後ろで両手を組んで続ける。
「あとこれはデモに限った話ではないんだけど、NPO法人との関係を指摘して活動を委縮させるとか?天道宗にNPOからの収入があるとすれば収入源を絶って活動を阻害する。天道宗と繋がりの深いNPOということで、そっちにもネット民の目が向けられる。うまくすれば俺達が把握していない情報が出てくるかもしれないし、会計とかの不正が出てくれば税務署とか役所が介入する口実を作ることができるかもしれない。そんくらいかなあ」
天道宗の資金源を断つ。
そんなことができるならすぐにでもやるべきだが、それはNPO以外の資金源がないことが確認できてからの話だ。
少ないとはいえ信徒からの献金も馬鹿にできない。
興信所がどこまで調べられるか不明だが、仮に資金源の全体が判明したらすぐにでもということになるかもしれない。
時期尚早という結論にはなったが、やはり戦い方としてのデモは頭の中に入れておくべきだろう。
「まあいずれにせよ大した進歩だと思うよ」
ジローさんが私の目を見る。
「伊賀野さんが丸山理恵さんにこだわってた理由がわかった。ここまで状況を進められるとは思ってなかったよ笑」
「ですね。余裕かまして丸山理恵さんに何でもかんでも見せたのが運の尽きだって思い知らせてやりましょう」
和美さんのお手柄に改めて感謝だ。
いつかのように私が差し出した右拳に、ジローさんがニヤリと笑って左の拳を軽く打ち付けた。

その後も誌面とネットで天道宗を煽りつつ相談者さんからの相談に対応していたら、興信所の調査に同行している心霊風水師の連雀さんから電話が入った。
泰雲堂の応接セットでパソコンを打っていた手を止めて通話に出る。
「もしもーし」
ゴオオオという雑音の中で連雀さんの怒鳴るような声が聞こえてきた。
「見つけた!本部というより本丸!」
窓の開いた車に乗っているのだろうか。
ものすごい風の音とタイヤの音が聞こえる。
「どういうこと?本部じゃなくて本丸?…ごめんもう一回わかるようにお願い。あと窓閉めて」
「それどころじゃない!窓ガラス割られた!超やばいよあいつら!」
んん?
「だ、大丈夫なの?」
思わず声が大きくなる。
カウンターの神宮寺さんがこっちを見る。
「とりあえず今は大丈夫!だと思う!追いついてくる感じはしないって!風がすごくて篠宮さんの声が聞こえないから大声でお願い!いま高速でそっちに戻ってるけど窓ガラスがバキバキで私もメチャクチャになってる!もうメチャクチャだよ!」
追いかけられている?
誰に?
天道宗?
「何を見つけたの?本丸ってなに?」
私もできる限り大きな声でスマホに怒鳴る。
「とりあえず今から言う住所だけメモして!……いい!?」
即座にカバンから手帳を取り出す。
「大丈夫!」
「神奈川県!○○市!○○!○○―○○!道厳寺!」
「○○―○○…どうげんじ…。メモした!大丈夫!」
「そこに天道宗のジジイが住んでる!あと多分だけど天道が祀られてるっぽい!」
なんと。
「多分もう大丈夫だと思うけど!私達が戻らなかったらそこが本丸だから!乗り込むなら本部よりその寺!わかった!?」
戻らない?
そんな状況なの?
「わかった。わかったから無事に戻ってきてよ?」
ペンを握ったまま御守りに手を添える。
いつの間にか神宮寺さんがソファの対面に座っている。
「ドライバーのイタミさんがブチギレてる!アッハッハッハ!もう大丈夫っぽい!このまま帰れるってさ!」
普段クールな連雀さんがこんなふうに笑うのを初めて聞いた。
何やら変なテンションになってるがとりあえずは大丈夫なようだ。
「良かった。マジで気をつけてね。私はどこで待ってればいい?」
「ちょっと待って!」
連雀さんが誰かに怒鳴ってる声が聞こえる。
何やら相談しているようだ。
「どこに天道宗がいるかわからないから民明放送とかには行けないってさ!イタミさんが適当に誤魔化しながらどこかに身を隠すから!落ち着いたらまた連絡する!」
「わかった」
「アハハイタミさんめっちゃウケる!そして私は今めっちゃビビってる!天道宗マジでやばい!とにかく後でLINEするから!LINE気にしておいて!じゃあね!」
「了解」
そう返すと電話が切れた。

「何があったんだ?」
神宮寺さんが聞いてくる。
はあ、はあ、という自分の呼吸の音で、私は自分が取り乱していることに気づいた。
心臓の音が大きく聞こえる。
胸の中で不安が爆発する。
左手にスマホを握りしめたまま、右手で御守りをきつく握る。
どうか無事にと目を閉じて祈る。
目を開けると神宮寺さんが私を見ていた。
その隣で宗方くんも心配そうに見ている。
また目を閉じてフウ、フウ、と落ち着くように深呼吸する。
そして目を開けて二人に笑いかける。
「大丈夫です。連雀さん達が天道宗の本丸を見つけたらしくて、追いかけられたけど振り切って逃げたみたいです」
結局私にも何が何だかわからなかったので、そのまま泰雲堂でジリジリしながら待っていると、3時間ほど経って連雀さんからLINEが入った。
車で迎えにきて欲しいというので、宗方くんに車を出してもらって神宮寺さんを含めた3人で迎えに行く。
上野駅のロータリーで待っていると近づいてくる連雀さんが見えた。
どうやら車から電車に乗り換えて移動してきたようだ。
隣にいるのがイタミさんだろうか。
連雀さんに駆け寄って両肩に手を乗せる。
「大丈夫なの?」
連雀さんはすっかり落ち着いた様子で右の手の平を胸の高さに上げた。
「大丈夫。めちゃくちゃやばかったけどなんとか逃げ切った」
隣の男性に目を向ける。
「どうも。○○興信所のイタミです」
いつも通りの連雀さんとは裏腹に疲れた様子のイタミさんに挨拶をして車に誘導するが、イタミさんはここでお別れのようだ。
「すいませんが私は事務所に戻ります。話は連雀さんから聞いてください」
そう言って頭を下げるイタミさんに連雀さんが小さく手を振る。
「ありがとー」
さっきのテンションと打って変わっていつも通り飄々とした態度の連雀さんに、イタミさんは苦虫を噛み潰したような顔をしてまたペコッと頭を下げて振り返り、駅に向かって歩き出した。

「ひどい目にあった」
走り出した車の中でガックリとうなだれた連雀さんが話し出した。
運転は宗像くんで助手席に神宮寺さん。
私と連雀さんは後部座席だ。
「みなさん知っての通り、ミルキーウェイに出入りする車で怪しいのを興信所の人達が片っ端からつけてたんだけど」
うなだれたまま疲れた声で続ける。
「いくつかの候補までジジイの居場所が特定できたからって篠宮さんから連絡をもらって、私が行くことになったじゃん?」
そうだ。
興信所からの協力要請を受けて連雀さんに同行をお願いしたのは私だ。
危ない目にあわせてしまった責任は私にある。
「最初の一軒目は空振りで、今日行ったところが二軒目。そこがドンピシャだった」
「それが道厳寺?」
「そう。ミルキーウェイに入っていく車にジジイが乗ってるのがわかって、帰り道をつけた興信所の人が見つけたポイント。そこにイタミさんと二人で昨日の夜から張り込んだ。と言っても寺からかなり離れたところに車停めてたから山登りして山の中で夜明かし。最悪」
そんな探偵らしいことを連雀さんもやっていたとは。
「ジジイの他には世話係みたいなおばちゃんしか見当たらなかったから忍び込むことにした。イタミさんだけで行くって言われたけど、一人で待ってる方が怖いから私も行った」
連雀さんが私の肩にもたれかかって続ける。
「ジジイは離れの縁側みたいなところでボーッとしてて、お寺の方の本堂に行ってみたら例の箱が飾られてた」
そこで見たのだという。

「その箱が置かれてる台座みたいなのにでっかく『天道』って彫られてたから、多分あの箱に天道の霊が入ってると思う」

なんと。
目視できる場所に置かれているのか。
いや、連雀さんの言う通り祀られているということだろう。
「明らかにやばいオーラ出してた。私はもう近寄りたくなかった。イタミさんが箱とかの写真を撮って来たから、もう帰ろうとなった」
フウーと長いため息をつく。
こんなに喋る連雀さんは珍しいから疲れたのだろうか。
それとも思い出して怖くなったのか。
「急いで車に戻ったんだけど、車の周りに2人のオッサンが立ってた。なんか白い修験者みたいなコスプレして車の中を覗き込んでた」
コスプレに突っ込むべきかと思ったが黙って先を促す。
「イタミさんめっちゃビビっててさ、幽霊だと思ったみたい」
くくっと力無く笑う。
「私は人間だってわかってたからイタミさん引っ張って隠れた。それでオッサン達がいなくなってしばらく経ってから車に走った」
とんでもない状況じゃないか。
それで結局は…
「車に乗ってエンジンかけたところでオッサン達が窓をドンッて叩いた。めちゃくちゃビビったよね」
やはり見つかったのか。
「怖い顔でなんか言ってるけど無視した。山に迷い込んだカップルみたいな雰囲気出そうと思ったけど怖すぎて無理だった」
連雀さんは二十代でイタミさんは三十代後半っぽかったからカップルというより不倫かもと一瞬考えたが、そんな場合ではないので不埒な考えを打ち消す。
「イタミさんが無理矢理車を発進させようとして、オッサンが窓を杖で叩き始めた。それで私の方の窓ガラスが割られて、そこからはもう何が何だかわからない。気がついたらどこかの道をかっ飛ばしてた」
両手で連雀さんの手を包み込む。
ひんやりと冷たかった。
「イタミさんはギャーギャー叫んでるし、私はもう身体中ガラスの破片ですごいことになってるし、怪我はしてないけど多分この服もうダメだよね」
言葉が出ない。
そんな体験をこんな小柄な連雀さんがしていたなんて。
申し訳ない思いが込み上げて強く手を握ると、連雀さんも握り返してきた。
「後ろから車が来てるってイタミさんが気にしてて、それが天道宗なのか普通の人の車なのかわからなくて、とにかく飛ばしてた。それで高速の入り口があったからとりあえず乗ったんだけど、後ろから来てた車も高速に入って来て、もう死ぬかもしれないって思ってめちゃくちゃ怖かった」
今更ながら『頑張れ』とその時の連雀さんとイタミさんを応援する。
「しばらく走ってたんだけど、後ろから来てたはずの車が見えないってイタミさんが言って、私も振り返って確認したけど車はどこにも見えなかった」
ああ、よかった。
「イタミさんがヨッシャー!って叫んだから私も叫んだ。でもまだ安心できないと思った。高速の出口で待ち伏せされてるかもって。それで篠宮さんに電話して、とりあえず本丸の場所だけでも伝えようと思った。そのまま東京まで休憩なしで帰って来た」
はああーと車内にため息が満ちた。
神宮寺さんも宗方くんも息を詰めていたのだろう。
「錦糸町で高速を降りて、パーキングに車を停めて電車に乗った。そこから色々な路線をぐるぐる回ってから上野で降りて篠宮さん達と合流。電車の中でもまだ怖かったよ。天道宗が追いかけて来てるかもってずっと思ってた」

「なんで別れ際イタミさんムスッとしてたの?」
「高速に乗るまでずっと泣きそうな顔で運転してた。そこからのブチギレハイテンションが面白くて、帰り道でちょくちょくいじってたからだと思う」
なんと。
連雀さんそんなキャラだったのか。
共に死線を潜り抜けたことで打ち解けたのかもしれない。
「あと篠宮さん達と合流する前に、『大冒険だったし映画みたいだったから最後にハグする?』って言ったら怒られた」
「それだわ。イタミさん真面目っぽかったもんね」
やっぱり連雀さんのテンションがおかしい。
もしかして普段のクール系心霊風水師がキャラ作りしてる姿なのだろうか。
いや、それだけ怖かったということだろう。
両手で包み込んでいる連雀さんの手はまだ冷たい。
それにいくら疲れていても、肩にもたれかかるようなスキンシップは普段しない。
今はできる限り安心してもらえるように手をさすってあげよう。
その日は連雀さんも泰雲堂に泊まることになり、私と一緒の部屋で布団を並べた。

翌日、すっかりいつも通りになった連雀さんと一緒に和美さんの庵にお邪魔することにした。
天道宗の本部がミルキーウェイのビルなら、天道が祀られているという道厳寺はさながら本山というところだろう。
ここまで一気に進展したのは丸山理恵さんが自分の死の体験を語ってくれたからだ。
丸山理恵さんへのお礼も兼ねて、真っ先に伊賀野庵を訪ねて情報を共有することにした。
「あらー、すごい冒険だったのね連雀さん。人は見た目によらないんだね」
昨日のことを語って聞かせる連雀さんの話を聞いて和美さんが目を丸くする。
なぜか連雀さんが天道宗のオッサン2人を撃退したことになっていて面白かったが、話の要点はそこではないのでスルーして後でこっそり訂正するだけにする。
突っ込まないの?という連雀さんの視線を無視しつつ和美さんに改めてお礼を伝える。
「和美さんが辛抱強く丸山理恵さんと向き合ってくれたおかげでここまで辿り着けたよ。本当にありがとう」
そう言う私にイエイエと手を振って、和美さんは私達から視線を外し部屋の反対側を見る。
「理恵さん来てるよ。直接お礼を言ったら?」
そう言われて和美さんの視線を追う。
するとそこに、いた。
霊安室で感じたほのかな気配。
うっすらと揺らめく影のようなものが見える。
私は連雀さんと目を合わせ、頷きあって立ち上がる。
丸山理恵さんの前に立ち、まずはペコリと頭を下げた。
連雀さんも私に合わせてくれる。
「お久しぶりです。和美さんの友人の篠宮です。霊安室でお会いしたの覚えてますか?」
丸山理恵さんはかすかにゆらめいて意志を示すが、その声はボソボソとしたウィスパーで私にははっきり聞こえない。
「覚えてるって。理恵さんも篠宮さんにお礼を言ってる。助けてくれてありがとうございましたって」
和美さんが丸山理恵さんの言葉を通訳してくれるのに頷いてから続ける。
「理恵さんのおかげで天道宗の本部と黒幕のいるアジトがわかりました。正直言って、理恵さんがいなかったら私達は何もできずに好き放題やられていたと思います。本当にありがとうございました」
また頭を下げる。
今度はさっきよりも深く、そのまま少し待って顔を上げる。
「あらら、泣いちゃった」
和美さんの言葉に驚いて丸山理恵さんをよく見る。
私には揺らめく影にしか見えない。
「理恵さんってすごく泣き虫なの。今まで人にこんなふうに感謝されることがなかったからって言ってる。篠宮さんの役に立てたことが嬉しいって」
和美さんから聞いた話では丸山理恵さんはずっと寂しい思いを抱えて生きてきたという。
「辛すぎる運命だったけど、それでも人の役に立てたんだから悲しいだけじゃないって思える。だから理恵さんのほうこそ感謝したいって。本当にいい子よね」
私は親愛の気持ちを伝えたくて右手を伸ばす。
丸山理恵さんが揺らめく影を伸ばして私の手に触れる。
ほんのかすかな感覚を頼りに手を握るように指を動かす。
握り返してくる感触がした。
嬉しくなって口元がにやけてしまう。
体の向きを変えて丸山理恵さんを和美さんが座るソファに促す。
「一緒に座ってお話しましょう。もっと理恵さんのことを教えてください。私達のことも知って欲しいし」
私の動きに合わせて揺らめく影が動き出す。
丸山理恵さんの手の感触を感じながら連雀さんも一緒にソファに戻る。

「篠宮さんが主人公すぎて辛い」
「なにそれ笑」
ソファに座るなり連雀さんが謎の理由で落ち込んでいるアピールをする。
「私は完全に空気」
「私は理恵さんとは2度目なんだから当然でしょ。連雀さんも理恵さんと仲良くなればいいじゃん」
「私に篠宮さんみたいなコミュ力を期待しないで」
「仲良くしたくないの?」
「したいに決まってる」
「じゃあ拗ねてないで話に参加するの」
「無理。みんなが話してるのを黙って聞いてる。あとさっきのボケ殺しを私はまだ忘れてないから」
私達のやりとりを聞いて和美さんがため息をつく。
「篠宮さんってほんと誰とでも漫才するよね」
「いや漫才してるわけでは」
確かにくだらない話をするのは好きだ。
特に連雀さんとは歳も近くて以前から勝手に友達だと思っている。
「連雀さんも意外だったわ。結構よく喋るのね」
「んーまあ、それなりに」
和美さんと連雀さんは相楽さんのお祓いと先日の会議くらいしか接点がない。
これを機に若手女性霊能者として親睦を深めていきたいところだ。
「そうだ」
良いことを思いついた。
「和美さんと連雀さん、今度ウチの雑誌で対談しましょうよ。インタビュー企画のスペシャル版みたいな感じで」
そんな感じで丸山理恵さんも交えて楽しい雰囲気で作戦会議という名の女子会が始まった。

丸山理恵さんは思った以上に回復しておらず、そもそも霊体なので回復するかどうかも不明ということで、ヨミの霊に身体を乗っ取られて衰弱したまま今に至っている。
和美さんに憑依しなければ外出もままならないらしく、このまま伊賀野庵でことの顛末を見届けるつもりのようだ。
厄介というか悩みどころは丸山理恵さんの執着というか、現世に留まっていたいという欲求が、タツヤの命を見届けたいという思いだった。
この期に及んでなお丸山理恵さんはタツヤを愛しているという。
タツヤが地獄に落ちるなら自分も共に落ちたいという強すぎる想いが丸山理恵さんをこの世に縛っている。
全てが終わった時に和美さんが浄霊に導いたとしても素直に応じるとは思えないようだ。
深く愛した想いが霊体になって変化するのは並大抵のことではないし、そこまで振り切ってしまった感情はいっそ清々しいとさえ思えるほどに純粋だ。
和美さんはこのまま丸山理恵さんの魂とずっと向き合っていく覚悟はできているという。
「妹ができたみたいで楽しいわよ」
とのことだった。
悪さをすることもなく、和美さんの体調に悪影響があるわけでもないので、和美さんはよく丸山理恵さんをくっつけてお散歩に行くほど仲良くしている。
深入りしすぎていると和美さんのことを非難するつもりはない。
いつか丸山理恵さんが納得して神仏の導きに従ってくれればいいと思う。
タツヤと一緒に地獄に落ちるなんてさせるくらいなら、ずっとこのままでいいと私も思う。
機会があれば両親に相談してみよう。

小木勘助が住み、天道の霊が封じられたと思しき箱がある寺の場所は速やかに仲間内で共有された。
この成果をもって興信所への依頼は達成となり、連雀さんはイタミさんと再会を果たすことなく興信所との契約は完了した。
窓ガラスを割られた車はイタミさんの私物だったらしく、三谷建設から修理代とお見舞い金が別途支払われたという。
イタミさんが撮影した写真は流石の情報量だった。
天道の霊を封じた箱とその台座、本堂内の様子や敷地内での位置関係など、写真だけで現地の様子が手に取るようにわかる。
これで道厳寺、ミルキーウェイ共に拠点の場所はこちらの把握するところとなった。
和美さんと丸山理恵さんサマサマである。
あとはいつ、どこに、どのように突入するかだけだ。
なんとか警察を動かせないものかと頭をひねるも一向に良いアイデアは出てこない。
そんなこんなで時を過ごしてしまったと悔いても仕方のないことだが、悪い出来事というのは前触れもなくやってくるものだ。

その日、朝のニュース番組は全焼した神社関連施設のニュースで独占されていた。
浅草と秋葉原の中間地点にある鳥声神社、日本橋兜町の歌舞渡神社、千代田区大手町の正門塚、同じく千代田区の冠田明神、津久戸神社およびその旧地である津久戸八幡神社、西早稲田の御厨稲荷神社、北新宿の鎧井神社の8件だ。
「…………」
やられた。
そのニュースを見た瞬間、何が起きたのか理解した。
これらの神社のリストを見てピンとくるのはアレしかない。
平将門を神として祀ることで祟りを守護に変えるよう祈念して作られた結界。
北斗七星を模したレイライン。
その7つの星に当たる神社や塚が燃やされた。
津久戸神社に至っては旧地である津久戸八幡神社まで燃やす念の入りようだ。
ニュースによると全て放火で、それぞれ犯人は10代〜20代の少年少女で、全員がすでに逮捕されていた。
彼らはふざけていた、遊びのつもりでやったと供述しているという。
違法薬物を所持していたことから、薬物による集団的な暴走ではないかと報道されている。
これが天道宗の仕業なら、逮捕された少年達はまもなく自殺なり不審死なりして幕引きとなるのだろう。
「…………」
完全にしてやられた。
まさか放火という直接的な暴力を使ってくるとは思わなかった。
幸いなことに死者こそ出ていないものの怪我人多数、近隣のビルにまで延焼したりとかなりの被害となっている。
そしてその影響は単なる放火事件にはとどまらない。
テレビでは意図的に避けているが、これらの施設が何を意味するか、すでにネットでは周知の事実と言って良い。
平将門を封じた結界。
それが全焼したのだ。
天道宗の仕業だと考える人が多いだろう。
厄介なのはもっと恐ろしい想像をする人も出てくるかもしれないということだ。
すなわち『平将門によって封印が破られた』と。
怨霊を封じていた結界が燃え落ちるなど、いかにもホラー映画でありそうな展開ではないか。
これが天道宗によるものならともかく『大怨霊・平将門が自ら封印を破るべく少年少女を操り結界を破壊した』と見る人も出てくるかもしれない。
天道宗の自作自演を証明しない限り、この可能性は否定できない。
実際のところどうだというよりも、『そういう見方もできるよね』とするのが天道宗の厄介なところだ。
ヨミと同じく『仮にそうだったら?』というポイントをついて人々の恐怖を操る。
そして私自身、その可能性を完全にゼロとは断言できない。
もともと天道宗は将門の結界を逆さまにした怨霊の結界を構築して将門を挑発していた。
それが功を奏していよいよ将門の逆鱗に触れたのではという推測も成り立つのだ。
私自身が天道宗の術中にはまっているのは自覚しているが、それでも万が一の可能性という毒が頭の隅を鈍らせる。
北斗七星を模した結界が破壊されたからといって、すぐに将門が復活するというのも可能性としてはどうなのだろうか。
津久戸神社が北斗七星から外れた現在の場所に移転したのは戦後間もない頃で、単に戦争によって焼失したからだ。
その時も将門は復活しなかった。
北斗七星の崩壊=将門の復活ではない。
おそらくは神社を守り続けている人達が実質的な結界の役割を担っている部分もあるのだろう。
「…………」
それでも。
実際のレイラインを構築する施設が焼失してしまった以上、いつまで結界が維持できるのかという不安は拭いきれない。
一刻も早い施設の復旧とレイラインの再構築は必要だろう。
誌面で寄付を呼びかける他に打てる手がないか検討する必要もありそうだ。

案の定、ネットでは『平将門復活か』という議論で大騒ぎしていた。
かつて先人達が研究し発表していた平将門魔法陣の真偽を検証し、歴史的あるいはオカルト的な考察を繰り広げ、天道宗の犯行の可能性を議論していた。
大筋において『天道宗の自作自演だ』という結論に達するものの、それでも捨てきれない可能性とロマンにネットは熱狂し、空前の平将門ブームが巻き起こっていた。
平将門に祈りを捧げて鎮魂を願う者、逆に将門を挑発して復活と混乱を望む者、何バカなこと言ってんだと嘲笑う者。
様々な主張が入り乱れて収集がつかなくなっていくネット空間において、OH!カルトは一貫して冷静を呼びかけることにした。
結界の焼失=ただちに将門の復活ということではない。
天道宗が本格的なテロ行為に乗り出した以上、今後なにが起きるかわからないので充分に注意する必要がある。
特に逆北斗七星の結界周辺に住んでいる人達は、役目を終えた逆結界に使われていた悪霊が解き放たれる可能性があるので、可能ならば周辺から離れることが望ましい。
現実的とも言いきれない危機までもを予測し、なかば煽るような形で警戒を呼びかける。
実際には逆北斗七星に使われた悪霊は鎮め物として埋められているので、すぐに解き放たれることはないだろうと予想をしていた。
だが、そんな予想を裏切る形でTwitterにあるツイートが拡散する。

『ウチの近所でビルの解体してるんだけど、ここって逆北斗七星の星の場所に近いんだよね。もしかして…』

というツイートが解体現場の写真付きで拡散されていた。
それを裏付けるために様々なネットユーザーが現地に突撃し、GPS情報をアップしてOH!カルト公式サイトの逆北斗七星マップと照合した。
そして件のツイートの解体現場が逆北斗七星の星のひとつと合致するという結論に達し、他の星のポイントにも突撃した結果、他の数カ所でも同じようにビルが解体されていることがわかった。
あまりにもタイミングの良い解体の事実に、ネットユーザー達は『天道宗が悪霊の箱を掘り出している』と結論づけて大騒ぎすることになった。
OH!カルトの予想の先を行く天道宗の行動の速さに戦慄すべきか、確度の高い予想で天道宗の跡をピッタリとついていくOH!カルトを称賛すべきか、ヨミ騒動と同じようにOH!カルトに賛同する声が爆発的に高まり、ネット空間では再びアンチ天道宗の波が高まっていった。

呪いの箱を掘り出している。
その事実に私は簡易的なデモを呼びかけてみることにした。
ビルの解体現場に押しかけて横断幕を掲げ、『国民を呪詛するのをやめろ!』とシュプレヒコールを上げる。
前日にネットで呼びかけたところ30人ほどが集まってくれた。
作業員の人達には申し訳ないが、一応警察には事前に報告もしているし、威圧的にならない程度にマイクのボリュームを調整してこちらの主張を伝える。
『天道宗は国民を苦しめるのをやめろ』
『自殺を幇助するような宗教は解散しろ』
『責任者はカメラの前に出てきて釈明しろ』
それらの主張を幾度か繰り返したところ、最後の『責任者は〜』につられたのか、天道宗の責任者ではなく解体現場の監督さんが出てきて対応してくれた。
ヘルメットを取ってこちらに歩いてくるのが見えて、私はマイクをデモスタッフの宗方くんに預けて監督さんと対面する。
監督さんは50代半ばのガッチリしたオジサンで、薄い色付きのメガネの奥から私を睨みつけている。
「なんなんですか。アンタ達」
私の前で立ち止まった監督さんは不機嫌を隠そうともせずそう言った。
私は監督さんに頭を下げてまず謝罪する。
「作業の邪魔をしてごめんなさい!」
「お、おう」
いきなりの謝罪に反応に困る様子の監督さんに、頭を下げたまま続ける。
「工事の邪魔をしたいわけじゃないんです。作業は止めずにいつも通りやっていただいて大丈夫です。少しだけ私達のお話を聞いていただければと思ってます。どうでしょうか」
そこまで言って少しだけ顔を上げて監督さんを見る。
「んん…まあ、わかったけどウチとしてもいい気分しねえから手短にしてくれ。そんでとっとと帰ってくれ」
話のわかる監督さんに感謝しつつ、私達がデモをしている理由を説明する。
霊を集めた箱と言っても信じてもらえないだろうから、『多くの人の遺骨を入れた箱で呪詛を仕掛けており、遺族から頼まれて遺骨を回収しにきた』と嘘をついた。
監督さんはピンとこない様子だったが、「鎮め物として黒い箱が埋められているはずなんです。それをできればお預かりさせていただけないかと」
と頼むと、
「それは無理だな。鎮め物はわざわざ掘り出してお客さんに渡すことになってる」
とにべもない返答だった。
その鎮め物の写真だけでも撮らせてと頼んだら、渋々だがOKをもらえた。
もちろん解体現場に入らせてくれるわけもなく、私が持参したカメラで監督さんが撮影してくれるとのことだった。
交渉がすんなりうまくいったので、私達は監督さんが写真を撮ってきてくれるのをしばらく待つことになった。
参加者の皆さんにデモは一旦休憩すると伝え、OH!カルト編集者として皆さんの質問に答えたり、希望する人とは一緒に写真を撮ったりしていたら、解体現場から異様な気配が漂い始めた。
「…………」
掘り出された。
おそらくたった今、鎮め物が掘り出されたんだ。
この気配は今までになく強烈かもしれない。
目立たないようにデモに参加していた和美さんと目を合わせる。
和美さんもこの気配を感じ取っていて頷きを返してくる。
解体現場のトラック出入り口が開いた。
そして黒い高級車が出てくる。
異様な気配もあの車に乗っているのがわかった。
どこかに持ち去るつもりなのだ。
「あの車を囲んでください!」
逃してはならないと思い大声で参加者のみなさんに呼びかける。
「…………」
誰も動かない。
あれ?と思って参加者さんに向き直る。
参加者さん達はみんなポカーンと私を見ていた。
「えっ?」とか「囲むの?」という声が聞こえる。
困惑する参加者さんの中から宗方くんが出てきて苦笑する。
「いやあ…流石にぶっつけ本番で『囲んで』と言われても無理じゃないっすかね笑」
「…………」
和美さんも近寄ってきてため息をつく。
「あのねえ、打ち合わせもなしにいきなり動けって言っても、みんな何したらいいかわからないわよ」
だよね。
当たり前だよね。
私はバツが悪くなりアハハと作り笑いをした。
「ですよねー。ついテンション上がってテレビの真似事しちゃいました笑」
天道宗と思しき車を見た時、咄嗟にニュースで見たことのあるデモの映像を思い出したのは間違いない。
そして反射的にそれらしく振る舞ってしまった。
無意識にやったことだが、これは非常に恥ずかしい。
昨日呼びかけて集まっただけの素人デモ隊にそんな統率の取れた行動などできるはずもない。
そもそもそんな打ち合わせすらしていないのだ。
ただただ恥ずかしくて参加者のみなさんにゴメンナサイと手を合わせる。
「なんだよもう笑」「OH!カルトさんもテンション上がるとバグるんですね笑」「めちゃビビったッス」など口々に安堵と呆れを表明する参加者さん達にアハハと苦笑いを返しつつ謝る。
箱を乗せた黒い高級車は既に走り去り、異様な気配も感じられなくなってしまった。
「おい」と声をかけられて振り向くと、いつのまにかやってきていた監督さんがカメラを差し出してきた。
「俺が撮ったってことは内緒にしておいてくれよ」
そう言う監督さんにお礼を言いつつカメラを受け取る。
画像を表示するとバッチリ黒い箱が写されていた。
掘り出したばかりの、まだ地中に納められた状態の呪いの箱。
弁当箱くらいのサイズで、蓋に刻まれた招霊の咒語までしっかりと判読できる。
これでまた証拠が一つ手に入った。
呪いの箱の制作者が天道宗だと証明できた時点で、全ての悪事は天道宗によるものと断言できるだろう。

箱を確保することはできなかったが、証拠写真を入手できたことはデモの大きな成果と言って良かった。
人の良い監督さんに改めて感謝を伝え、デモを解散すると伝える。
お詫びの印に大量に購入した缶コーヒーを監督さんに渡す。
作業員さんが何人いるかわからなかったので20本ほど用意した。
監督さんは笑顔で受け取ってくれ、「もうやるなよ」と言って去っていった。
ごめんなさい、またやります、と心の中で手を合わせて私はデモ参加者のみなさんに向き直る。
「ありがとうございました!これから霊能者によるお祓いがありますので集まって下さーい!」
私の声に反応して参加者さん達が集まってくる。
和美さんが私の横に立って参加者の皆さんにペコリとお辞儀をして笑いかけると、おお、というどよめきが聞こえた。
私は内心でニヤリとほくそ笑む。
どうだ、和美さんは美しかろう。
デモに参加していた謎の美人が霊能者だったことに驚いてもらえたのに満足しつつ、和美さんに場を譲って参加者さん達に合流して和美さんを見る。
私の視線に頷いて和美さんが声を上げる。
「どうもお疲れ様でした。何もないとは思いますが、ヨミの霊みたいなのが憑いてるんじゃないかという不安もあると思いますので、お祓いをさせていただきます。短くお経を読みますので、みなさんも軽く手を合わせてください」
そう言って数珠を持った手を胸の前で合わせる。
和美さんの動きに合わせて参加者さん達も手を合わせる。
神社の娘である私も同じ作法で手を合わせている。
和美さんの読経が静かに始まった。
近隣の住民の皆さんを動揺させないよう必要以上に声を張らず、粛々とお経を唱えている。
時間にして3分ほどだろうか。
読経が終わった。
「これで大丈夫。皆さんに憑いている障りはありませんので、安心してお帰りください」
「これでもし、ここにいる誰かが死んだりした場合、それは天道宗の仕込みってことになるんですか?」
宗方くんがナイスパスを出してくれる。
和美さんも宗方くんの意図を汲み取って笑顔で答える。
「そうですね。天道宗に協力している自殺志願者の方がこの中にいたら、後で自殺するパフォーマンスをして私達を萎縮させようとするかもしれません」
自殺するパフォーマンス。
改めて聞くとすごい言葉だ。
天道宗のパフォーマンスによって実際に人が死ぬのだから。
もともと自殺するつもりだった人の命といえど、それを利用するなどあってはならない。
「ですからどうか天道宗のペテンに惑わされないよう心しておいてください」
和美さんが宗方くんから参加者のみなさんに向き直って続ける。
「これからも天道宗は様々な手段で私達を脅すはずです。決してひるまないんだ、天道宗に人を自由自在に殺せる力なんてないんだと言い続けることこそが、彼らの企みを挫く唯一の方法であると私は思います。みなさん、これからもどうかご協力よろしくお願いします」
和美さんの見事な演説に拍手が湧き起こる。
真っ先に拍手したのはもちろん私だ。
参加者のみなさんも美しい霊能者の力強い言葉に大きく頷いている。
これはきっとネットで話題になるぞと思った。
見たところスマホで撮影している人はいなさそうだが、デモの参加人数が増えてくると確実に映像は出回るだろう。
そうなると顔出しでお祓いをするのは私の役目になるかもしれない。
そのことも和美さんや神宮寺さんとよくよく話しておこうと思った。

その後は現地解散ということでデモは終了した。
和美さんが参加者のみなさんに取り囲まれて質問責めにされているのを見て、しばらくはここから動けないねと宗方くんと笑い合った。
和美さんの新たなファンクラブができるかもしれない。
心の中で笠根さんに手を合わせて謝罪の念を送る。
笠根さんに思いが届いたかどうかはわからないが、今度なにか和美さんとの仲を深めるようなイベントが起きないかなと、密かに企むのだった。

続きます。

  • この記事を書いた人

やこう

ご乗車ありがとうございます。 車掌は怪談や奇談、洒落怖、ホラーなど、『怖いモノ』をジャンル問わず収集しているオカルトマニアです。 皆様も「この世発、あの世行き」の夜の寝台特急の旅をごゆっくりお楽しみください。

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