オリジナル作品

山に入れなくなった話【朗読用】  第6話

忙しげに準備をする笠根かさねさんとタッキーを見ながら俺は応接ソファに体を預けている。 頼もしい気持ちと共に不安が押し寄せてくる。 いきなりバトル、とはすぐに除霊を行うということだろう。 あの映像のように、今度は俺が本堂の真ん中に正座して首を垂れる側になるのだろうか。 あの時の木崎美佳きざきみかはぐったりというか、朦朧としていたようだった。 俺もあんな風になるのだろうか。 怖い。 窓の外を見ると昼の日差しが明るく庭を照らしている。 全て解決すればいいのだが。 いや、解決してくれなくては困る。 手首につけた数 ...

山に入れなくなった話【朗読用】  第5話

笠根かさねさんと別れたあと、俺は夜間出入り口から病院内に入った。 病棟まで戻ると斎藤さんが俺を見つけて近寄ってきた。 「どうでしたか?」 心配そうに聞いてくる。 優しい人だ本当に。 「おかげさまでなんとかなりそうです」 そう言うと彼女はホッとしたようにため息をつき「よかった…」と言った。 惚れてしまいそうだった。 病室に戻るのは若干怖かったが、笠根さんの言葉を信じてベッドに横たわる。 あっという間に疲れが襲ってきて、何を考える間もなく俺は意識を手放した。 朝まで熟睡できたのは数珠のおかげだったのだろうか、 ...

山に入れなくなった話【朗読用】  第4話

「わかりました。ちょっと待っててくださいね」 そう言って看護師・斎藤さいとうさんは部屋を出て行った。 あたりは静まり返っている。 カーテンの隙間から窓が見えて目をそらす。 いるのか? 何が? あの映像に映っていた木崎美佳きざきみかなのか? それとも木崎美佳の格好をした何かなのか? わからない。考えたくもない。でも何か考えていないと怖くて叫び出しそうだ。 目が、合ったからだろうか。 ディレクターのところに行かず俺のところに来たのは、編集作業中に拡大して確認していたからなのか? 撮影した会社はもうないらしい。 ...

山に入れなくなった話【朗読用】  第3話

暮れ始めた街はまだ明るく少し不安が薄れるが、漠然とした焦りのような感覚が足を動かす。 仕事をしすぎたせいか肩が少し重い。 揉みほぐしマッサージに行こうか。 渋谷に着いてもやることなんかなくて、あちこち行ったり来たりしながらひたすら歩いた。 肩が重い。 特に右肩が凝っているようだ。 ふと気がつくと代々木公園に戻ってきていた。 犬を連れている老人が歩いてくる。 カップルや学生が楽しそうに話している。 ベンチに座ってワンカップを飲むサラリーマンが見える。 いつもの光景だ。 「おいあんた」 犬を連れた老人とすれ違 ...

山に入れなくなった話【朗読用】  第2話

高校を卒業した俺は大学に進学せず映像系の専門学校に進んだ。 その学校の卒業生が立ち上げた代々木の小さな映像制作会社に就職したのだが、この選択がまずかった。 なんせ零細企業のため人がいない。 社長を含め5人しかいない会社なので、打ち合わせから撮影、編集に至るまで全てこなせないと仕事が回らないのだ。 当初は全ての制作過程に携われるのが楽しかったが、入社して3年も経った頃には段々と苦痛になっていった。 特に営業が辛かった。 先方の要望を聞き、おおよその予算を伝え、企画を取捨選択して実現可能なプロジェクトに落とし ...

山に入れなくなった話【朗読用】  第1話

子供の頃、俺・前田浩二まえだこうじは山で遭難したことがあった。 俺の地元は結構な田舎で小学校は人数が少なく、同学年は2、3人しかいない。 1~6年生全て合わせても20人ちょっとという有様で、それなりの校舎はあるものの全生徒が1つの教室で授業を受け、他の教室は無用の長物という扱いだった。 教室は1つで先生も1人。 まあ見事に過疎った町だったわけだが、当時の俺にはそれが普通でその町が世界の全てだった。   その日、俺は友達のAとBを連れて山に入ってみることにした。 普段から山には入るな、山に入るとモ ...

第一部 一話 反撃開始

月刊OH!カルト8月号 特集ページより一部抜粋。 『ヨミの騒動を覚えている読者は非常に多いことと思われる。 つい先日の出来事であったし、近年稀に見る大規模テロであったことも要因だろう。 ヨミという女が現れて、数十人が自殺した。 自殺という極めてプライベートな事柄でありながら、それが数名あるいは十数名同時に行われたこと、さらに複数の場所で複数回行われたことから、政府や報道機関は組織犯罪ではないかという見解を発表しているが、テロとの明言までは避けている。 弊誌でも繰返しお伝えしてきたヨミ騒動であるのだが、この ...

第四部 四話 老師4

前田さんと不思議な体験をしたその日、俺は老師に天道宗について尋ねた。 前田さんも俺も気功で転がされ続けたおかげでクタクタだったが、それでも老師に会いに来た目的は果たさねばならない。 体を引きずるように機材の片付けを始めた前田さんを横目に、老師の元へ向かう。 「以前お会いした際に、コウ先生がおっしゃっていた天道という人物についてお聞きしたいんですが」 老師と話しているハオさんに声を掛けると、ハオさんはバネ仕掛けのようにクルリと振り返ってこちらに向き直った。 射ぬくような視線。 そして一瞬の後に口を笑みの形に ...

第四部 三話 老師3

出社してデスクに座り、松野さんからもらった名刺を改めて確認する。 会社名と肩書きは松野製薬ホールディングス相談役と書かれている。 松野製薬HDという名前を聞いたことはなかったが、検索すると結構大きな会社のようだった。 予想外に偉い人っぽいが、篠宮母の情報によれば神職の筈だ。 まあ篠宮母にも勘違いはあるのかもしれないし、親族経営の会社なのかもしれない。 この名刺をもらった時、よほどのピンチにならなければ連絡してくるなと言っていた。 ということはピンチになったら連絡して良いということだ。 神様へのホットライン ...

第四部 二話 老師2

翌日、俺は疲労の残る体で出社した。 全身の筋肉が限界まで酷使された感覚が残っている。 不思議なことに筋肉痛にはならなかった。 運動とは違う理屈のダルさなのだろうか。 まずは動画の生データを同僚に見せて意見を聞く。 「なんですかコレ?」 「気功だってさ。胡散臭いだろ?」 モニタではジャージ軍団が老師に転がされる様子が流れている。 「うん、胡散臭い」 「ところがだよ。実際に目で見ると凄いんだよ」 「先輩の撮り方がダメってこと?」 「いやいや。誰が撮ってもこうなるから」 ハンディでジャージ軍団をすぐそばから撮影 ...

第四部 一話 老師1

翌日、ハオさんから指定された場所の前で笠根さんと待ち合わせた。 渋谷の駅から少し離れた住宅街にあるヨガスタジオ。 お洒落なママさん達が好むような外観にしつらえられたきらびやかな一軒家を前に俺達はたじろいでいた。 「…………」 閑静な住宅地の風景にとけこむお洒落なスタジオの前に男が2人。 顔はイケメンとはいえ垢抜けているわけでもない地味な服装の笠根さん。 アウトドア仕様の無骨なカメラバッグと三脚を担いだ俺。 なんという場違い感だろうか。 別に悪いことをしているわけでもないのに気後れしてしまう。 「ここ…です ...

第三部 五話 呪者の影 5 エピローグ

霊安室の扉が閉まってから1時間近く経っただろうか。 開閉スイッチの赤いランプが点滅したかと思ったら、鉄の自動扉がゆっくりと開き始めた。 10分ほど前に由香里が、霊安室から滲み出ていたドス黒い気配が消えたと言っていたが、それでも思わず身を固くして扉を見つめる。 「…………」 霊安室の中は扉が閉まる前と違って明るい。 若干疲れた顔の笠根さんと困惑気味の篠宮さん、そして何故かやけに堂々とした伊賀野さんが部屋から出てくる。 なにやらテンションの違う3人の表情に引っ掛かりを覚えるも、とりあえず無事に出てきてくれたこ ...

第三部 四話 呪者の影 4

薄暗い霊安室の中、笠根さんと和美さんが読経する声が響く。 扉が閉まる直前、前田さんが叫んだようだったが、こちらが反応する前に扉は完全に閉まってしまった。 おそらくこの場にいる霊が何かして脅かしたのだろう。 前田さんには後でフォローを入れておいた方が良いかもしれない。 勧請院さんのように、この場で霊を祓ったと思っても、実は前田さんに取り憑いていて…なんてことがあってはいけない。 慎重に過ぎることはない。 読経が始まってすぐ、霊安室の中に霊の気配が満ちた。 それは読経によってもたらされる清浄な空間を闇で塗りつ ...

第三部 三話 呪者の影 3

翌日、笠根さん指定の時間まで俺と由香里は病院の前の喫茶店で時間を潰していた。 時刻はお昼前。 今日は仕事が休みの由香里は、普段よりもカジュアルな格好でいるらしく、時折すれちがう同僚の看護師さんに茶化されていた。 隣にいる俺をネタに談笑する同僚なんかとはそれなりに仲が良いのだろう。 皆とても怪奇現象に悩まされているとは思えないほどに気楽な雰囲気だ。 そう指摘すると由香里は苦笑して言った。 「病院から外に出るだけで気持ちが楽になるのよね。私もそうだもん。職場に戻るとまたあの嫌な空気になるから、休憩の時はほんと ...

第三部 二話 呪者の影 2

ハオさんのおごりで本場仕様の四川料理を堪能して、俺と笠根さんはハオさんと別れた。 水煮牛肉(スイジューニュールー)という激辛煮込みを食べたために口の中がビリビリしている。 「もうちょっと飲んで行きませんか?」 そう笠根さんに聞いたら笠根さんもそのつもりだったらしく、手近な居酒屋に移動することにした。 ヴヴヴとスマホが鳴ったので画面を見ると由香里からの着信だった。 時間から考えて、仕事が終わったタイミングで電話をかけてきたのだろう。 笠根さんに軽く手をあげて電話に出る。 「もしもし斎藤さん、今晩は」 わざと ...

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