山に入れなくなった話朗読バージョン

山に入れなくなった話【朗読用】  第6話

投稿日:2021年8月29日 更新日:

忙しげに準備をする笠根かさねさんとタッキーを見ながら俺は応接ソファに体を預けている。
頼もしい気持ちと共に不安が押し寄せてくる。
いきなりバトル、とはすぐに除霊を行うということだろう。
あの映像のように、今度は俺が本堂の真ん中に正座して首を垂れる側になるのだろうか。
あの時の木崎美佳きざきみかはぐったりというか、朦朧としていたようだった。
俺もあんな風になるのだろうか。
怖い。
窓の外を見ると昼の日差しが明るく庭を照らしている。
全て解決すればいいのだが。
いや、解決してくれなくては困る。
手首につけた数珠の感触を確かめながら、ぼんやりと庭を眺めていた。

伊賀野いがの和美かずみが到着したのは午後3時を回った頃だった。
真っ黒な車が砂利を踏みしめる音を響かせながら境内に入ってきた。
中から5名の男女が降りてくる。
先頭にいるのが伊賀野女史だろう。
1人だけスーツ姿で、そのあとに黒い袈裟けさを着た僧侶達が続く。
笠根さんが待ち構えていた玄関で話し声が聞こえ、続いて複数人分の足音が廊下を進んでくる。
笠根さんに続いて部屋に入ってきたのは若干派手な化粧をした女性だった。
年の頃は30代中頃、かっちりしたベージュのパンツスーツに肩まで伸びた黒い髪にはゆるいウェーブがかかっている。
お洒落してます!という風貌の女性の後ろには先ほど見たとおりの袈裟軍団が硬い面持ちで続いていた。
見るからにきらびやかな伊賀野女史はしかし、部屋に入るなり俺の顔を睨みつけてきた。
笠根さんが紹介するのを待つこともなくツカツカと歩み寄ってくる。
掴みかからんばかりの勢いで近づく伊賀野女史に面食らって少し後ずさる。
と、伊賀野女史が俺の前に仁王立ちする形で立ち止まった。
「あなたね。はじめまして伊賀野と申します」
そう言って丁寧に頭を下げた。
「ど、どうも、はじめまして前田と申します」
威圧感とお辞儀のギャップでさらに面食らいつつ俺も頭を下げる。
「ご存知でしょうけれどあなたに憑いている霊には私も因縁がありますので、是非ともお話を聞かせていただきたいのです。よろしいですね?」
「もちろんです。俺…私もこの事態が片付くならなんでもする覚悟です。よろしくお願いします」
「ありがとうございます。では、座らせてもらっても?」
そう言って笠根さんに視線を飛ばした。
この部屋に入ってわずかに1分足らず。
あっさりと主導権を握った伊賀野女史は返答を待たずにソファに座った。
なんだこの人、怖えな。

笠根さんも俺の隣に腰を下ろし、黒袈裟軍団は伊賀野さんの後ろに控えるように立っている。
タッキーがいそいそとお茶を配って回るのを気にせず伊賀野さんが口を開いた。
「では、まずあなたの現状を教えていただけますか?」
俺は頷いて、笠根さんにしたのと同じように事細かに説明した。
子供時代の神隠しの件まで全て包み隠さずに話した。
そこまで話すと笠根さんが口をはさんだ。
「それで私、昨日その病院に呼ばれて行ったんですが、その霊とは別の狐が見えたんですよ」
「狐、ですか」
「はい。病院に入ろうとしたら威嚇してきまして、それが怖いのなんのって笑」
伊賀野さんは思案するように腕を組んで話を聞いている。
笠根さんが続ける。
「私ね、むかーしむかし子供のころに、ふざけてお地蔵さんの像を傷つけちゃったことがあるんですよ。その時にかなりひどい罰があたりましてね。こう、『祟り殺すぞボケ』みたいな感覚がずーっとついてまわるみたいな。それがもう無茶苦茶怖い。その時の感覚に近かったんですよね、その狐が」
「前田さんが子供のころに体験した神隠し。それを引き起こした神様が狐目。符合するけど結論付けるにはもう少しといった感じでしょうか」
伊賀野さんが考えながら言う。
それからいくつかの質疑応答の後、伊賀野さんは彼女の側の事情を話し始めた。

「あなたが仕事で関わったそのビデオは、5年前に母が行なった除霊の様子を撮影したものです」
5年前、ブログの更新が途絶えた頃と一致する。
「私もその場にいました。最初は順調に、母の誘導通り霊が出てきて、母が名前を問いかけた時にもしっかりと答えていました。そのままいつも通りに除霊は終わった、はずだったのですが」
伊賀野さんは一旦言葉を切った。
「その霊はとても狡猾こうかつで、母にも嘘の名を答えていたのだと思います。除霊が成功したと思わせて気配を消し、母をやり過ごすことに成功した」
伊賀野さんは懐から煙草を取り出し、笠根さんに目配せをする。
「構いませんよ。今、灰皿をお待ちします」
そう言うとタッキーが動き、大きな灰皿を持ってきて応接机の真ん中に置いた。

伊賀野さんは煙草に火をつけフーっと長く煙を吐き出した。
当時を思い出しているのか眉間には皺が寄っている。
「除霊が終わって木崎さんの様子も大丈夫そうだったからそれで撮影は終わり。私達はなんの疑いもなく解散した。今思い出しても悔やまれるけど、母も私もまんまとしてやられた・・・・・・のよ」
そう言ってまた煙草を深く吸い込んで吐き出す。
口調が幾分か砕けているのは、煙草を吸ってリラックスしたからか、あるいは。

「それから何日か経ったんだけど、突然木崎さんがあんに訪ねてきたのね。庵っていうのは母がおこしたお寺。伊賀野庵いがのあんというお寺ね。今は私が引き継いでる」
やはり娘の伊賀野さんが継いでいたのか。
だとしたらブログを更新しないのはいかんと思うぞ。
「と言ってもまだ修行の身だから、おおっぴらには活動していないけれどね」
考えを読まれたか、いや、誰でも思う疑問なのだろう。
「訪ねてきた木崎さんは最初は普通の様子だったんだけど、段々おかしくなっていって、話す言葉も滅茶苦茶になっていって、母がこれはおかしいと気づいたの。それでまたその場で除霊をすることになった。そこには私の他にも弟子達がいたから、全員で取り囲んでお経を唱えたり護摩ごまいたりね」
煙を吐き出しながら話す伊賀野さんは、かすかにイラついているようだった。
あるいは怯えだったのかもしれない。
「やっぱり最初は順調で、何人かの霊を取り込んでいたから1人ずつ剥がしていったわ。不動明王の真言しんごんなんかも使って無理やりに引き剥がしたり、もう順調もいいとこ」
フフと微かに笑ったようだった。
「でもそれじゃ前の時と一緒だから、除霊が成功したと見せかけて逃げられると思ったのね。それで母は取り憑いている大元の霊に名を名乗るようにいきなり迫ったの。意表を突いたり大声を出したりすると霊もびっくりして隙ができるから。で、それがまずかった」
伊賀野さんの声が暗い響きを帯びた気がした。
「私が持っていた数珠がいきなり弾け飛んでね、びっくりして周りを見たら、皆の数珠や経本きょうほんが飛び散ってて、木崎さんはもう滅茶苦茶で酷い有様だったわ」
微かに声が震えている。
「ビデオ観たならわかると思うけど、あの子、肩までしか髪がなかったでしょ?それが凄い伸びてて、正座したまま地面につくくらい伸びてて、私もうビビっちゃって、母を見たら必死に真言を唱えているけど、明らかにヤバそうだった」
また煙草に火をつけ吸い込み、長く長く吐き出す。
「周りからは物がバンバン飛んでくるし、庵全体が揺れてミシミシいってるし、母は鼻血出しながら真言を唱えてるし、これはダメだと思ったら、いきなり木崎さんが倒れたのね。気を失ったのかと思って恐る恐る近寄って確認したら死んでた」
死。
木崎美佳は死んでいたのか。
「振り返って母を見たら母も死んでたわ。正座したまま前に突っ伏して」
またフーっと煙を吐き出す。
その表情からはなにも読み取れない。
「多分母はやられちゃったんだと思う。それであの霊は満足して木崎さんから離れた。信じられないかもしれないけど、木崎さんね、腐りかけてたの。死後何日って感じ」
天を仰いで可笑しそうに言った。
「それまでは全く普通に生きてるみたいだったんだけどね。肌もボロボロになって匂いもするし、明らかに腐りかけの死体だったわ。あの霊が木崎さんに取り憑いて動かしてたんだとすると、とんでもないやつよね」
うんざりした様子だった。
俺はさっきから震えが止まらない。
「それで母を殺した霊は木崎さんから離れてどこかへ行っちゃった。私達なんか気にも留めずにね」
煙草の煙を吸い込み、吐き出しながら煙草を灰皿で揉み消す。
「多分あなたのところに行ったのね。予約済みだったみたいだし」
そう言って上目遣いで俺の顔を見上げた。

「……………」
なんだそれは。
滅茶苦茶じゃないか。
あの映像で見た伊賀野トク子は見るからに凄腕っぽかったし、お悔やみコメントの数からしても相当に信頼されていたようだった。
それがあっけなくやられたってのか?
今こうして目の前にいる伊賀野さんも何のつもりで来たんだ?
やられました宣言か?
俺はどうなる?
時系列だって滅茶苦茶じゃないか。
なんで撮影中にカメラ越しで俺を見つけるんだよ。
何もかもが滅茶苦茶だ。

「だから私は必死に修行した」
伊賀野さんの声が変わった。
「恥を忍んで日本中の霊媒師に助言をもらったり、ボランティアで除霊の依頼を受けまくったりね。死に物狂いでやってたから力もついたわ。庵の皆も認めてくれてる。庵に不動明王をお迎えしたのは一昨年ね。それからは真言が面白いくらいに効くのよ。もう楽しくなっちゃって」
そう言って笑った。
目に異様な光りが灯っている気がした。
大丈夫なのだろうか。
どうやら逃げ帰ることはなさそうで、それはそれで安心した。
現状をなんとかしてくれるなら以前の経緯は正直どうでもいい。
お母さんの仇打ちに燃えてくれるならそれは好都合だろう。

「あなたの状態と経緯はわかりました。あとは私達がやりますのでご安心を」
伊賀野さんは背筋を伸ばしてそう言った。
毅然とした表情で口調も戻っている。
「笠根さん、前田さんを私達の庵にお連れしたいのですがよろしいですか?」
そう言って笠根さんを見た。
「ええ?……え、ええ構いません。こちらでも出来るように準備はしておきましたが、そちらでやる方が何かと良いでしょう」
笠根さんは若干肩透かしを食ったような表情だった。
ここでやるのを期待していたようだ。
そう思った直後、ガララッガシャン!と大きな音がして事務所の雨戸が閉まった。
ガシャンガシャンガシャンと次々に雨戸が閉まっていく。
「玄関を!」
伊賀野さんが叫び黒袈裟の1人が部屋を飛び出していく。
すぐに戻って来て「開きません……鍵は開いてるんですが……扉がビクともしません」と言った。
「……………」
沈黙が降りていた。
「どうやらここから出す気はないみたいね」
伊賀野さんが煙草に火をつける。
フウーッと長く煙を吐き出しながら「ここでやりましょう」と言った。

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やこう

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