山に入れなくなった話朗読バージョン

山に入れなくなった話【朗読用】  第12話

投稿日:2021年8月29日 更新日:

《月刊OH!カルト》編集者 篠宮水無月みなづき
ライターさんが差し出した名刺にはそう印刷されていた。
クソみたいな名前の雑誌だなと思いつつ軽く談笑する。
この手のオカルト系雑誌は今まで積極的に避けてきたので詳しくはない。
この雑誌が有名なのかどうかも全くわからない。
「マニア向けジャンルですからねー。知る人ぞ知るって感じです。根強いファンがいますから時代に左右されないでそこそこの部数をキープしてます」
篠宮さんは長い髪をゆる巻きにしてまとめた感じのアクティブ系女子で、ジャケットにジーンズというラフなスタイルだった。
担当する雑誌はネット全盛の昨今でも発行部数がそれほど落ちない珍しい分野なのだそうだ。
「ウチは老舗ですが中堅から零細の間くらいの出版社でして、創業者の社長がおじいちゃんなんでネット関係は私達に丸投げなんですよ。だから雑誌とネットを連動させてうまく立ち回れるんですね。バックナンバーはネットでほぼほぼ見れちゃう、みたいな」
「へえ。そんなことして大丈夫なんですか?」
「今のところ大丈夫ですねー。雑誌買わないとわからないパスワードとか色々やってます」

「それで本題なんですが」
しばしの雑談を終えて篠宮さんが話題を本題にシフトする。
「今回エグゼクティブさんから特集のお話をいただいて、送ってもらったDVDを拝見したんですけど、本編はまあ、よくある心霊系だよねって感じだったんですけど」
篠宮さんの声のトーンが若干落ちる。
「最後のオマケ映像がびっくりするぐらいマジなやつで、あーこれ本物じゃんって」
なんと。
わかる人がいた。
「あれ伊賀野トク子さんですよね、5年前に亡くなった。私、編集のアシスタントしてた時に取材で会ったことあって、伊賀野トク子さんに。観てびっくりしましたよ。あの映像って、もしかしたら伊賀野さんが出演した最後の番組かもしれないって思って、もしそうならそういう売り出し方もできるかなって思ったんです」
篠宮さんは早口で一気に喋る。
ここまで食いつかれると流石に嬉しい気がした。
ディレクターにはスルーされたし、笠根さんや伊賀野さんにはDVDの売り出し方なんて不謹慎すぎて話題にできるはずがなかった。
そんな場合でもなかったしな。
「流石に故人をネタにするのはどうかと思いますけどね、その考えはよくわかります」
「ですよね!?まあ私もそこらへんはちゃんと弁えてますよ?紙面で大々的に故人をネタにしたら下手したら廃刊ですから。でもまあ、ネットで噂話を流したりすると良い意味で炎上するかなーとか、色々考えちゃうというか、まあ興味ありますね、単純に」
好奇心を隠そうともせずに話す篠宮さんは実に楽しそうだった。
実際に死んだ人を話題にしてるわけで、グレーゾーンのさらにブラック寄りのところを楽しんでいる。
オカルト雑誌のライターさんというのはそんなものなのだろうか。
まあ俺も他人事だったら楽しめたのかもしれない。
「それでエグゼクティブさんのディレクターの方にお話を伺ったんです。色々と聞きたかったんですけど、ディレクターさん、なんというか、テキトーな感じで流されちゃって、それで詳しいことは前田さんに聞くようにって」
「ああ、そうなんですよ、あの人、すごい適当ですよね」
まったく。
せっかく広告を打ったんだからちゃんと仕事しろよ。
まあディレクター自身、何もわかってないから仕方ないっちゃ仕方ないんだけども。

「前田さんは伊賀野トク子が死んでるって知ってて編集したんですか?」
直球が飛んできた。
これからが取材の本番か。
「いや、まったく知らないで編集してましたよ。DVDが発売されて、それでAmazonのコメントに、死んだ人を見世物にするなっていう書き込みがあって、調べてみたら死んでたっていう感じですね」
なるほどーとメモをする篠宮さん。
テーブルに置いたレコーダーで会話は録音しているのだが、要所要所はちゃんとメモに残している。
「それで、DVDを観た限りでは無事に除霊は終わったように見えるんですけど、タレントの女性はそれきり活動してないんですよ。伊賀野トク子もその後に死んじゃってる。前田さん、どうなったかご存知です?」
「…………」
篠宮さんは知らないようだ。
当たり前だ。
木崎美佳は行方不明ということになっていた。
「…………」
話しても良いのだろうか。
頭のおかしい男だと思われるだろうか。
しかしあの映像を本物と言い切ったのは篠宮さんだし、何よりオカルトを専門にしているライターだ。
俺にはわからない知識もあるだろう。
伊賀野トク子にも会っている。
アレの正体がわかるかもしれない。
「前田さん?」
黙っている俺を訝しんだのか、篠宮さんが上目遣いに俺の顔を伺う。
「………えーと………凄い変な話なんですけど………笑いませんか?」
「もちろんですよ」
篠宮さんの目が光り、小鼻がプクッと膨らんだ。
ライターの勘だろうか。
話の流れから当然の反応だろうか。
ふと篠宮さんの後ろに目をやると、同僚が自分の机でパソコンに向かっているが、その手が動いていない。
聞く耳を立てているようだ。
当たり前か。
会社の同僚が取材を受けているのだ。
気にならない筈がない。
しかも話題が話題だしな。

「ちょっと、見てもらいたいものがあるんです」
応接セットから立ち上がり、篠宮さんに俺の机の前に来てもらう。
DVDには収録しなかったシーンも含めて説明しながら見せる。
篠宮さんは「おー、うわー」と言いながら映像に見入っている。
いつのまにか同僚が篠宮さんの後ろから一緒になってモニターを覗き込んでいる。
そして問題のシーン、木崎美佳が頭をグルリとまわしてカメラを見る瞬間に映像をストップさせて拡大する。
「怖わっ!なにこれ!」
同僚が声を上げる一方で篠宮さんは息を飲んでいる。
そして「ここ、ヤバイですねー」と言ってニヤリと笑った。

その後に起きたことを応接セットに戻って細かく説明した。
2時間以上かけて始めから終わりまでつぶさに話す。
もう何度も繰り返した説明の後に、どうやって解決したのかまでを話す。
嘉納康明にふっかけられた後のことを詳しく話すのは笠根さん以外には初めてだった。
質疑応答の後、篠宮さんはフーっとため息をついた。
「前田さん、凄いことになってたんですねー」
メモを取りながらそう言った。

「先輩、今の話マジ?」
「マジだよ。君も御守りが消えた時ここにいたでしょ」
「ええー?…………マジ…………?」
絶句する同僚から篠宮さんに向き直る。
篠宮さんはまだしきりにメモを取っていた。
「少し休憩しますか」
そう言ってお茶を入れ直して目の前に置いた。
「あ、どもー」
篠宮さんのメモが終わるまで数分、ほえーとかはえーとか言う同僚と適当に話をしていた。

「いやあ凄い……これ、ドえらいネタですよ前田さん!」
メモを取り終えた篠宮さんが声を上げる。
「ベテランの霊媒師でさえ叶わない悪霊に取り憑かれた編集者!生き残るためにイチかバチかの賭けに出て過去のトラウマと再会を果たす!いや~DVDよりこっちの方が全然話題になりますって!」
「いや、それだと今回の広告とは関係ない感じになっちゃいません?」
「たしかに!それはそれでチャチャっとまとめますんで、それとは別に集中連載ということで是非!ウチの雑誌で前田さんの特集を組ませてください!」
おお!と同僚が声を上げる。
なにやら変な展開になったと思いつつ返事をする。
「まあ、社長とかディレクターに了解取れれば。あとは関係者ですよね。実際に人が何人も亡くなってるんで」
「もちろんそこは完全にケアします。それに伊賀野庵の和美さんとも面識あるんですよ私。伊賀野トク子さんが亡くなった時に取材してるんで」
なんと、伊賀野さんとも繋がってたのか。
「そういうことなら、まあ、お任せしますよ。くれぐれも関係者に嫌な思いをさせないように注意してもらえれば」
「ですね!何をどこまで出していいのか、きっちり全部確認しますんで。前田さんにも逐一報告させていただきます。特に例の神様については前田さんも知りたいでしょう?」
「たしかに」
それは知りたい。
めちゃめちゃ知りたい。

「とにかくこれから会社に戻って準備します!前田さんの地元にも行かないといけないですし。楽しくなりそうだ」
篠宮さんが立ち上がって伸びをする。
んんーと声がしたので振り向くと同僚が篠宮さんと同じように伸びをしていた。
「何で君が興奮してんの」
「いやー!凄い展開!マジウケる!」
「ウケるのかよ。こっちは死ぬ寸前だったんだよ?」
「生きてんだからいいじゃん。それに雑誌で連載でしょ?先輩有名人じゃん!」
え?
「あの……実名は…出ませんよね?」
篠宮さんに聞く。
「あー……ダメ……ですよねやっぱり……」
篠宮さんが苦笑いしながら答える。
出す気だったのかよ。
「ダメに決まってるじゃないですか。他の人にも絶対迷惑かけないでくださいよ」
「わかってます。そこはもうバッチリ!」
人が良さそうにニカッと笑って胸を張る。
「………信用、しますからね」
そういうわけで、事の真相を巡る篠宮さんの取材の旅が始まった。

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やこう

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