山に入れなくなった話朗読バージョン

山に入れなくなった話【朗読用】  第11話

投稿日:2021年8月29日 更新日:

振り返ってみれば一連の怪現象に悩まされたのはたった四日間の出来事だった。
あのビデオ編集の仕事をした日から数えると結構な日数になるのだが、伊賀野トク子の死を知り、寺社を巡って御守りやお札を集め始めたのはつい六日前のことだ。

「…………」
凄まじい四日間だった。
あの霊に翻弄され続けた四日間。
特に最期の二日間はキツかった。
木崎美佳の姿をしたアレにつきまとわれ、最悪なことに死人まで出てしまった。
「……………」
タッキーと伊賀野さんのお弟子さん達。
取り返しのつかない犠牲を思うと辛い。
しかし不謹慎だが、申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが、それでも俺はニンマリと緩む頰を引き締めることはしなかった。
開放感。
アレに悩まされることはもうなくなった。
解放されたのだ。

高尾山から帰った翌日は病院で検査を受け、その翌日久しぶりに出社した会社のデスクに座り、机の上に大量に貼り付けられた付箋を一つ一つ剥がしながらあくびをかみ殺す。
付箋に書かれてるのはどれも取引先の誰それから連絡あり、のような簡単な業務報告だった。
午前中に全ての相手にお詫びの電話を入れる。
季節外れのインフルエンザでしたと言えば大抵の場合は納得してくれた。
不在の間に溜まっていた雑務を全て片付け、午後は通院という名目で半休にしてもらった。
事実、アバラ骨にいくつかヒビが入っているらしい。
それほど痛みを感じないので大した影響はないが、運動は控えるようにとのことだった。

病院に到着し伊賀野さんのいる集中治療室へと向かう。
斎藤さんが見当たらないので誰にも断りを入れず集中治療室に侵入する。
見つかって怒られる前にさっさと報告を済ませてしまおう。

伊賀野さんは起きていた。
俺が来るのがわかっていたのだろうか。
一昨日と同じように点滴やチューブが繋がれ、包帯姿が痛々しい。
それでも目に宿る力強さは一昨日よりも強くなっている気がした。
その目が俺を見て、驚いたように見開かれた。
伊賀野さんの傍に立つ。

「終わりました。アレはもういません」
伊賀野さんの目が俺の背後や周囲を伺う。
そして再び俺の目を見て、俺の言っていることを事実だと確信したようだ。
「仇を、討ちましたよ」
お母さんの、お弟子さん達の、タッキーの、そして伊賀野さん自身の、仇を討った。
伊賀野さんがゆっくりと手を伸ばす。
その手を取り握手するように組む。
胸の前で手を組む男らしい握手の形だ。

「体が回復したら詳しくお話ししますが、今は簡単に説明しますね。アレはもう消滅しました。神様に食われたんです」
伊賀野さんの目が驚きの表情に変わり、続いて困惑する。
「昔、俺がガキの頃、山で神隠しに遭ったって話を覚えてますか?それ以来、山に入っちゃいけないと言われていたこと」
伊賀野さんが頷く。
「嘉納康明に相談に行ったら2000万よこせと言われたんで、嘉納を頼ることはできませんでした。それで、もうダメだとなって、山に登ったんです」
嘉納の話で伊賀野さんが眉を寄せる。
「そしたらガキの頃に出会った神様が現れて、いや違うな、俺が神様の所に呼ばれて、その神様とまた会ったんです。高尾山に入ってめちゃくちゃに走り回っていたら、いつのまにか故郷の山の中に移動させられてた感じですかね」
伊賀野さんの目が興味深そうに俺を見ている。
目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。

「それで俺は最初死ぬつもりだったんです。アレに殺されるぐらいならせめて自分から死にたいと思って。それで神様に会いに行った」
伊賀野さんは俺を見つめたまま表情を変えない。
俺が死ぬつもりでいたことに気づいていたのだろうか。
「結果としては、神様は俺に取り憑いてるアレを食ってくれたんです」
伊賀野さんが少し顎をあげる。
「別に俺を助けるとか、そんな感じではなかったんですが、とにかく俺を食う前にアレを食った。生きたまま……でいいんですかね……霊なのに生きてるって言い方は変なんですが……まあとにかく、生きたままグチャグチャ食われてくアレの叫び声を聞かせたかったですよ。とにかく酷い死に方です。それでアレは欠片すら残さずきれいに食べられました。もうどこにもいないんです」
伊賀野さんが手に力を込めた。
ググッ…と力強く俺の手を握る。
目に光るものが見えたので、とどめの一言をかます。
「みんなの仇、ちゃんと取りましたよ」
伊賀野さんの目から涙がこぼれた。
悔しい時は泣かなかったのに、自分自身の手ではなくとも、みんなの仇を討てたことで涙を流す。
優しい人だな、そう思った。

「詳しいことは体が良くなってからしっかり説明しますんで、今日は結果だけで満足してください。俺はもう大丈夫なんで、安心して休んでくださいね」
そう言って、少し迷ったが伊賀野さんの涙をティッシュで拭って、俺は立ち上がった。
伊賀野さんは照れ臭そう手を振り、「ありがとう」と言った。
挨拶して集中治療室を出る。
タッキー達のお墓にお礼に行こうと思ったのだが、亡くなってからまだ2日しか経っていない。
遺体はお寺か病院か実家にあるのだろう。
あとで笠根さんに聞こう。

そうして俺は日常に戻った。
悔しいことにアレの映像が収録されたDVDの順位は六日経っても大した変化はなかった。
本物中の本物なんだぞ。
まったくみんな見る目がない。
まあ映像に映っている霊自体がもはや存在しないので、新たな祟りなど起こりようもないわけで、そういう意味で言えば中身のない空っぽの心霊映像とも言えるわけだ。
などとよくわからないことを考えていたら会社の電話が鳴った。
同僚が電話を取り、「前田ですね、少々お待ちください」と言って子機を俺に渡してきた。
「先輩に電話でした。なんか出版社だかなんだか」
なんだろうと思いつつ電話に出る。

「もしもし、お電話変わりました前田と申します」
受話器の向こうからは女性の声が聞こえてきた。
「あ、もしもしー、はじめましてー。わたくし民明書房でライターをやっております篠宮と申しますー」
「はあ」
「今回ですね、エグゼクティブプロモーションさんが発売された『本当にあった心霊映像100連発』の特集をウチの雑誌で組ませて頂くことになったんですね。それでエグゼクティブさんの方に取材させて頂いて、ディレクターさんから前田さんのお名前を伺って、ぜひともお話を聞きたくてお電話させていただいたんです」
あーなるほど。
あんまり売れ行きが良くないから広告を打ったのか。
売り上げノルマは達成したと聞いていたが、もう少し売り上げを伸ばしたいのだろう。
そのための取材か。
「はあ」
「それでですねー、ぜひ一度お会いさせて頂きたいんですが、ご都合はいかがでしょうか?」
「はあ、まあ、いいですよ、いつでも」
「ありがとうございます!それでは明日…などはいかがですか?」
「ああ、いいですよ、何時ぐらいですか?」
「お昼過ぎにお伺いさせていただきます!」
「ああ、わかりました、はい、はい、失礼します」
そういうわけでウチの会社にライターさんが来ることになった。

「マジ?先輩取材受けちゃうの?雑誌に載るわけ?」
同僚が電話の内容を察したらしく興奮している。
「まあねー。つってもどんな取材かわからないよ?蓋を開けてみたら『超つまらない心霊映像トップ10』とかかも知れないし」
「いやいやー。そんな内容でわざわざ会いに来ないでしょ。先輩、顔がにやけてるぞー?くふふ」
気色悪い笑顔を向ける同僚を無視してパソコンに向き合う。
「…………」
雑誌か。
DVDの販促記事だとしても、ちゃんとした紙面に載ったら親は喜んでくれるかもしれないな。
そんなことを考えながらその日は若干浮ついた感じで仕事を終えた。

翌日、写真を撮られることを見越してTシャツにジャケットを羽織って出社した俺を同僚が茶化してきた。
「あれー先輩どうしたんですかー?……そんなまともな服装を……ようやく社会人としての自覚が芽生えた感じ?……雑誌に出るからって?……涙ぐましい努力を…あう!」
同僚の額にバチコン!とデコピンをかまして自分のデスクに座る。
額を抑えて同僚が恨めしそうに呻く。
「ううー……やりやがったな……ちくしょう……」
「女の子がちくしょうなんて言ったらいけません」
なおもブツクサ言う同僚を放置して午前中にできる仕事を片付けておく。
どうせ今は大した仕事はない。
次の仕事の打ち合わせは週明けだから今日は雑務のみだ。
手早く作業を済ませるとちょうどインターホンが鳴った。
時刻は12時過ぎ。
予定通りライターさんが来社した。

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やこう

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