山に入れなくなった話朗読バージョン

山に入れなくなった話【朗読用】  第4話

投稿日:2021年8月29日 更新日:

「わかりました。ちょっと待っててくださいね」
そう言って看護師・斎藤さいとうさんは部屋を出て行った。
あたりは静まり返っている。
カーテンの隙間から窓が見えて目をそらす。
いるのか?
何が?
あの映像に映っていた木崎美佳きざきみかなのか?
それとも木崎美佳の格好をした何かなのか?
わからない。考えたくもない。でも何か考えていないと怖くて叫び出しそうだ。
目が、合ったからだろうか。
ディレクターのところに行かず俺のところに来たのは、編集作業中に拡大して確認していたからなのか?
撮影した会社はもうないらしい。
霊媒師の伊賀野いがのトク子は死亡、木崎美佳は行方不明の可能性があって、そしてさっき確かにそこにいた。
何年も前の姿で。
人間じゃない。
それはもう間違いない。
もしかしたら全部ドッキリで今にもディレクターが「大成功!」と書かれたプラカードを持って入ってくるのではないか。
か弱い下請け企業の編集マンをビビらせて皆で笑って大成功。
そんなアホな企画ではないか。
だとしたらどんなに救われるだろうか。
「…………」
そんなわけないか。
実際に気絶して救急車で運ばれたのだ。
都合の良い笑い話になるわけない。
そんなことを考えていたら少しは気が紛れた。

と、斎藤さんが入ってきた。
「来てくれるそうです。車で30分くらいだって」
「ああ…良かった…のかな…ありがとうございます」
30分もかかるのか。
充分短い時間だが俺は少し不満だった。
現実逃避も30分はもつまい。
何かしていないと恐怖でおかしくなりそうだった。
「あの…心当たりは……」
斎藤さんがそう呟いた。
「あります……ね……多分アレかなっていうのが」
30分ここにいてくれるつもりなのだろうか。
非常に助かる。
「お聞きしても?」
「はい。俺もよくわかってないんでうまく説明できるかわからないんですが、聞いてください」
「はい」

そうして俺は出来る限り詳細に話した。
映像制作の下請けをしていること。
よくある心霊映像DVDを担当したこと。
追加で渡されたのが数年前に撮影されたお蔵入り映像で女の子が取り憑かれて除霊するシーンがあったこと。
ものすごくリアルな映像で除霊中に女の子の目がカメラを見て、目が合ったような気がしたこと。
少なくとも映像の中では除霊は成功したようだったこと。
その後、霊媒師が急死して女の子も行方不明になったらしいこと。
それに気づいたのが昨日で、それからなんだかおかしなことが続いていること。
そしてついさっきベッドや部屋が大揺れになって、行方不明になったという女の子に腕を掴まれたこと。
全てをじっくり話し終えると斎藤さんのスマホが鳴った。
どうやら30分経っていたらしい。
助かった。
何も起きなかった。
「はい…はい…ええと……」
斎藤さんは勤務中だからか、カーテンに隠れるようにスマホを耳にあて小声で話している。
そういえば周りでは爺さん婆さんが寝ているのだった。
自分のことで精一杯で周りで人が寝ているのを忘れていた。
斎藤さんに説明してる時も結構大きな声だった気がする。
クレームが来なければいいのだが。
斎藤さんがスマホを差し出してきた。
「あの…お話があるって…」
どういうことだ?
スマホを受け取り耳に当てる。
「……もしもし?」
「…………」
電話の向こうで男性がフムとため息をついたのが聞こえた。
声の印象としては俺より少し年上といった感じだ。
「ああ、はじめまして、斎藤さんの友人の笠根かさねと申します。西東京の方明寺ほうめいじというお寺の者です」
喋りだした声は緊張しているのか若干高く、くたびれた営業マンのような喋り方をする。
お寺の人ということは坊さんなのだろうが。
「どうも、お世話になります。前田と申します」
「前田さん、誠に申し訳ないのですが、私はそちらに伺うことができません」
笠根と名乗った人物は突然そう言って、またため息をついた。
「来れないって……ど、どういうことなんですか?……なんで……」
「前田さん、恐ろしいのはわかりますが、どうか落ち着いて聞いてください。これはあなたの命に関わることだ」
笠根さんはゆっくりと、しかしはっきりと言葉を続ける。
「前田さん、あなたは大変危険な状態になっています。その窓に張り付いてるのは仕方ないとして、ソレはなんとかなるモノかもしれません。それ以上に前田さんには何か恐ろしいモノが憑いている」
笠根さんの言葉の意味がよくわからない。
やはり窓の外にいるということか。
「私が見ているものをお伝えしますけれども、今私は駐車場にいるんですが、夜間の出入り口から入ろうとしたんですが、入れないんです」
笠根さんの言葉が意味不明とまではいかないまでも乱れているように感じる。
「狐が一匹…入り口の前に座ってます…ちょこんと……ただそれだけなんですが……入れないんです……怖くて………」
なんだそれ……狐?……入れないって?
「前田さん……あなた何か神様を怒らせるようなこと……しませんでしたか?」
するわけがない、と言おうとしたが、俺の頭にはあの時の光景が蘇っていた。
「子供の……頃なんですが……入っちゃいけない山に……入りました」
また電話の向こうでため息が聞こえた。
「それが原因かどうかわかりません。そして窓に張り付いてあなたを伺っているモノが関係しているかも不明です。それでも私が近づこうとすると、狐が睨んでくるんです。それが……非常に恐ろしい」
笠根さんはふざけているわけではないようだ。
話し方は落ち着いているが切迫した声色が混じる。
そこにいるモノを刺激しないようにしているのかもしれない、そう感じた。
かつて山で出会った狂った神様、あの狐目を思い出して全身に鳥肌が立った。
あの目がまだ俺を見ているのだろうか。
手を伸ばして再び山へ連れ戻そうとしている、そんな想像をして身がすくんだ。
笠根さんの発した「恐ろしい」という言葉が俺を飲み込んでいた。
全身が震えて冷や汗が背筋を伝う。
「どう……すれば……」
「前田さん、落ち着いてください。私がそちらに伺えないので、あなたにこちらへ来て欲しいのです。動けますか?」
「えっ?」
「おそらくあなたはこちらへ降りて来られるはずです。私は駐車場にいますから、正面玄関から出て駐車場まで来てください」
「えっ?……あ…はい……すぐ行きます」
「冷えますから上着を持って出て来てください。一旦切りますね」
そう言って笠根さんは電話を切った。
斎藤さんにスマホを返して「ちょっと行ってきます」と言った。
斎藤さんはスマホを受け取りながら「はい…あの…私は仕事があるので行けませんが…気をつけてください」そう俺の目を見て言った。

駐車場に行くと背の高い男性が待っていた。
スラリとした、というかガリガリのノッポ。
少しウェーブのかかった黒髪を真ん中わけにしている小綺麗な男で、年は40そこそこだろうか。
坊さんというから坊主頭の袈裟けさ姿を想像していたが普通にTシャツにジャケットという姿だった。
電話での弱気な会話からなんとなく情けない容姿を想像していたのだが、真逆の、むしろ格好良いとさえ思えるなかなかのイケメン僧侶だった。
駐車場にはその男しかいなかったので迷わず近づいていく。
「前田です、どうも」
と頭を下げるとその男も高い位置から頭を下げた。
「笠根です。お電話で失礼しました」
笠根さんは間をおかずに続ける。
「とりあえずここから離れましょう。あそこの夜間出入り口のところにいる狐が見えますか?」
歩きながら薄く照らされた小さな出入り口を指差す。
恐る恐るそちらを見るも何もいない。
「いえ、見えません、どこですか?」
「入り口のど真ん前ですよ。パッと見で見つからないなら、やはり前田さんには見えないんでしょう。むしろ私に現れて威嚇してる可能性もありますね。アレがとてつもなくヤバーい奴です。そして——」
少し移動して病棟の上の方を指差す。
「あそこが先ほど前田さんがいた病室のあたりです。窓の外には足場なんてない。そこにへばりつくような感じで中を覗き込んでいる霊がいました。今は見えません」
そう言いながら笠根さんは駐車場から正面玄関の方へ歩いていく。
俺は笠根さんを追って移動する。
車寄せの端まで来てようやく笠根さんが立ち止まった。
俺は笠根さんと向き合う形で立ち止まる。

「改めましてはじめまして、笠根と言います。西東京の方明寺という寺でお坊さんをやっております」
そう言ってまたブンと頭を下げる。
背の高い彼が腰を追って礼をするとブンとかブォンとかの効果音が聞こえそうな迫力がある。
「前田です、ええと、いきなりのお電話に対応していただきありがとうございます」
俺も改めて挨拶をする。
「まずは簡単に自己紹介を。私は普通のお坊さんでして、こういったことを生業なりわいにしているわけではありません。あくまで僧侶としてできる範囲のことをやっているだけです。斎藤さんとはこちらの病院に入院した際にお知り合いになりました。彼女はこういったことで散々ご苦労されてきているので、たまにこうしてヘルプに来たりしているわけです」
そう一気に説明した。
俺も先ほど斎藤さんにしたのと同じ説明をした。
俺自身と一連の経緯をできる限り丁寧に、笠根さんから質問があれば補足し、子供時代の出来事から何から全てを話した。
時刻は22時になろうしていた。
笠根さんは組んでいた腕を解いてため息をついた。
「専門にやっていた方が亡くなったのであれば、アレも相当に厄介なモノなんでしょうね。狐にビビりすぎて見誤っていたかもしれません」
そう言って俺の目を見てから、肩のあたりや背後に視線を動かす。
探しているのだろう。
「何か見えますか?」
相談できる人に恐怖を吐き出して幾分か落ち着いたので思い切って聞いてみた。
「いや、今は何も」
笠根さんはあっさりそう言って懐に手を入れる。
「今日はもう退院できないでしょうから、明日なるべく早く退院の手続きをお願いします。迎えに来ますので連絡先を交換しておきましょう」
スマホを取り出した笠根さんと連絡先を交換する。
「今のところはもう何もないと思いますが、念のためコレを持っていてください」
そう言って箱から数珠を取り出した。
黒い小さな球が紐でまとめられた、手首につけるサイズの数珠だった。
「あの、御守りとか全滅だったんですけど…」
「大丈夫と思いますよ。前田さんのために今から直接念を込めますので、アレが何かしようとすればまず私の方に来るでしょう」
明日まで一晩の辛抱です、と言って笠根さんは数珠に向かって目を閉じて念仏のようなものを唱えた。
少しの間そうしてから数珠を俺に手渡す。
手にはめた数珠を眺める。
漆黒の球がわずかな照明の光を反射している。
なんだか高価そうな感じがした。
「では今日は戻ります。明日の朝またこちらに来ますので、なるべく早く合流しましょう」
そう言って駐車場へ歩き出した笠根さんに続く。
笠根さんが夜間出入り口の方を見て「狐さん、もういませんね」と言った。

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やこう

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